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第二話 触らぬカニに祟りなし

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、左手に握る剣を振り上げて人々を恐怖のどん底に追いやっていた。

「いいか、人間ども。この地域は、いずれ我々ダークグローリアのものとなるのだ。我々に忠誠を誓え!」

「そこまでだ、怪人!」

「むっ」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「き、貴様らはこの間の」

「その通り。とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「いてっ! 勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピン……」

「先輩。僕の足を踏まないで下さいよ」

「お前が立ち位置を間違えたんだろうが。もうちょいそっち行け、しっしっ」

「何ですって。先輩が勝手に出しゃばっただけでしょう。あなたには、協調性というものが」

「ちょっとお、二人ともやめて下さいよお。あたしの台詞が台無しじゃないですかあ」

 いや、ピンクさん。あんたの台詞どころか、何もかもが台無しなのですが。

 クラブソルジャーは呆れ返りながら、溜め息をつく。

「貴様ら、ここに痴話喧嘩をしに出てきたのか」

「あ」

「いや」

「その」

「「「……三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

「何事もなかったかのように、物事を進めようとするな!」

 クラブソルジャーは憤慨し、右腕のはさみを振り回しながら怒鳴り散らす。

 トロワーファイブ達は仰天し、仮面の下に隠れる目をぱちくりとさせた。

「この間鉢合わせた時にも思ったことだが、貴様らには結束能力というものがないのか。普通、戦隊ヒーローというものは抜群のチームワークを誇るものであろう」

「いやあ……まあ。おっしゃる通りでございます。はい」

 レッドが申し訳なさそうに、ペコペコと頭を下げる。だが、その態度はブルーと目が合うなり一変する。

「しかし、こいつが一番俺達の調和を乱してるんだよなあ。こいつに少しでも、先輩を敬う気持ちが備わってさえいればねえ」

「あなたという人は、どこまでも嫌味ったらしい方ですねえ。こうして赤スーツを譲って差し上げたのにもかかわらず、まだそのようなことをおっしゃいますか。あなたのせいで、僕の担当カラーはブルー。まるで、あなたと組まされると決まった時の、僕の心情を表しているかのようですよ」

「な、何だと! 人のことをとことんなめくさりやがって!」

「二人とも。言い争ってないで、さっさと怪人倒しましょうよお。あたし、この後彼氏と映画観に行くんですから~」

 ピンクが不純な動機で仲裁すると、二人はようやく火花を散らすのをやめた。

「まあ、そうだな。さっさと片付けた方が、地域の平和的にもいいだろうし」

「では早速、戦うとしましょう。嫌な仕事は手早く片付けるに限ります」

 やっとやる気を出し始めたトロワーファイブだったが、気分がよくないのはクラブソルジャーの方である。

 ヒーロー同士の言い争いが収まるまで待たされた挙句、適当な感じで戦いを挑んで来ようとしている。どんな怪人だって、このような扱いを受ければカチンと来るに違いない。

「ううむ、何だか先程からぞんざいな扱いを受けているような気がしてならないが、まあいい。どこからでも、かかってくるがよい」

 クラブソルジャーは怪人として、一応戦う姿勢を見せる。右腕のはさみと左腕に持つ剣をかまえるが、ヒーロー達はどういうわけか向かってこようとしない。

「どうした、さっさとかかって来い。まさか、また喧嘩を始めようなどと考えているのではないだろうな」

「いや、そういうわけじゃねえんだけどさあ」

 レッドが頭をかきながら、他のトロワーファイブと目を合わせる。

「ある時ふと思ったのです。僕達はひょっとして、卑怯な戦い方をしているのではないかと」

「は?」

 ブルーの進言にクラブソルジャーが首をかしげると、ピンクがさらに付け加えた。

「だって、カニさんは一人で、あたし達は三人でしょ? 数的に、何かフェアじゃないんじゃないかなーって。ヒーローとして、集団暴行ってのはちょっとーって感じで」

「な、何だとお⁉」

 こいつら、怪人をなめているのか。怪人が、人間よりも強大な力を兼ね備えていることをわかっていてこんなふざけたことをほざいているのか⁉

 クラブソルジャーの頭に、みるみるうちに血が上っていく。頭部は人間のものと変わらないというのに、色だけはゆで上がったカニと同じになってしまった。

「い、いいか貴様ら。我は、ダークグローリアの中でも優秀な部類に属する怪人なのだぞ。それに対し、集団で攻撃するのは気が引けるだと?」

「だからあ、こっちも気兼ねなく戦えるように、カニさんには二人仲間を連れてきてほしいの。いるよね? すぐ呼び出せる仲間くらい」

「そんなもの、我には必要ない。我一人の力で、貴様らなど一捻りだ」

「ピンクさん。もしかして僕達、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれませんよ」

 突然ブルーが、会話の流れを遮って呟いた。

「え?」

「どういうことだ、そりゃあ」

 ピンクとレッドは、それが耳に入るなり疑問を口にする。

 ブルーは淡々とした口調で、自論を語り始めた。

「いいですか? あのカニさんにはきっと、部下も友達もいないのですよ。なので、単身で公園に突っ込んできているというわけです。我々のおせっかいは、こともあろうに彼の心の傷をえぐってしまったというわけですよ」

「なるほど。だからあんなに怒ってるのか」

「あらら。あたし達、やらかしちゃったってこと?」

 二人もブルーの話に賛同し、気の毒そうにし始めた。

「そっか。きっとダークグローリアとかいう組織の中で、ずっとあぶられてきたんだろうな。そんなことも知らないで、俺達は無神経なことを」

「そうです。普通、団体や組織に属していれば共闘してくれる仲間の一人くらいいてもおかしくはないというのに、彼はずっと一人なのです。孤独なんですよ」

「な、何かごめんね、カニさん。友達がいない人に仲間を呼んで来いなんて言ったら、そりゃあつらいよね……」

 当人の話を聞かずに、勝手にヒーロー達の間だけでしんみりとしたムードが流れ始める。そしてそれは、さらにエスカレートした。

「悪かったな、カニさん。本当、この通り」

「このたびは、申し訳ありませんでした」

「すみませんでしたあ~!」

 トロワーファイブは、心を込めて深々と頭を下げる。

「この償いは、いずれ」

「いい加減にせんか、貴様ら!」

「「「!」」」

 目の前の怪人が涙目になっているのに気づき、三人は口を動かすのをピタッと止めた。

 クラブソルジャーは鼻を軽くすすりながら、上ずった声で叫び始めた。

「い、いいか? わ、我には部下もいるし、仲間もいる。た、ただちょっと、出世競争に挟まれて、ちょっと、も、揉めてるだけだ。靴とか隠されたり、少しばかり無視されてるだけだあ。うわあああーっ」

 右手のはさみを駄々っ子のようにブンブンと振り回し、クラブソルジャーは目元を押さえながらいずこへと走り去ってしまった。

 それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。

「どっか行っちまったな、怪人」

「みたいですね。どうやら、我々の不戦勝のようです」

「でも、何だかちょっと心が痛いわ」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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