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第三話 華麗なる内輪もめ

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、左手に握る剣を振り上げて人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。

「いいか、人間ども。この地域は、いずれ我々ダークグローリアのものとなるのだ。我々に忠誠を……」

「なあ。あのカニ、この間も公園に来てたよな」

「うんうん。懲りない奴だよなあ」

「…………」

 クラブソルジャーが叫ぶ中、後方では子供達がのんきにサッカーをしている。

 この怪人が公園に現れるのは三度目。遊びに来ている人々も、ある程度慣れてしまったのだった。

「あのなあ、ちょっといいか人間よ」

 少しばかりイラッとしてしまったクラブソルジャーは、子供達に向かって声をかけた。

「何だよ、カニ」

「何か用か、カニ」

「カニカニ言うでない。確かに我の右腕はカニを模したものであるが、それ以外はカニではない。でだな、我は決して、性懲りもなくこの公園に出没しているわけではない。我はダークグローリアの総裁から信頼を受け、正式な命令を授けられてここに」

「そこまでだ、怪人!」

「むっ」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「ま、また貴様らか!」

「そうともさ。とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

 お決まりの流れに合わせて、地域のヒーローであるトロワーファイブが姿を見せた。

 今までの登場とは違い、きちんと戦隊ヒーローっぽくポーズまで決めている。

「やい、怪人。罪のない子供達に、無駄に長い話を聞かすという悪事を働くとは。そんなもの、許されると思っているのか!」

 レッドが指差しながら叫ぶ間に、ブルーとピンクが子供達を公園から逃がす。

 クラブソルジャーはというと、早くも頭を抱え始めた。

「ちょっと待て。人間どもに、長話をする悪事というのは一体なんなのだ。そんなセコい悪事、長いことダークグローリアに所属しているが、一度たりとも聞いたことがないぞ」

「知らないのですか? 人間というのは、興味のない話をえんえんと聞かされるのは大変苦痛なのですよ。誰もが皆、幼き日は校長先生という恐ろしい怪人に苦しめられたものなのです」

「人間でなくても長話はつらいものであるし、我は校長先生などではない」

 ブルーの解説に対し、カニ怪人は迅速にツッコミを入れる。

 トロワーファイブとやたら絡む機会が増えてから、彼はそちらの方向の技術を身につけ始めていた。

「今までは色々あって戦えなかったが、今日こそお前を倒すぞ。不戦勝ばかりじゃ、こっちも物足りないからな」

「じゃかあしい。貴様らが好き勝手なことをして戦わなかっただけだろうが」

 クラブソルジャーは、自慢の右腕をブンブンと振りかざす。それを目の前で見せられたレッドは、ぶるっと身震いをした。

「うおおっ。こりゃあ見事なカニばさみだ」

「ビビってるんですかあ? レッドさ~ん」

「ビ、ビビってるわけねえだろ。こ、この、リーダーである俺が」

 ピンクに白い目で見られ、レッドは激しくうろたえる。

 しかし、ここで黙っていなかったのはブルーであった。

「おや、先輩。あなたいつから、トロワーファイブのリーダーになられたのですか」

 例の如く先輩に噛みつき、毒を吐く後輩。この戦隊に、上下関係という概念というものは存在していない。

「何だと。戦隊ヒーローっていうのは、赤がリーダーっていうのが常識だろ? この中では俺が一番ヒーロー歴も長いし、文句なしでリーダーだろ」

「確かに、キャリアの長さは一番ですね。しかし、キャリアとリーダーの素質が必ずしも比例しているとは限らないのでは?」

「はあ? それ、どういう意味だ」

「だから、キャリアと素質が常に比例するとは限らないと言っているのですよ。第一、あなたという人には冷静さが足りない。リーダーたるもの、常に感情に流されず、的確な判断ができなければいけません。それなのに、私情と本能のみで生きていらっしゃるあなたがリーダーとは。ちゃんちゃらおかしいですよ」

「な、何だとお⁉ しゃべらせといたら、図に乗りやがって!」

「はい、そこ。そういうところです。あえて挑発してみたら、すぐこれですよ。この調子だと、怪人からの挑発に乗って何も考えず猛進し、罠にかかってご臨終ですね。やはりここは、冷静な判断を得意とする僕がリーダーを引き受けるべきでしょう」

 ブルーが小馬鹿にしたかのように笑うと、レッドは拳を作って震わせる。ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしながら固まっているカニ怪人のことなど、もはや眼中にないらしい。

「さっき言ったよな。戦隊のリーダーは、赤がやるもんだって」

「あなたの場合、強引にごねて赤色のスーツをむしり取ったんでしょうが。大体、世の中の戦隊ヒーローには赤がリーダーではないものや、そもそも赤が不在のものだってありますし。何だったら、あなたという存在も必要ありません」

「な、な、何だとぉ! やっぱ許さねえ!」

 ついに堪忍袋の緒が切れたレッドは、ブレスレットからレーザーソードを取り出してブルーに切りかかった。

 ブルーもブルーで、同じように剣を取り出して応戦する。

「てめえもてめえで、その底意地の悪さでリーダーが務まると思ってんのかよ。ああ?」

「それが味方を攻撃しながら言うことですか」

「てめえなんか味方じゃねえよ。何だったら、まだそこのカニの方に親近感覚えるわ!」

「レ、レッドよ。そこまで仲間が嫌いなのか……?」

 当のカニはというと、どうしていいものか判断がつかず、ただ立ち尽くすばかりである。

 この言い争いに巻き込まれるのは三度目だが、アウェーな世界である以上いまだに慣れることができない。

「まあまあまあ。いい加減落ち着いて下さいよ、二人とも~」

 ここでピンクが、ようやく間に入って仲裁する。

 二人は何とかレーザーソードの動きを止め、無益にも程がある戦いをやめた。

「何だよピンク」

「これは、僕達二人の問題なんですけど」

「あのですねえ、早く怪人倒さないとまずいでしょ。少し前も、それより前も、結局戦わないまま終わっちゃってますし。大体、最初に今日こそは怪人を倒すって話をしてたはずなのに、何なんですか。ずーっとリーダーリーダーって」

「「……」」

 かよわき紅一点に、あっさり言い込められる大の男二人。こんな戦隊ヒーロー、情けないことこの上ない。

「誰がリーダーとか、どうでもいいじゃないですか。みんな、地域の平和のために戦うヒーローであることに変わりはないんですからあ。ね?」

「いや……」

「まあ……」

「ほら、早く怪人倒しましょ! 今日こそは、自力で地域の平和を守りましょうよ!」

 ピンクは男どもを尻目に、数歩先に出てクラブソルジャーの元に躍り出た。そして。

「てことで、今日からトロワーファイブのリーダーはあたしに決まりってことで!」

「「それは許さん!」」

 この場の空気が一定の方向に固まりかけたところで、まさかの爆弾発言が投下された。

 せっかくおとなしくなっていたレッドとブルーが、再び怒りの炎に燃える。

「ふざけんな。リーダーはどうでもいいとか、自分から言いやがったくせに」

「あら、どうでもいいんだったら、誰でもいいって意味であたしは言ったんですけど~。だったら、何かにつけて揉めちゃう二人よりも、あたしがリーダーになった方が平和じゃないですかあ」

「しかし、女性がリーダーというのはいかがなものかと」

「あらあ、ブルー君。ここでまさかの女性差別? サイテー!」

「お、最低だ最低だ。やっぱりブルーは最低の男だ。てことでやっぱり、リーダーはレッドであるこの俺……」

「先程誤解を招くようなことを、確かに僕は言いました。最低と言われても仕方ありません。しかし、先輩がリーダーというのだけは断じて認めません」

「俺だって、てめえをリーダーとして認めることは絶対にねえな」

「じゃあやっぱり、あたしが」

「「それは許さんと言っている!」」

 とうとうトロワーファイブは、互いにレーザーソードを振りかざして殺し合いまがいの喧嘩を始めてしまった。

 本来その刃を向けられるべき存在であるクラブソルジャーは放置されっぱなしで、一番平和な立ち位置にいる始末である。

「な、何なのだこいつらは。流石のダークグローリアも、リーダー決めで殺し合いなど……ん?」

 グイグイとマントを引っ張られたため、クラブソルジャーは後方に目を向ける。するとそこには、ヒーローが来る前から公園にいた子供達の姿があった。

「カニさん。こんなのに付き合ってる暇があったら、俺達のサッカーに参加してくれない? メンバーだった友達が、塾があるからって帰っちゃってさ。足は人間と変わんないみたいだし、できるよね? ここ危ないから、どっか別のところでさあ」

「お主達、我を恐いと思わぬのか」

「うーん。ま、ちょっとは。でも、ビカビカ光る剣を振り回しまくってるヒーロー達に比べたら全然」

「……」

 これには怪人も、返す言葉が見つからない。

「まあ、こんな馬鹿どもに付き合っているよりは有意義な時間が過ごせそうであるし、いいか」

 右手のはさみを子供達にぶつけないように細心の注意を払いながら、クラブソルジャーはゆっくりと立ち去ってしまった。

 それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。

「どっか行っちまったな、怪人」

「みたいですね。どうやら今回も、我々の不戦勝のようです」

「だけど、リーダーの座は譲りませんからね。女の子がリーダーだったら、絶対人気出ますってば!」

「だーかーらあ、リーダーはレッドの俺が」

「いえいえ。戦隊唯一の頭脳派であるこの僕が」

「あたしったら、あーたーしーっ!」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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