第十一話 センチメンタル・レッド
段々一話ごとの字数が増えてきました。
なるべく短くしようと心がけていますが、うまく実行できず申し訳ありません。
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。
「……ふう。何なのだろう、この気持ちは」
大声を出してみても、払拭されないこのモヤモヤとした心地。ドクターに診てもらっても「気のせいだ」の一言で済まされた、ずっしりとした胸の重み。温泉療法や針治療など、できうる限りのことをしたが、症状が改善されることはなかった。
自分は一体、どうしてしまったというのだろう。
左手に抱えていた四角い包みを見つめながら、湿っぽい溜め息をついた。
「こんなに苦しいのは、いつからだろうか。我を嫌う組織の者に、何か盛られたのだろうか……む」
どこからか、視線を感じる。
顔を向けてみると、そこには遊具の陰に隠れている眼鏡の女の姿があった。
「そこにいるのはわかっているぞ。出てくるがいい」
「あ……はい」
女はおどおどとしながら、怪人の元へと歩み寄る。
今の気候は彼女にとって暑いのだろうか。少しばかり頬が赤いようである。
「そなた、名は何と言う?」
「えっと、 速水薫子と言います」
「そうか、薫子殿……か」
何故だろう。彼女を見ていると、さらに胸の重みが増してくるような。
自身の異変に混乱するクラブソルジャーであったが、律儀な彼はひとまず、前回出没した際にいただいた差し入れの礼を言うことにした。
「この間の差し入れだが……その。美味かったぞ。これは返す。きちんと洗っておいた」
包みを差し出された薫子は、怪人の顔を見つめながらそっと受け取る。
「そ、そうですか? もしかしたら、人間の食べ物は口に合わないのではと心配していたんですけど」
「いやいやいや、本当に美味かったぞ。我が所属する組織のアジトの食堂ではろくなものを出さぬから、すごく助かった」
「よかった。喜んでいただけて私、嬉しいです」
「……!」
ドキッと脈を打つ鼓動が高鳴り、クラブソルジャーはつい左手で胸の辺りを押さえてしまった。
たかが人間の笑顔で、どうしてここまで心をかき乱されるのか。わからない。一体何が起きたというのか。
「あの……よければ、また作ってもいいですか?」
「えっ、あ、まあ。別にかまわぬが」
彼女が作った弁当は本当に美味であり、また食べられるのは純粋に喜ばしいことである。だが、それだけが嬉しいと思った理由ではないような……。
「そうですか。あの、苦手なものってありますか?」
「に、苦手なもの? 我は怪人であるから、大体なものなら何でも。カニ以外、なら」
「そ、そうですね。カニはまずいですよね」
薫子は右腕のカニばさみを見てクスッと笑い、再び顔を上げる。
「えっと、その。エビはセーフ……ですか?」
「エビ? エビはまあ……セーフ、かな」
「そうですか。エビはセーフ、ですか」
ぎこちない会話の中に漂う、安らかな幸福感。
今まで生きてきた中で、彼にとっては一番幸せな時間だったのかもしれない……のだが。
「で、では、楽しみにしておるぞ。そなた……の、弁当を」
「そこまでだ、怪人!」
「むっ」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「この声は。またあいつら」
「トロワーキーック!」
「のわあああっー!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れ始めたところで腰の辺りにドロップキックが炸裂した。
突然のことにパニックに陥りながらひっくり返って唸っていると、いくつかの影の持ち主が正体を現した。
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」
ブルーとピンクがしっかりとポーズを決める中、レッドは荒々しく息を切らしながら怪人を睨みつける。ドロップキックを放った犯人は、推理せずとも明らかであった。
「な、な、何なのだ。まだBGMが鳴り始めたばかりのところで攻撃とは、騙し討ちも甚だしいぞ!」
「リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……」
レッドは何やら、わけのわからない呪文を唱えている。
その様子があまりにも恐ろしげであったため、薫子は「ひっ!」と悲鳴を上げて走り去ってしまった。
「先輩、落ち着いて下さい。あの清楚な感じの女の人は、無事に怪人の元から逃げ出しましたよ」
「……あ、そうだな。これも正義の賜物って奴だな」
「一体どっちが悪者なんだか」
「何か言ったか?」
「いえ、別に」
ブルーの嫌味に、相も変わらず噛みつこうとするレッド。ピンクが「まあまあまあ」と、小学生の喧嘩を止めるような投げやりな口調でなだめると、ようやく理性を取り戻した。
「やい、クラブソルジャー! 昼間から人間の女を襲うとは、ずいぶんと怪人らしい悪事を働いてくれるじゃねえか」
事情を知らないとはいえ、何という誤解をしているのか。
クラブソルジャーは自身の名誉のために、起き上がりながら弁解しようと試みた。
「何を言っている。我はただ、彼女に以前いただいた弁当の礼を」
「か、彼女……? 弁当……? リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……」
「さっきから何なのだ、貴様は!」
レッドはまたも変な呪文を唱え、今度はレーザーソードを取り出してかまえる。
それを見たブルーとピンクが、反射的に彼を羽交い絞めにした。
「クラブソルジャーさん。命が惜しかったら、嘘でも彼女を襲ってたって言って下さい!」
「は? 何故我がそのようなことを」
「今のレッドさん、何をしでかすかわかったもんじゃないっていうか~。多分、怒った時のあたしより恐いよ?」
「何っ⁉」
あのピンクの暴走劇よりも、この世の中に恐ろしいものがあっていいものなのか⁉
過去のトラウマが一気に蘇ったクラブソルジャーは、顔面蒼白になりながら冷や汗を浮かべた。
「は、はい、やりました。我は白昼堂々と、人間の女に襲いかかりました。これは立派な悪事です」
「……そうか、そうだよな。一介のカニ怪人が、あんなかわいい彼女にお弁当を作ってもらうだなんて、あるわけないよな。さっきの娘は、脅されてただけだよな。あっははは!」
口調はギクシャクしていて不自然だったものの、レッドに打つ鎮静剤としては充分な威力を発揮してくれたらしい。今度は空に突き抜けていきそうなくらい通る声で、ゲラゲラと笑い出した。
そんな男を前にし、怪人は憤りを募らせる。出会って早々ドロップキックを食らい、言うこと全てに過剰反応された挙句、働いてもいない悪事をでっちあげられたのである。これだけやられて、腹が立たない怪人など存在するわけがない。
「前々からわけのわからぬ輩だとは思っていたが、今日は一段とおかしいのではないか? 何かあったのか」
怒りで眉をつり上げるクラブソルジャーに、ブルーがそっと近づく。
「この件に関しては非常に申し訳ないと思いますが、僕と先輩を一括りにまとめるのはやめて下さい」
「あ、ああ。すまなかった」
「はい、それでよろしいです。ま、迷惑をかけてしまった以上、あなたにも知る権利というものがあります。簡単にですが、事情を説明しましょう」
そして、いまだに笑い続けているレッドを一瞥してから、いつにも増して冷めきった口調で語り始めた。
「実は先日、先輩はある女の人にフラれた……いや、厳密に言うとフラれる前に撃沈したのです」
「は? 撃沈?」
「そのリアクションは実にごもっともですが、事実なのですから仕方がないでしょう。先輩には前々から狙っていた女性がいましてね、その方を仮にA子さんとしましょう。ある合コンでA子さんに出会ってから、先輩は一目ぼれ。それからは猛アタックの連発でした」
「はあ。猛アタック?」
「はい。ある時は彼女の声が聞きたいという思いから電話をかけ続け、またある時はデートの要求を匂わせるメールを送り続け、またある時は彼女が職場から家へ無事に帰れるか、電信柱の陰からそっと見守っていたそうです」
「それは、俗に言うストーカーというものではないのか?」
「さあ。僕は先輩の愚痴を否応なしに聞かされ続けていただけなので、詳細まではちょっと。で、ある日先輩は、自身の呟きをネット上に書き込める情報サービスを何気なく眺めているうちに、A子さんのアカウントを偶然見つけたそうでして」
「執念で探し当てたのではと、邪推してしまうのは我だけか?」
「それは個人の自由です。で、彼女の気持ちが気になって仕方がない先輩は、A子さんの呟きをのぞいてみたそうです。すると、そこに書いてあったのは」
「書いてあったのは?」
「……要約すると、先輩に対する罵詈雑言の数々が並んでいました。話を聞いてから僕も少しだけのぞいてみましたが、あれはおぞましい光景でした」
日常的に毒舌を吐いているはずのブルーが、ぶるぶるっと肩を大げさに震わせる。どんな表情しながらこのような動作をしているのかは不明であるが、心からのリアクションであることは間違いなさそうだった。
「そんなにおぞましい言葉が羅列されていたのか?」
「ええ、見ていて目が潰れそうでした」
「馬鹿とかアホとか、クズとかか?」
「あなた、悪の怪人を名乗るわりにはボキャブラリーに乏しいですね。その程度では、僕の足元にすら及びませんよ」
「我を貶めたいのか、自分の株を下げたいのかよくわからん台詞だな。まあいい。それは一体、どんな言葉だったのだ」
クラブソルジャーが興味本位で尋ねると、ブルーは再び肩をビクッと震わせた。
声のトーンを一気に暗くし、ボソボソと念を押す。
「……聞きたいんですか?」
「悪事を働く前から、あれだけひどい目に遭っているのだぞ。我にはそれについても詳しく知る権利があるはずだ」
「……本当に、聞きたいですか?」
「当然だ」
「……後悔しても、知りませんよ?」
「悪の怪人である我が、そんじゃそこらの小娘が吐いた罵詈雑言に恐れおののくなどありえぬ」
「……そうですか。では、耳を」
ブルーは渋々ながら耳元に近づき、当人同士にしか聞こえないボリュームでゴニョゴニョと話し始めた。
その途端、クラブソルジャーの顔色がみるみるうちに青ざめていった。
「な、な、なななな……」
右腕のカニばさみをガタガタ震わせたかと思うと、腰が砕けてその場に崩れ落ちる。
歯もガチガチ鳴り続け、汗も先程のトラウマの回想とは比にならないほど大量に噴き出す。
「そ、それが、そんじゃそこらの小娘が言うことか?」
内容はとてもではないが、この場で記すことは許されない。強いて表現するならば、テレビなどの公共電波に乗せようとすれば確実に「ピーっ!」と伏せ字にされてしまうレベルの代物といったところか。
「僕も始めは信じられず、A子さんの正体は怪人なのではと疑いました。しかし秘密裏で行った調査の結果、彼女はれっきとした人間であると証明されました」
「おっ愚か者! そんな暴言の次元を遥かに超越した誹謗中傷など、怪人でもそう易々と思いつかぬわ! ううむ、人間とは何と恐ろしい生き物なのか。し、信じられぬ」
「たかが小娘の罵詈雑言で恐れおののくのは勝手ですが、とりあえず立ちましょうか」
「う、うむ。すまない」
強過ぎるショックの果てに頭を抱えるクラブソルジャーを、ブルーが優しく手を引いて立ち上がらせる。
ここでピンクがひょこひょことやってきて、小さく息をついた。
「そういうわけで、今日のレッドさんは超危険なの。あたしだって、彼氏の話をしただけですんごい目で睨まれちゃったし」
「僕に至っては、ピンクは女なので流石に手を上げられないという理由で、代わりに一発殴られました。ま、その場で殴り返したせいで、その後現場に血の雨が降りましたが」
「貴様らの戦隊、失恋騒ぎだけで崩壊寸前にまで追い込まれているではないか」
これでいいのか、正義の味方。このまま地域を救い続けるつもりなのか、トロワーファイブ。
ヒーローの戦隊が崩壊しかけることは、怪人にとっては本来喜ばしい話であるが、生真面目なクラブソルジャーはむしろ心配してしまう始末だった。
「というわけで、今日は人間の女を襲ったところをヒーローに止められたということにしておいて下さい。でなければ、サンドバッグでは済まされないかと」
「うんうん。嫉妬の炎で焼き尽くされて、カニグラタンにされちゃうよ?」
「誰がカニグラタンだ。まあ、こちらも不用意な負傷は望まぬ。それに、あのようなストーカー馬鹿に間違って殺されようものなら末代までの恥だ。芝居は苦手だが、今回は貴様らの提案に乗るとしよう」
第一回・暴走レッド対策会議を終えた三人は、こそこそと本来の立ち位置につく。
当のレッドはというと、今の今まで天を仰ぎながら、涙声でブツブツと未練がましいお言葉を吐き続けていたらしく、そのような動きは気にも留めていなかったようだ。
「やるしかない、やるしかないのだ……ううむ」
ダークグローリアに所属してからずいぶんになるが、芝居を強要されたのは初めてのことである。しかしこれは、全てを丸く収めるためには仕方のないこと。腹をくくらねば!
怪人は意を決し、人生初の演技をヒーロー達の前で披露した。
「や……やい、トロワーファイブどもー。よ、よ、よくも、我の人間の女を襲うという悪事を邪魔してくれたなー。貴様ら、許さんぞー」
「「…………」」
クラブソルジャーは必死に情を込めて言い放ったつもりであったが、先程のギクシャク台詞を上回る、超がつくほどの棒読みだった。
想定を大幅に下回る大根っぷりに、ブルーとピンクは我を忘れて絶句する。
周囲が静まり返り過ぎたせいで、ぴゅうぅと吹いた風の音が嫌というくらいによく響いた。
「………………」
恥ずかしさと憤怒のあまり、クラブソルジャーの顔はみるみるうちに紅潮していく。
本日青くなったり赤くなったり忙しい彼が爆発するのには、それほど時間は必要なかった。
「だから嫌だったのだ! 何なのだ、その哀れみを帯びたような態度は! ああ、そうとも。我は演技など、これっぽっちもできやしない。だからといって、無視というのは鬼畜の所業にも値する」
「何が許さない、だ。悪の怪人め!」
だがここで、口を挟んだのはレッドであった。
レーザーソードをかまえ、妙に毅然とした態度で続ける。
「地域に仇なすてめえの所業、例え天地が許しても、このトロワーレッドが許さねえ! 覚悟しやがれ!」
「……え? もしかして、さっきの採用?」
クラブソルジャーが説明を乞うように視線を移すと、ピンクとブルーが状況を推察する。
「これ、どういうこと?」
「多分、先輩の心理状態は相当重篤なのでしょう。だからおそらく、あの大根と例えるには大根に失礼過ぎる演技であっても気にならないのだと思われます。きっと彼は、かっこいいヒーローを演じることでしかまともな精神を保っていられないのですよ。先輩の嫉妬と恨みの力は、尋常でありませんから」
「こっわーい……。あたし、そんな男なんて絶対無理~。生理的に受けつけない~」
「しっ。聞こえたらまた壊れますよ。ここはクラブソルジャーさんに、適当にやり過ごしてもらいましょう」
後ろから聞こえる仲間達の声も耳に届かぬまま、レッドは正義の闘志を燃やしながら怪人に迫る。事情はどうであれ、その姿はまさしく勇敢なヒーローそのものだった。
「ま、まあ。これでほどほどに戦って、満足のいくようにしてやれば落ち着くだろう。本当は真剣に戦いたいところだが、まとも精神状態ではない相手に本気を出すのは、流儀に反する」
クラブソルジャーは左手で剣を抜き、レッドと対峙する。
まるで、特撮ドラマの最終話にでもありそうな、運命をかけた一戦を連想させる雰囲気が公園を包み込む。
しかしここで、場違いにもほどがある声が、しとやかな足音とともに飛んできた。
「あ、よかった。まだいらっしゃったんですね」
「あ……か、薫子殿」
なんと、殺気を放つヒーローを恐れて逃げ出したはずの薫子が、このタイミングで戻ってきたのだ。
どうしていいかわからなくなったカニ怪人は、動揺してオロオロと目を泳がせる。
「な、何故戻ってきたのだ」
「あの……お弁当のことで聞き忘れたことがありまして。今度のお弁当はお野菜を多めにしようと考えているのですが、調味料はドレッシングがいいですか? それとも、マヨネーズの方がお好みですか?」
「い、いや、その……」
これ、もしかしてめちゃめちゃまずいことになってませんか?
おそるおそる振り向いてみると、案の定地獄が待ち受けていた。
「女……お弁当……どっちがいい? リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……リアジューバクハツ……リア充ーっ! 爆発ー!」
「うわあああっ!」
凄まじい邪気を放ったレッドが怨念がこもった呪文を唱えながら、レーザーソードを見境なく振り回して飛びかかってきた。
これはやばい! と反射的に感じとったブルーとピンクはすぐさま取り押さえようと試みたが、その力は阿修羅の如き怪力であり、二人がかりでも制御しきれない。
「何て馬鹿力なんですか。これではいつまで耐えられるか」
「クラブソルジャーさーん! 今のうちにその女の人を避難させてーっ」
「う、うむ」
ヒーローと怪人は、あくまでも敵同士。だが、ここは手を結ばなければいけない場面だろう。
的確に空気を読んだクラブソルジャーは、全く空気を読まずに現れた薫子の説得に移った。
「薫子殿。は、早く逃げるのだ。このままでは、色々な意味で大参事につながりかねない!」
「え、でも、まだドレッシングかマヨネーズか」
「もう、ドレッシングでいい! ドレッシングの方向で頼む!」
「ドレッシングでいいってことは、他にもっと好きなものが?」
「いっいやいや! 我は、ドレッシングが大好きだ。それはそれはもう、頭から被りたいほど好きで好きでたまらぬ! だ、だからもう、とにかく帰ってくれ!」
「はい。では、また会える日を楽しみにしています」
「あ……ああ」
駄目だ。この笑顔を見ていると、どういうわけか心が揺らいでしまう。
緊急事態であることを忘れ、薫子が走り去っていく姿をのんきに見届けているクラブソルジャー。
この一連の動きが、嫉妬に狂う阿修羅に新たな力を与えた。
「なんでカニにお弁当を作ってくれる彼女がいて、ヒーローであるこの俺が糞味噌に扱われなきゃいけねえんだよーっ! 絶対許さあーん!」
ヒーローを通り越して鬼同然の存在と化したレッドは、必死に取り押さえていた二人を強引に跳ね除け、レーザーソードをでたらめに振り回す。
その姿は、ある意味では神をも超えていた。
「ま、待て。あの女は、彼女などではない。冷静になって考えろ。怪人である我と、人間の女が愛し合うなど」
「今の先輩に、何言っても無駄ですよ。冷静になれなどもってのほかです」
「観念して、美味しいカニグラタンになって下さい。合掌」
「貴様ら、仲間の制御くらい責任を持ってきちんと……ぎゃああああああーっ!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




