拍手小話③ 「とある補佐達の飲み会」
―――城下、某酒場。
もう既に日も暮れ、仕事帰りらしい男達の騒がしい声が響く店内。
あまり人目に付かないテーブル席で、ヨシュアは管を巻いていた。
…だいぶ飲んでいるらしい。
「……俺っ、もう無理だっ!団長は仕事しないどころか、執務室に来ないしっ。書類、俺に押し付けるしっ。名前覚えてくれないしっ。
それに、蜜月休暇って一体いつまでだよぉーっ!!」
「ああ、はいはい。分かったから、泣くな」
いつものように泣き上戸と化したヨシュアを宥めるのは、副神官長のレイナルドだ。
彼は面倒見の良い男である。苦労性とも言うが。
アノ神官長のお守りができるなんて………この国で一番頼りになるかもしれない。
ちなみに、団長は人の名前を呼ばないだけで、本当に覚えていないのかは不明だ。
「いつもより酒の回りが早いようですね。……よっぽど、疲れているのでしょうか?」
「そうだろ。……確か騎士団長の休暇、もう2か月目だったか」
この三人の中で一番上司に恵まれていると思われるローレンスは、胃痛持ちであるヨシュアの身体を心配しているようだ。
ヨシュアの胃はいつ穴が開いてもおかしくない。…ストレスで。
「そうなんだよっ!!いくら新婚って言っても、あの人騎士団長だぞ!?
……なのに、団長しか捌けない仕事持ってたら、睨まれるし」
ヨシュアの愚痴は続く。
彼のストレスの原因である鬼畜上司の長期休暇は、現在2か月目に突入中だ。
蜜月休暇の前は、新婚休暇の名称で休みを取っていた。
…えっ?そんな休暇、初めて聞いたんですけど。
「…辛いな」
「…ええ、聞いている方が辛くなりますね」
ヨシュアの辛過ぎる話に、もうその言葉しか出ないらしい。
あまりの不憫さに思わず涙がでそうだ。…泣いているのはヨシュアだが。
「ほら、泣くな。話なら聞いてやるから」
「…ううっ、ありがとう」
「いや、俺には聞いてやることしかできんからな」
レイナルド、どこまでも頼りになる男だ。
その優しさに惚れそうです。兄貴って呼んで良いですか?
「……っ!!もう、俺、レイナルド殿の部下になる!!」
ヨシュアがある意味尤もなことを叫ぶ。
きっと“上司にしたい人ランキング”があれば、レイナルドはトップスリーには入るだろう。
「おい。お前、騎士団長のこと尊敬してるんだろ?
いくら酒の席とはいえ、そんなこと言うなよ。後で後悔するぞ?」
…えっ!?尊敬してるの?
「でもっ…俺、最近胃も痛いし。医者に休めって言われたけど、休み取れねえし」
彼はもう上司のことは見捨てるべきじゃないだろうか。
団長は“部下の不満は叩き潰す”主義なので、どれだけ訴えても無駄だと思う。
宰相に相談したら、職場変えてもらえるかもね。
「…うちの神殿くるか」
…うん、転職した方が良いよ。
神殿にはアノ神官長がいるけどね。
「はは、大変ですねぇ」
「…ローレンス殿!?さっきから静かだと思ったら、まさか酔って!?」
「いえいえ、これくらいでは酔いませんよ。しかし、何だか愉快な気分です。ふふふ」
どうやら、ローレンスはヨシュアの不幸を肴に一人黙々と飲んでいたようだ。
笑い上戸の彼にとっては、さぞかし愉快な話に感じられたことだろう。
「…はぁ。しっかり酔ってんじゃねえか。
もしかして、また、俺がヨシュア殿送るのか……?」
「……俺なんてっ!俺なんて…っ!!」
「ははは、面白いですねぇ」
泣き上戸と笑い上戸に挟まれたレイナルドの苦労が忍ばれる。
しかし、こうなることは予想しておくべきだったんじゃないか。
「はぁ…。もう、このメンツで飲みに来んの止めようかな…」
そりゃあ、溜め息も吐きたくなるよね。
それでも二人を見捨てて帰ったりしないレイナルドに乾杯!
―――こうして、補佐達の夜は更けていく。




