第二十三話 最終兵器・ロボたん
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「これでいいのか、ダークグローリアよ……」
町随一の憩いの場である公園に、どこか憂鬱な呟きが流れる。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。
「我も確かに、人間どもと親しみ過ぎた節がある。しかし、だからといってこれは……」
現在彼は、悪の怪人のあり方について不平を漏らしていた。
この地域に派遣される怪人はクラブソルジャーばかりと思われがちだが、一応他の者達も出動命令を出されてはいるのである。そして、任務の遂行を目的として人間の元に出没したりしていたのだが。
「だからって。だからといってこれは……」
何が一番悩ましいかというと、当の怪人達が人間に対してやけにフレンドリーであることだ。
今、視界の中にあるだけでも、頭部がライオンのような奴がにこやかな笑顔を浮かべながら通学指導じみた仕事をしているし、岩に酷似した皮膚を持つ小型のゴーレムは、ティッシュ配りのアルバイトに勤しんでいる。挙句の果てには、全身が植物みたいな奴が一発芸を披露しておひねりまでいただいていた。
「前々から、他の怪人どもは勤務態度がゆるいというか、真剣味が足りないと思ったことが幾度となくあった。だが、この落ちぶれ振りは何なのだ。人間どもが住まう地域に、堂々と溶け込みおって。しかも、非番でもない日に……。ああ、情けない。これでは、この地をダークグローリアのものとするという目的は永遠に」
「……クラブソルジャーさん」
「か、薫子殿」
ブツブツと愚痴をこぼしていると、白い箱を持った薫子が歩み寄ってきた。
その表情はどこか気まずさを覚えるような、伏し目がちなものだった。
「どうかしたのか。何かあったのか」
「いえ。ただ、この間のことを申し訳なく思っていて……」
「あ、ああ、この間の」
おそらく彼女が話しているのは、以前の告白じみた発言のことだろう。言われた方はもちろんだが、はっきりとした返事をもらっていない以上、言ってしまった方も気にしていて当然である。
「あれなら気にすることはない。だから」
「あの時はつい、気持ちを抑えきれなくなってしまって……。迷惑でしたよね。できれば、あんな戯言は忘れて下さい」
「いや、戯言なんてそんな……」
「本当に、申し訳ありませんでした。怪人と人間は、そう易々と関わってはいられませんよね。あくまでも私達は、敵対し合っている種族なのですから」
「!」
もしや、先程の愚痴が聞こえていたのか? 人間社会に溶け込む怪人に対し、堕落していると称したことが。だからこんなに、彼女は落ち込んでいるのか……?
大まかな事情を察したクラブソルジャーは頭が真っ白になり、動揺の色を浮かべる。どうしたものかと模索する間に、薫子は瞳に悲しみを宿しながら、そっと白い箱を差し出した。
「これ、クラブソルジャーさんの好きなものを色々作ってきたんですけど、よかったら食べて下さい。もし嫌でしたら、捨ててしまっても……」
「ち、違う。我は決して、そなたのことを」
「……人間相手に優しくしなくていいんですよ。さようなら、クラブソルジャーさん」
薫子は無理に笑みを作ると、背を向けて立ち去ろうとした。
このままでは、本当に彼女を失ってしまう。
クラブソルジャーは箱を右腕で器用に抱えるとすぐさま駆け出し、自由になった左手で彼女の肩を掴んだ。
「待ってくれ。頼むから、話を」
「離してください。このままだと、私はあなたに迷惑ばかりかけてしまいます。もう、あなたの前には現れません。だから……」
「これは誤解だ。我は確かに、日頃から人間とやたらと親しげにする怪人どもの堕落振りに辟易してはおった。だが、薫子殿のことを疎ましいなどと思ったことはない。そなたは、その。我にとっては、他の人間とは違うのだ」
「え……?」
薫子は振り向き、眼鏡の奥にある目を大きく見開く。
そんな彼女のことを見つめながら、クラブソルジャーは思いのたけを口にした。
「我が悪の怪人であることは、紛れもない事実。だが、かたくなだった我の心を変えてくれたのはそなただ。この地域に派遣されるまでは、正直人間どものことを見下しておった。しかし、ここで地域の人間と交流を重ねることで、次第に人間も悪くないと考えるようになった自分がいる。そして、そんな時に薫子殿と出会った」
「私と、ですか?」
「ああ。そなたは我に色々なことを教えてくれた。この世に角砂糖よりもうんと美味いものが存在すること。この世界には、様々な娯楽が存在すること。そして、怪人であっても、愛という感情が芽生えることがあること」
「あ、あの。それって……?」
薫子が頬を赤らめると、クラブソルジャーは少しためらいながらもここまで話してしまったのだからと割り切り、慎重に言葉を選ぶ。そして緊張した面持ちで、たどたどしく言葉を付け足した。
「我も、そなたといる時が一番幸せだと思っている。つまりその、信じてもらえぬやもしれぬが、薫子殿を好いておるのだ。できることなら、ずっと共にいたいと願うくらいに。まあ、こんな化け物に等しい存在に好かれることの方がよほど迷惑なことかもしれぬ……が?」
語る途中で、微かに何かがぶつかる衝撃を覚える。目をやってみると、そこには涙をこぼしながら自身の胸に顔をうずめる薫子の姿があった。
「か、薫子殿?」
「私……私……。嬉しいです。クラブソルジャーさんから、そんな風に思われていたなんて。とても、とても……」
「え、あ、いや」
どうしよう。まさか、泣かれてしまうとは。こういう場合、人間ならばどうするのだろうか。
想定外の行動に、クラブソルジャーはつい軽いパニックを起こす。どぎまぎしながらも、とりあえず彼女の背中に手を伸ばした。
「あの。頼むから、泣かないでくれぬか。いくらそれが嬉し涙であったとしても、我はどうも」
「……ごめんなさい。まだちょっと収まりそうにないので、もう少しこのままで。あなたに涙を見せないようにしますから、もう少しだけ……」
「…………」
頼むから、このタイミングでヒーローが来るのだけは勘弁してくれ。色々な意味で、大変なことになるから。
なけなしの願いが届いたのか、影が差し込んでくる前に薫子はクラブソルジャーのそばから離れた。彼の周りに、甘い香りを残しながら。
「すみませんでした。クラブソルジャーさん、私が泣いているところを見ると悲しそうにするから……。私、帰りますね。ヒーロー達が来る前に」
「あ、ああ、そうだな。きっと、その方がいい。では」
「じゃあ……また」
薫子は最後に明るく微笑むと、速やかに公園から去っていった。
クラブソルジャーはどこかポーッとしながら、小声で呟く。
「……やはり、人間と共存という選択肢も悪くないと思えてきた。本来ならば、このようなことを考えてはいけないのだろうが」
「そこまでだ、怪人!」
「むっ」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「また現れおったか。ふん、何度でも相手になってやろうではないか」
「残念。今回の相手は、俺達じゃないんだよなあ……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
ここまでは普段と変わらない流れであるが、彼らの言葉が単なるこけおどしなどではないならば、もう一くだりあるはずだ。
「貴様ら、何を企んでおる」
クラブソルジャーが右腕に抱えた白い箱をベンチに置きながら警戒していると、レッドが余裕を含んだ口調で答えた。
「企んでるっていうかねえ、ちょいと試したいものがあってな」
「試したいもの? まさか、いつぞやの爆発銃のような、わけのわからぬ武器などではないだろうな」
「武器とは少し違うんだが、ま、ヒーローには欠かせない存在っていうかねえ。戦闘補助用の、最新鋭のロボット。言わば、最終兵器って奴?」
「何っ!」
前々からヒーロー達の組織が凄まじい技術力を誇っていることはわかっていたが、ロボットまで開発していたというのか。もしやそれは、トロワーファイブ達が乗り込んで操作するような、巨大ロボットだったりするのでは。
クラブソルジャーがさらに警戒心を高めていると、ブルーが茂みの方へと視線を向けた。
「今回は、上からその性能をテストするように申しつけられていましてね。では、そろそろ登場していただくとしますか。こちらへ来て下さい」
「はい。かしこまりました」
返事をした? つまりそのロボットは、人工知能まで持ち合わせているのか。
ガサガサと音が鳴ったかと思うと、ついにその最終兵器とやらが姿を現した……が。
「むむっ?」
ええと。これが、最新鋭のロボット? ヒーロー達が胸を張って紹介するほどの、最終兵器?
事態が飲み込めないカニ怪人は、目の前に現れた物体を前にして大いに混乱する。
それもそのはず。彼の前に出てきたものの正体とは。
「どうも、こんにちは。わたしの名前は、ロボたんです」
礼儀正しく挨拶するのは、小学校低学年にしか見えない少年。珍妙な形をした金色のヘルメットを被り、西洋風の鎧のような銀色の装甲に身を包んでいることを除けば、誰がどう見てもごくごく普通の男の子である。こんなものが最終兵器呼ばわりされていては、受け入れられなくても仕方がない。
「あなたが怪人ですね。初めて見るタイプです」
「いや、あの。何だこいつは。この、変な格好をした男の子は」
クラブソルジャーが眉根を寄せていると、ピンクがロボたんに歩み寄りながら説明し始めた。
「この子はね、うちの開発部門が全技術力を注いで作ったスーパーアンドロイドなの! ほら、ほっぺもプニプニで~、本物の人間みたいなの~」
「ピンクさん、ここはわたしにお任せ下さい。わたしがこの怪人の特徴を、リサーチしてみせます」
「きゃ~っ! かわいくて頼もしい!」
確かにかわいらしいのかもしれないが、何故に小さな男の子みたいな容姿にしたのか。普通、ヒーローを補助するロボットというものは、近未来感が溢れたデザインというのが主流なのでは。
ますます苦い顔をする怪人に、ロボたんは臆することなくトコトコと近づいていく。そして、純真でキラキラと輝く眼差しで彼のことを眺めた。
「な、何だ。ジロジロと我を見おって」
不快と言えば不快だが、見てくれがこれではどうも手が出しづらい。
クラブソルジャーはロボたんを追い払えないまま、数歩退く。
「うーん。右腕がカニのはさみに似ています。ここから放たれる攻撃は、かなり威力があるものと思われます」
どうやらこのアンドロイドは、宣言通り怪人に関するリサーチを行っていたらしい。事情を知らない者からすれば、そのような目的で動いていると見破るのは至難の業だが。
「物体を挟んで切断するのにも適していますし、単純に殴りかかっても相当な強さを発揮することでしょう」
「うむ、その通り。我のこの腕は、見かけ倒しなどではないのだ」
一応敵のロボットからではあるが、褒められれば悪い気はしない。
少しばかり照れくさそうにしていると、ここで思いがけない発言が飛び出した。
「ちなみに、これは食用にも適しているかと思われます。どの料理法でも、確実に美味しくいただけます」
「そうそう、我の腕は絶品。例えどんな者が調理しようとも……って、おい」
ちょっと待て。一体どこのロボットが、怪人の腕の味をリサーチするように命じられているというのだ。
明らかにおかしい言動に顔を曇らせるクラブソルジャーだが、トロワーファイブは興奮気味。ロボたんの性能に、満足している様子だ。
「おお、すっげえ! あいつ、味までリサーチできるのか!」
「しかも、その情報はかなり的確。これは素晴らしいですよ」
「ロボたんすっご~い! 頑張って~」
「貴様ら、物事の判断の基準が狂っているのではないか?」
呆れ返るカニ怪人のことを、ロボたんはまだまだじっくりと観察し続ける。どういうわけか、まだ右腕に執着しているようだ。
「どうした。まだこの腕に用があるのか。まさかお主、これを食いたいと思っているのでは」
「いえいえ。わたしはアンドロイドなので、燃料であるオイルしか摂取できません。わたしはとても、その腕が気になるのです。そのカニばさみは、タラバですか? ズワイですか? はたまた毛ガニですか?」
「馬鹿者! 何を気にしておるのだ。この腕は、そのいずれにも当てはまらぬ。カニを模してはおるが、実際に存在するカニからもいでつけたわけではないのだ」
「そうだったのですか。ちぇっ」
「ちぇっとは何だ。ちぇっとは」
どうでもいいが、感情がある分人工知能のレベルだけは異様に高いようである。ただし、明らかに変な方向に伸びてしまっているようだが。
クラブソルジャーはすっかり困り果てているが、ロボたんはそんなことなどお構いなしに任務を全うし続ける。
「左腕は、人間のものと変わらないようです」
「まあ、剣を持つのに必要だからな」
「リサーチし甲斐がなく、非常につまらないです」
「おい」
「鎧は安物のようです。この怪人は、確実に安月給です」
「ほっといてくれ」
「黒いマントを着ています。ちなみに、わたしの好きな色はドブネズミ色です」
「誰も聞いておらんぞ」
「顔が赤いですね。熱湯風呂にでもチャレンジしていたのでしょうか」
「それはお主が、我をイラつかせるからだ」
「どうやら、怒りっぽい性格のようです。退治せずに放っておいても、勝手に突然死してくれるでしょう」
「これのどこがリサーチだというのだ!」
流石に耐え切れなくなったクラブソルジャーは、いきり立って一喝する。
するとロボたんは驚きながら尻餅をつき、地面に転がった。
「うあーん。痛い、痛いよお」
これはどういう仕組みになっているのか。子供型アンドロイドは、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら泣き始めた。
「あーあ。なーかした」
「ロボットとはいえ、子供を泣かせるなんて最低ですね」
「ロボたんをいじめるなんて。ひっど~い!」
ヒーロー達は、ここぞとばかりロボたんを泣かせたことを変に囃し立てる。それが計算でやっていることなのか、単にふざけているだけなのかは判断がつかない。
「むむむ……」
涙というものに滅法弱い怪人は、苦りきった顔をしながらも少年に目を向けた。
「うわーん、うわーん」
「う……」
相手は心を持たないはずの機械。きっとこれも、何かの罠だ。だが、こうも泣きじゃくられると無視するのも忍びない。
「だ、大丈夫か?」
念のため注意を払いながらも、クラブソルジャーはロボたんに一歩、二歩と近寄っていく。そして、視線の高さを合わせながら左手を差し伸べた。
「ほら、立て。手を貸してやる」
「?」
ロボたんは瞳を潤ませながら、上目遣いで怪人を見つめる。
本当にこいつはロボットなのか。表情もきちんと出ているし、まるで本物の、人間の子供を前にしているようで調子が狂う。
「ほら、早く立つのだ」
「うん。ありがとう」
差し出された手を取ると、ロボたんはゆっくりと立ち上がった。
尻についた汚れを払い、ペコリと頭を下げる。その素直な態度は、先程無礼な言動を繰り返した子供と同一とは思えなかった。
「あ、ああ。そうか」
「……」
ロボたんは上目遣いを続けたまま、無言でクラブソルジャーの前に進む。
その無垢な目から顔をそむけることができない怪人は、極力やんわりとした口調で尋ねる。
「どうした。まだ、痛いところでもあるのか」
「……」
「どうかしたのか。おい、返事をせんか」
「……」
「……?」
「隙ありっ!」
「うぐおっ⁉」
ドスッという鈍い音と同時に、全身に響く激痛が走る。
なんとロボたんのか細い腕が、思いっきり腹部にめり込んでいた。
「いっ! うぐぐ」
「やりました、トロワーファイブ。怪人の一瞬の隙をつき、見事攻撃に成功しました」
「何が隙をついただあ! うぐっ……痛たたた」
やはりこいつは、かわいい男の子などではなく、無情なアンドロイドだったか。しかも、かなり卑劣なタイプの。
クラブソルジャーは痛みに悶えながら後悔したが、時既に遅し。その姿を目の当たりにしたヒーロー達は大喜びだ。
「すっげえ! ロボたん、ガチですげえ!」
「愛らしい容姿というものは、最大の武器ですね。勉強になります」
「あたしも今度から、素顔で出勤しようかな~」
「じゃかあしい! さっきから戦いもせず野次ばかり飛ばしおって。任務を子供に任せきりで、罪悪感というものが湧かぬのか! ううう……まだ痛む」
強烈な腹パンの痛みに耐えながら、哀れなカニ怪人は高見の見物をするトロワーファイブに苦言を呈す。
しかし、それを簡単に聞き入れるほど、ヒーロー達はまともな精神を持ち合わせていなかった。
「はあ? これは立派な戦術って奴だろうよ。なあ、ロボたん。そうだろ?」
「はい。これは立派な戦術です」
レッドの声に応じ、ピシッと敬礼を決めるロボたん。だが、こんなものを見せられたところで納得できるわけがない。
「この卑怯者が。こちらの良心につけ込んで不意打ちとは。正義の風上にもおけぬとは、このことを言うのではないのか」
「僕は悪の怪人であるあなたに、良心が宿っていることの方に問題があると思いますけどね」
「うぐっ」
ブルーからの反撃がクリティカルヒットし、心に棘がぐっさりと突き刺さる。
何か言い返したいような気もするが、こればかりは正論なのでどうすることもできない。
「お姉さんのところにおいで~、ロボたん。ロボたんがすごいのはよくわかったから、一緒に基地に帰ろ~」
ピンクはただただ、子供型アンドロイドのかわいさに惚れ倒している。周囲の声など、全く耳に入っていない様子だ。
「いえ、わたしには重要な任務が残っています。なので、まだ帰れません」
ロボたんはキリッとした面持ちを作ると、再び怪人の方へと向き直る。そして、幼さを感じさせる微妙に舌足らずな口調で語り始めた。
「わたしの任務は、ヒーローの補佐をしつつ、怪人を倒すこと。地域の平和のために、わたしは戦います」
このロボット、思考はいささか卑怯だが、ヒーロー達よりも幾分か正義感はあるらしい。見た目はアレだが、強さは数分前に放たれた腹パンで証明済み。本気で戦うことも視野に入れなければならないか。
クラブソルジャーは息をのみ、剣を抜いて構えようとする。だがどうしても、鞘から剣を引き抜くことができない。
「……くっ。やはり子供相手に剣を抜くなど、流儀に反する。相手がロボットだとわかっていても」
多少変てこな格好であっても、その風貌はどこからどう見ても小さな男の子。これに向かって刃を向けるなど、到底できそうもなかった。
「来ないなら、こちらから行きますよ」
「うう」
こうなれば、仕方がない。カニばさみと素手を駆使して受け止めるしかないか。
覚悟を決めたクラブソルジャーは、不本意ながら全てを受け流すべく身構える。ロボたんはそんなことなど気にも留めず、拳を天に突き上げる。
「行きます! 必殺、スーパータックル! うおおおっ!」
いきなり助走をつけたかと思うと、ロボたんはマッハの如き速さで怪人に突っ込んでいく。
「ふんっ!」
しかし、クラブソルジャーはこれを完璧に見切り、たやすくロボたんのボディを軽々と持ち上げてしまう。
攻撃さえ加えなければ、まあ問題はないだろう。防御だけならば、子供に手をあげたことにもなるまい。
そういった解釈からとった、苦肉の策であった。
「うおおおっ!」
「ぐっ、思っていたより重いか……」
彼の右腕は怪力を備えてはいるが、形が形であるだけに物を持ち上げるには適していない。見た目以上に重いロボたんのウェイトを考えると、体力が尽きるのも時間の問題だった。
足を宙で必死にばたつかせる子供と、それを掲げたままキープする怪人。端から見れば、コスプレをした親子が高い高いをして遊んでいるようで全然緊張感がないが、当人達は至って真剣そのもの。これでも一進一退の攻防戦なのだ。
「うおおおっ!」
「くっ……」
「うおおおっ!」
「う……重っ……」
「うお……お……お」
「ん?」
何か今、変な声が聞こえなかったか? 聞き覚えのない、重低音の鈍い声が。
違和感を覚えたクラブソルジャーは、ちらりとロボたんを確認する。するとロボたんは、彼の腕の中でその動きを止めていた。
「え、あ、ええ? ど、どうしたというのだ」
自分ではそんなに力を入れたつもりはないし、物が破損するような音は一切なかった。一体、どうしてこうなったというのか。
おそるおそる降ろして地面に立たせようとすると、ロボたんはまばたき一つしないままその場にゴロンと倒れる。どうやら、完全にその機能を停止してしまったようだ。
「あ――――っ! ロボた――――ん!」
これに真っ先に過剰な反応を示したのは、ロボたんを溺愛してやまなかったピンクであった。ブレスレットからレーザーソードを取り出し、問答無用でクラブソルジャーに切りかかる。
「ロボたんの仇ーっ!」
「わわっ。ま、待て! 我は何もしておらぬぞ!」
すんでのところで白刃取りを決めたが、あと数秒遅れていたら、あやうく真っ二つにされるところであった。
怪人は冷や汗を垂らしながら、言い訳を口にする。
「我はあの子供に、一度も攻撃は加えておらぬ。目の前で見ていただろう」
「でも、ロボたんに直前まで触ってたのはあなたじゃない! ロボたんを殺したのは、あなたよ!」
「殺すも何も、あれはロボット……」
「な、何ですってえ!」
このタイミングでのロボット呼ばわりが、彼女の怒りの炎にさらに油を注いでしまった。刀身に込められる力が、最大にまで引き上げられる。
「ロボたんはねっ……。ロボたんはねえっ……あたしのかわいい子供同然だったの。そう、あの子と出会った三日前から、運命を感じたの」
「たった三日で、そこまで心酔できるものなのか?」
「基地の人に頼み込んで、今まで一緒に暮らしてきたの。お風呂の時も、寝る時も。毎日毎日遊んで遊んで……。ずっとロボたんと一緒だったの」
「遊び過ぎだ。その酷使が原因で壊れたのではないのか?」
「あたし、決めてたの。もし将来子供ができたら、絶対にロボたんって名前にしようって」
「その出生届け、確実に受理されないと思うぞ」
「とにかく、あなたはあたしのロボたんを奪ったの。だから……許さない!」
「うううっ!」
ああ、こいつらが現れるまでの幸せな時間はどこへ行った。自分はいつまで、この苦行に耐えなければならないのか。
久々に発動したピンクの暴走に、クラブソルジャーは己の身の上を嘆きながらたじろくばかり。
そんなことなど尻目に、原色コンビは機能が停止したロボたんをじっくり観察していた。
「おお、本当に動かねえ。まるで時間が止まったみたいだ」
「そうですね。さっきから一ミリたりとも……おや?」
ここでブルーが、あることに気がつく。ロボたんの左胸に、小さなメーターのようなものが埋め込まれていたのだ。
メーターの針は、ゼロを示している。冷静に考えれば、答えはただ一つ。
「もしかして、これはただの燃料切れでは」
「あ、そうかも」
あっけない結末に、つまらなそうにするレッドとブルー。だが事態は、こんなことでは収まらない。
「許さない、許さない、許さない! こうなったら、滅多切りにしてやるんだからあ!」
「ま、待て。レッドとブルーが、先程から何やら……」
「あたしには聞こえな~い!」
「理不尽過ぎるだろ、貴様!」
何か知らないけど、めっちゃ面白いんですけど。
それを見た二人は、ポカンとしつつ顔を見合わせながらも、仮面の下ではニヤニヤしていた。
「クラブソルジャー、大変なことになってんな」
「ええ、そうですね」
「ピンクに教えてやるか? 燃料を入れれば元に戻るってこと」
「さあ、僕には判断できかねます。ただ一つ言えるのは、今のこの状況が最高に面白いということでしょうか」
「ああ、そうかもな」
女相手に、大の男が血管を浮き上がらせながら大苦戦。こんな光景、娯楽以外の何者でもない。
二人の結論は、話し合うまでもなく決定していた。
「さーてと。高みの見物、第二弾と行きますか」
「それにしてもピンクさん、ロボたんを溺愛し過ぎでしょう。確かに、かわいらしい容姿ではありますけどねえ」
「き、貴様ら! 何かわかったのならどうにかせんか! こっちは命が……うおおっ」
ひょっとして、ロボたんの容姿がやたらと愛らしく作られていたのはピンクの気を引いておいて、いざとなった時に彼女の潜在能力を引き出すためだったのか?
極限の状況下に置かれる中、クラブソルジャーの脳裏にふと邪推がよぎる。
阿修羅と化したレッドほどではないが、怒り狂ったピンクもまた鬼に等しい力を宿す。それはこれまでの戦いから既にわかりきっていること。もしかして、本当の最終兵器というのは、ロボたんではなく本気を出したピンクのことだったのでは……?
「力を抜いた、今がチャンス。正義の刃、受けなさ~い!」
「だ、だ、だから、あの男どもが何か知ってる……」
「あたしは知らないもん! とりゃあ!」
「うわあああーっ!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




