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第八話 給料日前のヒーロー達

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。

「お、今日もカニおじちゃんが来てるぞ」

「ねえねえ、今日は何して遊ぶ?」

「いや、今日は遊びに来たのではなくて……」

 彼は今、近所のちびっ子に囲まれてもみくちゃになっていた。

 クラブソルジャーは右手のカニばさみに黒マントという珍妙な格好もあってか、近頃は公園に出没するたびに好奇心旺盛な子供達にからまれている。しかし、彼は怪人であるにもかかわらず根っからの外道というわけでもなかったため、それを無下に扱うことはできなかった。

 で、気がつけば子供達になつかれまくり、しまいには非番の日は自主的に公園を訪れて遊びに付き合うこともあるのだった。

「申し訳ないが、今は仕事中なのだ。だから、君達と遊んでいる暇はない」

 だが今回は、総裁直々の命令で公園に来ているため、人間の子供にかまけている場合ではない。頭ではきちんと理解できているのだが、こうも愛嬌を振りまかれると無視することもできないのだった。

「じゃあ、今日は遊んでくれないの?」

「僕達、おじちゃんと遊ぶの楽しみにしてたのに」

「うう……」

 ああ、駄目だ。人間どもよ、そんな潤んだ瞳で我を見つめるでない。

 クラブソルジャーは必死に目をそむけようとするが、純真無垢な眼差しを注がれるとどうしても首がそちらの方に向いてしまう。

「わ、わかった。仕事が終わったら、遊んであげるとしよう。それまでは、向こうの広場でお友達と遊んでいなさい」

「はーい。絶対来てね、おじちゃん」

「約束だよー」

 どうにか子供達から解放されたクラブソルジャーは、左手で額を押さえながら溜め息をついた。

「はあ。我の目的はこの地域をダークグローリアのものにすることであるというのに、人間どもと仲良くなってどうするのだ。まあ、奴らに我らとの共生の意志があるのかの調査としてなら話は別なのだが。かといって、あまり肩入れすると何かと不都合が……」

「そこまでだ、怪人!」

 ぐううう……。

「ん?」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「またあいつらか。しかし今、変な音が聞こえたような」

「そんなことは気にするな。とうっ!」

 ぐううう……。

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

 ぐううう……。

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

 ぐううう……。

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

 ぐううう……。

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

 ぐううう……。

 ぐううう…………。

 ぐううう………………。

 ヒーロー達は掛け声に合わせてポーズを決めているが、何かおかしい。仮面のせいで表情は見えないが、何となく覇気がないような感じがする。若干であるが、身体もふらついているようだ。

「ううむ、やはり気になって仕方がない。何なのだ、このぐうぐうという変な音は」

「あ、やっぱツッコんじゃいます? 実は俺達、給料日前で腹ペコなんだよ」

「は?」

 給料日前で腹ペコとな?

 三人の中でも特にしおれかかっているレッドの言葉に、クラブソルジャーの周囲に渦巻く疑問符はさらに増加した。

 それに答えるように、次はブルーが事情を説明する。

「ヒーローも、世の中に存在する職業の一つです。一般的な会社員などと同じように、給料は決められた日時にならないと支給されないのですよ。給料日前の数日は、財布がすっからかんになるというのは人間界では常識のこと。なので、僕達はお腹を鳴らしながらここに来たというわけです」

「いや、常識とまでは言わぬだろう。個人の金銭感覚に委ねられているというか……」

 というか、腹ペコで任務に臨まなければならないほど生活に困窮するなんて、こいつらは一体どのような金の使い方をしているのか。

「あーあ、やっぱ今月はコンパ開き過ぎたかなあ。週五で開催したら、流石に負担がでかいというか」

「ふう、やはり今月は本を買い過ぎてしまいましたね。趣味には金を惜しまぬ主義であるとはいえ、一気に百冊近く買いこんだのは痛手でした」

「うーん、今月はブランド物買い過ぎちゃったから仕方ないか。あのバッグも、服も、アクセサリーも、ぜーんぶかわいかったし。彼氏からのプレゼントだけだと足りないのよね~」

 あ、なるほど。そりゃあひと月もあれば給料もなくなりますね。

 ヒーロー達のとんでもない浪費っぷりを耳にし、クラブソルジャーは納得した。

「にしても、腹減ったなあ……」

 そうわざとらしく言いながら、大げさな素振りで視線を移すレッド。仮面に隠れたその目は、怪人の姿をしっかりととらえていた。

「な、何だ。我は食べ物など、持ち合わせておらぬぞ」

「いやあ、ちょっとね。そのカニ爪、いいなーって思って」

「⁉」

 命の危機を感じたクラブソルジャーは、マントで右手のカニばさみを覆う。

 動揺のあまりオロオロしながら、震える声で尋ねた。

「い、いいなって、それはどういう意味だ」

「だから、そのカニ爪。いい色してるなーって。新鮮というか、鮮度抜群っていうか」

「き、貴様。ひょっとして、我を食う気か?」

「いや、本体はいらない。俺が欲しいのは、そのカニの部分ね。カニしゃぶ、カニすき、カニ丼……」

 ぐううう……という腹の虫とともに、どこからかじゅるりという生々しい音が。

 それに影響されるように、ブルーとピンクもクラブソルジャーの右腕に注目する。

「そうですね。あれだけ大きければ、三人で分けても腹を満たすには充分過ぎる量が得られそうですよ。僕、料理は得意ですし」

「あらあ、あたしだってお料理に自信はあるわ。ついでに言うと、あたし甲殻類だーい好き!」

「……!」

 やばい。こいつら、完全にカニ爪を狙っている。今夜の晩餐にしようと、悪の怪人の身体の一部を奪い取ろうとしている!

 クラブソルジャーが一歩後退すると、ヒーロー達は一歩前に進む。

 三人の息は、普段のチームワークの悪さからは考えられないほどにぴったりであった。

「おい、貴様ら。いくら空腹に耐えられぬからといって、怪人を食うという発想はどうかと思うぞ」

「いいじゃねえか、カニ爪の一つや二つ。どうせ組織のアジトに帰ったら怪人担当のドクターとかがいて、すぐに再生してもらえるだろ」

「再生すれば食っていいという問題ではない。我にとってこの腕は、いくつもの戦いを乗り越えてきた大事なものなのだ。そう易々と、食用目的で奪われてなるものか」

「まあまあ、そう固いこと言うなよ。お腹を空かせた哀れな人間に、恵みを施すと思って。ほら、また鳴るぜ」

 レッドが腹をなでるのと同時に、腹の虫の輪唱が響き渡る。

 ぐううう……。

 ぐううう……………。

「ぐううう………………」

「今、誰か口で言っただろ」

「ほら、こんなに鳴ってかわいそうだろう」

「人の話を聞かぬか、愚民ども」

 すかさずツッコミを入れたクラブソルジャーであったが、それはものの見事に無視された。

 今度はブルーが、何事もなかったかのようにカニ爪獲得の交渉を試みる。

「しかし、目の前で飢えている者がいるのは事実ですよ? それを見捨てるというのですか?」

「悪の怪人としては、むしろそうした方がそれっぽいだろうが。というよりも、何故貴様らに腕をやらねばならぬのだ。そんな義理など、みじんもないだろう」

「ですがあなたは、我々と戦うことを望んでいるのでしょう? ここでヒーローが空腹に倒れた場合、あなたは戦う相手を失うのですよ? それでもかまわないのですか」

「ううむ……」

 確かに、怪人とヒーローは戦う宿命を背負っているものである。その相手がここでいなくなるというのは……いや、ちょっと待て。

「よく考えたら、我の目的は貴様らと戦うことではなく、この地域をダークグローリアの支配下に置くことだ。ヒーローにはここでいなくなっていただいた方が、我にとっては都合がいいではないか」

「……ちっ。うまく言いくるめたと思ったのに」

「貴様、ブルーのくせに心はブラックだな」

 あやうく騙されるところだったクラブソルジャーは、右腕をかばうようにしながらさらにトロワーファイブ達との距離を置く。

 ここで彼に近づいたのは、ピンクであった。

「ええ~? 譲ってくれないのお?」

「我の心が狭いみたいに言うのはよせ。貴様らだって、腕の一本をよこせと頼まれたら困るだろう」

「人間と怪人じゃあ、身体の作りが違うから比べようがないわよ。ねえ、どうしても駄目?」

「駄目だ」

「こんなに頼んでるのに?」

「いくら頼んでも、駄目なものは駄目だ」

「う~ん。じゃあ、しょうがないかあ」

 残念そうに息をついたか思うと、がっくりと肩を落とすピンク。

 ようやくあきらめてくれたか。そう思った直後、ビュンと何かが顔をかすめた。

「ん? これは……うおおっ⁉」

 つう、と濡れた感覚がしたかと思うと、いつの間にやら頬に血が滴っていた。

 ピンクの手の中には、伝家の宝刀であるレーザーソードが握られている。

「な、何をする!」

「わかってもらえないんだったら、ここは実力行使が一番かなーって。ね?」

「「ねー」」

 気がつけば、レッドとブルーの手の中にもレーザーソードが。もちろんその刃は、哀れなカニ怪人に向けられていた。

「ま、待て。待て待て。待て待て待て!」

「誰が待つかよ」

「僕達の明日がかかっているのです。悠長なことを言ってはいられません」

「てことで、あたし達の尊い犠牲になってね。カ・ニ・さん♡」

「うわああああーっ!」

 クラブソルジャーとトロワーファイブは、それはそれは熾烈な戦いを繰り広げた。

 ヒーロー達は命をかけて鉄槌を振るう。そして怪人は、死に物狂いで逃げまどうことしかできない。

 正義が悪を追い詰める。事情はどうあれ、この筋書きは絶対なのだ。

「こ、こ、殺される! だが、我はまだここで死ぬわけにはいかぬ。我は意地でも生き延びて見せ……」

「「「つべこべ言わずに腕を置いてけ! カニ!」」」

「ぎゃああああーっ!」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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