表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

   3

 俺だってバカじゃない。鶏とオオカミが全く別の生き物だってことは心得てるさ。

 だけど、ヤチビは特別なんだ。見た目はちっこいヒヨコのくせして、中身はオオカミのように……いや、オオカミだって、ヤチビほど高潔で一途な奴は滅多にいないさ。オオカミなら、ボスにもなれる器だ。

 ただ惜しいことに、身体のほうはちっぽけなヒヨコなんだ。いくら教えてやっても、オオカミみたいに戦えるわけじゃない。弟子としちゃあ出来の悪い部類だったよ。

 は? 可愛がってる? 馬鹿言っちゃいけねえ。俺はヤチビを苛め抜いたんだ。

 いらいらするんだよ、あいつ。オオカミらしいことなんて遠吠え一つ出来ねえくせに、気持ちばっかり一人前でさ。だから、一度でいい、ほんのちょっとでいいから泣かせてみたかった、ただそれだけだよ。

 だけど、ああ……あいつの泣き顔を見ることは、ついに無かったな……


  ◇◇◇

 ヤチビは少しばかり体が大きくなった。黄色一色だった体のあっちに一本、こっちに一本と、白い翅が生えはじめたりもした。

 その頃には、ヤチビがヤスケを怖がることはすっかりなくなった。だが、それが一緒に暮らしてきた慣れなのか、いつ食われても仕方ないというあきらめなのか、ヤスケにはわからない。

 ただ、ヤスケはこの鳥を強く育てることだけに情熱をかけていた。そのため、無理とわかっていても、オオカミ流の体さばきを要求することもしばしばであった。

「違う! もっと頭を低くして、首を狙うんだ!」

 今日も自ら組手の相手をしてやりながら、ヤスケが激を飛ばす。ヤチビは言われたとおりに頭を下げた攻撃態勢を保ったまま、とがったくちばしをさらに尖らせた。

「オオカミみたいに牙があるわけじゃないんだ。首なんか狙ったって、大したダメージはあたえらんないよっ!」

「ばかか! 何のためにくちばしがあるんだ! いいか、首ってのはぶっとい血管が通っていて、全ての動物共通の弱点だ。ここさえ狙えれば、どんな相手とでも戦えるんだぞ」

「そもそも体格差がありすぎるよっ! 勝てっこないじゃん!」

 確かに少しばかり大きくなったとはいえ、ヤチビは小さなヒヨコなのだ。その体はヤスケの前足の肉球ほどの大きさしかない。

 それでもヤスケには容赦してやるつもりなどなかった。

「お前はバカか。いつ、どんな相手と戦うか、俺たちに選ぶ権利などない。出会った相手が敵なら、それがどんな化け物であれ倒さなければ死ぬ、それが自然の摂理ってやつだろう」

「知ってるけどさ……」

「ははん」

 ヤスケは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。プライドの高いガキの扱いなら、心得ている。

「わかった、やめよう。お前には無理だな、鶏だし、チビだし、できなくて当然だ。いや~、俺が悪かったよ」

「できないなんて言ってないっ!」

「へえ? じゃあ、黙ってかかって来いよ」

 ばっと羽を広げて、ヒヨコが身を翻した。そのままオオカミの喉笛めがけて……

「ば~か、隙だらけだ」

 べしっと音がして、大きな肉球がヒヨコを弾き飛ばした。

「ま、まだまだっ!」

 両足を踏ん張って起き上がったヒヨコは、今度は拙く飛び上がり、オオカミの脳天を狙う。

「だから、下から狙えって言ってんだろ。上からじゃあ動きが見え見えなんだよ」

 今度は首をひと振りしただけだった。ごつっとした鼻先がヒヨコを振り飛ばす。

「くそう! まだだっ!」

 ぷるぷると頭を振りながらヒヨコが立ち上がったその時、くさむらからひょこっと、例の友人君が顔を出した。

「おお、相変わらずやってるね」

 この友人君、こうしてちょくちょく様子を見に来るのだが、本気で賭けの結果を気にしているというわけではない。ちょっとした暇つぶしの冷やかしで、だからこそ気安い。

「あーあー、ヒヨコたんかわいそうに、ぼろぼろじゃねえか」

 友人君は小さな羽をなでてやろうと前足を伸ばしたが、ヤスケがそれをはねのける。

「甘やかさないでくれ」

「いいじゃんか、ちょっと撫でてやるくらい」

「おい、ヤチビ、家に戻ってろ」

 きりっとくちばしをあげ、無言で去るヒヨコを見送って、友人君は呆れきったように言った。

「別に食ったりしないぞ。お前があれをどれほど可愛がっているか、知ってるからな」

「可愛がってなんかいない。食いたければ食えばいい」

「んなこと言って、あいつが食われそうになったら、助けるんだろ」

「当然だ。あいつを立派な鶏に育てることができたら俺がボスになれる、そういう賭けだろう」

「あー、はいはい。そういえばお前は、ガキの頃からそういうひねくれた奴だったな」

「別にひねくれちゃいない」

 そういいながらヤスケは、ふさりとしっぽを振って立ち上がる。

「おい、どこに行くんだよ」

 友人君の声に少しだけ耳を曲げて、ヤスケは答えた。それは、当然ありきたりのことを答えるとき特有の、特に感慨もない口調であった。

「ミミズをとりに行くんだよ」

「ミミズぅ? そんなものをどうするんだ」

「ヤチビの飯だ」

「はあ? 正気か?」

 友人君は驚いた。あのヒヨコは確かに小さいが、それはオオカミに比べてのことであって、すでに自分で餌ぐらいとってもおかしくない歳だ。

「それは……甘やかしすぎだろう」

「そんなことはない。鍛えるために体を酷使させているからな、植物性の食い物より虫のほうが成長にもいいだろう」

「そういう栄養的なことを言ってるんじゃなくて、お前はあれをいつまで手元に置いておくつもりだ」

「さあな、そんなこと考えたこともねえよ」

「じゃあ、考えたほうがいい、あれはいずれ鶏になる。そんだけ大事に育ててりゃあ、まるまるとした、さぞかしうまそうな鶏になるだろうさ。そうしたらお前、どうするんだよ」

 ヤスケは黙り込んだ。ただ、うまく考えがまとまらないことを示すかのように、尻尾がせわしなく揺れていた。

 友人君はしびれを切らして、口を開く。

「悪いことは言わねえ、まずは自分で餌をとることを覚えさせろ、一人でも生きていけるようにな」

「そうだな、もう少し大きくなったらそうしよう。だが今はまだ、あんなに小さいからな」

 友人君が嗤う。

「お前は本当にチビすけの親になっちまったんだなあ」

「バカか、オオカミとヒヨコが、どうやったら親子になれるんだよ」

「ああ、いいよいいよ、解らないなら。さっさとミミズでもとりに行って来いよ」

「そうする」

 しゃりっと足を踏み出して、ヤスケはふと振り向いた。

「ヤチビを食ったりしたら、殺すからな」

「はいはいはい、解ってるってば」

 明るく取り繕った返事だったが、そこに込められた友人君の不安を、ヤスケは鋭く感じ取った。だから、ふっと笑息をもらす。

「心配しなくても、俺がオオカミであいつが鶏だってことは忘れちゃいないさ。いずれあいつが大人になったら、別れる時が来る。だから今だけ、あいつが子供のうちだけなんだよ、一緒にいられるのは」

 それはひどく低い、つぶやきに似た言葉だった。けっして友人君の不安をはらってはくれない、物がなしい言葉でもあった。

「ヤスケ、お前は……」

「あー、そうだ! ミミズをとってこなくちゃな」

 妙にからりとした声をあげてヤスケは歩き出すから……その尻尾が揺れるのを見守る友人君の目は、どこか寂しいものであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ