騎士団
ティアはユリスと一緒に、母フーリエの部屋で午後のお茶会を過ごしていた。
「フーリエ様、今朝はありがとうございました。」
ユリスのリコの村行きが許された理由として、フーリエとティアの援護があったことは大きかった。ユリスはお茶とお菓子を楽しんだ後、ティアの左腕にくっついてにこにこと笑っている。ティアも素直に愛情表現をする弟が可愛くて仕方がない様子だ。いつか反抗期が来るかもしれないが、できれば変わらずにこのままでいて欲しい、と姉は思う。
「いいえ、ユリス様がご自分の考えをしっかりと陛下にお伝えになられたからですよ。ご立派でした。」
「ちょっとでき過ぎな感じもしたけどね。本当はあの台詞、前々から考えていたんでしょう?」
ティアの軽口にユリスは頬を膨らませた。丸く膨らんだそれが面白く、指でつつく。「姉上!」と睨んでくるが全く怖くない。そんな娘をたしなめるようにフーリエは言った。
「ティア、嬉しいのはわかるけれどしっかりユリス様をお守りするのよ。」
「…はい、母上。」
フーリエの部屋を後にし、どこまでもくっついてきたがるユリスをなんとか講義に向かわせたティアは、騎士団の訓練場を訪れていた。付き人も連れずこっそりやってきたティアを、入り口の衛兵たちは訝しげな目で見る。が、王女だと気付くと現場は大混乱に陥った。
「ティア王女!こんな場所にどうして……!?」
「俺、王女をこんなに間近で見たの初めてだよ!」
「おい誰か急いでロエンを連れてこいー!!」
一気にバタバタし始める兵士たちにティアも慌てた。ユリスも連れた地方視察の計画を、騎士団長とロエンに相談しようと考えていたのだが、せっかくなら訓練している様子をこっそり見てみたいと思ったのだ。しかしこんなに騒動になっては団長やロエンにばれてしまう。特にロエンがこんな事態を見たら小言の一つや二つでは済まないだろう。あの仏頂面に叱られるのはこりごりだった。
「あの、みなさん落ち着いて下さい。特にロエンは呼ばないでください!!」
「おおおお俺、王女様に話しかけられたー!」
ティアに声をかけられた、燃えるような紅い髪が特徴の兵士は中でも一番興奮していた。落ち着くように言われたにも関わらず逆に大声で騒いでいる。
「貴方、私の勝手で申し訳ないけれど、もう少し静かに……」
「うおっ、おおお俺っすか!?」
「おい!お前たち何をしている!」
突如大きな怒声が辺りに響きわたった。場は一気に静まる。
ティアが声の主を探すと、一際身体の大きな男がこちらに向かってきていた。見たことのある顔だ。
「騎士団長!」
「なんと、ティア王女ではありませんか!どうしてこのような場所に……?」
「申し訳ありません。理由は話します。私が勝手に訪れ、みなさんを混乱させてしまったのです。どうか彼らを叱らないであげてくれませんか。」
「はぁ、わかりました。とりあえずこちらにお越し下さい。」
ティアは騎士団長に連れられ、奥の騎士舎に向かっていた。道すがら訓練をしている兵士たちを眺めていると、団長が申し訳なさそうな顔をして言った。
「このようなむさ苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。」
「いいえ、是非みなさんの訓練の様子を知りたかったのです。」
「……ですからお忍びでここに来られたのですか?」
すみません、と謝ると団長はガハハと笑い声をあげた。こんなものを見たいと思うなど変わっておられる、と言われて少し俯いた。案に女の子なのに、と言われたようで恥ずかしくなってしまったのだ。
「各自それぞれの部隊や、受けている任務に応じて訓練をしています。ここでは……一対一の勝ち抜き戦を行っていますね。」
ティアが足を止めると、ちょうど一人が相手をのしていた。外野も多く、盛り上がっているためティア達には気づいていないようだ。
「おい、今どうなっている。」
団長が近くの兵士に声をかけると、一瞬驚いた顔をした後に次が決勝だということを教えてくれた。少し待つと先ほど勝利した男と向かい合うように一人が姿を現す。
「あっ!」
遠目だが、その男がロエンだということがティアにはすぐわかった。
「アーサー隊長と……ロエンか。なかなか見物だな。」
なんとロエンの相手は隊長だという。騎士団には団長、副団長の下にいくつかの隊が存在する。それぞれ隊の規模の大小はあるが、いくら優秀といっても新人のロエンが隊長に勝利するのは難しいだろう。どちらも怪我をしませんように、と冷や冷やしながら戦いを見守った。
ティアには剣技は分からなかったが、押しているのは隊長と呼ばれる男だと思った。剣を振りおろしたり踏み込んだりしているのは隊長の方で、ロエンは防戦一方に見えたからだ。このまま負けてしまうのだろうか。相手が一際高い位置で剣を構え、振り下ろそうとしている。
「ロエンっ、がんばって!」
思わず漏れてしまった声は、騎士達の喧騒に巻き込まれロエンには届かなかっただろう。だが、ロエンの口角がほんの少しだけ上がったように見えた。
力いっぱい振り下ろされた剣をロエンが受け止める、いやそのまま押されたかに見えたが、そのまま受け流し、――
ティアにはその先の動きは早すぎてよく見えなかった。怖くて思わず目を瞑ってしまったのもある。周りの歓声からそっと目を開けると、呆然とする隊長と剣を持ったままのロエンがいた。もう一つの剣は床に転がっている。ロエンー!という声があちこちから聞こえてくることから、どうやらロエンが勝ったようだ。
――パン、パン
隣にいた団長が大きく手を鳴らすと、皆その存在に気付いたのか少しずつ喧騒が収まっていった。
「二人、前へ。」
騎士団長の言葉に、決勝を戦った二人が前に歩み出る。ティアの存在に気付いたのか、片膝をつこうとしていたので止めた。
「ロエン、アーサーも、良い勝負だったな。」
「はっ、ありがとうございます。」
勝者のロエンが代表して礼を述べた。団長を見やると小さく頷いたので、ティアは一歩前に出る。
「二人とも、よくやったと思います。少しハラハラしてしまいましたが……ロエン。」
瞬間、二人のまっすぐな視線が交わった。
「よく勝ちました。……これからも私の護衛、頼みますね。」
ティアの微笑みに、ロエンはしっかりと頷いた。