第六話 新メンバー登場?
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。
「……と言ったところで、今日は人っ子一人いやしない」
現在、公園内はしーんと静まり返っており、人の気配はない。つまり、クラブソルジャーは一人ぼっちで高笑いをしていたのである。
一応、彼は総裁の指示を受けてこの場に来ている。しかし仕事とはいえ、無人の地で「ぐわっははは! もっと(以下略)」と叫ばなければならないのもなかなか苦痛である。
「我のリサーチによると、人間どもは神社で行われている祭りとやらに参加しておるらしいな。ならば総裁も、我にその神社の方へ向かうように命ずればよかったと思うのだが。全く、偉いお方の考えは凡人である我には到底理解できそうもない」
実は、単に総裁は考えもなしに「とりあえず、あの公園にカニを派遣しといたらいいんじゃね?(意訳)」という非常に軽くてゆるいノリで命令をしただけであり、特別な発想や凡人では思いつかない卓越した策略を持っているわけではなかった。
ただ、世の中には「知らぬが仏」という、先人が残したありがたいお言葉が存在しているので、彼が真実を知ることは永遠にないだろう。
「ううむ、誰もいなければ人間どもに忠誠を誓わせることもできぬではないか。一体どうしたものか……」
「そこまでだ、怪人!」
「は?」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「この声は、またあいつらか?」
「怪人あるところ、ヒーローあり。と、いうわけで……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
ピシッとポーズを決め、ヒーローオーラを放ちまくる三人。
クラブソルジャーはというと、それを見て苦々しい顔をしていた。
「息は回を重ねるごとに合うようになってきたようだな。だが、我は」
「そして、今日はもう一人」
「?」
苦情を漏らそうとした直後、レッドが謎の一言を発した。
トロワーファイブは、全員で三人。それが、もう一人とな?
「来るんだ、イエロー!」
「ひゃい。わかりまひゅた!」
異様に聞き取りづらい声がしたかと思うと、そこらに生えていた木の裏からがっしりとした体格のシルエットが飛び出した。
姿を現した黄色の全身タイツは、単身でポーズをしっかりと決める。
「ひかりゃのへんし、ひょろわーいえりょー!」
「「「「改めて、四人合わせてトロワー……」」」」
「待て待て待て待て」
ツッコミどころ満載の展開に耐え切れなくなったクラブソルジャーは、右手のカニばさみを振ってヒーロー達を制止する。
まずはどこから指摘しようかと悩み、軽く息をついてから口を開いた。
「えーっとだな、ヒーロー達よ。色々言いたいことがあるのだが」
「何だよ、人の決めポーズの途中で。ヒーローポーズの妨害は、立派な悪事の一つだぞ」
「それも悪事に入るのか⁉ こっちとしてはたまったものでは……コホン。まあいい。まずはその……そこの黄色い奴はなんなのだ。その、ひかりゃのへんしとかいう……」
怪人からの妨害のせいで不満そうにしているレッドは、ちらりとイエローを見てから答えた。
「力の戦士のトロワーイエローだって、さっき名乗ってただろ」
「名乗ってた? さっきのあれは、名前だったのか? 全然聞き取れなかったのだが」
何と例えるのが適切なのだろうか。あれは果たして、日本語だったのか? と疑いたくなる次元の問題だったのだが。
「あのですね。イエロー君は滑舌の方に少々難がありましてね。おまけに、仮面をつけているものですから余計に声がこもってしまって……。実力の方は、先輩と違って折り紙つきなのですが」
「余計な毒を吐いてんじゃねえよ、ブルーさんよぉ」
事情は把握できたような気がするが、相も変わらずここの原色コンビは仲が悪い。
「わかった。彼はトロワーイエローで、少々滑舌に難はあるもののヒーローとしての実力はある。そういうことだな?」
「そうそう。まとめるの上手いね、カニさんは~」
ピンクはのんきな口調でのたまうと、イエローに「緊張してる? ま、そのうち慣れるから~」と微妙に先輩風を吹かせた。
「ひょうひょう。ぼふ、ひょうかりゃひょろわーふぁいぶにしょろくひゅることになりまひて」
「……ヒーロー達よ。何て言っているのだ、こいつは」
「ええと。僕、今日からトロワーファイブに所属することになりまして」
解読不能に等しい音声を、ブルーが的確に翻訳する。
イエローは頭をペコペコ下げてから、再び話し始めた。
「まえかりゃひーろーをやりひゃいとひぼうをだひていたのれ、うれひいれひゅ」
「前からヒーローをやりたいと希望を出していたので、嬉しいです」
「へわ、ははってこい! ひゃいひん。ひいひのふぇいわをみひゃふやふはゆるひゃぬ!」
「では、かかって来い! 怪人。地域の平和を乱す奴は……」
「そうだ。それについても言わねばならぬことがあるのだった」
クラブソルジャーはここで挙手をしながら通訳を遮る。そして、先程から溜まりに溜まっているツッコミの続きを始めた。
「我はまだ、今日は悪事を働いてはおらぬのだ。見てみろ、この人っ子一人おらぬ殺風景な景色を」
「いや、公園には俺達とあんたがいるだろ」
「さっきまでの話だ、さっきまでの!」
レッドのふざけた発言に憤慨しながら、右手のはさみをブンブンと振り回す。
悪事というのは普通、被害に遭う人間がいてこそなんぼのものである。彼にとって、誰もいない公園を訪れてブツブツ言っていただけでヒーローが登場するというのは想定外にもほどがある展開であった。
「貴様らは、まだ何の悪事も働いておらぬ怪人を、よってたかって退治しようというのか? 我としてはきちんとした手順を踏んでから戦闘をするという流れを望んでいるわけで」
「そんなこと言われましても、怪人は存在しているだけで罪みたいなものですし」
「な、何だと⁉ それはもはや、毒舌の範疇から大きく逸脱しているぞ⁉」
ブルーの猛毒の直撃にあえいでいると、今度はピンクが前に躍り出る。
「てゆうか、一応カニさんは、悪事を働いてることにはなると思うのよね~」
「我が一体、何の悪事を働いたというのだ」
「だってえ、今日はお祭りの日でしょ? 本当だったらあ、あたし今頃は浴衣を着て彼氏とデートしてるところだったんだからあ。そんな日に、わざわざ出没しなくたってえ……もうっ!」
「のわあっ!」
数分前までののんきな態度はどこへ行ったのか。ピンクはいきなりブレスレットからレーザーソードを取り出し、クラブソルジャーに向かって振り下ろした。いささか刃の部分が短くなっているようだが、どうやら武器の使用が許可されたらしい。
「こ、このタイミングで切りかかるか? 不意打ちは卑怯だ!」
「何言ってんのよ。存在自体が卑怯みたいなくせに」
「さっきから怪人差別が甚だしいぞ! 怪人にも人間どもと同じように、心やメンタルというものが」
「そんなこと、知ったことじゃないもーん。せーのっ」
「「まあまあまあ」」
流石にまずいと思ったのか、レッドとブルーが今にも暴走しそうなピンクを必死になだめる。多分、また武器を没収されてはたまったものではないと考えているのだろう。
「ひぇんぱい! ここはぼふがいきまひゅ! ここはいひばんしらっぱのぼふがひゅっこむべきでひょう」
ここでイエローが、空気を読んでか読まずかレーザーソードをかかげて宣言する。
「お、おう。頑張ってくれ、イエロー」
「き、期待してます」
正直、誰も彼の言葉をきちんと聞き取れていないのだが、ピンクが行くよりはマシだと判断されたため提案はあっさりと認められた。
「何だ貴様。や、やるのか?」
クラブソルジャーは左手で鞘に納められた剣を抜き、警戒しながらイエローと対峙する。
緊迫する状況に、息をのむ一同。先に口を開いたのは、イエローの方だった。
「やい、かいひん。ろうひてきひゃまはここにいふひいきのひとびとにひょうふをあひゃえるのら」
「……あの。誰か通訳を」
「はいはいはい」
怪人の要望に応え、イエローに脇に立って話を聞くレッド。先程見事に通訳係を務めたブルーはというと、ピンクを落ち着かせるのに必死で身動きが取れないのだった。
「う~ん……やい、怪人。どうして貴様はここにいる地域の人々に恐怖を与えるのだ……かな?」
「だから、さっきも言っただろう。普段はともかくとして、今日は何もしていない。戦う前に何かしら話そうとする行為自体は否定しないが、もうちょっとまともな台詞を言えんのか」
「うう、ひょうか。ひょうらったあ」
イエローは「しまった!」と言わんばかりに頭を抱えながら、何やらブチブチと呟く。
「ぼふ、むかひかりゃひーろーにあこがりぇていて、かいひんとひゃひゃかうまえにびひっとかっこいいへりふをいっへみたかったのれふ」
「う~ん。昔からヒーローに憧れてて、怪人と戦う前にかっこいい台詞を言ってみたかった」
「ひょれが、きょふはなにもひてないってこひょをわふれてへんなこほをきひてしまふなんへえ」
「怪人は今日、何もしてないってのに変なことを聞いちまうなんて」
「はああ、かいひんのはなひをきひんときかふにこんなくひゃらなひしったいほほかふなんへえ! ぼふはひーろーひっはふらあ。ひほのはなひをひふのはひーろーのひほんらほいふにょにい。ああああ、はふはひい、なひゃけにゃい。いへにひゃえってはんひぇいしなひゃあ」
「…………。やい、そこのカニ野郎。かっこよくてハンサムなレッドさんの目の前でいいところを見せたいから、気合いを入れて抹殺してやる。覚悟しやがれ」
「聞き取れなかったからって、適当に訳すでない」
元の言語から大きく逸脱した誤訳に、クラブソルジャーは苦々しく口元を歪める。これを放って置かなかったのは、やっとのことでピンクをなだめすかしたブルーだった。
「おや、先輩。僕でもしっかりとこなせた通訳係を、あなたはまともにこなせていないようですね。全く、呆れたものです」
「またてめえはそうやって、重箱の隅を楊枝でほじくるような真似をしようってか?」
「とんでもない。あなたの場合、重箱の隅ではなく、重箱全体をまんべんなくドロドロに汚しているではないですか。それくらい大胆な失態を犯しているというのに、見逃せとおっしゃるのですか?」
「な、何だと。てめえの口から飛び出す罵詈雑言の方がよっぽど大胆だぞこの野郎!」
「ひぇ、ひぇんぱいだめれふ。やめてくりゃはい!」
レッドがブルーに殴りかかろうとしたのを見て、イエローはあわててレーザーソードを放り投げて取り押さえた。
「頼む、イエロー。やらせてくれ!」
「だめれふ。ひーろーどうひでたたかふなんて……はっ! まひゃかこれは、かいひんのさくりゃふ⁉」
「何でもかんでも怪人のせいにするな」
何となく言っていることがわかったクラブソルジャーは、無表情で呟いた。
ちなみにその腹には、イエローが放り投げたレーザーソードがものの見事にぶっ刺さっている。
「今日はもう、任務とかどうでもよくなってきたな。腹も痛いし」
レーザーソードを引き抜いて地面に置いていると、ピンクが男性陣の目を盗み、ひょこひょこと近づいてきた。
「ねえ。あたし、帰っていい?」
「ああ、帰れ帰れ。我もずらかるとしよう。ふう、何事も量より質の方が重要というものだ。色が増えた結果、やかましさだけ増強されてどうする」
右手のはさみで腹の辺りをを押さえながら、クラブソルジャーは文句を言いつついずこへと歩いていってしまった。
それを見た四人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。
「どっか行っちまったな、怪人」
「みたいですね。どうやら、我々の勝利のようです」
「戦う前に帰っちゃうなんて、あの人もお祭りに行きたかったのかな?」
「よひ! みごほはひょうりれふ! みなひゃん、せいひのひょうりれふよ!」
「「「え? 今何て言った?」」」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




