第四章 ~強い決意と想いを胸に~
朝だ。
エドガーが病気になったこととか、離れ離れになったこととか、全部夢だったらいいのに。
まあしょうがないよ。うん、今日こそはシェダルに行きたい。
エドガーを助けたい。
エドガーだけじゃなくてシェダルにすんでいる皆も。
あっ、そうだ。
シェダルに縁があるようなものはないかな?
それを何とかつかえば…
…ない。
「朝ご飯よ、花梨」
うん、わかった。ちょっと待って。
やっぱり、ないか…烙印じゃちょっと無理じゃないかな…朝ご飯食べながら考えよ。
花梨はパッと立ち上がった。その時。
シャランッ。
あ、これは…
「ネックレス‼」
ネックレスに念じれば行けるのかも…
花梨はネックレスをはずすと、握り締めた。強く、強く。
そんな…駄目なの?
途端、花梨の若葉色の瞳から1滴の海がこぼれた。
その海がネックレスに当たる。すると、ネックレスから溢れ出す優しい光が、花梨を包みこむ。
――カリンさん。シェダルを救う唯一の方法を――
教えてください、その方法‼
――それは――
光がおさまったと思ったら、花梨の姿は跡形もなく消えていた。
「や…めろっ…」
「エドガー様、死にたいのですか?」
王宮は騒がしかった。王太子が病にかかってしまったからだ。もし死んでしまったら跡継ぎはいなくなる。皆それを恐れているのか必死である。
その時、優しい光が辺りを包んだ。
皆が目を明けるとそこには一人の女性がいた。
栗色の柔らかい髪をひとまとめにして、若葉色の瞳には強い決意をみなぎらせている…この女性は。
「カリンか!?…っ」
エドガーが苦しそうに言葉を吐く。
ええ、そうよ。
「どうしてここに…だって俺が、あっちに帰したのに、なんでここにいるんだ?」
あなたの仕業だったのね。あっちに戻っていたのは。
だけど、エドガーやこの国が心配で、来ちゃったわ。
「この国の伝染病にかかったら死ぬかもしれない。お前に死んでほしくないっ……うっ」
エドガー…?
「エドガー様、無茶は駄目です‼」
医者達が次々に出てきて、叫ぶ。
この国を…何とかするよ。
「何とか…って…」
前代王妃ウィルさんに教わった…国を救える唯一の手段。
それを、やるわ。
「ウィルって…幻のあの女王のことだろうか?本当に存在していたかは謎だが…」
昔のお話です。
ある日国の中で伝染病が流行りました。
国民がバタバタ倒れてまともに治癒もできずに困っていた時に、運命の使者はやってきました。
銀色の長い髪、薄い水色の瞳の女性でした。
その者はウィルと名乗り、国を救いました。
ウィルは病原体もろとも瓶の中に閉じ込め、消し去ったのです。
ウィルは、異国の人でした。
何か言われる前に去ろうとしたものの、当時の国王に、
「わしの妻になって、この国の女王になってくれぬか」
と申されましたので、悩みましたが、他ならぬ国王の頼みだったので、ウィルは異国に別れを告げ、この国の女王になりました。
「この童話はこの国の誰もが知っているが…」
女王様。あの…、ウィルさんにいわれたんです。
この国を救えるのは、私だけ、って。
だからこの国を、命を懸けて護ります。
「いったいどうするつもりだ」
…エドガー、その話は後ね。
知ってる。この国を救う唯一の手段を実行すると、実行する自分は死ぬ。ウィルさんに教わったもん。それでも救いたい。だから、いえない。あなたが傷つくから…
「神よ、汝が我を見ているのならば、我の命と引き換えに、この国を救いたまえ。この国から伝染病を消し去って、平穏な日常を、この国に」
「カリン!?」
いつの間にか出てきた国王と、強張った表情の女王、そしてエドガーが同時に叫ぶ。
必ず救うよ。この国を。
花梨の手にはいつのまにか杖が…魔力が封じられた杖があった。
「神の杖だ…神様が哀れんでくれたのか!?」
誰かがそうつぶやいた。
ウィルさん…これでいいの?
花梨はその杖を天高く掲げ、地に叩きつけた。
すると地に膨大な威力が解き放たれ、孤島をすぐに一周した。
杖の力で…否、花梨の強い思いと力が治癒力に変わり、人々は苦しみから解放された。
もちろん、エドガーも、だ。
エドガー…
「カリン‼」
う…エドガー…?
「医者、すぐ診ろ‼」
いいよ、お医者さんは。結局自分は…死ななきゃいけないから。
「早くしろ‼」
「どうなんだ」
エドガーはイライラしながら医者に問うた。
医者の答えは残酷だった。
「残念ですが…あと少しで…。」
あとちょっとで死ぬんだ…
「カリン…いいたいことが一つあって…あのな、俺は」
ピーーーーーーーー…。
容赦なく機械は音を出した。
鼓動がきこえなくなった、という合図(おと、と読みたい)を……。
「十六時五十三分…ご臨終です…息を、ひきとられました…」
医者は悲しそうに目を伏せる。
エドガーの表情がみるみるうちに歪んだ。
「カリーーーーン‼」
死んじゃったね…
ごめんね、突然で。
いえなかったから…
「参りますよ、花梨さん」
…はい。あ、あなたは…
その鈴の音ような声は…
「忘れてしまったのですか、ウィルですよ」
ウィルさん…。
あの…これからどこへ?
「神の御膝下へ」
何をしに?
花梨の頭の上に?マークが飛び交う。
「あなたを蘇生させるためですよ」
え?何故?
「あなたが死んでしまうとあの国は不安定になりかねません。まさか、死んだままでいいのですか?」
生きたいですよ、そりゃ…
「でしょう。だから参りましょうね」
「汝、先程命を懸けて国を護った王太子妃で宜しいか。そなたは強い決意を胸に、国を救ったな。そなたのような人間はまだ死ぬ時期ではない。下界(した、と読みたい)へ行き、国を治めるのだぞ。それから、もう一つ。汝の身体はどちらの世界を行き来しても狂わないようにしたぞ」
ありがとうございます、神様。
「良かったわね、生き返ることができて。この際だからいうけど、私のお母さんのお姉さんの遠い孫があなたなの。うすーくだけど、血は繋がっているのよね、あなたと私」
そっか。あ、もう、夜なんだね。真っ暗。
「じゃあ、がんばって、治めてきてね。私はもうあなたに声を掛けられないから」
うん。あ…いえ、はい。
「自分の身体に触れれば魂がちゃんと入っていくから」
う…ん。
…わあ‼身体がある‼
戻れたんだ…
良かった。
……。
「カリン…俺はあんたが好きだ…」
エドガーはポツン、とつぶやいた。
実は花梨にもはずの聞こえてしまった。
そして死んだ妻が横たわっているベッドを見た。
「あ…あれ?カリンお前!?」
花梨は涙をぽろぽろこぼしながら、エドガーに微笑みかけた。
エドガーも笑った。そう、初めて。
あのね、今までずっと、その…
「…好きだよ、花梨」
先にいわれちゃった。
これでずっと、一緒だね。
「カリン」
ん?
「目をつぶれ」
うん。
………!?
花梨は唇に何か温かい感触をおぼえ、びっくりして目を開けると、エドガーの顔がすぐ近くにあった。
ええ!?今のって、キ…キ…!?
「目をつぶれといったはずだ」
ごめん。…ありがとう、エドガー。