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人気投票お礼小話「新妻奇遭曲~独奏~」

 団長!!人気投票1位オメ!!!



☆作者からの一言


吉遊「まあ、団長が勝つと思ってました」

雨柚「こうなることは、予測できた」


 

 俺は………どうやら妻に甘いらしい。



   ◇◇◇



 ハルカと結婚してから3週間が経った。

 まあ、以前から一緒に暮らしていたこともあり、夫婦という関係になったところで何かが大きく変わった訳ではないのだが。

 



「じゃあ、私は街に行ってきますね」


 そう言って、晴れやかな笑顔を浮かべて出掛けて行った妻を見送りながら、少し構い過ぎたかと反省する。


 新婚である現状に浮かれている自覚はあった。

 ハルカから“ジーク”と名前を呼ばれることが嬉しい。騎士団長としてではなく、夫として傍にいられることが嬉しい。夫婦という確かな関係があることが嬉しい。

 ジークフリートにとって、今はまさに“蜜月”だった。


 しかし、妻であるハルカにとってはジークフリートの過剰とも言える愛情は少々息苦しかったのか、“息抜きに1人で街に行く”と言われてしまった。

 ハルカがあまりスキンシップを好まないらしいことにも気づいていたので、しばらくは好きにさせてやるべきかもしれない。

 なるべく、嫌がることはしたくなかった。

 ハルカを誰よりも大切に思っている。

 他の人間ではなく、ジークフリート自身の手で誰よりも幸せにしてやりたいのだ。 


「仕事に行くか…」


 ハルカが出掛けてしまっては邸にいる意味がない。

 ここは愛しい妻の言葉に従い、久しぶりに騎士団へと顔を出すべきだろうと王宮へと足を向けた。



   ◇◇◇



 結婚など諸々の事情――人はそれを私情という――により1か月近く訪れていなかった執務室には書類の山ができていた。

 一応、重要なものや緊急性の高いものはヨシュアが邸まで届けに来ていたため捌いていたのだが……。


「………チッ」


 ただでさえ鬱陶しいデスクワークに、量という面倒臭さまでプラスされてしまったらしい執務室の状態を見て思わず舌打ちする。

 ……完全に自業自得である。


「だ、団長!?」


 机に向かい、半ば死んだように書類仕事に励んでいたヨシュアが驚きの声を上げた。その顔には幽霊でも見たかのような表情が浮かんでいる。……実際は、慢性的な過労とストレスによりやつれた彼の方が幽霊に見えるが。

 ジークフリートはそんなヨシュアを一瞥しただけで、特に声を掛けることもなく自らの席へと腰を下ろした。

 やつれた副官の顔を見ても“相変わらず不幸そうなツラだ”程度の感想しかない。何せ、ヨシュアに迷惑(ストレス)を掛けている自覚がないので。

 

 さっさと終わらせるか。


 机の上の仕事を終わらせるべく、ジークフリートは書類の山に手を伸ばした。

 ちなみに、ヨシュアは今の状況が夢ではないことに気づき、静かに歓喜の涙を流していた。



 

 カリカリとペンを走らせる音だけが響く。

 執務室に籠ってから1時間。仕事は順調に進んでいた。

 書類の山も、最初の頃に比べれば確実に3分の1は減っている。……仕事のスピードを褒めるべきか、こんなに仕事ができるのなら普段からしろと怒るべきなのか悩むところだ。まあ、ジークフリートは自他共に認めるデスクワーク嫌いなので、妻に怒られでもしなければ気にもしないだろうが。


 そんな執務室の静寂を破ったのは陽気な男の声であった。

 

「ヨシュアー、生きてるかー?差し入れ持って来てやったぞー、ってえええぇぇ!?だ、団長!?」


 ノックもせず軽やかに扉を開けた第2小隊隊長のエミリオは、いるはずのない騎士団長の姿を見て思わず差し入れを取り落とした。“なぜここに!?”と書かれた顔は引き攣っている。


「………俺がいたら可笑しいか」

「いやー、珍しいなーっと」


 エミリオはジークフリートの鋭い視線に、あはははと誤魔化すような笑いを返す。

 

 ……ちょうど良い、コイツに手伝わせるか。


 笑いに誤魔化される訳もなく、まだ半分以上残っている書類の山を見ながらジークフリートは口を開いた。


「そう、この俺が“珍しく”仕事をしてるんだ。もちろんお前も手伝うよな、エミリオ?」


 ジークフリートの顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。

 うっかり子どもが見たらトラウマになりそうな笑顔だが、エミリオも伊達に小隊長などしていない。小隊長たるもの、一々ジークフリートにビビッていては仕事などできないのだ。


「ええー、俺、今日は非番なんですけど」

「奇遇だな。俺も新婚休暇中だ」

「…そこにある書類って、全部団長じゃないとダメなやつですよねー?」

「ああ。だから俺の筆跡を真似てサインしろ」

「んな無茶な!」

「なら、この書類の関係者を消して書類自体を“なかった”ことにして来い」

「…………あっ、そう言えば、団長の奥さんって今どちらに?」


 ジークフリートの無茶ぶりに、エミリオはあからさまに話題を変えた。まあ、あからさまだがジークフリートには有効だろう。何せ、妻を溺愛しているから。

 

 しかし、提案――書類偽造に関係者抹殺――が全て犯罪ってどういうことだ。


「……ハルカがどうした」 

「いやー、街で奥さんっぽい人を見かけたんですけど、団長が傍にいなかったから人違いかなーって」

「……………」

「何か見かけない顔の男2人と歩いてたんですよー」

「………どこだ」

「…へ?」

「どこで見た」


 ジークフリートは、頭の中に妻が通るであろうルートを考えながら問いかける。尤も、その雰囲気は“問い詰める”と言った方が正しいような物々しいものだったが。

 執務室内の空気が一気に重くなったのは気のせいではないだろう。 

 エミリオは、ジークフリートの雰囲気が変わったことに驚きつつも端的に答えた。


「ええっとー、12地区の裏通り近くです」


 12地区にはハルカの気に入っている串焼きの露店がある。ならば、エミリオが見たのはハルカでほぼ間違いない。

 この平和なハイディングスフェルト王国では裏通りも特別危険な場所ではないが……。

 ジークフリートの勘は“黒”だと言っていた。

 誘拐の2文字が頭を過ぎる。


 …っ、人通りの少ない道は避けろと言っただろうが!


 外出時の注意事項を繰り返し説明していたときの、面倒臭げなハルカの様子を思い出しつつ拳を握りしめた。瞬間的に湧き上がった苛立ちを押さえながら、現在の街の警備状況を確認すべくヨシュアへと顔を向ける。


「今日街の警邏に出ているのは第5か?」

「はい。第5小隊が担当しているはずです」

「すぐに全員に通達してハルカを探させろ。非番の連中もだ」

「しかし……」  

「いやいや、ナンパくらいは許してあげましょうよー」

 

 ジークフリートからの指示にヨシュアが躊躇いがちに反論しようとすると、横からエミリオが口をはさんできた。

 まあ、言いたかったことは概ね同じだ。ヨシュアも、この指示はジークフリートの悋気によるものだと考えていた。


「事件性はないように思いますが……」


 ヨシュアの控えめな進言は殺気を放つことで一蹴し、エミリオと向き直る。


「見覚えのない男共だと言ったな」

「まあ、そうですけどー」

「1週間程前に王都入りした余所者の中に、他国での犯罪歴のあるものが2人いる」

「「…っ!?」」


 ジークフリートの言葉にヨシュアとエミリオの顔色が変わった。


 この国で起こる犯罪は余所者によるものが最も多い。なぜなら、彼らは騎士団の有能さも、魔王(ジークフリート)の恐ろしさも、きちんと理解していないからだ。

 余所者――しかも、他国での犯罪歴のある――が関わっているならば、今回の“団長の妻誘拐事件”も有り得ない話ではなくなってくる。

 もし、万が一にでもハルカに傷を付けたならば、その誘拐犯(仮)の命はない。それどころか、騎士団全体へ被害が及ぶことが予想される。ジークフリートからの八つ当たり的な意味で。


「第5小隊に指示を出します」 

「非番のヤツらにも手伝うように言っときます」


 恐ろしい自分達の未来予想図に蒼褪めながらビシッと敬礼した2人は、今から戦いに行くかのように真剣な顔付きになっている。

 そんな2人を前に、想像だけで部下達を地獄の底に叩き落とせる魔王(ジークフリート)は抑えきれない怒りを滲ませ、私情を挟みまくった言葉を吐き出した。 


「夫の許しもなく妻を連れて行ったんだ、立派な誘拐だろう」


 意外と、これが本心なのかもしれない。




 未だかつて見たことがない程怒り狂っている上司が出て行った扉を見つめ、ヨシュアはポツリと呟く。


「…えっ、これ、俺が指揮を執るのか…?」


 既に疲れ切っているヨシュアを尻目に、エミリオは通信機へと手を伸ばした。

 自分と同じく非番である同僚へジークフリートの指示を伝えるために。


「あ、もしもしー?マウリシオー?実はさー」



   ◇◇◇



 ジークフリートは街中を疾走していた。


 エミリオがハルカを見かけたのは王都の南端に位置する12地区と呼ばれる場所である。しかし、既に誘拐されているのだとすると、一体どこに連れて行かれたのか分からない。今更12地区へと赴いたところで犯人達が見つかる可能性は低かった。

 普段のジークフリートであれば、部下を使い情報を集め、人海戦術で解決するために自ら捜査の指示を出しただろう。

 そう、普通の状態であったのならば……。


 今現在、ジークフリートは冷静とは程遠い状態にあった。


 ハルカを1人で外出させてしまった後悔よりも、誘拐犯達への怒りよりも、ハルカが怪我でもしているのではないかという不安が勝っている。

 心配で、心臓が止まりそうだった。




「あーっ!団長、やっと見つけた!!」


 王宮から、有り得ない速さで12地区に到着したジークフリートに声を掛けたのは、第1小隊のリックだった。その後ろにカイルやクートの姿があることから、どうやら彼らもハルカの捜索に加わっていたようだ。


「状況は?」


 先程まで疾走していたのも関わらず息一つ乱れていないジークフリートに内心疑問を抱きつつ、リックは現在の捜査状況を報告する。

 若干、報告の声が小さくなってしまったのは仕方がない。魔王オーラ全開に近いジークフリートを前に平静を保つのは小隊長クラスでも難しいだろう。


「12地区周辺を中心に捜索を開始してます」

「12地区と13地区の間にある廃屋は?」


 記憶が確かなら、そこには余所者の犯罪者が利用しそうな“いかにも”な廃屋があるはずだ。ジークフリートの勘も“そこにハルカがいる”と告げている。

 頭の中に入っている地図を確認しながら問うと、リック達は顔を見合わせた。


「いえ、……そんな所に廃屋なんてありましたか?」

「俺も知らないッス」

「地図にも載ってません」

「廃屋だから最新の地図では空き地になっているはずだ。……これからも騎士団に所属していたいなら王都の地理くらい暗記しておけ」


 珍しく上司らしいことを言うジークフリートに3人は驚きの目を向ける。

 そんな部下達の驚愕を意識の端にも認めず、ジークフリートは再び走り出した。 


 愛しい妻を助けるために。




 辿り着いた廃屋には、ジークフリートの予想通り妻の気配がした。

 

「……ハルカがいる」

「ええっ!?何で…っ、分かるん…っ、ですか…っ?」

「……確かに…っ、人の…っ、気配は…っ、してますけど……っ」


 ジークフリートの呟きに、追いついて来たリックとカイルがゼーゼーと荒い呼吸を繰り返しながら反応する。彼らには廃屋の中に人がいるらしいことしか分からなかった。……夫だから、妻の気配が分かるのだろうか?

 ちなみに、クートは廃屋のことを他の捜索隊に伝えに行っている。


『カチャリ』


 ……何だか不吉な物音が聞こえた気がする。


 2人が嫌々ながらも音のした方へと目を向けると、剣を構えるジークフリートが見えた。

 最近は、とある神官長を斬る以外には抜かれることのなかったソレは、持ち主の心情を表すかの様に禍々しい輝きを放っている。


「ちょ、ちょっと待って!!まずは俺達が偵察に行って来ますから!!!」

「落ち着いてください!」


 あまりにも恐ろしい魔王(ジークフリート)の雰囲気に、もはや涙目になる2人。リックに至っては“なぜ団長を見つけてしまったのか”と後悔さえしていた。

 しかし、ジークフリートは部下の必死の制止をアッサリ無視して廃屋へと近づいて行く。


『ガッシャーン!!』


 ものすごい音とともに廃屋の扉が壁ごと破壊された。

 

 魔王モード覚醒中のジークフリートを止められるものは、残念ながらこの場には存在しなかったようだ。



   ◇◇◇



 破壊の衝撃による土煙がもうもうと立ち込める中、驚いた顔をしているハルカを見つめながら口を開く。


「ハルカを返してもらおうか」


 尤も、“返せ”と言っておきながらジークフリートの目には妻の姿しか映っていない。

 一応は意識の端で犯人と思しき2人組の行動に注意しつつ、愛しい妻が怪我などしていないか、視線でハルカの身体をなぞる。頭の頂辺から足の先まで、ゆっくりと。

 幸いなことに、見える範囲には傷一つ付いていなかった。

 ただ、この状況に緊張しているのか表情が強張っていることが気がかりだった。普段のハルカの様子からは想像もできないが……ひょっとして、恐かったのか?

 

「ちょ、ちょっと、先に行かないでくださいよ、団長!!」

「ぎゃーっ!?扉っていうか、壁そのものが壊れそうなんですけど!?」


 リックとカイルの騒ぐ声が聞こえる。

 他にも廃屋の周りに複数の気配がするので、クートが捜索隊を連れて来たのだろう。


「ジ、ジーク……」


 騒がしくなったことで漸く緊張が解けたのか、ハルカが声を掛けてきた。

 その、いつもよりも遥かに弱々しい声に、思わず返事を返せなかった。

 

 ……そんなに恐ろしかったのか。(←注:ハルカが怯えているのは魔王モードのジークフリートに対してです)


「ハルカ」

「はいっ!?」


 安心させようとできる限り優しく名前を呼んだのだが、あまり上手くいかなかったようだ。……声が裏返っている。

 

「怪我はないか?」


 見える範囲には外傷がないことは確認済みだったが、見えないところには分からないため問いかけた。


「ないです。…何の危害も加えられていません」

「………そうか」


 本人からの“無事だ”という言葉に、ホッと身体の力が抜けたのを感じる。

 ジークフリート自身も、ハルカが誘拐されたという状況にいつの間にか緊張していたのかもしれない。心配で止まりそうだった心臓も、今はいつも通りの鼓動を刻んでいた。


「ごめんなさい」

「お前の所為ではないだろう。気にするな。………無事で良かった」


 ハルカの言葉に自然と笑みが零れる。

 本当に、無事で良かった…。


「今、そこのゴミを始末してやるからな」




 この後、ハルカと部下達から“ゴミの始末”を盛大に邪魔されることになるのだが、それはまた別の話。



   ◇◇◇



「恐ろしい思いをしたんじゃないのか?」

「え?何のことですか?」

「俺が助けに行ったときだ。怯えていただろう?」

「ああ。あれはジークが怖かったんですよ」

「……………」

「ものすごく怒ってたから、魔王でも来たのかと思いました」

「……………」




 正直、団長の完全な一人称だとハルカさんの描写しかなくなってしまうので……これが精一杯です。


 いやー、甘いね!!

 書いてて疲れたよ…。惚気過ぎだろ。



 拍手小話も一気に更新してやったゼ!!

 読んでくださいね☆



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