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ヤスケがいなくなってからしばらくが過ぎた。久しぶりにヤスケのねぐらを訪ねた友人君は、ごろりと不貞寝している彼にやたらと明るい声を聞かせる。
「おいおい、いつまでヘコんでるんだよ」
「別にヘコんじゃいないさ」
億劫そうに起き上がった彼の胸元、ふさふさした毛の中に、しおれかけたタンポポがぶら下がっていた。
それが何を意味するのか解らないほど浅い付き合いではない。だがあえて問うほど無粋でもない。友人君はそういう男だ。
だから彼は素知らぬふりをして、四方山話など始めた。どのメスが可愛いかだの、どこのオスが失恋したかだの、実にくだらない話を、だ。
「何しに来たんだよ、お前は」
「何しにって……あ、そういえば!」
いかにも思い出したような声を出したが、彼の本当の目的はこの話、それだけだったのではないだろうか。
「お前のニセモノが出たって話、知ってるか?」
「はあ? そんなん、5匹ほど知ってるぞ」
ヤスケは身体も大きく、喧嘩も強い。だからこそ名前を騙る者はいくらでもいるのだ。
「で? いつもみたいに、そいつをつぶしに行けってか?」
「いやいや、そうじゃなくてな、この『ヤスケ』は東の森に住んでいるんだが、鶏だって話なんだ」
「鶏……」
「こいつがめっぽう強くってよ、この前も寝込みを襲おうとしたオオカミ数匹を半殺しにしたらしいんだ」
「へえ」
「おまけに、人間の農場から嫁さんをかっさらったらしい」
友人君からは見えないように顔をそむけて、ヤスケはふっと唇の端を緩めた。
「やるな、あいつ」
タンポポのように丸っこい、黄色いヒヨコに囲まれて胸を張る真っ白な雄鶏を想像するだけで、ヤスケの心はほっこりと熱くなった。
「まあ、そいつはほっといてもいいんじゃないかな」
声が少し嬉しさに震えていたはずだが、友人君は素知らぬ顔であった。
「ふむ。じゃあ、行こうか」
「はあ? 会いになんか行かないぞ、あいつとは……」
「何言ってるんだよ、ってか、誰に会いに行く気だよ」
少し意地悪くにやりと笑いながらも、友人君はそれ以上追及しようとはしない。代わりに、こき、こき、と音を立てて首を回した。
「俺は『ボスの座を奪いに行こう』と言ったんだが? お前が来ないなら、俺がボスになっちまうぞ」
「え? は? 唐突だな、おい……」
「いいから、さっさと来いよ!」
友人君の浮かれた足取りを追いかけながら、ヤスケは自分の足取りも少しばかり浮かれているのに気付いた。
「そうか、あいつが……ねえ」
こらえきれない笑いをくふくふと鼻先で弄びながら、ヤスケは飛び切り浮かれて、少し弾むように歩いていくのだった。
◇◇◇
あれから俺はボスになった。真っ先に出した命令は『東の森の鶏には手を出すな』だったんだが、友人君はこれを聞いてしてやったりな顔をしていたね。だから、はじめっからお見通しで俺をボスにしてくれたんだろうよ。
あいつは本当にいい友人だ、あれっきりヒヨコのヒの字も言いやしねえ。だから俺も安心してあいつを弟格なんかにしているんだがな。
まあ、そんなこんなで……俺もいい連れ合いを見つけて、血のつながった自分の子どもを何匹か育てた。どれも俺に似て強くて賢い子さ。
それでも子供たちをじゃれさせているときとか、野原で揺れるタンポポを見た時、あのチビを思い出すんだ。本当にかわいげのないガキだったってな。
心配だあ? 馬鹿言っちゃいけねえ、あいつの出来の悪さは俺譲りだ。だから本当に大事な根っこのところは、一つも間違えやしねえ、ちゃんとヒヨコたちに愛情をかけて育てているだろうさ。
ああ、でも一つだけ……本当に一つだけ心配はしてるなあ。
あいつは俺に似てるから、ヒヨコたちにちゃんと愛情を伝えてないんじゃないかと思ってな。あのひねくれた言葉をヒヨコたちに聞かせてるんじゃないかと……そう、「俺の脳内辞書に出来の悪い子ほど可愛いという言葉はない」と……正直、心配事といえばそのぐらいさ。
あ? あいつに会いに? 馬鹿言っちゃいけねえ、俺はオオカミで、あいつは鶏だ。会ったら食うか食われるかの戦いになっちまう。だからあいつとは二度と会わねえ。
だからあんた、東の森に行くことがあったら俺の代わりに見てきてくれないか? ヤチビがどんな風にヒヨコたちを育てているかを、よ。
いや、心配なんかこれっぽっちもしていないぞ! そう、これっぽっちも、さ……




