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拍手小話⑧ 「とある邸のガールズトーク」

 最後に「おまけ」を付けてます!

「あのぉ、奥様は旦那様のどこが好きだったんですか~?」


 キャロルの突然の質問から、そのガールズトークは始まった。

 まあ、女性が4人も集まれば恋愛話に花が咲くのも仕方ないかもしれない。


「それ、私も気になりますね」

「……私も」


 キャロルのメイド仲間であるベティとシェリーも同意の声を上げる。

 ちなみに、この3人のメイド達は仕事をサボっている……のではない。一応、休憩中だ。

 休憩中とはいえ、自分達が勤めている邸の“奥様”とティータイムを満喫しているのは問題だと思うが。


「そうですね……」


 3人から好奇心に満ちた視線を受けながら、ハルカは考えるように首を捻る。

 しかし、熟考の時間は短かった。 


「顔ですかね」


 ……………。

 えっ、顔だけ?


 あまりの率直な回答に、3人は黙り込んだ。

 

「ええっと、それは旦那様の顔が好みだったということですか?」


 “本当に顔しか好きじゃなかったらどうしよう”という不安を滲ませたベティが、恐々と問いかけてきた。


「ええ、ジークの顔は好きですね」

「ええ~、顔だけですか~?」


 今度はキャロルが、微かに顔を引き攣らせながらも尋ねる。


「……顔だけ、という訳ではないですけど…」


 その言葉に、3人は思わずホッと安堵の息を吐いた。


 結婚して1か月、新婚真っ盛りのはずなのに“旦那のことは顔しか好きじゃありません”なんて言う過激な発言はやめて頂きたい。

 夫婦の温度差に、使用人達の胃に穴が開いてしまう。というか、そんなことを言ったら執事が発狂しそうだ。


「でも、あれだけ愛されてたら羨ましいです」

「ホントにぃ、まさに“溺愛”って感じですよね~」


 気を取り直したようにベティとキャロルが口を開く。

 若干、ジークフリートとのことを持ち上げようとしている気がするが。


「……………皆さんは、付き合っている人とかいないんですか?」


 夫の話はしたくなかったのか、今度はハルカの方から話を振ってきた。

 ……新婚なのに、惚気話とかないの?


 ハルカからの質問に3人は顔を見合わせる。


「付き合っている人はいないですね」

「えっ、ベティさん付き合っている人いないんですか?」


 ベティはこの4人の中で、1番スタイルが良い。ややキツ目な顔立ちだが美女といって差し支えのない容姿をしていた。

 ハルカの顔にも“モテそうなのに”という疑問が浮かんでいる。


「ベティは、全然カレシと長続きしないんですよぉ」

「……長くて2か月」

「短いですね…」


 ベティの思わぬ恋愛事情に、ハルカ感心したように呟いた。


「良い男がいないんですよ。……宰相様とか、すごくタイプなんですけどね。…ガードが固くて」

「でもぉ、やっぱり結婚するならレイナルド様だよね~、副神官長の」

「……ヨシュア様」


 どうやら、メイド達はそれぞれ好みのタイプが全く違うようだ。

 被っていたらいたで面倒臭いことになるので、この方が良いのかもしれないが。


「宰相サマ、ですか」


 ベティの好きな人は、ハルカもよく知っている人物だった。

 ……まあ、マトモな人ではあるかもしれない。どこまでも残念な“迷”探偵だが。


「あの冷たい感じの顔と、意外と他人に甘い性格のギャップが良いんです」

「…………良い人だとは思いますよ」


 ハルカには、迷探偵っぷりを発揮している“ドヤ顔”しか思い浮かばなかった。

 “冷たい感じの顔”なんてしていただろうか。


「…あっ!なら、ノルベルトさんはどうですか?

 あの人も、宰相サマ程じゃありませんが整った顔してますよね」


 ノルベルトの場合は“冷たい”というか、ただの無表情だが……とりあえずクールな雰囲気ではある。

 しかし、ハルカの言葉にメイド達は沈痛な顔をした。


「ノルベルトさんは絶対な~い」

「ありえないですね」

「……無理」


 全否定だった。


「何でですか?」


 ハルカの知る限り、彼はとても有能でマトモな執事なのだが…。

 ひょっとして、知らないだけで変な人だったのか?


「……あの人は、旦那様至上主義なので」

「まさに“敬愛っ!!”って感じなんですよぉ」

「……気持ち悪い」


 すごい言われようだ。

 ……だが、そんな人だったとは。何だろう、この世界には残念な美形しかいないのか。


「奥様は、この邸に来る前は王宮にいらっしゃったんですよね?」

「はい、そうです」

「じゃあじゃあ、噂の神官長とか、第3王子にも会ったんですか~!?」


 キャロルが興奮したように質問してきた。

 “噂の神官長”って何だろう。


「……“噂の神官長”が何者なのかは知りませんが、神官長のアレンさんとレオンハルト殿下にはお会いしましたよ」


 ハルカの答えに、3人のテンションは跳ね上がったようだった。……なぜだ、少なくともアノ2人は出会えたことを喜べるような生き物ではない。

 特に、神官長はできるなら2度と会いたくないと思ってしまう程度には気持ち悪いはずだ。


「羨ましいですぅ。アレン様もレオンハルト様も、街の女の子達に大人気なんですよ~。

 アレン様は笑顔がとっても素敵だしぃ、讃美歌を歌ってるときの声なんてもう絶品!!あの美声で耳元に囁かれたいって言う子がいっぱいいるんですから」

「………………」

 

 ……知らないって、幸せなことですね。


 頬を染めながら熱く語っているキャロルを見て、ハルカは遠い目になる。

 実は、彼女の知っている“神官長アレン”は偽者か何かなのだろうか。……むしろ、そうであって欲しい。


「レオンハルト様なんてまだ21歳でいらっしゃるし、今は恋人も婚約者もいないみたいだから狙い目なんですぅ。しかも、あんなにイケメンなのに明るくて気さくな方なんですよ!」

「…………………」


 ……知らないって、本当に幸せなことですね。


 もうそろそろ、遠くを見つめ過ぎて意識がフェードアウトしそうだ。

 街に流れている噂の出処は、一体どこなんだ。事実が99%の嘘――というか誇張?――に覆い隠されているじゃないか。


「でも、アンタはレイナルド様狙いなんでしょ?」

「もちろん!!」

「………無謀」


 ベティの問いかけに力いっぱい答えたキャロルに、シェリーが辛辣な一言を掛ける。

 まあ、シェリーは基本的に単語しか話さないが。


「副神官長ですか……まあ、フツーに良い人そうですよね」


 あまり深く関わったことはないが、アノ神官長を止められる唯一の人だ。

 確か、アレの幼馴染なんだとか。……彼は、幼い頃から一体どれ程の苦労を…。

 

「ですよねぇ~!やっぱりレイナルド様が1番ですぅ」

「……ヨシュア様」

「ああ、シェリーさんは副団長のことが好きなんでしたか?」


 シェリーはコクリと頷く。


「そういえば、シェリーはヨシュア様のどこが好きなの?」

「ホントだぁ、確かに聞いたことなかったね~」


 2人の視線がシェリーへと集まる。

 ハルカもやはり気になるのか、2人と同じようにシェリーを見つめている。


 全員の視線が集中する中、彼女は相変わらず小さな声でポツリと一言だけ呟いた。


「……可哀想」


 ……………。

 …って、同情かよ!?


 どうやら、シェリーは副団長の境遇に心を痛めているらしい。

 ……彼が“可哀想”と言われる原因は、この邸の主人なんだが。シェリーはここに勤めてても良いの?


「ええっと、何だかスミマセン。今度ジークに、ちゃんと仕事に行くように言っておきますね」


 妻として一応謝っておいた。……ビミョーに不本意だったが。

 ちなみに、ジークフリートは現在“新婚休暇”中だ。その休暇がいつ終わるのかは誰も知らない。


「旦那様にそんなこと言えるのは、奥様だけですよね…」 

「……すごい」


 ハルカの言葉にベティとシェリーは感心しているようだ。


 あの、泣く子も黙る騎士団長が素直(?)に言うことを聞くのは“愛しい妻”の言葉だけである。……彼女は妻として、もっと夫のことを教育すべきではないのか。

 あなたの夫は色んな人に迷惑を掛けているぞ。主に騎士団……というか、副団長にだが。


 しかし、その妻は周りの反応を気にすることなくアッサリと言う。


「ジークは私に甘いですから」


 ………………。

 えっ、何これ。惚気られてるの?


 突然の発言に、3人は一瞬驚いた様子を見せたが“これは、奥様の恋バナを聞くチャンス!”とばかりに気を取り直して質問し始めた。

 ……たぶん、それがこのガールズトークの目的だったのだろう。


「……プロポーズ」

「ああ~、私もそれ気になりますぅ!!」


 新たに質問をしたのはシェリーだった。その言葉を聞いたキャロルも、テンションを上げて身を乗り出してくる。

 どうやら、ジークフリートのプロポーズの言葉が知りたいらしい。


「プロポーズですか?……記憶にないですね」

「ええっ!?」

「まさかプロポーズされていないんですか?」

「脅しなら受けました」


 ジークフリート曰く“告白”だったらしいが。


 ………………。

 ……“脅し”って何?


 またしてもハルカの言葉に黙り込む3人。

 ……ひょっとして、この人に恋バナとか振らない方が良かったんじゃ…。


「それに、結婚を承諾して1週間も経たない中に式を挙げることになりましたし」


 ハルカはそんな3人の様子を気にすることなく話を続けた。


「…………1週間」

「……その頃には邸で生活されてましたよね…」

「私達はぁ、奥様がこの邸に初めて来られたときから“奥方となる人だ”って聞いてました~」


 実際、ハルカがこの邸で生活するようになってから数日で“女神様を奥方にし隊”なるものが極秘に結成されていたりするのだが……そのことは、一部の使用人しか知らない。

 もちろん、この3人もそんな謎の隊があることは知らないのでハルカの話にただ驚いていた。


「……はぁ。やっぱり、完全に外堀を埋められていたんですね」


 メイド達の様子を見て、自分の状況を改めて理解したのか溜め息を吐く。


 ……いや、旦那様。

 外堀を埋める前にちゃんと本人を口説きましょうよ。


「まあ、今更な話ですし。別に良いんですけど」


 ………………。

 本日、何度目かになる沈黙が落ちる。


 たぶん、こういうところがいけなかったんじゃないかな。

 奥様は何でもスルーし過ぎです……。




 ―――こうして、メイド達の思っていたものとは異なる形で謎のガールズトークは幕を閉じた。



   ◇◇◇



*おまけ



「ふぅ~、美味しい」


 風呂上りで熱った身体に、冷たい果実水が染み渡る。

 コップを片手に、バスローブ姿でカウチに腰かけるハルカの顔はどこか満足気だ。


「ハルカ、髪を」


 そんな妻の様子に目を細めながら、ジークフリートが声を掛けてくる。

 最近、彼は妻の髪の手入れにハマっていた。


「どーぞ」


 夫の言葉にハルカはアッサリと頷く。

 普段はあまりスキンシップを好まない――ハルカからすると、ジークフリートが過剰なだけ――彼女も髪の手入れは夫の好きにさせていた。長い髪の手入れは意外と面倒臭いのだ。

 妻の許可を得たジークフリートは嬉しそうにカウチの後ろへと移動し、その長く艶やかな髪を手に取った。タオルで水分を優しく拭き取っていく手つきは、どこか恭しい。


 ジークがこういうことするから“溺愛”って言われるんですよね。

  

 ふと思い浮かんだ考えから、連鎖的に今日突発的に開催された“ガールズトーク”の記憶がよみがえってきた。


 そういえば、あの3人からジークの名前は出て来ませんでしたね。まあ、(わたし)に気を遣ったのかもしれませんけど。


 何となく“ジークフリート非モテ説”が頭に浮かぶ。

 ちなみに、メイド3人は一応ジークフリートとのことを持ち上げようとしていた。残念ながらハルカにはイマイチ伝わらなかったが。 

 

「ジークってモテないんですか?」

「なんだ、いきなり」


 つい、思い浮かんだことを口に出してしまったらしい。

 妻の突然ともいえる質問にジークフリートが不思議そうな顔をした。

 

「いえ、今日メイドさん達と話をしていたんですが、ジークが素敵だっていう話題が出なかったので。モテないのかな、と」

「何の話をしているんだ…」

「巷では神官長や王子が人気らしいですよ」

「……アレがか?」


 ハルカの話にジークフリートは正気を疑うかのような目を向ける。……彼の中でも神官長(アレン)王子(レオンハルト)は“アレ”な人間というカテゴリーに分類されているのだろう。“関わるな、気持ち悪い”的な。


「驚きですよね」

「まあ、ツラは良いからな」

「知らないって、幸せなことです」


 言外に、2人の中身を全否定するハルカ。尤も、ジークフリートにも反論などないが。


「騎士団では誰が人気なんですか?」


 そういえば、と言うように聞いてくる妻にジークフリートは首を傾げる。


「さあな。ただ、どちらかというと、女に不自由しているヤツの方が多い気はするが」

「えっ、そうなんですか?騎士って、職業的にモテそうなのに」


 “王子”と“騎士”には乙女の夢と憧れが詰まっている。……それはもうギッシリと。

 そんな、乙女の“モテそう”という言葉から、ジークフリートの頭に同じ騎士団に所属しながらも、普段はほとんど関わりのない部下の顔が浮かぶ。やたらとキラキラした、プライドの高そうな顔が。


「……だが近衛の連中は別か」

「近衛?」

「王族の身辺警護をする騎士のことだ。近衛は王族のパーティーなんかにも参加するからな。剣の腕以上に容姿が重要視されるんだ」


 もちろん、王族の警護をする上で必要な能力は持っている。ただ、剣術の腕前だけでは務まらない仕事なのだ。容姿・教養・家柄・社交性など近衛騎士に必要な能力は多い。ついでに、近衛騎士にはその容姿の良さからファンクラブがある。閑話休題。


「じゃあ、近衛騎士は美形ばかりなんですか?」

「まあ、他の隊の連中に比べれば見目の良いヤツが多いな」

「ああ、ならこの間の人も近衛騎士だったんですかね…」

「この間?」


 ハルカの小さな呟きにジークフリートが反応する。彼が妻の言葉を聞き逃すことはない。


「ええ、やたらキラキラした騎士から花束を貰ったん……え、えーと」


 ハルカは、ここで自分の失敗に気付いた。ジークフリートは嫉妬深いわけでも狭量なわけでもないが、邪魔者を始末するのを躊躇するような男でもなかった。しかし、花束を渡すという行為は夫的にはアウト(=死)だろう。……十分嫉妬深くて、狭量だった。


「なんだ?」

「いえ……」


 妻のこちらを窺うような目に優しく問いかける。この状況では、むしろ恐ろしかったが。

 

「フッ、安心しろ。アレならもうお前の前に現れることはない」

「……………」


 どうやら、もう始末した後だったらしい。

 話してもいないことをどうして知っているのか、という疑問はジークフリートには不要だろう。だって、ジークフリートだし。

 ハルカは微笑み掛けてくる夫を見ながら、名前も知らない近衛騎士の冥福を祈った。


 こうして、夫婦の夜は更けていく。





 ナチュラルに妻に傅く男、ジークフリート。でも、これが2人の通常運転。

 意外とイチャラブしてると思いません?

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