第七話 ヒーロー達の求人事情
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。
「あ、カニおじちゃん。こんちわ」
「あ、ああ。こんにちは」
キコキコと三輪車をこぐ幼い子供が、悪の怪人の前を堂々と横切っていく。
彼がこの公園に現れるのは七度目。もはや右手がカニ爪になっている男を見て、動揺する者はどこにもいなかった。
「人間というのは、実に順応性が高いというか……これでは怪人も形無しだな。む?」
どこからか、強い視線を感じる。
クラブソルジャーが周囲を見渡すと、そこには遊具の陰に隠れて彼を見つめる人間の姿があった。
銀縁眼鏡をかけていて、髪は黒のセミロング。清楚な服装に身を包んだ、若い女だった。
「我に何か用か」
「……!」
女はビクッと肩をすくめると、頬を赤らめながら走り去ってしまった。
何が何だか状況が掴めないクラブソルジャーは、首をかしげた。
「声をかけただけで、あそこまで怯えなくてもよいではないか。剣を向けたわけでもないというのに」
「そこまでだ、怪人!」
「むむ?」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「毎度毎度同じことを繰り返して、飽きないのか?」
「それはお互い様。言いっこ無しだ……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
ヒーロー達は、掛け声に合わせて毎度おなじみのポーズを決める。
だがここでクラブソルジャーは、違和感を覚えて小さく挙手をした。
「ちょっと待て。貴様ら、一人足りないのではないか?」
前回の戦いで、イエローが新加入したばかりだったはずである。それなのに、彼らは何度数えても三人しかいない。一体これは、どういうことなのか。
「実はさ、イエローは他の地域に回されちゃったんだよ。言わば、転勤って奴ね」
「はあ?」
転勤だと? 配属されてわずか数日しか経過していないというのに、転勤なんてありえるのか?
ますます混乱するクラブソルジャーであるが、それを察してブルーとピンクが補足する。
「ヒーローという職は命を懸けて怪人と戦う危険な仕事ですから、誰もやりたがらないのです。つまり、ヒーローを志望する人材は貴重。なので、既に三人もヒーローがいるこの地域から、人材不足の地域に急きょ飛ばされてしまったのですよ」
「彼、この地域が地元だったから、ずっとここで働きたかったみたいなんだけどね~。だけど、困っている人のためならって受け入れちゃったのよね。ごねればここに残れたのに、ちょっと残念かも」
「ううむ、そんな事情があったとは」
今時の人間は、大変な職業には自ら就きたがらないものらしい。それに比べると、あのイエローの中の人は、滑舌以外は素晴らしい人材であったようだ。
「てことで、あんたの組織を抜けたいっていう怪人がいたら紹介してくれ。頼むわ」
「そうか。ではもし組織から足抜けしたいという者がおったらただちに……って、何故我が身内を売るような真似をせねばならぬのだ!」
レッドからのまさかの依頼に、クラブソルジャーは身悶えした。
おかしい、常識的におかしい。どうして敵に求人の協力を依頼するのか、その神経が理解できない。
「大体、怪人をヒーロー側に引き込もうなどと考えるのに問題があるだろう。そもそも、怪人というのは人間どもが住まう地域を、我らが総裁が治めるダークグローリアのものとするために生み出された存在であって」
「あら? でも、怪人が悪の組織を裏切って正義に目覚めるっていう話なら特撮ドラマとかによくあるわよ。ねえカニさん。ちょっとそのダーク何とかを裏切ってあたし達の仲間にならない?」
「誰がなるかあ!」
何故にこの場で、ヒーロー達からスカウトを受けなければならないのか!
哀れなカニ怪人のストレスは、蓄積する一方である。
「い、いいか? 我は総裁に忠誠を誓っておるのだ。それに対し、そう易々と裏切れなどと……許さぬ。今日こそ、貴様らとの戦いに決着を」
「でも、どうせ仲間に加えるのであれば、もう少しまともな怪人の方が望ましいのではないでしょうか」
「は?」
ここでブルーが、突然変な話題を振り始めた。
レッドとピンクは、いきり立つクラブソルジャーを尻目にそちらに食いつく。
「どういうことだよ、ブルー」
「いいじゃない、カニ怪人。結構面白いよ?」
「確かに、右腕がカニ爪というのは目につきますし、印象にも残りやすいでしょう。しかし、ヒーローにするには微妙というか、華がありません。やはり悪の組織を裏切って正義につく怪人というものは、ほぼ人のような姿をしていながら最強クラスの能力を持っているとか、超絶な美形であるとか、はたまた完全に獣同然の姿であるとかでないとつまらないのでは。せめてこの方の顔面偏差値が七十を超えていれば話は別だったのですが」
「うん、確かに。美形をメンバーに入れた方が、奥様ウケもよくなるし」
「どうせ仲間にするならイケメンに限るわね。獣ちゃんもかわいいけど」
「貴様ら、現実というものをなめているだろ」
クラブソルジャーは、自身の顔面偏差値は決して低い方ではないと自負している。しかし、ナルシストではないため七十までは届いていないと自覚していた。
強いて言うなら、自己採点で五十五、六くらいだろうか……。
「でもさあ、俺は男よりも女のメンバーを増やしたいな」
今度はレッドが会話の主導権を握り、滅茶苦茶なことをほざく。
「そう。悪の怪人から引き込むんだったら、色気たっぷりの女幹部とか。ほら、絶対一人はいるだろ? ボンテージファッションに身を包んだ、妖艶の女怪人。まずヒーローと禁断の恋に落ちて、彼女は組織と恋心の間で揺れ動くんだ。そして、最初は恋をあきらめようとするんだが、結局は自分の心を押さえきれなくなり……なんてどうよ? ヒーローとしても、新人加入のシナリオとしても完璧じゃね?」
「先輩、正直気持ち悪いです」
「何だと、ブルーてめえ……」
「うん。あたしもキモいと思います」
「何ぃ⁉」
しかし、仲間達から冷たくあしらわれ、あえなく撃沈した。
「どうせうちの組織にマドンナはおらぬから、余計な考えを持たれずには済みそうだがな」
一応ダークグローリアに女幹部は存在するが、端的に説明すると非常にごついのである。力と個性ある下っ端怪人どもをまとめる立場にあるのだから、たくましくないとやってられないというのは当然だ。
「まあ、女の子がいた方がいいってのには賛成ね。むっさい男に囲まれてるっていうのもなかなかしんどいもんだし~。あ、でも、こういうのはどう? ヒーローの組織の誰かがまず怪人側に寝返ってえ、あとから改心してヒーローに戻ってくるの」
「それ、プラスマイナスゼロでメンバー増えてませんよ」
「あ、それももうね。てへぺろ」
ピンクの発言はもはや、単純にどんな特撮ドラマが盛り上がるのかというお話になってしまっている。ブルーにツッコまれてぶりっ子じみた動作をしているが、ヒーロースーツでそんなことをされても全然可愛げがない。
「じゃあ、怪人を引き込むのはさておき、今度ご当地ヒーローオーディションを組織の方に提案してみるか? この地域を救いたい人募集中ってな感じで」
「あ、それいいかも! あたしこの地域には、結構なダイヤの原石が眠ってると思うのよ~」
「先輩にしてはなかなかのアイデアじゃないですか。では、応募条件の方も作成しますか」
「まず、男はイケメン。女はグラマー美人」
「レッドさ~ん。そんなんじゃ全然人が来ませんよお。こういう場合、条件の方は甘めにしておいて後から美男美女を選別するんですよ」
「ピンクさん、ナイスです。では、その方向で話をまとめましょう」
そして気がつけば、ヒーロー達は怪人をそっちのけで会議に現を抜かす始末である。
えんえんと放置されっぱなしのクラブソルジャーは、眉間にいくつものしわを刻みながらそれを見ていた。
「今日も特に退治されるような理由などはないからいいのだが、こいつらは本当にヒーローなのか? 任務をそっちのけで変な談議に花を咲かせおって。はあ、付き合いきれぬ。我はもう帰るぞ」
呆れるようにして肩をすくめると、軽く息をついてからいずこへと歩いていってしまった。
それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。
「どっか行っちまったな、怪人」
「みたいですね。どうやら、我々の不戦勝のようです」
「機嫌悪そうだったけど、もしかして実はあたし達の仲間になりたかったのかな? 素直じゃないなあ、カニさんは」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




