第一話 ご当地ヒーロー登場!
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ぐわっははは! もっと恐れおののけ、人間どもよ!」
町随一の憩いの場である公園に、下品な笑い声が響き渡る。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、左手に握る剣を振り上げて人々を恐怖のどん底に追いやっていた。
「いいか、人間ども。この地域は、いずれ我々ダークグローリアのものとなるのだ。我々に忠誠を誓え!」
クラブソルジャーが豪語する中、一人の女性が叫ぶ。
「いいえ。あなた達の好きなようにはならないわ。だって、もうすぐヒーローが駆けつけてくれるもの」
「ヒーローだと? そんなもの、この地域に存在するわけ……」
「そこまでだ、怪人!」
「!」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「な、何者だ」
「ふっふっふっ……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーレッド!」
「博愛の戦士、トロワーレッド!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
「待て待て待て、貴様らあ!」
自己紹介を聞き終えた直後、クラブソルジャーは目玉をひんむきながら怒鳴り散らした。
トロワーファイブは仰天し、怪人をきょとんとしながら見る。
「何だい、カニさん」
トロワーファイブのうち、一番背が高いレッドが尋ねた。
「我の名は、カニさんではなくクラブソルジャーである。しかし何なのだ、貴様らは」
「何って、正義のヒーロー・トロワーファイブですけれども」
今度は、中肉中背の奴が律儀に答えた。
「我は、そのようなことを尋ねているわけではない。何なのだ、その格好は。貴様ら、戦隊ヒーローという奴だろう。何故、皆そろって同じ色のスーツを着ているのだ」
「あら、クラブソルジャーさんって戦隊ヒーローとか詳しいの? 意外~」
最後のレッドは、何と女であった。よく見ると、胸の辺りが少し膨らんでいる。
「詳しいも何も、それは常識の範囲だろう。普通の戦隊ヒーローというものは、赤だの青だのピンクだの、色が違うものではないか。それなのに、どうして貴様らは同じ色のスーツを着ているのかと聞いているのだ」
「いや、元々俺が赤スーツを着たいって組織に申し出たんだよ。それなのに、横の奴も赤を着たいとか言い出しやがって」
背の高いレッド(以降、便宜上レッド1とする)は、嫌味ったらしい口調で言いながら、横に立つ中肉中背のレッド(以降、便宜上レッド2とする)をちらりと見る。
「だって僕、数ある色の中で赤が一番好きなんですよ。いくらあなたの方が僕より先に組織に所属していたからって、譲る義理はないでしょう。というかむしろ、先輩なんだから後輩に譲って下さいよ」
どうやら、レッド1とレッド2は先輩後輩の関係にあるらしい。
「ちなみにあたしは、ピンクのスーツが着たかったの。だけどお、スーツ作った人のミスで、めっちゃ色が濃い奴が届いちゃったのお。多分、何回か洗ったらピンクになると思うんだけど~。ほら、二人の奴とちょびっとだけ色が違うでしょ? でも、まだ赤にしか見えないからレッドって名乗ったの~」
紅一点のレッド(以降、便宜上レッド3とする)は、くねくねしながら事情を説明する。世間一般のイメージとしてはレッドは男であるというイメージが強いせいか、どうも気色が悪い。
「ほとんど横のレッドどもと変わらぬ気がするが……だが、まだおかしいところがある。貴様ら、名前を何と言った?」
「さっきも名乗っただろ。トロワーファイブだ」
レッド1が、「何言ってんだ、お前は」というニュアンスをにじませたトーンで言った。
それに対し、クラブソルジャーは眉間に多数のしわを作る。
「だから、それがおかしいと言っているのだ。ファイブというのは、英語で五という意味だろう。それなのに、貴様らは三人しかいない」
「何を言っているのです? あなた、トロワーの意味を知らないのですか?」
レッド2が、小馬鹿にしたような口調で切り返す。
「いいですか。トロワーは、フランス語で三という意味です。我々の名は、今は三人しかいないけれど、いずれ五人までメンバーを増やそうという思いを込めてつけられたのですよ」
「今時、わざわざヒーローなんて危ない仕事を引き受けようって考える人達もいないから。こっちの業界も、人材不足なのよね~」
「ううむ。ヒーローの世界も、なかなか複雑な事情を抱えているのだな」
レッド3の補足を聞き、クラブソルジャーは悩ましそうに唸る。しかしまもなく、そうしている場合ではないことに気がついた。
「……って、そんなくだらぬことを話している場合などではない。我々は敵同士。ならばここで、拳をぶつけあうというのがセオリーというものではないのか」
「おお、そうだそうだ。俺達は、怪人を倒すためにここに来たんだった。なら」
レッド1は、体勢を整えるようにして数歩後ろに下がる。そして……。
「ほら行け、レッド二号。ここが見せ場だ!」
「はあ⁉」
自ら怪人の元へ突っ込んでいくのかと思いきや、後輩であるレッド2の背中をグイグイと押し始めた。
これに憤慨したレッド2は、上下関係などお構いなしにレッド1を睨みつける。
「二号って何ですか、二号って。まあ、それはともかく。ここは先輩が威厳を見せるために先陣を切って戦いを挑むべきでしょう。それを、後輩の僕に押しつけようとするなんて」
「押しつける? 嫌な言い方をしてくれるな。俺はお前に、手柄を立てるチャンスを与えてやるって言ってるんだよ。この先輩の優しさが、お前にはわからないっていうのか」
「どうせ、僕がカニ怪人に戦いを挑んで、あの巨大なはさみで首でも跳ねられればいいと思っているんでしょう? いくらこの前の飲み会で、メンテナンス担当の真希子ちゃんが先輩よりも僕の方が好みだと言っていたからって。恨み過ぎでしょう」
「……は、はあ? お、俺全然、そ、そんなこと気にしてねえし?」
「そういう恨みがましいところがいけないんですよ。あなたがモテないのは僕のせいではなく、あなた自身の魅力が乏しいからなんですよ」
「だ、だから、気にしてねえって言ってるだろうが! し、しかも、しゃべらせてりゃいい気になりやがって……この野郎!」
レッド1は何を思ったか、腕につけられたブレスレットから、刀身がレーザーで出来た剣を取り出した。そしてそれを手に取ると、レッド2に向かって切りかかった。
「てめえみたいな生意気な奴、ヒーローの風上にも置けねえ! このレーザーソードで、俺がお灸を据えてやる!」
「何を言うのですか。仲間に平気で剣を振りかざすあなたの方が、ヒーロー失格でしょう!」
レッド2は冷静にツッコむが、その言葉とは裏腹に、彼も彼でレーザーソードを取り出してレッド1に攻撃を加えている。
ヒーローVSヒーロー。こんなのって、展開として許されるのだろうか。
「ま、待て、トロワーレッド達よ。貴様らが戦うべき相手は、このクラブ……」
「だあっムカつく! ちょいとばかし顔がいいからって、調子に乗りやがって」
「それをひがみというのですよ、先輩。ああ、嫉妬というのは醜いものですね。あなたの素顔と同じように」
「何だと、てめえ!」
「……」
そっちのけにされたままのクラブソルジャーは、どうしていいものかと呆然とするばかりである。
不意打ちを仕掛けようと思えばできる。だが、こんな馬鹿どもに対して卑怯な手段を用いては、悪役の名が廃るような……。
「あの~。あたし、もう帰っていい?」
「!」
一体何を考えているのだろうか。突然レッド3が、空気を読まずに爆弾発言をかました。
ただでさえ困惑していたクラブソルジャーは、ますます混乱し始めた。
「あ、え、はい? 今、何て」
「だからあ、もう帰っていいって聞いてるの。あたし、この任務が終わったら彼氏とデートなの。このままだと、待ち合わせに遅れちゃうのよねえ」
「い、いや、貴様らは正義のヒーローなのだろう? ならば、最後まできちんと使命を全うするべきでは」
「ヒーローって言っても、所詮雇われだから。あんまり責任感ないっていうか~」
「な……」
何て奴らだ。チームワークどころか、責任感というものすら持ち合わせていないのか。
クラブソルジャーは失望し、あんぐりと口を開けた。
「他の地域に出没した時は、もっとマシな奴らが挑んできたというのに。ば、馬鹿馬鹿しい。こんな奴らに、かまっていられるか!」
はさみ状の右腕を振り上げ、地面をえぐるようにして傷をつけると、クラブソルジャーは怒り狂いながら立ち去ってしまった。
それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。
「どっか行っちまったな、怪人」
「みたいですね。どうやら、我々の不戦勝のようです」
「やったあ! これで時間通りデートに行けるわ!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!