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第十話 正義の申し子の休日

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」

 町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。

 声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていた……はずだったのだが。

「あらあ、怪人さん。今日もお仕事?」

「え、ああ。そうだが」

 現在彼は、偶然近くを通りかかったおばちゃんに声をかけられていた。

 ここに出没するのは、通算十回目。ここまで来ると、恐怖心を与えるどころか、逆に親しみを持たれてしまう始末であった。

「大変ねえ。この間まで包帯巻いて唸ってたのに。大事な身体なんだから、無理するんじゃないよ」

「あ、はい。わかりました」

「じゃあねー」

 おばちゃんが立ち去ると、クラブソルジャーはホッと胸をなでおろした。

「ううむ。とうとう、周囲の人間どもと普通にあいさつを交わす仲になってしまった。悪の怪人のあり方として、果たしてこれでいいのだろうか……ん?」

 どこからか、強い視線を感じる。

 クラブソルジャーが顔を向けると、そこにはまた眼鏡をかけた女が遊具の陰でもじもじしている姿があった。

 よく見るとその手には、四角い形をした包みを抱えている。

「最近よく会うな。我に何か用か」

「あの……実は」

 女は恥ずかしそうにしながら、怪人の元へと近づいていく。そして、抱えていた包みを差し出しながらボソボソとした声で言った。

「いつも、お仕事大変そうだなって思いまして。よければ、これを……。一応、手作り弁当なんですけど」

「は……?」

 クラブソルジャーは戸惑いながらも、左手で四角い包みを受け取る。

 柔らかな風が吹き抜けると、食欲がそそられそうないい匂いがわずかに香ってきた。

「これは、ヒーローに渡しておけという意味で言ってるのか? こういった物資を受け取るのは、正義の味方というのがセオリーだろう」

 少なくとも、悪の怪人が差し入れを受けるというのは前代未聞である。一般人の策略で、一服盛ってあるというのであれば話は別なのだが。

「これは、あなたのために作ってきたものです。だって私、あなたのことが……。そうですよね、信用なんてできませんよね。そう易々と、人間の女のことなんて。うう、ううう……」

 女は顔を手で覆いながら、背を向けてすすり泣きを始めてしまった。

 それを見てすっかり困り果ててしまったクラブソルジャーは、オロオロしながら彼女を慰め始めた。

「な、泣くな。泣くでない。わ、わかった。そなたの気持ちは、受け取っておく。これはのちのちいただいておくから、もう泣かないでくれ」

「本当ですか?」

「ああ、我は嘘はつかぬ」

「嬉しいです。信じてくれて、ありがとうございます」

「……!」

 何なのだろう。怪我は完全に癒えているはずなのに、また胸がドクドクと鳴っている。これはひょっとして、何かの病気なのでは? 帰ったら、念のためドクターに診てもらおう。

 奇妙な心地に動揺している間に、女は一礼してからこの場から去っていった。

「……人間にも、心優しい者がおるのだな」

「そこまでだ、怪人!」

「何だ?」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「はあ。今日も今日とてあいつらは……」

「お前こそ、こんな日によりによって現れやがって……とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、仮面をつけて素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワー……」」」

「ちょ、ちょっと待て貴様ら!」

 いつもは最後まで台詞を言わせるクラブソルジャーが、めずらしくここで遮った。

 無論、ヒーロー達は不満げな態度を見せる。

「何だよ。人がせっかくビシッと決めてるところに」

「しかも、台詞の途中で止めるとは。この罪は重いですよ」

「うんうん。やる気なくなっちゃった~」

 口々に飛び交う苦情を聞くたびに、怪人の表情は険しくなる。そしてとうとう、元々切れかけていた堪忍袋の緒がはじけた。

「やる気など、元からみじんもないだろうが! 何なのだ、そのラフというか、プライベート臭満載の格好は!」

 現在のヒーロー達の格好は、なんと私服であった。

 レッドは赤Tシャツに短パン。ブルーはモデルが紙面から抜け出したような、オシャレ感漂うモテ男ルック。彼らはかろうじて仮面をつけていたが、ピンクに至っては顔をむき出しでサングラスを頭に乗せ、ブランド物に身を包んでいるというとんでもない有様だった。消去法でかろうじてトロワーピンクだと判断できたが、これでは町をぶらついている女と見分けがつかない。

「貴様ら、怪人をなめているのか? 仮にも悪の組織と戦う人間が、変身もせずにこの場に姿を現すとは。考えられぬ!」

 怒り狂うクラブソルジャーに対し、ここでレッドが切り返す。

「いや、だって俺達今日は休日でさあ。さっきまでのんびりしてたんだよ。それが、急に呼び出し食らっちまって」

「はあ?」

 言っている意味がちっとも理解できていない怪人に、ブルーがさらに解説を付け加える。

「僕達、つい先日組織に直談判をしたのです。休日もなく日夜働かされるというのは、立派な労働基準法違反なのではと。その結果、僕達にも正式な休日が設けられることになりました」

 仮にも正義の申し子であるやからが、そういったことに口を出してもいいのだろうか。

 実に疑問でならないが、ここでツッコミを入れては話が進まない。

「百歩譲って、それはわかったということにしておこう。で、何故正式な休日をもらえたはずの貴様らが、そんな格好で戦いに駆り出されているのだ」

「そう、そこが問題なのですよ。今日は間違いなく休日のはずなのに、先程組織から連絡がきましてね。怪人が現れたから、すぐに公園へ向かえなどと言うのです。一応抵抗してみたものの、『お前らはヒーローなのだから、いつ何時であってもヒーローであるべきだ』と強引に論破され、このざまです」

「うむむ。とんだブラック企業だな」

 決してわざとではないのだが、誰もいない地に怪人を派遣したり、重傷を負っている部下に出動命令を下す総裁が治めるダークグローリアもなかなかのブラック具合である。何も知らないがゆえに、哀れなカニ怪人は何の不満を抱いていないのだが。

「まあ、貴様らの境遇に多少は同情するとしよう。しかし、だからといって私服姿でここに来ることはないだろう。変身する時間くらいあっただろう」

「は? 変身?」

 レッドが「何言ってんだ、こいつ」といった感じのトーンで口走りながら首をひねる。

 そしてまもなく、ヒーロー達のとんでもないカミングアウトが投下された。

「あんたさっきから変身、変身って言ってるけど、俺達はそんな芸当はできないぜ」

「ほう、そうか。なら仕方がない……って、ええーっ⁉」

 変身できないだと? 普通、ヒーローというのは変身という行為によってスーツを身に着け、超人的なパワーを得るものではないのか⁉

「簡単に言うと、出動命令が来るたびに着替えてんだよ。ったく、ブレスレットからレーザーソードが飛び出るようにできるんだったら、ワンタッチで着替えくらいできるようにしろっての。時間がなかったせいで、仮面しかつけられなかったんだよなあ」

「ああ、何ということか……」

 自身の中での常識が崩れ、めまいを起こすクラブソルジャー。脱力のあまり倒れそうになるが、支える者もいないためどうにか踏みとどまる。

「ピンクに至っては、仮面すらつけていないようですがね。もう少し何とかならなかったのですか」

「意地悪言わないでよお、ブルー君。だってえ、この服装で仮面なんてつけたらコーディネートが台無しじゃない。せめて色はアピールしようってことで、サングラスは縁がピンクの奴を選んできたのよ? 充分じゃないの」

 そこらを歩いていそうなかわいい子ちゃんは、くるりとその場で回って簡易ファッションショーを開催してみせる。

 まともにそれを見届ける者は、言うまでもなく不在であるが。

「はあ。今まで色々な地に出没してきたが、変身ができないヒーローなんて初めて見た。この地域のシステムは、他の地域より遅れているということか……」

 のんきなヒーロー達にすっかり毒されてしまったクラブソルジャーは、左手で額を押さえながらズキズキと走る頭痛に耐える。

「貴様らも、今日は休みたいのだろう? 我も、何だかどっと疲れてしまった。もう引き上げるとするから、さっさとどこかへ行くがよい」

 精神的な疲弊の末に任務を放棄して立ち去ろうとしたが、ここでヒーロー達が呼び止めた。

「おい、今日は戦わなくてもいいのか?」

「怪我も治っているというのに。僕達は戦えますよ」

「あたしは服とか傷つけたくないからあ、レッドさんとブルー君が担当だけどね」

 それに対し、むなしさを覆い隠すように微笑を浮かべる。

「いくら相手がヒーローとはいえ、武装をしておらぬ相手と剣は交えられぬ。しかし、ヒーローがいちいち着替えて出動していたとはな。は、は、ははははは……」

 力のない笑みを作ると、哀れなカニ怪人は四角い包みを大事そうに抱えながら、フラフラと歩いていってしまった。

 それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。

「どっか行っちまったな、怪人」

「ま、その方が僕達にとって都合はよかったのですが」

「ついでに、ヒーロースーツは自分達で洗濯してるって教えてあげた方がよかったかしら?」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

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