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異世界転生管理局

「――女神様。女神様、起きてください、女神様」


 天使の声が部屋に響いた。

 補足しておこう。

 天使のように美しい声という意味ではない。

 話者が天使という意味である。


「――んぅ……ふぁ」


 天使の声に、微睡みから意識を引きずり出されたらしい。豪奢な寝台ベッドに横たわっていた女性が、どこか艶めかしい声とともにゆっくりと上体を起こす。

 もちろん女神だった。

 女性の神。

 神であり女性。

 すなわち女神である。

 どういう神話体系の女神かということに関しては、今回あまり本筋と関係ないので省く。


「おはようございます、女神様」

「あぁ……はいはい、おはよう……じゃなくない!?」


 半ばノリツッコミじみたことを言いながら、女神はがばと跳ね起きる。

 咄嗟に毛布を引き寄せ、それで身体を隠しながら、女神は天使に視線を向けた。


「何してんの!? ていうか、なんで入ってきてんの!?」

 明らかに焦りを露わにする女神。

 片や天使は、落ち着き払ったまま当たり前のように答える。

「何と言われましても。女神様を起こしにきたのですが」

「いや、そういうこと訊いてんじゃないから!」女神は女神らしさもなく叫ぶ。「なんで当たり前みたいに、レディの部屋に入ってきてるのかって話!」

「起きてこないからです」

「だからって男が寝てる女の部屋に来る!?」


 天使は男だ。宗教画などを見れば天使とかだいたい男性体なのでおかしいことはない。

 まあ宗教画のような子どもの姿ではなく、どう低く見積もっても二十代であろう金髪蒼眼の男だったが。いっそ喪服じみた黒のスーツに身を包んだ、APP18(イケメン)だ。

 天使は悪びれずに答える。


「はあ。しかし起こしてください、と私に頼んだのは女神様ですよ?」

「え、嘘!? わたしそんなこと言った!? 覚えてなんだけど!?」

「昨夜はお楽しみでしたね」

「やめてくれる!? 何言ってんの――っつーか何した! なんの話だ!?」

「ずいぶんとお酒を飲まれたようですね、という話です」

「え? あ、ああ。そういう……紛らわしいこと言う男だな、もう」


 寝起きで活動性の下がっていた頭が、徐々に回転数を上げたのだろう。ようやくのように、女神も昨夜のことを思い出す。

 今日から始まる仕事への逃避から、知神ちじんの女神と酒盛りをしていたのだ。


「いや、まあ確かに言ったかもわかんないけど……」

 首を捻りながら女神は言う。確かに、そんなようなことを頼んだ記憶があった。

「だからって、わざわざ部屋まで入ってくる? 女神のすっぴん見るとかあり得ないんだけどマジで」

「さっそくですが仕事の話に移らせていただきます」

「話聞いてる!?」


 天使のあまりの塩対応に、女神も戦慄だった。

 先日、仕事の補佐役サポートとして派遣されたばかりの天使だ。まだそう親しくもないのだが、すでにこれからが不安になってきてしまう女神である。

 こういうタイプの男は、むしろ打ち解けてきたあとが怖いからなあ……と。


「まあ天使に男も女もありませんが」

「ねえ、なんで口から出る声は聞いてないのに、心の声は聞いてるわけ?」

「――女神様には今日から《異世界転生管理局》の仕事に従事していただく予定です」

「舐めてんだろ貴様」

「まさか」


 ともあれ。

 異世界転生管理局とは、その名の通り死んだ人間が異世界へ転生する際の補佐として存在する組合だった。

 各担当世界を担当する男神や女神が、そこで亡くなった者から選抜された異世界転生適性者の相談役として、譲渡する能力チートや異世界におけるアドバイスなどを話す。

 女神は、今日からその仕事に就くのだった。


「なんでわざわざ起こしに来るかな……」

「だから、頼んだのは女神様のほうなのですが」

「や、まあそうだけど。そもそも神の世界は時間軸から切り離されてるんだから、こんな早くから起きなくなって、いつやったっていいじゃない……」

「転生する側は別に平気ですが。我々にも生活というものがありますので」

「世知辛いな、神界……」


 女神大を卒業したばかりの、新卒一年目の女神である。

 長かった研修がようやく終わり、晴れて一人前の転生管理女神として仕事を開始するのはいいのだが。

 同僚(先輩だが、地位は女神のほうが上という微妙な間柄)の天使はセメントだし、すでにいろいろ現実を見た感じだった。


「行きますよ、女神様。これでもギリギリまで待ったんですから」

「はいはい、わかりました……ねえ天使、朝ご飯は?」

「ちゃんと女神寮の食堂のおばちゃん女神様に取り置きを頼んであります」

「やだ有能」

「身支度まで含めて、三十分で済ませてください」

「やだ無情……」



     ※



「だいたいわたし、本当はこの仕事ぜんぜん就きたくなかったワケ」


 四十分後(化粧が間に合わなかった)。

 職場となる部屋に来るや否や、女神はそう不平を漏らした。

 昨夜のこともあって、化粧ノリが悪かったのだろう。


「就業初日からそういうこと言いますか」

 天使は淡々としたものだった。

 こういう天使だからこそ、女神のほうも逆に気安い口を利ける感じだ。

「だって、仕方ないじゃないの。ここしか受からなかったんだし」

 今、女神の世界はかなりの就職難だった。

「この仕事、そこそこ人気職なんですけどね……給料もそこそこで、何より楽ですし休みも多い」

「らしいけどさー」この女神も優秀ではあったのだ。「どうせならもっとやり甲斐っていうか……いや贅沢なことは言わないけどさあ」


 ――転生、転生、転生ねえ……。

 と女神は呟く。何やら含むところがある模様。

 あまりに訊いてほしそうだったため、天使は空気を読んで言った。


「なんでしょう?」

「いや。どうせロクな連中こないんでしょ、これ?」

「と、言いますと……」

「異世界に転生してチートで楽して生きようなんて人間、もうその時点で絶対ロクな人格じゃないじゃない」


 偏見を言う女神だった。

 天使は溜息。


「女神が人格を語りますか」

「女神だからこそ人間を語るのよ」

「その神格で人格を語りますか」

「おいテメエ。どういう意味だ言ってみろ。おい」

「いえ別に」

「……嫌だからね、わたし。最初のひとり目からクソニートのキモい萌え豚とか担当するの。女神様ブヒィとか言われたら、そいつの魂を煉獄まで叩き落としたくなる」

「選り好みできる立場とお思いですか」

「違うから言ってんじゃないの」


 転生者を峻別するのは、あくまで管理局の上層部の神たちだ。

 こうして直接に転生者と相対する女神や天使は、むしろ下っ端に近いのである。

 あくまで接客担当、窓口役と思っておくと近いだろう。


「――ま、いいわ。さっそく始めましょうか。ひとり目を呼んでちょうだい」


 諦めとともに女神は言った。

 上層部のベテランも、そういい加減な仕事はするまい。イケてるソウルの主人公タイプが来ることを祈りつつ、信じつつ女神は天使に告げる。


「わかりました。――では」


 天使が言った直後、部屋の光景が一変する。

 一面が真っ白い空間に変わったのだ。

 転生者用応接間である。

 用意された椅子に女神は腰を下ろした。その横に天使がバインダーに留められた書類をもって立つが、この姿は転生者からは見えない仕掛けになっている。

 書類をぺらりとめくり、そして天使が告げる。


「こちらがひとり目の転生者です」


 光――それが目の前に柱のように現れる。

 それが収まると同時、ふたりの目の前に転生者が現れる。

 彼は言った。


「――ブヒィ」


 女神は黙った。

 それはもう黙った。

 天使は普通に黙っていた。

 女神は言った。


「待って」

「なんでしょう」

「何これ」

「転生者ですが――なんですか、萌え豚じゃないでしょう?」

「萌え豚ではないけれど」

「なら」

「でも豚だよね?」


 女神は正面を見据えた。

 ブヒィ、と再び転生者は言う。

 というか、鳴く。


「豚だよね?」

「まあ豚ではありますね」

「豚じゃねえかよ」

「萌え豚が嫌とは聞きましたが、豚が嫌とは聞いてませんでしたので」

「いや、嫌とかいいとかじゃないよねコレ? 比喩とか罵倒語じゃなくて、生き物として豚だよね? 黒豚だよね」

「黒豚ですね」


 黒豚だった。


「これが――転生者と?」

「そう言いましたが。ひとり目と。聞いてなかったんですか? まったく……」

「いや聞いていたけれども。まったくじゃないから。それ完全にこっちの台詞だから。ひとり目っていうか、これ一頭目だから数え方」

「細かいこと言いますね」

「細かいこと言いそうなキャラの癖に――ねえ、これマジ?」

「マジです。仕事ですよ?」

「――……うせやろ?」


 ブヒィ。

 黒豚が大きな鼻をひくつかせる。


「なんで!?」


 ついに女神は叫んだ。天使は無表情を保ったまま、


「うるさい女神様ですねえ」

「いや、だっておかしいでしょうが! なんで? なんで豚!? ヒューマンちゃうの!?」

「複数世界を跨いでの仕事ですよ? 異種族だって入ることもあります」

「種族とかいう問題じゃないでしょコレ」

「あ、差別ですか? 嫌ですねえ女神様とあろう者が、まったく。命に貴賤はありませんよ」

「命に貴賤はないっていうか、この命にまず知性がないと思うんですけれど」

「上の決定ですから。いいからほら、仕事してください」

「えぇー……」


 もともと拒否権もないとはいえ。

 それでも、なんだかいいように丸め込まれているような、釈然としない気持ちを抱えつつ。

 女神は正面に現れた黒豚に向き直った。


「で、えーと……お名前は?」

「ブヒィ」

「何言ってんのかぜんぜんわかんないっ!」


 いきなり躓いた。

 天使が言う。


「いや、名前ですからね。固有名詞なんで」

「じゃあ何? この豚は名前が《ブヒィ》なの、ねえ!?」


 女神は再び黒豚に向き直り。


「出身地は!?」

「ブヒィ」

「さっきと変わってないんだよなあ!!」


 荒れ狂う女神様に向かって、天使は告げる。


「ところで、彼のパーソナルデータなら私が書類として持っていますが」

「なんでそれ最初に言わないかなこの天使は!?」

「なんか面白かったので。豚も上手いタイミングで鳴きましたし」

「この、テメッ……まあいい、早く寄越しなさいよデータ!」

「わかりました」


 天使は首肯。バインダーの書類に目を落とし、転生者の情報を女神に伝える。


「彼の名前はD‐46573号」

「ブヒィじゃないし、っていうか確実に畜産関係のご出身! 名前っていうか番号!!」

「死因は屠殺」

「そらそうでしょうねえ!」

「生前は北海道の広い農場で放牧され――」

「いいよ! もういいよ、いらないわよその情報! なんの役にも立たないんですけど!!」

「はあ……わがままな女神様ですねえ」

「なんでわたしが悪い流れ!?」

「女神はわがままなものとは申しますがね」

「ぐ、こっ、ぎ……大概にしろよ、この腹黒天使……」

「ブヒブヒ」

「豚は豚で鳴き方にバリエーションつけてくるんじゃないっ!!」

「……」

「そこは返事しないの!?」


 ――豚が返事するわけないじゃないですか、と天使は言った。

 女神はキレて、天使に向かって本気の裏拳を放った。天使はそれを躱した。

 ともあれ。


「不毛」


 女神は言う。

 黒毛豚に不毛も何も、と天使は答えた。

 女神は無視する。


「何? だいたい何、これ? 豚が転生って何? どういう意図でもってそういうことになってるの? 転生したとして、それでこの豚は何をするの、いったい?」

「さあ。それは転生者の自由というものでしょう」

「豚の自由意志って……」

「チート能力を得れば豚だっていろいろできますよ」

「たとえば?」

「魔物となって人間に復讐するのもアリですし」

「それはオークなのでは」

「豚ハーレムを作るかもしれません」

「それは農場なのでは」

「再び家畜として生きることも幸せのひとつのカタチかもしれないですね」

「異世界ハム……」

「まあ、女神様がどんなチートをお渡しするか次第ですよ。そのためのヒアリングです」

「わたし豚語はわからないんですけど……」

「豚も人語はわかりませんからね」

「どうしろと」

「神の権能で脳内に直接語りかけてください」

「めんどくせえ……」


 けれどもお仕事。

 女神は豚の脳内に直接語りかけます。


「聞こえていますか。聞こえていますか? 豚よ……今あなたの脳内に直接語りかけています……聞こえていますか……?」

「ブヒィ(肯定)」

「哀れあなたは亡くなってハムにされてしまいました……」

「フゴフゴ(哀愁)」

「そんなあなたに異世界へ転生して、新たな豚生を歩む権利を与えます……」

「ブゥ(歓喜)」

「第二の豚生をよりよいものへと変えるため、わたし、女神からあなたに特殊な能力を贈らせていただきます……」

「プギィ(驚愕)」

「さあ……どんな能力がよいですか……?」

「ブーブー(疑問)」

「どんな能力があるか、ですか……? そうですね、たとえば人間への変身能力なんて女神的にはオススメですが……」

「ブヒィ(肯定)」

「あ、これ? これでいい? そうですか。ではそんな感じで……」


 女神は黒豚に人間へと変身するチート能力を贈与した。

 当然、それだけではブヒブヒ言う人間ができあがってしまうため、ついでにINT値を大幅に上昇させるおまけつきだ。人間としての常識や価値観もきちんと与えてあげた。

 賢くなった黒豚が、さっそくチート能力を用いて人間の姿へと変身する。


「おお……! この僕が人間に……!」

「……いいんですか?」


 脳内に直接ではなく、口頭で女神は問う。

 豚の姿を見て。

 黒豚はといえば首を傾げて、


「何がです?」

「いや。ほら……せっかくいろんな姿に変身できるのに」

「はい?」

「なんで、その……そんな」

「そんな?」

「そんな……年のいったおじさんの姿に」


 豚は今、麦わら帽子を被って首の周りにタオルをつけた白Tシャツにジーンズ生地のオーバーオール姿をした、七十代くらいのおじさんになっていた。


「ああ」と豚。「いや、思いつく人間の姿がこれだけだったので」

「なんで……」

「農場のおじさんくらいしか見たことないから……」

「あー……」


 それはともかく。

 こうして女神の最初の仕事は終わった形だ。

 転生する黒豚へ餞の言葉を贈る女神。

 これもお仕事です。


「では、第二の豚生? うん、人生? 一度目の……うん? まあよくわかんないですけど、異世界生活を楽しんでくださいね」


 豚(?)は答えた。


「と、ところで女神様かわいいね……ブヒィ」

「いや萌え豚になってんじゃねえよ」


 豚は異世界へと去った。

 それを見送って、女神はほっとひと息をつく。

 その脇で天使が小さく言った。


「お疲れ様です、女神様」

「あ、うん。天使もお疲れ様です。いや本当に疲れた……あり得ない……」

「とはいえまだまだひとり目ですからね」

「まだあるんだ……」

「そりゃそうですとも。女神様には早く仕事に慣れていただいて、どんどん転生者を捌いていただかなければ」

「あっそう……で? 次はいったい誰なわけ?」

「さっそくお呼びしましょうか」

「待って。その前に教えて。――さすがに次も豚だったりしないわよね?」

「そんなまさか」


 天使は無表情で言った。


「――次は牛です」

「今日の仕事はここまでにしましょう!」


 異世界転生管理局での仕事は、まだ始まったばかりだ――!(打ち切りエンド)

「たまに、これを書くお前の頭の中身が気になってしまう」

「ハハハどういう意味だオイ」

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