崖の道
土砂崩れの現場から道を戻り、ティア達はグレンに別れを告げていた。ロエンとグレンはそれぞれ前にティアと御者を乗せている。グレン達に見送られ、二人はリコの村から王都へ続くもう一方の道、崖に沿った道を進む。
「本当によろしかったのですか?」
すぐ後ろからの声にティアは軽く振り向いて言った。
「御者の治療はリコの村でも可能でしょう。私たちがユリスに追いつけば、そこから医師と迎えを送ることもできますし。」
「貴女の身の安全のために、村で待つという選択肢もあります。」
そう言いつつも先を急ぎ、馬を走らせるロエンにティアは苦笑を漏らした。この様子なら言わずとも言いたいことを理解しているだろう。だが、ティアは自身の中で整理することも兼ねて改めて説明をした。
「…先程の土砂崩れは人為的なものでしょう。狙いが何なのかはわかりませんが、私とユリスを分断することには成功したというわけです。」
「しかし王子殿下には騎士団の一隊が警護についています。裏のない者たちが選ばれましたし、副団長もいらっしゃる。もし敵がいるならば、どれほどの手だれであってもそう崩せるものではないはずです。」
「逆に私たちは格好の餌食というわけね。」
ティアが軽い調子で言うと、背後から低い声で窘められた。狭い道を駆けながら前を見やると、そろそろ崖に出るようだ。ロエンも少し馬の手綱を緩めた。
「グレンを連れてこなかったのは、彼を疑われているからですか?」
「確かに今日ユリスと私が別々の馬車に乗ったのは彼の発言が原因ですが、疑ってはいません。まだ信用してもいませんが。」
それに、と強い口調で続ける。
「元はと言えばロエン、あなたが原因でしょう!」
「…大変申し訳なく思っております。しかし何度も申し上げた通りあまり昨夜の記憶がないものでして、ティア様に何かご迷惑をおかけしたとしか…。」
「本当に何を言ったのか覚えていないの!?」
「…申し訳ありません。」
15歳の純情な乙女心を弄んでおいて、覚えていないなんて!今も背中がロエンに密着していて、時々昨夜を思い出してはドキドキしそうになるのを必死に抑えていた。思わずふらつきそうになる頭を押さえる。
「馬に酔いましたか?」
誰かこの騎士に女心というものを教えてあげてください、とティアは思った。帰ったら団長に頼もうかとも。
「いいえ、大丈夫です。馬には慣れていますし、実は一人でも乗れるんですよ。はしたないと思われるので秘密ですけれどね。」
「そうですか。ですが助かります。…後ろから、誰かが追ってきているようです。少し飛ばしますよ。」
そう言うとロエンは一気に馬の速度を上げた。狭い道ですぐ横は崖になっており、下に川が流れているのが見えてティアはヒヤッとした。
「やはり追手でしょうか?」
「恐らく。グレンが御者を村で降ろし戻ってきたという可能性もありますが、それにしては早すぎる。」
二人を乗せた馬は風のように駆け抜ける。自分ではこんなに速く馬を走らせることは決してできないだろうとティアは思った。話をしている時もロエンは緊張を崩さず、いつでも剣を抜ける態勢をとっていた。剣の腕は以前見た通り。騎士団期待の新人というのも頷ける。今の状況に不安はあったが、ティアは自分が思っているより落ち着いていた。自分を絶対に守ってくれるロエン、彼の存在は知らぬうちに大きなものとなっていたようだ。
「…来ます。上体を下げてください。」
緊迫した声に、ティアは言われた通り頭を下げてしっかり馬に掴まった。ロエンは左手で手綱を握ったまま右手で剣を抜く。すると前から数本の矢が飛んできた。
―――カンッ
ティア達に向かってきた矢を剣で払うと、前方に弓を構える男たちが見えた。馬に刺さり暴れれば、崖から落ちてしまうだろう。しかしロエンはなんなくそれらを払いのけ、通り過ぎざま男たちを切り捨てた。
「殺したのですか?」
「いえ、しかし…。」
俯いたままティアが後ろに視線をやれば、切られた男たちはそのまま崖から落ちて行った。自然に、というよりは自らそうしたようにも見える。
その後も同じような刺客が何度か現れたが、退けては皆崖から落ちて行った。
「おかしいですね。」
「え?」
「本気でかかってきているようには見えない。何が目的なのか…。」
ロエンは逆に不気味に感じながらも、ユリス達に追いつくよう先を急いだ。