たんたんと異世界転生ほか
1 たんたんと
気がつくと私は白い空間にいた。それは白い空間と呼ぶ以外に呼び方のないような空間であった。上を見ようと横を見ようと下を見ようと白一色。それ以前にどちらが上で、横で下なのかさえ判然としない。白だけに彩られた空間に現実味はなく、温度はなく、音はない。触れているかどうかすら定かではないため、一歩でも足を動かそうものなら次の瞬間に転んでしまいそうな気がした。そこは光に満ちているのではなく、ただ白だけに沈んでいた。
私の最後の記憶はちょうど旅行に出向いていたときのものだ。その行き先を群馬にしたことにさしたる意味はない。使わずにいた有給休暇を消化しておくよう上役から命ぜられたことがきっかけだったが、そのとき目の前にあったパソコンを漫然と眺め、その日中に終わらせなければならない書類がまだ白かったことを確認したとき、ふとなんとなく温泉に行こうという気分が芽生えだただけだ。それが自分の中から出た感情なのか、こうなると自信がなくなってくる。しかし年に何度とない休みを湯治に費やすことは悪くない選択肢だと思えた。座り仕事をしているからか、腰の痛みに悩まされることが多くなっていたのである。群馬の温泉がことさら腰に効くのか、そんなことを調べたりはしなかった。温泉といえば、近郊では群馬がいちばん有名だろう。私の判断基準などそれだけでしかない。
そうして私は、二月の十二日から十五日にかけて、三泊四日の温泉旅行を計画した。そういったことに付き合ってくれそうな友人なら、私とて何人かの心当たりを持っていたけれど、誰も都合がつきそうになかったため、誘うこともせずひとり行くことを計画した。急な思いつきに付き合わせるのは難しいということもあったし、それ以上に、誰にも気兼ねなくひとりで休みたいと思っていたこともあった。私は心を躍らせていた。
そうして三日の間を、私はとある温泉旅館で過ごした。流水荘という、全国に無関係な同名の旅館が軽く十軒はあると思われそうな安宿だったが、サービス自体は行き届いて悪くないものだったと思う。値段相応であることは充分に褒められて然るべきことだ。建物は古いがこじんまりと綺麗で、何より料理はちょっとしたものだった。普段は料理もあまりせず、コンビニの総菜やインスタントで済ませてしまうことも多い私の安舌でも、しっかりと楽しめるものだった。食事は朝と夕の二度だったが、元来三食全てを食べずとも平気なたちだ。小食を言い訳に昼を抜き、昼を抜くことを言い訳に、宿泊中、私は一歩たりとも旅館から出なかった。湯治であるならかくあるべしと、温泉に入っては出て、惰眠を貪ってはまた入り、出ては食事に舌鼓を打ち、また入浴に勤しむということを繰り返す。そうして三日が経った。
三日目の夜になると、さすがにじっとしていることに飽きが出てきてしまうものだ。忙しい間は暇であることを尊いもののように思っているはずが、いざ自由な時間を得ると今度は何もしていないことにある種の罪悪感すら覚えてしまう。せっかく普段訪れない場所に出ているのだ、せめて散歩くらいしておかなければもったいないというもの。そう考えた私は備えつけの浴衣を脱いで紙幅に着替えると、三日振りに履く自分の靴で玄関を出た。さすがに観光地だけあってか遅い時間でも明かりは途絶えていない。とはいえ田舎であることに違いはなく、一歩でも大通りを逸れれば途端に闇が支配する場所になるだろう。この三日で慣れた硫黄のにおいを楽しみながら、私は光を避けるように脇道へと入った。忙しない光に当てられていると、どこか責められているような気分になってしまうのだ。こうして温泉に来て怠惰を味わっていることではなく、むしろ逆に、こんなところでさえ自由を使い捨てにできない私自身の半端さを。
横道を進んでいくと、どんどん光から離れていく。暗いが落ち着いた夜の肌寒さがあった。それは恐怖ではなく、けれど優しさでもない、どこか突き放すような心地のよさを私に与えてくれる。それに誘われるように歩いていた。
それが最後の記憶であり、そうして気づけば私は白い空間にいた。
光から逃げてきたつもりが光の満ちる空間に。いや、満ちているのは光ではなく純粋な白だ。眩しさは錯覚であり、どこまでも遠くが見えているからこそ、何ひとつ目にできるものがない。そんなことを考えていると、まるでそれが呼び水であったかのように、ふと目の前に現れる影があった。白い空間で見る初めての白ではない色がそれだった。それを色で言うならば黒であった。黒尽くめの、黒髪黒目の、黒いサングラスをした謎の男。何かの映画に出てくるような怪しい風体の、おそらくは男であった。彼は小さく、こちらを見ながら口を開いた。おそらくは優しい声音であったと思う。
「ようこそ。私はこの空間で働いている者です。天使と呼んでください」
2 ちゃらちゃらと
いや天使とか急に言われても正直わけわかんねーし、いったい何言ってんのこいつって思うよね。誰だって思うし私も思った。
でもほら、ここなんかめっちゃ白いし、なんかすげー真顔だし、そう言われるとなんか、そうなのかなー、みたいな気分にもなっちゃうわけで。
私は「はー、そっすかー」とかなんとか言った。
自称天使は答える。
「君さー、あれなんだよねー。死んじゃったんだよー」
「え? そマ? え、何、私ってば死んだん? 何それウケる」
「ウケるっしょー。でもマジマジ。ほらなんかこう、ない? 死んだときの記憶」
言われて考えたらなんかあった気がしてきたみたいな。
「あー。そいえばなんか川? 的なサムシングに足を踏み外して落ちた的な記憶があるような?」
「ないような?」
「うーん微妙だよねー。ちょっとよく覚えてねーっすわ。すわすわ」
「ちょー、何それ超適当じゃねー。えー、君ってばマジそれウケるんだけど」
「いやウケないわー。死んだとかそれウケないわー」
「でもしゃーないよねー」
「んじゃ何、ここってばアレなん? 死後の世界的なヤツ?」
「おっ勘いいじゃーん!」
「マジかよ私ってば天才?」
「天才だわー。マジ察しよくて助かるわー。んじゃ転生してもらうわー」
「転生?」
「そうそう。ついでに、プレゼント、つけちゃうー。ウェーイ!」
「ウェーイ!」
プレゼントとか超アガるんだけどー☆
ウケるー♪
3 でゅふでゅふと
んんwwwどうやら拙者、旅行中に川へ足を踏み外した死んでしまったで御座るwwwwww
拙者としたことがこれは不覚wwwwwしかし自称天使wwwが言うには異世界に転生していいとのことwwwwwしかもチート能力まで完備とかwwwうはwwwwwwwwキタコレwwwwwwwwwwwwwwww
「んんwwwwどんなチートを頂けるで御座るかwwwwwww」
「ちょwwwそれはいろいろwwwww自分で考えてwwwwwwうはwwwwwww」
「デュフwwwwwおkwwwwwwwwwwwwwwww」
やはりハーレムは外せないで御座るからなwwwwおっと失敬wwwwwwww拙者そこまで盛っては御座らんwwwwwwwwwwwしかしサガというものがwwwwwwwうは言い訳乙wwwwwwwwwwwww
しかしこれは冷静に考えねばいけませぬぞwwwwwおkwwwwwww転生先が殺伐とした世界では拙者もすぐに死んでしまうで御座るからなwwwwwwwwwwwwww
まずはどんな世界かを聞いてみなければwwwwwwwwwなりませぬなwwwwwwwwwwwwwwwww
4 おたおたと
「転生先は剣と魔法の異世界」
天使が言った……やばい……この天使さっきから思ってけどめっちゃ顔がいい……尊い……。
ありえんよさみが深い……私この人を見ているだけの壁になりたい……この世界に私とか必要ない……。
ずっと幸せに生きて……。
あ、ここ死後の世界だったわ……ありえんヤバみが深い……。
「で、どうします?」
「顔がいい……」
「あ、はいはいなるほど。もちろん転生後は美男美女自由自在ですよ」
「そうじゃな……いやいいやイケメンだから……尊い……」
「能力はどうしますか?」
爽やかな笑顔……ダメ……つらい……。
でも能力は真面目に考えないと異世界で死んじゃう……ダメ……つらい……。
なんだろ……魔法、魔法とか使えたほうがいいんじゃない……?
でもそもそも目の前のイケメンが魔法みたいなものなんじゃ……あっ……この奇跡に感謝を……ダメつらい……。
天使……天使ってほかにもいるのかな……。
「あなた以外の天使さんっていらっしゃるんですか……?」
「いますよ。もちろん」
「んんっ……! 耳が幸せ……っ!」
何それ天国じゃん……いや天国だったわ事実……いや、わかんないけど……。
すごい……尊い……天使×天使とか禁断すぎる……やばたん……でも天使×悪魔も捨てがたくない……? いやむしろここは悪魔×天使でしょ……そうでしょ……解釈違いダメ……。公式が天国とか何それヘヴン……。
「それではあなたに世界最強の能力を与えます」
むしろ天使さんが尊すぎてさいつよビンビン丸……。
白い光が私を包んだ……浄化~……。
5 ぎゃるぎゃると
そUτ、ゎたUは異世界∧と降り立った★
ぃせかぃすこ〃ぃ、ひЗぃ、ぁとマシ〃剣と魔法・・・★
めっちゃゥマとかぃる・・・
これヵゝら`⊂〃ぅTょッちゃぅσ~
ゎT=Uレ£期待レニ厶Йёを、ζ,<らмаUT=
めωと〃<さぃからゃめる・・・
6 かんかんと
我、到着異世界。
早速進森之中。道中、怪物飛出。
我、超驚。
咄嗟、手振、超振、我真実怖。
直後、手之中→外、火球、超射出。火球、超凄勢飛、怪物直撃大炎上。
我、異世界初勝利飾森之中。
経験値十獲得。力量上昇。力五上昇。素早三上昇。知性百低下。何故知性下降? 不理解。
道歩進直進。
約一時間三十分後、城発見。我、超驚。白、超美麗。超巨大。超凄。
我、万歳。
直後、背後、音。爆発音。超響。
我、超絶怒涛完全驚愕。
目玉白色。
目玉皿如。
我、振返背後確認、怪物。超巨大。我怖。我超怖。
馬車在、中、人三人。三人、貴族感超有。服、超綺麗。嫉妬。
我、装備、布之服。
閑話休題。
怪物、襲撃→貴族風三人組。
我、救出。褒。→異世界勝組大爆笑。
我、火球、発射。
怪物、炎上。我撃破成功。経験値以下略。
貴族三人中少女一名。彼女曰、
「我、姫。城招待。感謝感激雨霰」
我やったー。
7 おちおちと
その後、異世界へと渡ったOLは姫を助けたことにより王城勤務の宮廷魔術師となった。
姫と仲よくする一方、将来有望な文官を射落とし、見事、異世界にて逆玉を成功させることとなった。
OLはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
やっぱり異世界チートは最高だぜ!
おしまい。
「……えーと。これ転生じゃなくて転移では?」
「ツッコミを諦めていちばんどうでもいいところ指摘してきたな」
「こんなもんに何を言えって言うんだよ」
「俺がいちばんわからない。なぜ書いたのかもわからないし意味がわからない」




