豆苗アイドル
始まりは、なんだっただろう。
たぶん小学生のとき、朝顔を育てたことだと思う。
ぼくは、自分で言うのもなんだけど、かなり面倒がりで飽き性なタイプだ。もちろんモノによるけれど、基本的にはひとつのことがあまり長続きはしない。
だけどそんなぼくでも、《何かを育てる》となると話は別だ。
自分以外の命がかかっているからなのか。それとも別の理由があるのか。自分で自分のことを分析するのは難しかったし、やっぱりすぐに興味を失くして答えまでは至らないけど。とにかく育成というのもは、なんだか性に合っていた。
朝顔を育て終わって寂しくなり、犬を飼いたいと両親に泣きながらせがんだことが懐かしいくらいだ。
ともあれ以来、ぼくは定期的に何かを育てながらここまで来たと思う。
といってもペットの類いは金銭的な事情から難しかった。もっぱらプチトマトやアロエというような、食べられる植物の育成が主だったように思う。
それが、生活の役にも立つとなればなおさらいい。特に豆苗なんかは育てやすくって、ていうか正直ほっとけば勝手に伸びるくらいのものだから重宝している。
窓際に置かれた豆苗。
太陽の方向に向かって伸びていくのを見ると、ぼくとしても気分がいいものだ。
ちょっと斜めにはなってしまったけれど。
「まるでおひさまに手を伸ばしてるみたいで、ちょっとかわいいな」
ぼくは思わずひとりごちた。
豆苗は答えた。
『いえ。その程度なものですか。わたしたちはむしろ自分が太陽になりたいのです』
「そうなんだ」
『正確には、あの太陽のように輝きたいのです』
「なるほどね」
とぼくは答えたが、頭の中は混乱していた。
……おかしいな。今なんか、豆苗が喋ったような気がするんだけれど。
ぼくもぼくでナチュラルにレスポンス放っちゃったけれど。
育てている豆苗に愛着が湧きすぎて、ついに幻聴が聞こえるようになってしまったのか。さすがにそれはまずいんじゃないか。
にわかに戸惑うぼくに対し、豆苗はさらに言葉を重ねた。
『聞こえますか……聞こえますか……。豆苗です……』
「やっぱりそうなんだ」
『今、あなたの脳内に直接語りかけています……』
「そのくだりはいちばん最初にやってほしかったけれど」
聞こえますかも何も、ぼくもう返答しちゃってたし。
『すみません、お約束ですから……えへへ』
恥ずかしそうに豆苗がはにかんだ。
↑こんな文章をぼくは今後の人生で再び使う日が来るだろうか。
『聞いてください』
豆苗が言う。
聞こえてしまった以上、無視もできずにぼくは答えた。
「ええと。なんだろう?」
『わたしたちは輝きたいのです』
「そう言ったね」
『手伝ってください』
「いいけど……どうすればいいの?」
『わたしたちを育て上げてください』
「それは、もっと太陽の近くで育ててほしい的な」
『違います。そうではなくて。そういう育てるじゃなくって』
「どういう」
『この世で最も輝くものを知っていますか?』
「なんだろう……太陽?」
『惜しいです』
「惜しいんだ。答えは?」
『アイドルです』
「……」
惜しいかな……。
惜しかったかなあ……?
『テレビで言っていたので間違いありません』
「テレビって」
『今はアイドル戦国時代。その頂に立つ者こそ最も輝く者です』
メディアに踊らされている豆苗だった。
「テレビとか観るんだ豆苗」
『ここからは実によく見えます』
「まあ確かに」
『というわけですので』
豆苗は言う。
『わたしたちをアイドルにしてください』
「無茶言わないでほしい……」
『プロデューサーさん!』
「その呼び方やめてくれないかな」
『プロファーマーさん?』
「農家じゃない」
『ファーザー?』
「お父さん」
『わたしたちを育てると思って!』
「もう育ててはいるけど……」
『一流のアイドルまで!』
少しだけ悩んだ。
ただ、やっぱりぼくは育てるということが好きなのだ。
「じゃあまあ、少しくらいなら」
『ありがとうございます!』
豆苗は微笑んだ。
のだろう。たぶん。見てもわかんないけど。
『ではお父さん』
「呼び名はそれで落ち着いたのですか」
『まずユニット名を決めたいと思うのですが』
「ユニット名」
ぼくは首を傾げる。
「え。ていうかユニットなの?」
『何本生えてると思ってるんですか。豆苗の成長力舐めないでください』
「そうだけど」
てっきりこの塊でひとつの生命(?)かと思っていた。
まさか一本ごとに違うとは。
「さっきからひとりしか喋ってないけど」
『そりゃまあ、みんなで喋ったらうるさいですし……わたしが代表して……』
「代表」
『センターですから』
「センターどこ」
『ここです』
「わかんないんだけど」
『ほら。オーラとかあるじゃないですか。いろいろ』
「あーうん。なんとなくわかった」
ぼくは嘘をついた。
『というわけで、アイドルとしての、こう……わたしたちのチーム名を』
「うーん……どういうのがいいのかな?」
『売れそうなヤツですね』
「身も蓋もない」
『《豆苗っ子くらぶ》とかどうでしょう?』
「どうでしょうね」
『そんな微妙な顔するくらいなら考えてくださいよ!』
少し考えてからぼくは言った。
「じゃあ《TUM48》で」
『いや、パクリじゃないですか!』
「さっきのもパクリだったじゃない」
『いやまあそうですけど』
「ダメなの?」
『ダメですよ! オリジナリティがありませんよ。第一たぶん48本もいない……』
「本家も48どころじゃ――」
『それ以上はやめておきましょう』
「わがままだなあ」
『ほかに。ほかに何かないですか案』
「《茂れ豆苗シスターズ》」
『茂れて。いや茂れて』
「《豆苗ズ》」
『なんかもう寺の名前みたいなんですけど。道明寺とかなんですけど音』
「《桃色豆苗β》」
『だからパクリぃ!!』
「わがままだなあ」
ふぅ、と溜息をつく豆苗だった(そういう風に見えてきた)。
『わかりました。ここは最初に出た《TUM48》でいきましょう。オマージュとか、リスペクトとか。なんかそういうアレで』
「いいの?」
『いいんじゃないですか。あっちもあっちで亜種いっぱいありますし』
「大丈夫なの、そういうこと言ってコレ」
『興味がない人が見たらだいたいみんな同じ顔に見えるんですよね多すぎて』
「ねえあのそれ以上はやめてもらっていいかな」
豆苗に「同じ顔に見える」と言われる人間の気持ちをぼくは想像した。
できなかった。
『人間だってどうせ《KWD48》とかできても見分けつかないでしょう?』
「KWDって何。バイク?」
『カイワレダイコン』
「ああ……」
『カイワレダイコン総選挙とかどうですか。わかるんですか』
「まあ、カイワレダイコンの中での個性の差はわかんないかな……」
『ほら』
自慢げな豆苗だった。
豆苗がカイワレに上から行く感じ、ぼくよくわからない。
まあカイワレよりは豆苗のほうがなんとなくメインっぽい気がしないでもないけど……いやどうだろう……。
『さて。次はキャッチコピーです』
豆苗はめげない。
「キャッチコピー?」
『ええ。わたしたちのアイドルとしての売りです。何かないですか、お父さん』
「その呼び方本当に嫌だぼく」
『何かないですか?』
「めげないね豆苗は本当に……」
ぼくは少しだけ考え、それから言った。
「《和えてもイケるアイドル》」
『食べる気満々なんですけど!?』
「《炒めてもイケるアイドル》」
『そんなインスタントな感じで消費しないでください! もっと愛着持って!!』
「《スープに入れても美味しいアイドル》」
『猟奇的すぎませんか!?』
「だって豆苗だし」
『そりゃまあ豆苗ですけれど』
「ていうかもう《豆苗なアイドル》で充分に個性的じゃない?」
『意味わかんないじゃないですかそれじゃあ!』
「自分で言う?」
『プロファーザーさん!』
「職業扶養主ってどういうこと」
『ゴッドファーザーさん!』
「アイドル事業も手掛けてるのかな……」
『なんかないんですか!』
「……《いつもすぐ傍にいるアイドル》とか」
『それ! それいいです! やればできるじゃないですかプロデューサーさん!』
豆苗が笑顔を見せた。
そう。笑顔だ。
ついにぼくには豆苗の笑顔が見えるようになっていた。
それはとても魅力的な笑顔で。
確かに彼女たちはアイドルなのだと。
ぼくに、そう思わせるかのような光景だった。
『イケますよ! 目指せミリオン! そして武道館へ!!』
※
その後、彼女たちはステージを移していく。
小さな鉢から、もっと大きなステージへと着実に。
具体的にはまな板とかへ。
そして彼女たちは、ついにフライパンの上でデビューシングル《恋するフォーリン豆苗》の歌声を響かせた。
じゅうじゅうと響く炒め物の音色。
またチームβカロテンは鍋の中でスープとして生まれ変わる。
豆苗の収穫祭であった。
ぼくは心行くまで豆苗を楽しんだ。
とても美味しかった。育てた甲斐があるというものだろう。
彼女は確かに、ぼくにとってのアイドルだった。
彼女たちが最初に、あの太陽へ向かって手を伸ばしていた鉢の中を見る。
そこには今、TUM48の第二期生が生え始めていた――。




