第二十四話 オーディション・リターンズ
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「くそっ……ひどくやられたものだな」
町随一の憩いの場である公園に、恨みがましい言葉が響く。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。
「まあ、いつぞやに比べればこの程度で済んだだけマシか……くっ」
現在彼は、前回負った傷に苦しめられていた。
顔は絆創膏だらけで、左手には包帯。ギプスで固められて身動きがとれないよりはまだいいが、何といっても鈍い痛みが続いている。ベンチに腰掛けている間は少し楽だが、ここに来るまでが何気に大変だったりした。
「ヒーローのうち、三人中二人が鬼というのには問題があるのではないか? いや、鬼とは言い難いものの、残る一人は人の心を的確にえぐる狩人。つまり、まともな者は一人もおらぬということか……」
「そこまでだ、怪人!」
「んんっ」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「何かいつもより、早くないか?」
「こっちにも色々事情があるんだよ……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
いつもより確実に早い登場ながら、ピシッとポーズを決める三人。
そんな彼らを見て、クラブソルジャーが真っ先に口にしたのは恨み節だった。
「人を無実の罪でボコボコにしておいて、よくも平然とポーズなどとっていられるな」
「だって、今回は俺がやったんじゃねえもん」
「僕も無実です」
「……えへ♡」
「ぶりっ子でごまかせると思ったら大間違いだからな」
ピンクの反省の色がない態度に、傷だらけのカニ怪人は苛立つあまり目をつり上げてばかりである。
「あ、ちなみに~、ロボたんは基地の方でとっても元気にやってます。改良を重ねて、もっと強い子にするんだって。えへ♡」
「気持ち悪いからやめろ」
ハートマークをつければ、全て許されると思うな。
無駄だとわかっていながらも、無性に強く訴えたくなったクラブソルジャーであった。
「ところで、さっさと出てきたのには何かわけがあるのだろう。どうせろくなことではなさそうだが」
「お、流石。察しがいいな。何だかんだ言って、俺達結構長い付き合いだもんなあ」
「我は好きで、貴様らと付き合っているわけではない」
馴れ馴れしいレッドに腹を立てていると、ブルーが「まあまあ。そうカリカリなさらずに」などと言いながら前に躍り出た。
三人の中では最も話術に長けているためか、本題を切り出すのは彼の仕事である場合が多い。
「ふん。いつまでもこうしてグダグダと雑談していても時間の無駄だ。言うなら早く言え」
「催促されなくても、勝手にそうさせていただきますよ。実はこのたび、第二回ご当地ヒーローオーディションを開催することになりました」
「は?」
ヒーローオーディションというのは、いつぞやに審査員を押しつけられたあれのことだろうか。あの、厳正なる審査の結果、ろくなメンバーが一人もいなかったという伝説のオーディションの。
思い出すだけで怒りがこみ上げてくるクラブソルジャーだが、まだ何かがプチっと切れるには少し早い。ここでブルーが、地獄のような依頼をしてきた。
「そこで、あなたにお願いがあります。今回も、オーディションの審査員として協力してはいただけませんか」
「や、やはりそう来たか……」
こんなことだろうと大体想像はついていたものの、面と向かって言われると必然的に頭が痛む。
以前付き合わされた時でさえ、精神的に相当疲弊させられたのだ。メンタルに自信がない以上、あまりこういったことは引き受けたくない。
「何故我が貴様らに協力せねばならぬのだ。そういったことは、敵よりも貴様らのお偉方に任せるべきだと思うのだが」
「それがですね、我々の上にいる方々はとことん人を見る目がないといいますか。風の便りによると、金にがめついヒーローにたかられている、かわいそうな地方支部もあるそうですし。人選は重要ですね」
「……一つ聞かせてくれ。貴様らはどうやって、ヒーローになったのだ」
「面接ですね。一般的な就職試験と、さほど変わりはありません」
「…………」
なるほど。だからこいつらは、そろいもそろってポンコツばかりなのか。ヒーローどもの上役よ、もう少し人を見る目を磨け。
心の声を押し殺していると、茂みの方から「あのー。まだ出てきてはいけませんかー?」という細い声が聞こえてきた。どうやら、今回の最終選考まで勝ち進んできた者達が既に待機しているらしい。
「ほら、期待に胸を膨らませたフレッシュな方々が、あそこで待ち侘びているのですよ。どうせ怪我で悪事も働けないんですから、これくらいいいじゃないですか。それとも、夢溢れる候補生達の気持ちを、無下にしてもいいのですか」
「審査を我に押しつけて、自分達で何もしない貴様らの方がよっぽど彼らの気持ちを無下にしているような気がするのだが」
「何を言っているのですか。僕達だって、ある程度まで審査を進めました。今回は総応募数五人のうち、三人まで絞ったのですよ」
「前回より一人増えただけで、偉そうにするな」
そもそも、応募総数たったの五人って。本当に宣伝活動を行っているのか、甚だ疑問だ。
「今回はきちんと、反省してチラシ配りまくったりしたんだけどな」
「インターネットでも、しっかり呼びかけを行いましたよ」
「あたし~、ポスターたっくさん作ってえ、掲示板とかに貼っておきましたよ。町内会長さんにも、ちゃんと宣伝しておいたし~」
訂正。ただ単に、トロワーファイブが嫌われまくっているというだけの話だった。こいつらはこれでも、地域密着型のヒーローなのか。
クラブソルジャーが遠い目をしている隙を見計らい、ヒーロー達はコソコソと動き始める。
「今です、出てきて下さい。最終審査の始まりです」
「「「はーい」」」
合図が送られると、どこからか謎のBGMが再び流れ出す。
そして三つの影が、ベンチの前にニュッと飛び出した。
「エントリーナンバー一番、トロワーアイビーグリーン!」
「エントリーナンバー二番、トロワーローズグレイ!」
「エントリーナンバーサンバーン、トロワーエドムラサキデース!」
「「「クラブソルジャーさん、ぜひとも審査の方をお願いします!」」」
またか。またこのパターンか。
マイナーカラーばかりの輩を目にして、クラブソルジャーは審査に移る前から頭を抱え始めた。
どうして単純な色名のヒーロー候補が一人もいないのだ。三人も入れば、一人くらいノーマルでもおかしくないだろうに。
「おいおい、どうしたんだよ。具合でも悪いのか」
レッドが表面上他人を気遣う素振りを見せるということは、この中にはおそらく女性が混じっている。多分体格的に、真ん中のローズグレイだろうか。
ついに変な推理力まで身につけてしまったカニ怪人であるが、吹っ飛びかけた思考を無理矢理元に戻し、どうにか気合を入れ直す。
どうせ審査が終わるまでまで解放してもらえないのだからと強引に割り切り、質問を始めることにした。
「コホン。では、トロワーファイブに代わり、我が審査を行う」
「はい、よろしくお願いするであります!」
「どうぞ、お手柔らかに」
「ヘーイ、バッチコーイ!」
何か今、二回ほど違和感を覚えたのは錯覚だろうか。
少し気になる点があったクラブソルジャーだったが、ここではあえて流しておくことにした。
「ではまず、志望動機について聞かせていただこうか」
スーツの色にツッコミを入れても、ろくなことにならないのは目に見えている。
学習能力を存分に発揮した彼は、あえてそこは深く掘り下げない方針をとることにした。
「では、そこの一番の……アイビーグリーン、だったか? そなたから言ってみろ」
「はい!」
アイビーグリーンは、ピシッと美しく敬礼を決める。そして、きびきびとした口調で答え始めた。
「わたくし、前々からヒーローという職業に憧れておりました。わたくしの力で怪人の魔の手から人々を救い、生まれ育った地域を平和に導くことができるのであれば、それこそ本望。命をも投げ打つ覚悟であります!」
「……ん? う、うむ」
妙だな。大変立派な志だが、どこかで聞いたことがあるような。
厳正なる審査員が首をかしげている間に、ローズグレイが前に出る。
「次は二番の、私でよろしいでしょうか」
「え、あ、そうだな」
「では……」
地味なスーツカラーではあるが、唯一の華とも言える紅一点の彼女はハキハキとした声で話し始めた。
「実は、私は怪人という存在を深く憎んでいるのです。それで、今回のヒーローオーディションの話を聞き、すぐさま応募しました」
「は、はあ」
よくもまあ、本物の怪人を前にしてこんなカミングアウトができたものだ。
華奢な体格からは想像がつかない大胆な発言に度肝を抜かれたクラブソルジャーだったが、気を取り直して話を進める。
「ま、まあ、特に差し支えがないのであれば、詳しく聞かせてくれないか」
「はい、わかりました」
ローズグレイは仮面の奥に潜む瞳を鋭く光らせながら、力強く語りだした。
「あれはそう、とある午後のことでした。私は突然の気まぐれで、異常にアイスが食べたくなりました。ちょうど近くにコンビニがあったのでフラフラと立ち寄ると、私の大好きなバニラアイスバーが、一本だけ売れ残っていました。『やった、ラッキー!』そう思って手を伸ばした瞬間、何が起きたと思います? なんと私が手に取る直前、パッとアイスがかっさらわれたのです! 一体何事かと思ってふと横を見てみると、そこには黒く輝く角を生やした、おじさんみたいな怪人がニコニコしながらアイスを手に取っている姿があったのですよ! そしてその怪人は、面食らって動けないでいる私に対し見向きもしないまま、平然とレジで精算を済まし、コンビニから去っていきました。この時私は誓いました。私のアイスをかっさらった、あの怪人だけは……いや、この世の全ての怪人を、決して許すまいと!」
「…………」
あの。それはつまり、怪人にアイスを先に買われたというだけで、異様なまでに憎しみを抱いているということでしょうか。逆恨みにも、ほどがあると思うのですが。しかもそのアイスを買ったのって、多分総裁だし……。
想像を絶する話のくだらなさに腰が砕けそうになっていると、そんなことなどおかまいなしといった様子で彼女は力説を続ける。
「ねえ、ひどくないですか? 人間を販売対象として生産されたアイスを、怪人がかっさらっていくとかガチでひどくないですか?」
「い、いや。そなたを払いのけてアイスを奪い、挙句万引きしたのであれば話は別だが、その怪人はきちんと金を払っていたのだろう? ならばそこまで、問題は」
「何を言ってるんですか! あのアイスは間違いなく、私に買われることを望んでいました。ええ、きっとそうに違いありません。その固く結ばれた運命の赤い糸を、こともあろうにあの怪人は引きちぎったのですよ⁉ これほど重い罪があるものですか!」
「つ、罪って大げさな」
「ローズグレイさんが罪って言ってんだから、罪に決まってんだろ。このカニ野郎!」
「痛っ!」
いきなりレッドに拳で脳天を殴打され、クラブソルジャーは身悶えした。
どうやら天性の非モテ男の、悪い病気が出始めたようだ。
「いいか? 彼女は大好きなアイスとの絆を、怪人の手によって引き裂かれたんだぞ! わかるか、この苦しみ? 彼女にとって、アイスはかけがいのない存在だったんだからな! 例えるならそう、タンスの角に足の小指をぶつけるほどに……いや、それ以上に苦しいことなんだよ!」
「……それは例えとしていかがなものかと思うが。よりにもよってタンス……」
「うっせえなあ! 思いが伝わればそれでいいんだよお!」
「痛っ!」
もう一発同じ個所を殴られてクラクラしていると、ローズグレイが不服そうに話す。
「何を言ってるんですか、レッドさん」
ほら。やはりあの例えでは全然駄目ではないか。せめてもっと女心を汲み取るような……。
「私にとって、アイスを奪われることは人類から酸素を奪うことに等しいんですよ! それなのにあなたは、アイスをタンスでガンってやっちゃった程度にしか考えていなかったわけですか⁉ 最低ですね。アイスを笑うものは、アイスに泣く。これ常識ですよ? こんなクソみたいな方となんて、私は働けませんね!」
いや、そこまでですか? あなたはそこまで、アイスが食べたかったのですか? というか、怒るべき点はそこですか?
怪人の心のツッコミが追いつかない中、彼女は早口でさらに畳み掛ける。
「私、今回の選考は辞退させていただきます。このスーツは後日、基地の方に送らせていただきますので。では」
「あ、ちょっ……ちょーっ!」
ローズグレイは啖呵を切ると、足音を鳴らしながらどこかへと歩いていってしまった。
「ロ、ローズグレイさあああーん……素顔、結構好みだったのに」
レッドはショックで地面に膝をつき、がっくりとうなだれる。そしてここで、例の如く追撃が。
「相変わらず、気色の悪い方ですね」
「レッドさん、キモ~い」
「わたくしもこれには、賛同できないであります」
「コレガシツレンデゴジマスカ? イイモノミマシター」
「うごふっ!」
仲間や将来の後輩候補からむごい集中砲火を食らうと、レッドはそのまま倒れ伏した。おそらく、あと三十分は復帰できまい。
「で、では、邪魔者がいなくなったところで……コホン。トロワー……江戸紫だったか? 今度はそなただ」
「ハイ! デゴジマス!」
クラブソルジャーがここぞとばかりにオーディションを進めると、江戸紫は妙なイントネーションで志望動機を語り始めた。
「ワタシ、ニンジャ、サムライ、アコガレテニホンキマシタ。ダカラ、セイギノミカタオーディションアル、キイテ、ウケマシタ! オシロニセンニュー! ハラキリ、ハラキリ!」
「……」
あの。薄々わかりきっていることだが、一応確認した方がいいのだろうか。
凄まじいレベルの片言と、強烈な思い込みを前にして、おそるおそる問いかける。
「そ、そなた、どこの国出身なのだ?」
「レーヴソーニョオウコク、デース!」
「むむ?」
聞き慣れない国名に首をかしげていると、ブルーがさりげなく助け舟を出す。
「レーヴソーニョ王国ですか。確か、日本から見て遥か遠くにある、最近独立したばかりの辺ぴな島国だったかと。これといった名産もなく、知っている方はごくわずか。インターネットなどもそこまで普及していなかったはずなので、日本に関する知識に乏しくてもおかしくはないかと」
「はあ……?」
何故彼が異様に世界のことに詳しいのかは永遠の謎になりそうだが、疑問はスッキリ解決だ。
しかしここで、新たな問題が浮上した。この江戸紫は、ヒーローというものを大いに勘違いしている。本来ならば、ここで誤解を解かなければならないのだが。
「お、おい。この者、凄まじい勘違いをしているようだが、それは貴様らで解決すべき問題ではないのか?」
戦隊ヒーローというのは、忍者でもなければ侍などでもない。何をどう間違えばこうなるのかはよくわからないが、とにかく変な思い込みをしているのは変えがたい事実。もし彼に素質があったとしても、ここできちんとしておかなければ絶対に面倒なことになる。
クラブソルジャーとしては正論を述べたつもりだったが、ここで一筋縄ではいかないのがトロワーファイブだ。
「ええ~。それくらい、クラブソルジャーさんがやってよお。あたし、説明とか得意じゃないし~」
「今は明らかに、あなたのターンですよ。それが終了するまでは、こちらからは何も言えませんね」
「ターンとは何だ。カードゲームじゃあるまいし」
ピンクのわがままと、ブルーの屁理屈にうんざりするカニ怪人。反論しようと思えばできるが、どうせ泥沼に引きずり込まれるのが関の山だ。
「あなた、怪我をしていますよね。できれば、早く帰りたいでしょう? ならば速やかに、事情の説明を行って下さい。既に察しているとは思いますが、このオーディションが終わるまであなたを解放する気はありませんからね」
「何故我が、貴様らに主導権を握られなければならぬのだ」
「おや、いいのですか? せっかく今日は、何も言わず見逃して差し上げようと思っていたのに。仕方がないですね。では」
「ま、待て!」
ブレスレットに手を伸ばすブルーを、クラブソルジャーは大声で制止する。
「わかった。やればいいのだろう、やれば」
ただでさえ負傷しているというに、頭を二度も殴られてコンディションはボロボロ。本気を出せばそこそこ善戦できるとは思うが、とても剣を交える気分にはなれない。
「最初からそうおっしゃればいいのですよ。その方がお互いに、損をしなくて済むのですから」
「断っておくが、我は充分損をしておるからな」
クラブソルジャーは忌々しそうに呟いてから、浮かれてはしゃいでいる江戸紫の方に向き直る。
「ドウデス? ワタシ、ツヨサ、ジシンアルマス。ドデスカ?」
「…………」
この希望に満ちた青年に、現実を突きつけなければいけないのか。怪人として抱くべき感情ではないことは重々承知しているが、何となく心苦しい。
一度大きく息を吐き、意を決してから目線を合わせる。そして、真実を外国人である彼にわかりやすいようにゆっくりと説き始めた。
「あの。申し訳ないが、ヒーローは忍者でもなければ侍でもないのだ」
「ハイ? イマ、ナンテイッタデスカ」
「だから、ヒーローは忍者のように闇夜に潜んで城に潜入することもなければ、侍のように刀を振り回して腹切り切腹などもせんのだ。というか、何をどうすればヒーローとそんな輩をごっちゃにできるのだ。我にはさっぱりわからんぞ」
「ナ、ナンデス……ト?」
江戸紫は絶望をにじませたトーンで呟くと、手をわなわな震わせる。
天を仰いで二、三歩ふらついたかと思うと、何やらブツブツ言い出した。
「ソ、ソンナバナナ……ダッテコノフク、ニンジャヤナイデスカ」
「共通点は色だけだ。忍者が活躍していた時代に、全身タイツは存在しておらぬ」
「デ、デモ、センパイタチ、カタナモッテタヨ?」
「刀の刀身は金属ではないか。あれはレーザーのような、実に近未来的でハイテクな武器だろう。そんなもの、侍が全員持っていたとすればおぞましいことこの上ない」
「デモ、ニンジャ、サムライ、セイギノミカタ……」
「全員そうとは限らぬだろうが。世の中には悪名高い城に仕えていた忍者もおるし、侍にだって悪徳だった者もいたはずだ。ま、全てのヒーローが完璧な正義の申し子であるとは言い切れぬがな」
「ソ、ソンナ……ウアアアアー!」
夢をめっためたに打ち砕かれた江戸紫は、わけのわからぬ奇声を漏らしながら天に向かって叫ぶ。
「ユメヤブレ、ワタシノココロハウツセミニ。ブリノコドモハスナワチフクラギー! ココロノセンリューデシタアアア――――!」
叫ぶだけ叫ぶと、そのままのたうち回りながら猛スピードでどこかへ猛進しながら消えていった。
「字数的に、川柳ではなく短歌では……まあいい。しかし、何だったのだあいつは。ええと」
ここで状況を整理する。ローズグレイはレッドのようなアイスを軽んじる無神経男とは共闘できないとして選考を辞退。江戸紫は精神的ショックで審査を放棄。つまり、今ここに残っているのは。
「あれ? ひょっとして、わたくししか残っていないのでは? であります。ということはつまり……やったあ! わたくしはついに、念願のヒーローになれるんでありますーっ!」
自滅していったライバル達のことなど知ったことかと言わんばかりに、アイビーグリーンはぴょんぴょんと跳ねながらはしゃぎまくる。
だがこれで、全てが丸く収まるというわけにはいかない。今まであえて触れていなかったクラブソルジャーだったが、とうとうある疑惑について言及することにした。
「待て。誰がそなたをヒーローとして認めると言った? モスグリーン」
「え、だって候補は、わたくししか残っていないでありますよ? なら、普通なら」
「……やはり貴様、モスグリーンだったか。我のこと、忘れたとは言わせぬぞ」
「ぎくっ! であります」
そう、モスグリーン。第一回ヒーローオーディションの際に応募して最終選考にまで残りながら不採用となった、あのモスグリーンである。
彼と会うのはしばらく振りになるが、その独特のしゃべり方はあまりにも記憶に焼きついており、どうしても忘れられなかったのだ。
「そ、そ、そんなことないでありますよ? わ、わ、わたくしは、アイビーグリーンでありますよ?」
「かなり似たような色ではないか。しかも、志望動機が前回の時と完全に一緒だったしな。あれでバレないとでも思ったか」
「ぎくぎくっ! であります」
横から「ううん、気づきませんでしたね……」だの、「うん。あたしも気づきませんでした~」などという脱力するようなやりとりが聞こえてくるが、あえて黙殺する。
生真面目で堅物なカニ怪人の追及は、こんなものでは済まされない。
「全く。一体貴様は何を考えておるのだ。何故こんな馬鹿げたことを」
「だ、だって、わたくしはどうしてもヒーローになりたかったんであります。だ、だからあえて、別人になりすまして……うわーん! 許して欲しいでありますーっ!」
またも既知感のある展開。アイビーグリーン改め、モスグリーンは史上最強の豆腐メンタルを発揮して泣き出してしまった。
「泣けば済むと思うな。身分を偽るなどという不正行為に走る者が、誠実で高潔であるべきヒーローにふさわしいわけがなかろう」
「それはひょっとして、僕達に対する嫌味でしょうか」
「さあ、どうだかな」
ブルーの横槍を適当にあしらうと、クラブソルジャーは身体に残る痛みに耐えながら立ち上がりベンチから離れる。
「さて、我は帰るぞ。こんなもの全員、不合格で決まりだろう」
そう言って一同に背を向け、ゆっくりと立ち去っ……。
「待つであります!」
「うわっ!」
しかし途中でマントを思い切り引っ張られ、その場にずっこけてしまった。
「はいやあっ!」
「ぐえっ」
しかも、ヒラヒラと翻っている隙に首にマントを巻きつけられ、のど元を絞めつけられる始末である。
哀れなカニ怪人は咳き込みながら、のど元を押さえつつモスグリーンを睨む。
「な、な……ゲホッ! 何をする、貴様!」
「まだ立ち去らないで欲しいんであります。こうでもしないと、きっと逃げるに違いないであります。わたくし実は、すごい特技をたくさん体得してきたであります!」
「は?」
確かモスグリーンを落とした理由の一つに、ヒーローらしき特技が一つもなかったことも含まれていたような気がする。もしや、その問題を克服したとアピールしたいのだろうか。
「こ、この、首を絞める技のことかっ……」
「ちっちっち。こんなものはまだ、序の口であります」
この技、相当威力高いんですけど。そんなに自信があるのならまあ、多少なら聞いてやってもいいか……。
そう思ったのもつかの間。彼は周囲の了承も得ないまま、勝手にまくし立て始めた。
「以前はスキーと炊事洗濯家事一般、炭酸飲料の一気飲みくらいしかできなかったわたくしでありますが、特訓に特訓を重ねてきたのであります。まずは、スキューバーダイビング。これで海底にいる怪人とも、しっかり戦えるであります!」
「あんなタンクを背負って、どうやって怪人と戦う気なのだ。普通は潜水艦で攻めるだろう」
「うう、そうでありますか。あ、他にも、カーリングも始めたであります。冬季の戦いはお任せあれ! であります」
「仮に地面に氷が張ったとして、何を滑らせて倒す気だ。まさか、冬にしか使えない武器をわざわざ開発させて、無駄な金を組織に払わせようなどと考えているのではなかろうな」
「うう、言われてみれば効率が悪いような気がするであります。で、では、アルバイト経験はどうであります? 接客技術は完璧であります」
「ならばおとなしく、スキルを活かせる方面に就職せんか」
「ううう……」
いい加減あきらめたか。
言葉を詰まらす姿を見てそう判断した怪人であったが、今回のモスグリーンは一味違う。頭を邪念を払うようにして何度か振った後、さらに続ける。
「ま、まだまだあるでありますよ! こうなったら、全部聞いてもらうまで離さない! であります!」
「は⁉ ぐ、ううっ!」
首に巻きついたマントを容赦なく引っ張られ、身体の自由が効かない。苦痛のあまり、すっかり身動きがとれなくなる。
「ぐ、う、た、助けてくれ……」
不本意ながらヒーロー達に助けを乞うが、結果は言うまでもない。
「いや、これはちょっと無理ですね。こういう熱血漢は、僕は苦手ですし」
「あたし達、責任もってレッドさんは回収するんで~。あとはよろしく! じゃあね~」
「あ、ちょ、うぐうううっ!」
本当はレッドの足を片方ずつ掴み、ズルズル引きずりながら退場していく二人を見てポカンとしたいクラブソルジャーであったが、余裕がない今の状況ではそれすらも許されない。
首が絞まりかけて意識が朦朧とする中、独特の口調が公園内にこだまする。
「まずは、ヘディング。最高記録は、千回以上であります」
「それができてっ……何になるっ……」
「でもって、得意なのは物まね。レパートリーは、軽く百種類は超えたでありますよ」
「ぐっ……だからそれは宴会で……」
「まだまだ! スイカの早食いもできるでありますし、手品もお手のもの。あと、目をつむったまま綱渡りも」
「だ、誰か……誰かああああ……!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!
言うまでもありませんが、レーヴソーニョ王国は架空の国です。作者が適当に考えました。