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第十二話 新人オーディション開催!

一話ごとの文字数の最長記録を達成してしまいました。

9000字以上ありますので、ゆっくり読み進めて下さい。

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ううう、我ながらこっぴどくやられたものだ。身体が思うように動かぬ」

 町随一の憩いの場である公園に、苦悶がにじみ出た声が響く。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。本来ならば漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。

「うぐぐ。以前、右腕を狙われて集団リンチを受けた時よりひどいではないか。あの、赤い悪魔め。いずれ目に物見せて……痛たたた」

 現在彼は至るところに包帯を巻かれており、遠目ではミイラ型怪人と間違われそうな状態になっていた。ヒーロー達……いや、暴走して阿修羅と化したレッドから世界最大級の八つ当たりを受け、見るも無残な姿になり果ててしまったのだった。

 ベンチに横たわっていても、継続して傷は痛む。ダークグローリアのドクターの腕をもってしても、悲惨なありさまだった。

「しかし我も、よくここまでやられて死ななかったものだ。まあ、昔から耐久力は他の怪人を圧倒していたから、当然と言えば当然か。もしここに派遣されていたのが同僚だったとしたら、間違いなく命を落としていたことだろう。はっ! もしや総裁は、それを見越して我をこの地に? 流石はダークグローリアを治める、我らがリーダー……ううっ。例えこの身がボロボロであっても、期待に応えるべく任務を遂行しなければ」

 重症を負ってろくに動けない部下を何の考えもなしに派遣する総裁の采配に対し、斜め上の受け止め方をして忠義を全うし続けるクラブソルジャー。その忠誠心は、怪人の鏡として褒め称えられるべきなのか。それとも、単なる馬鹿として処理されるべきなのだろうか。

「あの……大丈夫ですか? えっと」

 うんうんと唸り続けるクラブソルジャーの元に、薫子が歩み寄ってきた。

 普段は遊具の陰に隠れているというのに、真っ直ぐこちらに近づいてくるとはめずらしい。

「ああ、そなたにはまだ名乗っていなかったか。うう、我が名はクラブソルジャー……。まだ傷は痛むが、何とか大丈夫だ。それより、声をかける前にここにくるのは初めてではないか?」

「だって……放って置けなかったもので。クラブソルジャーさんがこんな怪我をしたのは、ほとんど私のせいだったみたいですし」

 薫子はうつむき、悲しげに目を伏せる。

 そんな彼女の暗い表情を見ていると、胸の辺りがどっと苦しくなった。

「気にするな。悪いのは全て、あの馬鹿どもだ。そなたには、悪意はなかったのだろう? そんなに悔やむことはない」

「でも……私があの時戻らなかったら、ここまでひどいことには。考えてみれば、わざわざ聞きに戻らず、ドレッシングもマヨネーズも両方入れれば済む話だったんです。それなのに、余計なことをしたせいでトロワーファイブに変な誤解を……。そのせいで、クラブソルジャーさんはこんな……うっうっうっ」

「た、頼む。お願いだから泣かないでくれ」

 ポロポロと涙をこぼす薫子を、クラブソルジャーは慰めようと試みる。

 こういう時は、何と声をかけてやるべきなのだろうか。

 情緒豊かな人間ならば思いつくのだろうが、怪人である彼にはなかなかいい術が浮かばなかった。

「だって、私のせいで、クラブソルジャーさん、下手したら死んじゃったかもしれないんですよ? 命が助かっても、まだ痛みが続いているみたいですし。私が原因でこんなことになったのに、私の力じゃそれを治してあげられない……」

「……そんなことはない。今の我にとって、一番の治療薬は薫子殿の笑顔だ」

「えっ」

 薫子の頬がポッと赤く染まったのを見て、クラブソルジャーはようやく自分がとんでもないことを口走ったのだと気づく。

 慌てふためきながら彼女から顔をそむけ、目を泳がせまくった。

「い、今の言葉に深い意味はない! だ、だからその。単にそなたの泣いているところを見ていると胸が苦しくなるから、ずっと笑顔でいてほしいという願望を忠実に言語化しただけであって。そ、そそそそその」

 話せば話すほど、どんどん墓穴を掘っていくカニ怪人。

 そんな彼の姿を見て、薫子は涙を止めてクスッと笑った。

「……ありがとうございます。私も、できればあなたには笑顔で」

「そこまでだ、怪人!」

「!」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 首が痛む中、どうにか顔を向けると、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「私、もう行きますね。また誤解されたら大変なので」

「あ、ああ。今日は心配をかけさせてすまなかったな」

 薫子が走り去るのを見届けると、クラブソルジャーは自由のきかない身体にムチを打って半身を起こした。

「また現れおったか。こんなボロボロの怪人を、わざわざ痛ぶりにきたのか」

「今日はちょっと違うんだな……とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

 前回の戦隊崩壊寸前状態からは想像がつかないほど、三人の息はぴったりであった。

 どうやら元通りにならなかったものは、怪人の肉体だけであったらしい。

「あれだけ我をひどい目に遭わせておいて、ぬけぬけと面を出しおって」

「俺達、仮面つけてるから顔は出てねえけど」

「そういう意味で言っておるのではない! 痛たたた……」

 いつぞやの悪行三昧を忘れ、ふざけたことを言うレッドのせいでクラブソルジャーはつい感情を高ぶらせてしまった。いきなり怒鳴ったものだから全身の傷に響き、しくしく痛む。

 ブルーは悶え苦しむ怪人をしげしげと眺め、口元を手で覆う。そして、疑問に思ったことを率直に尋ねた。

「どう見ても絶対安静といった感じの状態なのに、よく出没できましたね」

「ううう、怪人をなめてもらっては困る。貴様ら人間とは違い、特別丈夫にできておるのだからな」

「じゃ、こんなことしても大丈夫? こっつん!」

「ぎゃーっ!」

 ピンクがギプスで固められたカニばさみを拳で殴ると、クラブソルジャーはさらに身悶えした。

「痛みはまだ感じるのだ! 貴様らだって、怪我が治りきっていないところを殴られたりしたら激痛を感じるだろうが!」

「でもぉ、さっき怪人は人間より丈夫って~」

「それでも、痛いものは痛いのだ! ぐああ、また怒鳴ったものだから全身が……」

 ヒーローにおもちゃにされ、もて遊ばれる怪人。実に哀れなり。

「そ、それよりも、さっき貴様らは我を退治しに来たのではないと言ったな。それはどういう意味だ」

「ああ、その話?」

 レッドはポリポリ頭をかきながら、後方をちらっと確認する。

「実は、あんたに会って欲しい人が三人ほどいるんだよなあ」

「は?」

「おーい。出てきていいぞーっ」

 手拍子で合図が送られると、どこからか謎のBGMが再び流れ出す。

 そして三つの影が、ベンチの前にニュッと飛び出した。

「エントリーナンバー一番、トロワーモスグリーン!」

「エントリーナンバー二番、トロワーセピア!」

「エントリーナンバー三番、トロワー 赤朽葉(あかくちば)!」

「「「クラブソルジャーさん、ぜひとも審査の方をお願いし」」」

「ちょ、ちょっと待たぬかあっ!」

 唐突に現れた全身スーツの輩に対し、怪我をしていることを忘れて大声でツッコミを入れるクラブソルジャー。無論これも全身に響き、節々に痛みが走る。

「痛たたた。何なのだ、この微妙に暗い色ばっかりな上に、審査がうんぬんと抜かす奴らは」

「俺達いつぞやに、ご当地ヒーローオーディションをやるって言ってただろ? で、最近企画が上に通って、本当に開催したんだよ」

「あの時の馬鹿げた談議か。冗談だとばかり思っていたが、本気だったのか」

 美男美女がどうだの、悪役女性幹部を引き込もうだの、好き勝手抜かしていたヒーロー達。単に自分達が盛り上がりたいがためにペラペラしゃべくっていたのだと思っていたが、まさか実行に移すとは。

「あ。ちなみに、地域で好評だったら第二弾も開催する予定だから」

「そんなこと、我の知ったことか!」

 頭に血が上り過ぎてめまいを起こしそうなクラブソルジャーであるが、彼はまだここで倒れるわけにはいかない。ツッコまなければならないことが、嫌というほど残っているのだ。

「聞き間違いでなければ、我にこいつらを審査するように言わなかったか? 何故そのようなことをせねばならぬ」

 これに関しては、ブルーが淡々とした口調で説く。

「オーディションを開催した結果、応募総数は四名。そのうち、優秀な三名を僕達トロワーファイブで選別しました。勝ち抜いてきた人材はどれも捨てがたく、僕達だけでは誰を入隊させるべきなのか決めかねましてね。そこで話し合い、あなたの意見を聞こうということになりました」

「ずいぶん偉そうに言うが、貴様らがふるいにかけたのはたったの一名ではないか」

 逆に言うと、その一名はどれだけ力量不足だったというのか。そもそも、応募総数がたったの四名というのにも問題があるような。

「これはあなたにも深く関わる話なのですよ? あなたは日頃から、僕達の仕事に関し必ず一回は苦情を述べますよね。ならば、自ら苦情を言わずに済みそうな人材を選べばよろしい。いいですか? このオーディションで選ばれた方は、今後正式にトロワーファイブに所属し、あなたと戦うことになるのです。それでも、自分には無関係なことであるとおっしゃいますか?」

「うう……」

 正論のような、妙に筋の通った屁理屈のような。

 クラブソルジャーは、青い詐欺師の言葉に頭を悩ませた。

 日頃からヒーロー達に対して苦情を言うのは、あくまでも彼らが正義の味方らしからぬ振る舞いを連発するからであり、こちらとしてはきちんとした手順を踏んだ上で正式に戦いたいと望んでいるだけなのである。もし、まともな思考を持つメンバーが加われば、少しは改善されるのだろうか……。

「ううむ、そういうことなら仕方がないか。どうせ思うように動けぬ身体であるし、付き合ってやるとしよう」

「そうですか。ご協力感謝します。ふふふ……」

「……」

 その仮面の下に、ニヤリと口角を上げたずる賢い面持ちがあるように見えるのは幻覚でしょうか。

 一度は承諾したカニ怪人であったが、台詞の後、微かに漏れた含み笑いに不信感を抱いてしまった。

「では早速、審査の方をお願いします。彼らには、好きなように質問して下さって結構です」

「あ、ああ……」

 しかし、審査といってもどのようなことをすればいいのか。

 クラブソルジャーはダークグローリアで人事担当をしているわけではないので、どうしていいものか戸惑うばかりである。

 とりあえず、彼らが着ているスーツについて尋ねてみることにした。

「あの。お主らが着ているそのスーツのことなのだが、それは組織から支給されたのか?」

「はい! 希望のスーツカラーを尋ねられ、その要望通りの色のスーツを支給されたであります!」

 真っ先に返事をしたのは、モスグリーンであった。体格は並であり、受け答えもきびきびとしている。しゃべり方が若干独特であること以外に気になる点はない。

「そうそう。駄目元で言ってみただけなんだけど、ここまできちんとしてくれるなんてねえ。渋い色が好きだから、助かっちゃったわ。でも、このスーツすごいわねえ。これ着てたら身体が軽くなって、腰痛肩こりが気にならないんだもの。家事の時にも着てようかしら? おっほほほ」

 コロッとした体型が特徴のセピアは、誰がどう考えても立派なおばちゃんであった。

 広義的な意味では、三人の中で一番強いかもしれないオーラを放っている。

「ふっふっふ。私はヒーローという過酷かつ重き宿命を背負い、世界を救う救世主となるのだ。そしてのちのちは、人々からこう呼ばれて未来永劫語り継がれる。 赤朽葉の閃光と!」

 三番目の奴は、もしかして俗にいう中二病患者というものではないだろうか。めちゃくちゃなことをほざきながら、自身に激しく酔いしれている。

 彼とはなるべく目を合わせないようにしながら、再び口を開く。

「……スーツについてはよくわかった。だが、ヒーローならヒーローらしくもっとシンプルな色を選択すればよかったのではないのか? 色がわかりづらいと地域の人々に定着しづらいだろうし、普通にグリーン、オレンジ、ブラウンで充分だったのでは」

 クラブソルジャーとしては、トロワーファイブのことを思い忠告をしたつもりであった。

 しかしこれが、三人のヒーロー候補の地雷をものの見事に踏んづけた。

「な、何ですとぉ! わたくしは、このモスグリーンという色に、並々ならぬ愛着を抱いているのであります!」

「のわあっ! いっ、痛っ!」

 モスグリーンにいきなり怒鳴り散らされ、ショックのあまりのけぞり過ぎてひっくり返ってしまった。

 これで済めばまだマシだったのかもしれないが、そんなに簡単に事態が収束すれば誰も苦労はしない。彼が憤慨する中で、セピアと赤朽葉も怒涛の勢いで加勢する。

「何言ってんの⁉ あんたにはこの、オレンジとも黒ともつかないセピア色の魅力がわからないって言うわけ? はあ、これだから嫌になるわ。いい? この色は何とも言い知れない切なさがこもっていて」

「うぬう、怪人め。この赤朽葉をブラウン呼ばわりするとは。本来ならば、問答無用で切って捨てるところだ! いいか? この赤朽葉というのはブラウンなどという浅はかな色合いにはない、ヒーローが背負う孤独に似た哀愁が込められており」

「グリーンとモスグリーンを一緒にするなであります! このモスグリーンというのは、わたくしと父との大切な思い出が詰まった色でありまして。あれはそう、夏が過ぎゆき肌寒くなってきた秋の日のことでありました……」

 聖徳太子じゃあるまいし、三人同時にまくし立てられてまともに聞き取れるわけあるかい。

 どうにか姿勢を元に戻したクラブソルジャーは、ゴホンとわざとらしく咳払いをし、彼らの話を強引に打ち切った。

「貴様ら全員、失格ということでよろしいか?」

「「「………………」」」

 そして、究極の脅し文句を用いてしっかりととどめを刺した。

「色に関しては、二度と言及しないことにした。では、次はヒーローを志望した理由について話していただきたい」

 志望理由がまともであればまともであるほど、現在腐りかかっているトロワーファイブのテコ入れにつながる。この要素が、かなり重大であることは明らかだ。

「では、モスグリーンから話してみてくれ」

「はい! わかりました!」

 モスグリーンはビシッと敬礼すると、生真面目に答え始めた。

「わたくし、前々からヒーローという職業に憧れておりました。わたくしの力で怪人の魔の手から人々を救い、生まれ育った地域を平和に導くことができるのであれば、それこそ本望。命をも投げ打つ覚悟であります!」

「おお、そうか」

 模範解答のような志望動機に安心し、うんうんとうなずくカニ怪人。

 トロワーファイブ達も、彼の高い志に感心しているようだ。

「モスグリーン、半端ねえな」

「先輩どころか、僕よりも心構えが素晴らしいですよ」

「じゃあ、今度からぜーんぶモス君に任せちゃう?」

「お、それいいかも」

「たまにはいいこと言いますね、ピンク」

「えへっ♡」

 今の爆弾発言から読み取れるように、彼らは彼らで致命的な欠陥を抱えているのが明らかであったが。

「では、次はセピアだ」

「はーい」

 彼女は主婦であるというのに、ヒーローを志した稀有な方である。志望したのには、さぞかし深い理由があるに違いない。

 そんな期待を抱いた一同であったが、ほんの二秒でそれは打ち砕かれた。

「あのね。私がヒーローを志望したのはねえ、ダイエットのためよ」

「おお、そうかそうか。それは確かに動機として……って、ダイエットぉ⁉」

 とんでもない発言に仰天するクラブソルジャーであるが、彼女はそんなことなどそっちのけで、聞いていないことまで無駄に語りまくる。

「私、昔は地域のマドンナって呼ばれるくらいの美少女だったんだけど、最近中年太りでお腹周りが気になり始めちゃってねえ。旦那からも、豚みたいに肥えやがってって言われちゃって。自分は豚どころかギットギトの油の塊のくせに、よく言うわよ。それがかつて『僕はもう、君しか見えない。愛してる』って人前で堂々プロポーズした男が言うこと? って感じよぉ。ヒーローならよく動く仕事だし、お給料もいただけちゃうでしょ? これは一石二鳥かなって思ってね。頭いいでしょ? おっほほほ」

 怪人退治を、お金をもらいながらできる運動として扱うのはご遠慮下さい。

 おばちゃん節に毒されたクラブソルジャーは、倒れそうになりながらもすんでのところで耐える。

「で、では、最後の質問に移る」

「ちょっと待て。まだ私は、何も話していないぞ!」

 ここで赤朽葉が、話の進行に全力でストップをかけてきた。

 はあはあと息遣いを荒くしながら、勝手に質問に答えようとする。

「ヒーローになることは、私の生まれながらにしての宿命だったのだ! あの日、ヒーローの募集があることを知ってから、そこらの凡人達に埋もれ、朽ち果てていく運命を呪っていた日々に終止符が打たれた。私は世界を救うヒーローとなり、世界有数の美女達に囲まれて熱烈な愛を受けるべく生まれた特別な存在だったのだと」

「最後に尋ねたいのは、特技についてだ」

「おい!」

 愚か者がこじらせた中二病に付き合っていては、とてもじゃないが精神が持たない。

 この意見は、満場一致で可決すること間違いなしだった。

「ヒーローを志した以上、何か人より優れた能力を持っていたりするのだろう。それを披露してみせよ」

「そ、それならば私の 天翔・大烈剣舞てんしょう・だいれつけんぶをお見せしよう! そこらの怪人なんて一たまりも」

「はーい、ちょっとおとなしくしてましょうね~。えいっ」

「だおっ!」

 ピンクがさっと回り込み、中二病患者の後頭部にチョップを食らわせてうずくまらせてしまった。めずらしく好プレーである。

「で、残りのお二人は天翔・大烈剣舞以外で何かできることはあるか」

 クラブソルジャーが改めて問うと、セピアが真っ先に挙手をした。

「はい! 私ねえ、こう見えても武術を習ってたのよ」

「ほう、武術か。一体何だ」

「ふふん、聞いて驚かないでね。太極拳よ」

「た、太極拳……」

 太極拳って、あの、ゆっくりとした動作でかまえるアレのことだろうか。

「まあ、一般的にはゆっくりなイメージが強いですが、ベテランになるとその動きは俊敏であり、なおかつ強いものになるそうです。一度実物を見てから判断した方がよろしいかと」

 ブルーの補足の通り、プロの太極拳は一般人が趣味として朝の日課にやっている微笑ましいものとは違い、驚異的な威力を発揮する立派な武術なのである。彼女がそれを身につけているのであれば、凄まじい戦力につながるものであって……。

「じゃあ、行くわよ。見逃さないでね。そ~れ」

「…………」

 言うまでもなく、彼女のは見ていて非常に微笑ましくなるものであった。

「で、モスグリーンはどんな特技を持っているのだ」

 太極拳をえんえんと続けるセピアから目をそらし、今のところ一番の有望株であるモスグリーンに話題を振る。

 すると彼は、思い悩んだ様子でボソボソと語り始めた。

「やっぱり、セピアさんみたいに、武術などの方がいいでありますか?」

「できればそうだろうな」

「うう。わたくし、あまり武術の経験はないもので。スポーツならいくつか……あ、スキーなら得意であります! どんな急斜面でもすいすいと」

「スキーの技術を駆使して、怪人を倒せる自信はあるのか?」

「うう。で、では、炊事洗濯家事一般……」

「家政婦を目指してみてはいかがかな」

「うう。で、では、炭酸飲料の一気飲み」

「宴会でやれ、宴会で」

「うう。で、では……では……うわーん! これ以上特技はないでありますーっ!」

 何という豆腐メンタルなのか。少し追及されただけで、モスグリーンは男のくせにめそめそと泣き出してしまった。

 しかも、絞り出された特技はどれもしょうもないものばかり。とんだ期待外れである。

「そ、それでもわたくしはヒーローになりたいんでありますーっ! うわあああーん!」

「でね、この腰の動きが大事なのよ。ここでクイッとひねって」

「……混沌の、カオスが。じゃ、邪気眼よ。私に力を。ジャスティス……がくっ」

 ある者は泣き崩れ、またある者は健康的に運動を継続し、またある者はうずくまったまま失神。どうやって募集すれば、このような素晴らしい人材ばかりが集まってくるのだろうか!

 実にくだらないことに時間をとられたクラブソルジャーの、やり場のない怒りがついに限界を迎える。その矛先は、言うまでもなく既に決まっていた。

「おい、トロワーファイブ! 全員そこに座れ!」

「「「は、はいっ!」」」

 かつてない怒号に怖気づいたヒーロー達は、言われるがままにその場で正座をした。

 怪人は全身に走る痛みをも忘れ、ギプスで固定されているはずのカニばさみをブンブン振り回す。

「貴様ら、一体どのような募集をしたらこんなふざけた輩ばかりが集まるというのだ。説明してみろ、レッド!」

「え、あ、俺? えーっと……近所の電柱に、何枚かチラシを貼りました。すぐ剥がされて紙飛行機にされましたけど」

「ブルーは?」

「は、はい。知り合いに頼んで噂を流してもらいまして、地域の方がネットに載せた募集要項を閲覧するように仕向けました。あまり効果はありませんでしたが」

「ピンクは?」

「締め切りまで、彼氏とデートしてました」

「はあ。相変わらずろくでもないことを。そんなことでは、誰の目にもつかないに決まっておるだろうが。いいか? よい人材を集めるためには、努力を惜しむなどもってのほか。そんなこと、人事の職に就いておらぬ我でもわかる基本中の基本。それなのに貴様らは、未来の同僚を決める重要な機会をみすみすドブに捨てるような真似をしおって」

「「「はい。反省してます」」」

「大体、貴様らは普段からヒーローとしてなっておらぬ。いいか? 本来怪人とヒーローというものは常日頃から憎み合い、互いをどのようにして打ち滅ぼすかを対策を練りつつ切磋琢磨するものであって……」

 ヒーローオーディションから、長々とした説教が始まるまさかの超展開。だが、怪人は怒りの果てに、悪事を働くことをすっかり忘れてしまっている。これはきっと、新たなヒーローとしての世界の救い方なのだ。誰が何と言おうとも、きっとそうに違いないのだ!

「すっげえ怒ってんな、クラブソルジャー」

「それもこれも、オーディションに集まった人材に難があったのがいけないのです」

「あーもう、家に帰りたい~」

「ぺちゃくちゃ勝手にしゃべくりおって。人の話を聞いてるのか!」

「「「は、はいっ! しっかり聞いておりますとも!」」」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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