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ジャック・ザ・パーリー!

 ホワイトチャペル・マーダー。

 あるいは切り裂きジャックジャック・ザ・リッパーと言ったほうが通りはいいか。

 十九世紀末のロンドンを騒がせた連続猟奇殺人事件――おそらくは最も有名な未解決事件の、犯人。

 売春婦ばかりを狙い、鋭利な刃物で喉を裂き、内臓を摘出するという残虐性。また犯人からと思しき投書が新聞社に届けられたという話題性――劇場型犯罪の元祖とも呼ばれている。

 二十一世紀となった今もなお、その犯人は不明とされている。


 さて。僕は、その事件のことが好きだった。

 などと言うと盛大な勘違いを生んでしまうだろうから、あらかじめ言い訳をしておくけれど、別に猟奇殺人に興味があるとか、サイコパス的な嗜好があるとか、そういうわけじゃない。グロいものは普通に苦手だ。

 ただ、それでも誤解を恐れずに言えば、この事件にはある種のロマンがあると思う。

 被害者からすれば堪ったものではないと思うけれど。霧と煙の街――十九世紀のイギリス、ロンドン。かの最も有名な名探偵、シャーロック・ホームズを生んだ時代、場所。シリーズ一作目である『緋色の研究』の発表の翌年に起きた事件。僕のような人間にしてみれば、不謹慎とはわかっていても、そこにロマンを感じざるを得なかった。

 それは最高の幻想だ。

 霧の都(ロンドン)に消えた連続殺人鬼。誰より有名で、けれど誰より正体不明の切り裂き魔。

 ジャック・ザ・リッパー。

 その正体を、誰だって一度くらいは妄想したことがあると思う。もちろん、今となっては正体なんて、どちらかといえばむしろ知りたくない。幻想は幻想のままであってほしい。

 正体を知りたいと思う気持ちと、正体不明であってほしいと思う気持ち。それは決して矛盾しないはずだ。


 被害者の解体方法から、犯人は高度な知識を持った医者であるという説がある。何人もの女性が殺されていることから、警戒されずに近づける女性が犯人だという説もある。いやいや女装した美形の男だという説もあれば、実は幼い子どもではないかなんて説もあったし、売春婦から相手にされなかった浮浪者なんて説もあれば、果てはロンドンで亡くなった亡霊の怨霊が行ったなんて説まであった。

 もちろん、そのどれもが仮説の域を出ない。というかもはや、なんでもアリというレベルですらあった。

 それでいいと僕は思う。いや、そうでなければならないという信仰にさえそれは近い。

 そう、これは信仰だ。

 ジャック・ザ・リッパーは、僕の中で――いや人類の歴史の中で、永久に幻想として生き続ける。そういう、いわば祈りにも似た気持ちが僕の中にはある。


 けれど。

 それでは納得しない者たちがこの世にはいた。

 それは誰か。


 ほかでもない――ジャック・ザ・リッパー本人たち(丶丶)である。



     ※



 その日。僕は放課後、高校の図書室に居残って本を読み耽っていた。

 読みかけていた推理小説ミステリを読破してしまい、そのあとは時間が微妙だったこともあり、適当に並べられていた雑誌類に目を通した。

 見出しは《現代に蘇った切り裂きジャック》。昨今では話題の通り魔事件についての記事だ。

 事件そのものはここから遠い昏咲市という場所で起きており、そのセンセーショナルな猟奇事件は日本だとかなり珍しい。すでに何人もの女性が犠牲になっていることから、かなり深刻な問題だ。連日のようにニュースで取り上げられており、警察当局へのバッシングもネットや各種メディアによって開始されている。

 早く犯人が捕まればいい。と、僕は他人事ながらに思った。


 このこともあらかじめ言っておこうと思う。

 その事件は、これから僕の周りで起こる騒動パーティーと一切の関連性がない。伏線とかではまったくない。

 のちに《昏咲市連続猟奇通り魔殺人事件》と長い名前で呼ばれるようになる事件と、僕が直接に関わることは最後までなかった。その事件は、僕とはまるで関係ないところで終息する物語だ。

 これは、言っておかなければならないことだろう。


 だからこのとき僕が考えていたのは、本当に下らないことだった。

 ――《現代に蘇った切り裂きジャック》って見出し、すげえダサいよなあ。

 とか、そんなこと。この言い回し、いったい何回使われたんだろう、とか考えていた。ジャックさんは現代に蘇りすぎだと思う。何かあればすぐ転生ジャックさんのせいにされる。

 まあ所詮、三流ゴシップ雑誌の記事なんてそんなものだ。エログロナンセンスを平成の今も地で行くしかない。

 その程度のことしか、僕は考えていなかった。

 そんなものを、この先の伏線だと言われても僕が困るというものだ。


 とまれ。そんな感じでつらつらつれづれ、僕は雑誌を読み耽って時間を潰した。

 元より読書は趣味のひとつだ。コスパに優れる最高の趣味だと思っている。高校進学を機にひとり暮らしを始めた僕にとって、節約生活は重要な課題だ。お金はかからないに越したことがない。

 やがて下校時刻を知らせるチャイムが鳴り、僕は鞄を提げて帰路につく。

 ギリギリまで時間を潰していたのは、通学路の途中にあるスーパーのタイムセールを待っていたからだ。最終下校時刻である午後九時まで待っていると、かなりいいタイミングで十一時閉店前の値下げ時間で店に着けるのだ。


 というわけで、僕はそのスーパーに寄り道をして帰る。

 ひとり暮らしを始めたからといって、劇的に料理が上手くなったりはしない。しないが、それでも最低限の自炊くらいはひと通りこなさなければならない。

 目当ての商品はおおむね買い揃え、右肩に通学鞄、左手にはレジ袋を提げて徒歩での帰路に着く。


 時間は、すでに夜十時を回っている。

 自宅の前まで来ると、元より市街地からは離れているせいだろう。通りには人影がほとんど見られない。

 辺りは畑が多く、少ない頻度の街灯を除けば、星と月だけが道を照らす光源だ。

 まあ、だからといって怖いかといえば、そんなことはまったくないのだが。

 世間を騒がせる猟奇通り魔も、僕にとっては遠い話。心理は距離に比例する。地球の反対側で起きる不幸に、涙を流すほうが嘘くさいと僕は思った。

 ――きっと誰だってそうなのだろう。

 自分だけは被害者にならないと、根拠もなく妄信している。


 この僕がそうであるように。


「……ん?」


 だから。そのとき耳に響いた音に、僕は危機感なんてまったく覚えない。

 抱いたものがあるとすれば、それはむしろ好奇心。

 ガキン、ガキン、と金属をぶつけ合わせるような音が、どこか近くから響いてくる。どうやら進行方向だ。

 ちょうどこの先には、小さな公園がある。ときおり玩具みたいなバケツやボールが落ちているから、誰かは使っているのだろうが、生活リズム的に子どもの影を見たことがない――その程度の小さな公園。

 なんの音だろう、と疑問しつつも、警戒せず僕はその方向に向かう。

 不良が溜まり場にするような場所でもなし。その先に、危ないモノが待ち受けているだなんて発想は一瞬たりとも浮かばなかった。


 やがて、その小さな公園へと辿り着く。

 ガキンガキンとうるさい音は、ここに来てはっきりと鼓膜を揺らしていた。

 ちょっとした興味から、僕は公園の中を覗きに進路を変えた。自らの意思でそこに寄ったのだ。

 まったく想像していなかったのだ。


 そこで、ふたつの影が互いに殺し合っているなんてことは。


「――は?」


 停止した思考が、そんな音だけを喉の奥で形作った。

 影だ。そこには影がふたつあった。

 正確には、人影と表現するべきなのだろう。だが闇のような黒さが――暗さが、それを人影というより、ヒトガタをしただけの立体的な影だと僕に認識させた。

 その両方が、黒い布をすっぽりと纏った奇妙な姿をしている。

 片方は身長が高い。演劇に使う黒幕から作ったみたいな外套を纏っており、その表情はフードで隠されていた。もう片方もほとんど同じだ。違いといえば身長くらいで、こちらはだいぶ小柄だった。

 ただ、何より目を引く共通点は、両者揃って肉厚の――それこそ包丁みたいなナイフを握っていることだ。

 それを武器にして、互いに斬り合っているということだった。


 殺し合いだ。両者は互いを必殺するべく、得物をその手に振るっている。

 殺陣の撮影だ、なんて自分を騙す発想はまるで浮かばない。そこに明確な殺意があることを、勘違いする余地などなかった。誰が見たって絶対にわかる。

 どろどろと濁りきった、暗黒を煮詰めきって蒸発させたみたいな空気――それこそを殺意と呼ぶのだと。


「――ひ……っ!?」


 だから、そんな悲鳴が出た。喉を擦るようなか細い音が。

 抑えられるわけがない。僕は単なる日本の高校生で、こんな修羅場を経験したことはない。

 僕の人生で最高の域にある恐怖を、学校からの帰り道で拾わされたのだ。それ以上の不意打ちなどなかった。

 その瞬間。

 殺し合うふたりの視線が、四つ揃ってこちらを向いた。僕の声を聞かれたのだろう。

 間抜けの極みだ。尋常ではない殺し合いを繰り広げる誰か。

 そんなモノに見つかったとき、自分がどうなるのか(丶丶丶丶丶丶)想像できていれば、声なんて上げられるはずがないのに。


 ――殺される。

 と、そこで初めて思った。


「……見られている、ようだな。これも導きというものか」


 背の高いほうがそう言った。僕はその言葉を、言語として理解する余裕がない。かろうじて男の声だと判断できたくらいだ。

 そんな僕など歯牙にもかけていないらしく、背の高い男の影は言葉を続ける。


「ふむ。厄介なことになる前に、殺しておくのが吉と見る」


 言うが早いか、男はこちらに向き直って肉厚のナイフを一度振るった。

 あっさりと。僕を殺すと決めたように。


「――させない」


 それに、答える声がひとつ。こちらは幼い女の子ような、高く響く声だった。

 小柄なほうの人影が、僕を庇うみたいにして、背の高いほうへと立ち塞がったのだ。


「無関係の相手を殺す必要はないはず。しかも彼は見えてる(丶丶丶丶)。それはルール違反だ」

「おいおいおいおい、笑わせるな! 我々(丶丶)が何者であるのか――それを忘れたわけではあるまい! 我々は殺人鬼だぞ、目撃者を消して何が悪い?」

「違う。私たち(丶丶丶)は無差別殺人者じゃない。それを競っているわけではないはず」

「は――甘すぎる。やはりお前などを本物とは認められんな。見えているからこそ殺すのだよ。ほかの連中の《協力者》が増えることなど、お前だって望むまい? それとも――うん? まさか、お前――」

「…………」

「やはりそうか! 傑作だ! お前、協力者を見つけていないのか!! それでよくこの狂宴パーティーに参加できたものだな!?」

「……なんとでも言えばいい。彼を殺すっていうなら、私が止めるだけのコト」

「はっ。つまらん、興が削がれた。最悪の気分だ」


 そんな会話で――何ひとつ意味のわからない会話で僕の処遇を決めて、背の高いほうが踵を返す。

 僕は、まるでついて行けていなかった。


「吾輩は貴様などを敵とさえ認めん。どこへなりとも消え失せろ。お前は確かに――殺すにも値しない幻想だ」


 言うなり、背の高いほうの姿が消えた(丶丶丶)

 それこそ文字通り。煙のように、霧のように――影のように揺らめいて消える。

 明らかに常軌を逸していた。残った背の低いほうの存在がなければ、それこそ夢だと思ったかもしれない。

 だが現実として、目の前にはフードを被った黒ずくめがいる。

 現実味なんてまるでないのに、夢ではないとわかってしまう。


「……ごめん。巻き込んでしまった」


 そいつが言う。

 この時点ですでに僕は、なぜか全ての危機が去ったかのように思えていた。

 それはきっと、僕に声をかける彼女の声音が、ことのほか優しいものだったからで。

 もうひとつ重ねて言うのなら、やはり僕に危機感が欠けていたからだ。


「ああ、うん。いや、よくわかんないけど、今、僕のこと助けてくれたんだよね?」

「いや……いや、別にそんなことはしていないのだが」


 人影は視線を逸らした。といってもフードに隠れている以上、その顔なんて見えないのだが。

 照れているのか。だとすれば少し可愛らしい――と思うことは思ったが、考えてみれば今の今まで、目の前で殺し合いを続けていた人間だ。そんな風に思うのは間違っている気がする。

 ただ、少なくとも残ったほうの彼女――身長から察するに小中学生くらいだろうか――は僕に害意を持っていないようだし。さきほどのやり取りを見るに、そもそも人間かどうかも怪しいし。

 もしその気なら僕はすでに死んでいる。生きているのはその気がないからだ。

 そんな理屈で、平静を取り戻しつつある僕だった。我ながら、意外と図太いのかもしれない。


「まあ、とりあえず助けてくれてありがとう」

 頭を下げた。人影は、なんだか酷く気まずそうに手を振る。

「い、いや、その、本当にいいんだ! なんというか、あのままでも実は別に君に危険はなかったというか、なんというか?」

「はい……?」

「あーっと、そうだな……その辺りのことを、君は知っておくべきだろう。うん。説明しないといけない」

 何やら頷いて、そして――少女が被っていたフードを外す。


 端的に申し上げまして。

 ものすごい美少女で御座いました。

 敬語。


「……かわいい」

 それこそ思わず、呆然と口に出してしまうほどには。

 僕は見惚れていたのだと思う。

 実際、そんなことを言うつもりはなかったし、言ったところでその程度の褒め言葉、慣れているはずだと思った。

 だが少女は頬を赤らめさせると、少し俯いて小声で言う。

「っ! いや、そ、そういう世辞はいい……」

 いやかわいいなマジで。

 白い髪に黒い瞳。夜霧のような少女だった。

 僕は健全な男子高校生であるからして。健全な男子高校生はかわいい女の子が頬を染めていればそれだけで警戒を解くほどに馬鹿だ。たとえ相手がみすぼらしい服装をして、片手に刃物を握り締めていたとしても。

 僕の場合、顔を見る前からすでに警戒なんてしていなかったので、より馬鹿だろう。

 あまりにも馬鹿すぎて、このとき僕が考えたのは「なんとかして連絡先を訊き出さねば」ということだった。我ながら頭が悪すぎる。

 僕は訊ねた。


「えっと、名前は? てかどこ住み? RAINやってる?」

 RAIN(レイン)とは最近やってて当然感のあるメッセージアプリで、相手に文章を送ると既読がつく。

 既読スルーされると悲しみの涙がちょちょぎれるという点で《雨》の名を冠したとかなんとか。

 ……どうでもよすぎるな。そして今これを言うべきではなかったような気がする。女の子が混乱してしまう。

「え? 何……れいん? え……?」

 僕はちょっと、思ったことをそのまま言ってしまうきらいがある。

 その辺、直したほうがいいな、と反省しつつ誤魔化した。

「ごめんなんでもない。名前を訊いてもいいかな。ほら、助けてもらったお礼もしたいし」

「……そうか。そうだな、名乗らせてもらうとしよう」

 少女は微妙な表情で頷くと、それから一度咳払いをして。

 そして名乗った。


「――私はジャック。ジャック・ザ・リッパー」

「は?」

「このたびの《ジャック・ザ・パーリー》において、真のジャックを決める争いの参加者として顕現した」


 僕は言った。


「馬鹿なの?」


 だから思ったことを以下略。



     ※



 割と不機嫌になった少女を宥めながら自宅に連れ込んだ。

 いや、誤解しないでほしい。別に疚しい考えなど持っていないのだから。

 ただ「君に伝えておかなければならないことがある」という少女の言葉を受け入れて、場所を提供しただけのことである。それだけだ。


 少女――まあジャックと呼ぶことにしようか――は、僕の自宅に来ると外套を脱いでちょこんと座った。

 座布団の上に。卓袱台の前に。

 その様子は確かにかわいらしかったし、かなり薄着で体のラインが浮き彫りになる(幼児体形だったが)少女は割とこうなんか目のやり場に困る系のアレだったが、事情が事情なので仕方あるまい。

 ということにする。

 なんとなく流れでお茶を淹れて、湯呑に注いで提供した。ジャック(仮)はその前で不思議そうに首を傾げ、その全てを無視して語り始めた。飲まんのかい。


「……さきほども言ったように、わたしは切り裂きジャックジャック・ザ・リッパーだ」

「はあ……まあ、そういうことにしてもいいけど」

 僕は答えたものの、正直「何言ってんだコイツ」という気分である。

 何? なんかそういうコスプレとか流行ってんの? 不謹慎って怒られない? 平気?

 などと突っ込まずにいられたのは、あの公園で影のように消え去った男を見ているからだった。

 荒唐無稽でも、そこに理屈がつくのであればとりあえず聞くとしよう。それくらいには平静だった。

 少女は頷いて言葉を続ける。

「そう。まだ正確には真なるジャックの座を射止めたわけではない」

「そういう意味合いで言ったんじゃないけど。まあいいや、続けてどうぞ」

「私のことが見える君なら、ジャック・ザ・リッパーと語られる殺人鬼の正体に、様々な説があることは知っているだろう? ジャックに興味のない人間には、ジャックを見ることもできないからな」

 哲学かよ。って突っ込みたい。

「だが今になってなお、本物のジャックが誰かという結論は出ていない。私たちはな、その本物となるためにジャックの座を競って戦っている――ジャックの正体として挙げられた仮説のひとつなのだ」

「ええ……?」

「さきほど戦っていた相手も、だからジャック・ザ・リッパーの正体の一仮説。たぶん医者説だろうな」

「アイツもジャックで君もジャックってことか。もうワケわからんな」

「わたしは、なんだ、その、いわゆる女の子説が形となって具現化した幻想の存在といえる。私たちは最強を証明することで、真のジャックの座に着こうと戦う、カタチとしては存在しない亡霊のようなものなのさ」

「さいですか……」

「そして。この真のジャックを決める戦いを指して、《幻想たちの饗宴》――ジャック・ザ・パーリーと呼ぶ」

 ジャックは大真面目でそんなことを言う。

 なんというか、もう突っ込みどころしかなかった。駄洒落じゃねえか舐めてんのか。


「――えーと。いくつか質問あるんだけど、いい?」

「構わない。なんでも訊いてくれ」

「まずなんで日本でやる? イギリスでやれよ本場でよ」

「日本がいちばんジャック犯人仮説が多いからな。私のような女の子説など海外ではそう生まれない」

「それ仮説か? 妄想の間違いじゃないの?」

「私が偽者だっていうのか!」

「そういう次元じゃないって言ってんだけどね?」


 話が進まなかった。

 息をつき、僕はそれから言う。


「オーケーわかった、ひとまずは信じるとする。君ら、いわば《ジャック幻想》とでも言うべき存在が具現化して、互いに最強を競うバトルロイヤルをしていると。最強の座に就いたひとりが本物のジャックの座に就くと。あってるな?」

「あってるが……理解力凄いな君」

「サブカル民ですから。――ジャックってそんな戦闘力いる仕事か?」

 別に強いからジャックってわけでもなかろう。

 紐解いてしまえば、所詮は卑劣な通り魔でしかないと言えるわけで。

 その辺りに僕は違和感があった。

「なんだろ……それこそ、通り魔的に一般人を殺した数を競う、とかのほうがしっくりは来るな。いや、そんなことされても困るんだが」

「それはできない」

 ジャックは首を振って言う。

 まあ、僕を助けてくれた彼女のことだ。確かにそんなことはできないだろう。

 と思ったのだが。

「さきほども言ったように、私たちは所詮、仮説が形になっただけの単なる幻想だ。幽霊みたいなものだと思えばいい。――要するに、現実の人間に危害を加えることなんてできないのだ」

「はあ……え?」

「実践してみせようか」

 言うなり、ジャックは持っていたナイフを取り出すと、僕の脳天に向けてそれを突き出、

「――何すんじゃあい!?」

 卓袱台を挟んで対面に座っていた僕は、驚きのまま後ろに転げてしまう。

 そんな動きは、もちろんジャックの人知を超えた動きに間に合わず、ナイフはあっさりと僕の脳天を貫き。

 まるで、透き通るかのように影響を及ぼさなかった。

「うぇ……?」

 混乱する僕に、ジャックはナイフを仕舞い込んで言う。

「わかっただろう? 私たちは、現実の人間に干渉することができないのさ。そもそも普通は見えないしな、私たちのこと」

「僕は見えてるけど……」

「それは君が、ジャック・ザ・リッパーに興味のある人間だったからだ」

「えぇ……」なんかこう、なんだろうな。「だいたい、さっきの奴は俺を殺すみたいなこと言ってたじゃねえか」

「あれは……だから無理なんだ。口だけなんだよ」

「いや口だけってアンタ」

「私たちは曲がりなりにも真なるジャックの座を目指しているわけで。だから、こう、なんだ。それっぽいことを言いたいという、アレが、まあ、何、あるわけだ。……うん」

「え? じゃあ何? さっきのアレは、本当は僕に手出しなんてできなかった癖に、なんかそれっぽい(丶丶丶丶丶)ってだけで適当抜かしてたってこと!?」

「まあ、そうなるな」

「そうなるな、じゃねえよ! むしろダセえよ! なんか逆にがっがりだよ!」

「すまないなウチのジャックのひとりが」

「馬鹿なの!?」


 僕は思わず叫んでいた。そりゃそうだろう。

 なんだこの茶番。さっきまでのシリアスはどこに消えた。


「つーかお前だって乗ってたじゃねえか! 何さらっとさっきの奴だけに責任押しつけてんだ! お前だって普通にそれっぽいこと言ってただろ!!」

「し、仕方ないだろ! 私だって本物の座を目指しているんだぞ! なんかこう、格好いいこと言いたかったんだもん!」

「だもん! じゃねえよ! かわいいか!」

「え、あ、ありがとう……」

「は? いや、どういたしまして……」


 なんか変な空気になった。

 じゃねえ。


「と、とにかくだ!」

 誤魔化すようにジャックは言う。誤魔化すようにっていうか、もう明らかに誤魔化していた。

「私たちを目視できる君には、これからも危険が及ぶかもしれない。君はもう巻き込まれてしまったんだ、このジャック・ザ・パーリーに」

「いや、お前ら俺に危害は加えらんねえんだろ」

「君はもう巻き込まれてしまったんだ、このジャック・ザ・パーリーに」

「二回言うな。わかったよ」

「だが心配はいらない。君のことは私が守る。だから代わりに、私の協力者パートナーになってくれないか?」

 ジャックは言った。

 いろいろとアレではあるが、美少女から「パートナーになってほしい」と言われて悪い気はしない。

 しないが、それはそれとしてだ。

協力者パートナーったって……具体的には何をすればいいんだよ?」

「もちろん、私が真なるジャックの座を射止めるか、あるいは負けて敗退するまでの応援だ」

「何? 後ろからフレーフレーって言ってればいいの?」

「具体的には衣食住をどうにかしてほしい」

「舐めんな」


 僕は吐き捨てた。

 ジャックが真っ赤になる。


「し、仕方ないだろう! 私たちだってお腹は減るんだ! でも誰にも見てもらえないから食事は得られない!」

「知るか! 見えないならその辺から適当にパクって来い!」

「窃盗は犯罪だぞ!」

「殺人犯が言うことかお前ェ!!」

「ジャックは殺人以外できないんだよ!」

「何その縛り!? いろいろと大丈夫なのかそれ!」

「大丈夫じゃないから頼んでいるんだ!」

「知るか! 勝手にしろ! 確かに僕はジャックが好きだが、殺人犯を援護するようなことはしない!」

「うわーん! お願いだよう……もう三日も何も食べてないんだよう……うう、ひっく」

「泣き落としィ!?」

「ぶえぇ……お願いしますぅ……ここで見捨てられたらもう行くところがないんですぅ……幻想でもお腹は減るんですぅ……ひっぐ、もう公園で寝るのは嫌だよぅ……っ」

「わーっかったよ! もう、なんなんだよお前はさあ! 僕はお前に幻想を殺されてるっつーんだよ!」

「ジャックだからー。ジャックだからぁー」

「わかったっつってんだろ!」


 卓袱台越しに縋りついてくるジャックを強引に引きはがす。

 まあ、人間じゃない(?)とはいえ、泣き喚く見た目美少女を見捨てるのも良心が咎める。


「仕方ないから、ここに住むくらいは許可してやる。ひとり暮らしだしな」

「ありがどうございまずぅ……!」

「俺の服で鼻をかむな! あとひとつ言っておくけど、お前らのパーリーには協力しないからな!」

「なんでぇっ!?」


 絶望の表情を見せるジャック。

 だが当たり前だろう。僕はジャック・ザ・リッパーのファンなのだから。

 これでも。

 だからこそ認められない、受け入れられないこともある。

 それは、


「――お前が本物とか嫌なんだけど僕」

「えええええええええええっ!?」

「僕的には、ジャックには正体不明であってほしいし。仮に決まるとしても女の子とか……なんか興醒め」

「興醒め!?」


 ともあれ。そんな感じで。その夜から。

 僕らの《ジャック・ザ・パーリー》が開催されるのであった。

 どっとはらい。

「……最初のシリアスどこ消えたの?」

「いやこれ最初からコメディだから。ジャック・ザ・パーリーだぞ。頭の悪さはその時点で感じてほしかった」

「しかも短編ですらないしな。連載の第一話みたいになってるしな?」

「それは言うなよお前……」

「久し振りの間隙短編がこれって……いや、それはいつもこんな感じか」

「戦争かな?」

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