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第四話 ゆでガニさんは戦闘がお好き?

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。

「クラブさん、結構さまになってんじゃん」

「やっぱ怪人って言っても、デザイン的なのが悪くないからいい感じだよね」

 クラブソルジャーの周りには、子供達が集まってきてワイワイやっている。ひょんなことから彼らのサッカーに付き合って以来すっかり打ち解けてしまい、わりとほのぼのとした関係を築いていたのだった。

「お、そうか? なかなか格好がついていたか?」

「うんうん。普通にイケてるって」

「クラブさんのことフィギュア化したら、それなりの数売れそうだもん」

「お、おう。あ、ありがとうな」

 クラブソルジャーはまんざらでもなさそうにしながら、照れくさそうに左手で頭をかく。

「人間というのは、案外悪いものではないのかも知れぬな。もしかしたら、我々と相容れるやも……」

「そこまでだ、怪人!」

「むっ」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「またあいつらか……はあ」

「溜め息をつく余裕があるのは今のうちだ。とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

 お決まりの流れに合わせて、地域のヒーローであるトロワーファイブが姿を見せた。

 息ぴったりの動きでポーズを決めているのはいい。だが、クラブソルジャーには気になって仕方のない点があった。

「我が言うべきことではないと薄々わかっているが、あえて言わせていただく。何故貴様ら、互いに目を合わせようとしない?」

 全員が全員、よそよそしいというか、険悪なムードが漂っていることが見え見えである。ただでさえチームワーク皆無の戦隊ヒーローだが、今までで一番雰囲気がよろしくない。

「……ううむ、何か嫌な予感がする。君達、早く帰りなさい」

「はーい、クラブさん」

「また今度ね」

 子供達は、ヒーローの方をちら見しながらも公園をあとにした。

 それを見届けるなり、ようやくヒーロー達は口を開いた。

「あんたがいなくなった後、これまた盛大に揉めたもんでね。それから俺達は仲が悪いのさ」

「先輩。その言い方はやめて下さい。これではまるで、この間の一件までは仲が良かったように聞こえてしまうではないですか。あなたと友好関係を築いていると思われると考えるだけで、反吐が出ます」

「ブルー。てめえは本当に喧嘩を売るのが上手いな」

 犬猿の仲であるレッドとブルーが、禍々しいオーラを放ち始める。

 しかしここでピンクが「ゴホン!」とわざとらしく咳払いをすると、二人は再び目をそらした。

「あたし達、リーダー不在ってことで落ち着いたんで、あんまりそこは気にしないでね。一応言っておいた方が、怪人さんも気兼ねなく戦えるでしょ?」

 この中で一番恐ろしいのは、ひょっとしてピンクなのでは?

 どういうわけかわからないが、クラブソルジャーは直感した。

 何となく声のトーンににごりがあるというか、おぞましさがこもっているような気がしてならない。

「おいおい、ピンク。ちょっと彼氏と喧嘩したからって、怪人に八つ当たりするんじゃねえぞ」

「わかってますよお」

 レッドのツッコミに愛想よく答えるピンクだが、その仮面の奥に潜む目は笑っていないのでは。

 そんな邪念が、どうしても胸をよぎってしまう。

「では、さっさと殺っちゃいましょう。さあ、スイング! スイング!」

 前言撤回。この女、やっぱり結構やばい気がする。

 ピンクがレーザーソードを取り出して振り回すのを見るなり、クラブソルジャーは身震いした。

「ま、待て。確かに我には、貴様らと戦う意志はある。だがな、我は決して貴様らのストレス発散の道具では」

「えいっ」

「うおおおおっ⁉」

 不意打ちの如くレーザーソードを振りかざされ、クラブソルジャーはつい甲高い声を上げながら飛びのいてしまった。

「な、な、何だあ⁉ い、いきなり攻撃とは……」

「あらあ。だってカニさんこの間、自分一人でも、あたし達を倒せるくらい強いって言ってたじゃない。だからあ、これくらいやってもフェアかなーって思って~」

「いや。いやいや。いやいやいや……」

 それにしたって常識というか、限界ってものがあるだろう。それなのに、彼氏と喧嘩中で情緒不安定だからってこの女は。

「うふふ、剣振り回すたーのしーい! ほらほら、カニさん。どんどんおいでよ!」

「剣というものは、振り回して使うものではない! このようにかまえて、一対一で正々堂々と」

 クラブソルジャーは鞘から抜いた剣を左手に持ち、どうにかレクチャーしようと試みる。しかし。

「何が正々堂々よ。怪人のくせに~♡」

「うおあああっ!」

 ピンクは確実にハートマークをつけて言うべきでない台詞を、ぶりっ子口調でのたまうという芸当を見せつけた。

 常識はずれの攻撃に、カニ怪人はとうとう苛立ちを募らせ始めた。

「か、怪人にだってプライドというか、信念というものがある。そ、そ、それに対し、怪人イコール卑怯という一般的概念を押しつけた挙句一方的に切りかかるとは。ヒーローとして、良心が痛まないのか⁉」

「痛まないよ。だって、あなたは悪で、あたし達は正義だもの。うふふ♪」

「うふふ♪ ではないだろ。そ、そうだ。レッドとブルーは、この暴挙を止めようと思わぬのか? 仲間がめちゃめちゃな行動をとっているのだぞ。それを制止する義務が貴様らにはあるのではないのか?」

 話を振られたレッドとブルーが、困り果てた様子で顔を見合わせる。

「だって、俺達だって今日のピンク恐いし」

「まあ、カニさんだって前々から戦いたがっていましたし、これで万事オッケーかなあと」

「いいわけないだろうが! うわああっ!」

 クラブソルジャーは、ピンクの刃から逃げまどいながら必死に訴える。その顔は怒りと焦りで、すっかりゆでガニ色になってしまっている。

「た、確かに我は戦いを望んではいた。だがな、我が言っているのはこういうことでは」

「えいっ」

「人がしゃべってる時に攻撃するでない! い、いいか? 我が言っているのは、ヒーローと怪人がきちんとしたプロセスで戦いを始め……」

「えいっ」

「だから、しゃべってる時くらいはやめろと言っている!」

 何度説明しようと試みても、ピンクの容赦ない攻撃の嵐に阻まれて口を開くことすらままならない。

「だ、だからその。我はあくまでも、まともな精神状態を保ったヒーローと」

「やあっ」

「うおおおっ! ヒ、ヒーローとだな。せ、正当な手順を踏んで戦いたいと」

「とおっ!」

「ひいいいっ! お、お、思っているわけだ。こ、このままだと、何の見せ場もなしに滅多切りにされかねぬ。だ、だから、今日のところはひとまず引き上げ」

「やーあ!」

「引き上げるっつってんだから攻撃すんなって言っておるだろうが! こんなの、やってやれるかあ。うわあああーっ! ヒーロー恐ーい!」

 クラブソルジャーは半泣きで奇声を上げながら、いずこへと走り去ってしまった。

 それを見た二人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。

「どっか行っちまったな、怪人」

「みたいですね。どうやら、我々の勝利のようです。しかし……」

 ブルーは声を曇らせながら、ピンクの方をちらりと確認した。

「えー。もう帰っちゃうの? つまんなーい。あたしのイライラ、全然解消できてないのに~」

 レーザーソードをブンっと振ると、ちょうど近くにあった木に当たった。

 そこそこの太さがあったはずなのに、木はあっけなく真っ二つになり地面へ倒れた。

「やばいな、ピンク」

「ええ。怪人よりやばいかもしれませんね」

「誰がやばいって? 二人とも」

「「いや、な、何でも……」」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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