第五話 禁断の秘密戦法
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。
「おいクラブ。もっと腹から声を出せ。出ないと、ちっとも公園の中に響き渡らんぞ!」
「は、はい、師匠」
ただいま彼は、発声に関するレッスンを受けていた。しかもそれは人間の中年男性……つまり、おっさんからであった。
師匠ことおっさんは、先程までは健康のためと思われるジョギングをしていた。しかし、クラブソルジャーが「ぐわっははは! もっと(以下略)」と言っているのを聞き、それをどうしても放置することができなかったのだ。
まず、姿勢が悪い。次に、腹から声が出ていない。最後に、何かよくわかんないが気に食わないと、かなり理不尽な指導をかれこれ数十分。いくら人間よりも遥かに優れた身体能力を持つ怪人であっても、これだけやれば疲労困憊である。
「私はお前に、教えられるだけのことを教えたつもりだ。ほら、もう一度やってみろ」
「はい、では……ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
「今のだ! でかしたぞ、クラブ! 今の発声は完璧だったぞ、最高だ!」
「あ、ありがとうございます!」
見ず知らず同然のおっさんに対し、クラブソルジャーは深々と頭を下げる。
おっさんはというと、その姿を見て満足そうにうんうんとうなずく。
「いいか? 今日のことは決して忘れるな。頑張れよ、クラブ」
「はい、師匠」
二人は左手で握手をし、互いの顔をじっと見つめ合う。
「では、私はそろそろ行くとしよう。だがその前に、もう一度、お前の高笑いを聞かせてくれ」
「わかりました」
クラブソルジャーは息を整え、意識を集中させる。そして、空に突き抜けていくような声で叫んだ。
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人……」
「そこまでだ、怪人!」
「げ……」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「このタイミングで来るか? 間が悪すぎるというか」
「そんなこと、我々の知ったことではない。とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
ピシッとポーズを決めた三人組が今日も見事に目立っているが、クラブソルジャーはすっかり見慣れてしまっているため、特に何とも思わなかった。
「今回は比較的、息が合っているようだな」
「だってえ。あたし彼氏とお、しっかり仲直りできたんだもーん。彼ったらあ、あたしにごめんなって言いながらチューしてくれてえ」
「はいはいはい、おのろけ話は基地に帰ってからにしような。そんなことより、お前の犯した、奇声を上げ続けて近所迷惑になるという悪事。許されると思っているのか!」
「ちょっと待て。それは悪事というか、先程から師匠に手ほどきを受けていてだなあ……あれ?」
レッドの指摘を否定するために周囲を見回したが、おっさんの姿はどこにもない。どうやら、何の断りもなくジョギングに戻ってしまったらしい。
「自由だなあ、師匠は……」
「師匠? あなたには確か、仲間や友達はいなかったのでは」
「じゃかあしい! 今日こそは……今日こそは! 貴様らとの戦いに決着をつけてくれるわ!」
ブルーの発言に逆上したクラブソルジャーは、右腕のカニばさみをブンブン振り回しながらいきり立つ。
だがヒーロー達は、それを見ても攻撃を仕掛けようとしないまま顔を見合わせる。
「どうした。早くかかってこい。貴様らだって、いい加減戦わなければと思っているだろう」
「いや、まあ、その。確かに、そう思ってはいるんだが」
レッドは申し訳なさそうにしながら、ポリポリと頭をかく。言い出しにくそうにためらってから、続きを口にした。
「実は、あんたと戦うための武器がないんだよ」
「そうか。それならば仕方がない……って、ええええ⁉」
武器がない? 仮にも怪人と戦うためにここに派遣されてきたはずのヒーローが、肝心の武器を持っていないだと⁉
前代未聞の展開に、クラブソルジャーは当然パニックに陥る。だがここで、あることを思い出した。
「いや、それは嘘だ。貴様らにはレーザーソードという、いかにも威力が高そうな感じの武器があったではないか」
そう。ヒーローが喧嘩するたびにブレスレットから取り出していた、あの現代技術の結晶感たっぷりの武器。一度……いや、何度かその刃の錆になりかけた身として、忘れずにはいられない代物であった。
「ははあ、そうか。そうやって我を油断させて、その隙に切って捨てようという魂胆か。いくら正当な手段で勝利を収めることができぬからといって、そういった手口を使おうとするとは」
「本当ですよ。僕達、レーザーソードを組織から取り上げられたのです」
「は?」
ブルーからのカミングアウトに対し、クラブソルジャーは我を忘れてあんぐりと口を開けた。
そんな様子など気にも留めず、今度はピンクが事情を説明する。
「あのねえ、あたしこの前の戦いで、うっかり暴走しちゃったでしょ? そのせいで組織の偉い人にすっごく怒られちゃったの。で、お前にはあんな危ない物を持たせてられないって言われてえ、取り上げられちゃったってわけ。てへぺろ」
「いや、それ、絶対にてへぺろでは済まない問題だろう……」
というか、うっかり暴走したっていうのがまず大問題だし、いくらかわいい感じで言っても内容のえぐみは中和されていないかと。
地域の平和を乱す悪役という立場を忘れて心の中でツッコミを入れてしまったクラブソルジャーであるが、ここであることに気がついた。
「まあ、百歩譲ってピンクにレーザーソードがない理由はわかったことにしておく。で、何故レッドとブルーまで武器を取り上げられているのだ?」
まさか、ピンクの失態の連帯責任としてレッドとブルーも武器を没収されたというのだろうか。多分、変身スーツやら何やらで色々強化されているのであろうが、それでも全員武器なしで戦わされるというのは流石に酷なのでは。
悪の怪人としては本来喜ぶべき状況であるというのに、逆にヒーロー達の組織の在り方について疑問を抱いてしまったクラブソルジャー。しかし、この考えは余計なものであったと、まもなく知ることとなった。
「いやあ、実は俺とブルーは毎回レーザーソードを使って喧嘩するもんだからさ、組織に前からめっちゃ怒られててさあ。それから気をつけようと心に誓ってたんだけどさ、この間基地で待機してる時にブルーが悪態をついてきたもんだからつい。で、それでまたお叱りを受けて没収されたってわけ」
あ、なるほど。基地の中で剣を振り回したら、そりゃあ没収されますね。
普段からトロワーファイブの所業を嫌というほど見せつけられているため、レッドの明るすぎる解説を聞いて妙に納得してしまった。
「僕が悪態をついたですって? 元はと言えば、先輩の方に非があるじゃないですか。いくらこの間の合コンで僕よりモテなかったからって、その話を基地で蒸し返して突っかかってくるなんて正気の沙汰ではないでしょう。僕はそれに対して、その嫉妬心がただでさえ魅力に乏しいあなたをさらに見苦しくしているという事実を述べたまでです」
「だから、てめえのその態度が悪態をついてるも同然だって言ってんだよ! 少しは先輩を敬え。先輩を立てろ。そして、ブルーのくせにやたらと出しゃばるなっつってんだよ」
「ブルーだって、人気のある色の一つですよ? それに向かって、出しゃばるなとわざわざ要求するとは。あっははは! 自分に人望さえあればわざわざこんなお願いなんてしなくて済むはずなんですけどねえ。レッドなだけに、とんだ赤っ恥を毎回のようにさらす人だ」
「な、何だとこの野郎! その面、人様に向けられねえようギッタギタにのしてやる!」
武器を奪われてもなお、二人の仲の悪さは一向に改善される気配がないどころか、むしろ関係は悪化の一途を辿っているらしい。レッドとブルーは、口論の果てに殴り合いの喧嘩を始めてしまった。
まあ、主に手を出しているのはレッドであり、ブルーは嫌味なくらいにスムーズな動きで見事にかわしまくっているだけなのだが。
「……また始まったか。何故に人間とは、仲間同士でこうも争うことができるのだ。我には到底理解できそうにないぞ」
毎度毎度見せつけられるくだりに呆れ返るクラブソルジャーであったが、ここでピンクがそっと近づいてきてまたも脱力するようなことを言ってきた。
「ねえ、カニさん。あたし、もう帰っていい? この戦いが終わったらあ、彼氏とフレンチレストランに行く予定なんだけど~」
「あのな、ピンクよ。戦いの途中で抜け出すのはあまりにも非常識というものだ。早く戦いを終わらせたいのであれば、あの愚かな男どもの喧嘩を止めてさっさと戦いに移れ」
「は~い。ほら、レッドさんもブルー君も、そろそろおとなしくしましょうね~」
早く彼氏とアツアツの時間を過ごしたくてならないピンクは、レッドとブルーの間に入って強引に仲裁する。
どういうわけかここの男どもは、この紅一点にはさほど逆らおうとしない。彼女がリーダーになるのを意地でも拒んだことと、この二人が微妙に尻に敷かれ気味なのには何か因果関係がありそうな気もするが、一介のカニ怪人にはヒーロー達の事情まで把握しようがなかった。
「わ、わかったよ。カニと戦えばいいんだろ」
「わかりました。では、さっさと怪人を退治するとしましょう」
ようやくやる気を見せ始め、フォーメーション整えるトロワーファイブ。だがここで、また新たな疑問が生じた。
「ちょっと待て。貴様達、武器もなしにどうやって我と戦うつもりなのだ」
先程ヒーロー達の自己申告により、彼らには怪人と戦うための武器がないことが発覚したばかりである。
普通なら戦えそうにもない状況であるが、トロワーファイブ達はそんな指摘をもろともせず、平然とした様子で次々に口にした。
「まあ、確かに武器はないけど」
「僕達には、己の肉体という一番信用できる武器があります」
「そして、前々から試してみようって相談してた攻撃手段もね♡」
何だろう。何かものすごく、嫌な予感しかしないのですが。
謎の悪寒にさいなまれた原因は、程なくして身をもって思い知らされることとなった。
「行くぞ、作戦決行!」
「うおおおおおっ⁉」
まず、ブルーとピンクが素早くクラブソルジャーの背後に回り、彼のことをヒーロースーツによって強化されたおぞましい力で羽交い絞めにした。
グイグイと締めつけられる痛みに、我を忘れてもがく怪人。だが、これは悪夢の序章にすぎなかった。
「二人とも、しっかり押さえてろよ。せいっ!」
「ううっ! うーっ! うううーっ!」
今度はレッドが飛びつき、首を思い切り絞め始めた。
ヒーローの全力が集中し、その苦しみもひとしお。段々顔色が悪くなっていき、意識が朦朧として目も虚ろになっていく。
「よし、あとちょっとだ! あとちょっとで倒せるぞ!」
「うーっ! うーっ! うううううー!」
「あっ」
すんでのところでトロワーファイブの技から抜け出し、慌てて距離を置いたクラブソルジャー。
ぜえぜえと息を切らしながら、目や鼻から色々な汁を出しながら叫び始めた。
「ば、ば、馬鹿か貴様ら! ……ゲホッゲホ! わ、わ、我の首を絞めるとは、抵抗とか罪悪感というものは感じぬのか⁉」
再三作中で語られていることであるが、クラブソルジャーは右腕以外はさほど人間と変わらぬ容貌をしている。よって、感覚としては人の首を絞めるのとたいして差はないのだ。
「いや、でも、あんた怪人だし」
「武器がない以上、これくらいしか手段がないもので」
「ねえ?」
一応そういう体であるはずなのだが、ヒーロー達はものの見事に仕事と割り切ってケロッとしていた。
「あ、あのなあ。武器がないにしたって、普通パンチとかキックとか、それなりに格好がつく武術を用いるものだろう。こんな殺人みたいな攻撃法、ヒーロー大好きなちびっ子が見たら泣くぞ!」
「別に、俺達子供に好かれようとか思ってないし」
「むしろ、僕は子供は苦手です」
「あたし、彼との子供だったら欲しいかなー……なーんちゃって! 何てこと言わすのよ~!」
「…………」
駄目だこいつら。いくらこっちが必死に正論を訴えたとしても、みじんも聞き入れるがなさそうだ。
絶望の果てにフラフラと二、三歩後退し、焦点の合わない目で天を仰ぐ。
「も、もう嫌だ。こんな奴らと戦いたくない。いいか、武器を再び支給されるまで、金輪際貴様らとは戦わぬからな。ど、どうせやられるならば、こっちも怪人らしく散っていきたいというものだ。首を絞められて死ぬなんて、絶対……うわああああーっ!」
右手のはさみを現在感じている恐怖心を表すかのようにプルプル震わせると、クラブソルジャーは目からさらに大量の液体を吹き出しながらいずこへと走り去ってしまった。
それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。
「どっか行っちまったな、怪人」
「みたいですね。どうやら、我々の勝利のようです」
「とどめはさせなかったけど、まあ、勝ったならいっか!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




