王家団欒
空気の澄んだ清々しい朝、王宮のある一室では朝食の会が開かれていた。
「ティアよ、お前の助言を受けて行った教師の地方派遣、民衆の好評を受けていると報告を受けたぞ。よくやっているな。」
「ありがとうございます父上。」
厳格な国王である父に褒められ、ティアは口元を綻ばせた。隣に座る母のフーリエが良かったわねと声をかけ、その笑みはさらに深くなった。
王家の朝は、国王、正妻のフーリエ、その娘ティア、側室のルイーゼにその息子のユリスの5人が一堂に会し、朝食をとることから始まる。正妻と側室による勢力闘争が起きることを懸念した国王が10年ほど前に提案し、それから毎日欠かさず行われてきた。それが功を奏したのかは分からないが、姉弟の仲は良すぎるほどだった。二人の妻は子どもたちに引っ張られる形で、それなりに良好な関係を築いていた。
ウィルノア王国では王位継承権は男子が優先される。正妻のフーリエはティアを生んだ後子どもが作れなくなってしまったので、側室の子であるユリスが王位を継ぐことが決まっていた。フーリエとその親族も残念には思っていたが、皆権力や地位に固執する人間ではなかった。むしろティアが優しく聡明な娘に成長したので、将来の国王と共に国を支え守っていくことを期待していた。
父親が食事を終え、紅茶を嗜んでいる頃を見計らって、ティアはあるお願いを持ちかけた。
「今度、リコの村を再訪したいと思っております。」
リコの村は地方の小さな田舎村だ。ティアも協力している教師の地方派遣事業のモデル村の一つでもある。この村への訪問がきっかけで先の事業の提案に至ったのだ。
ティアの最近の関心は専ら教育分野だった。いつか教鞭をとってみたいとも思っている。
「リコの村か……。自分の目で途中経過を見てくるのも良いだろう。わかった、気を付けて行くのだぞ。」
「はい、父上。」
内心飛び上るほど嬉しかったが、はしたないと叱られるのは嫌だったのでにやける程度で我慢した。出発はいつにするか、公務のない時期を狙って……など色々な考えが頭を過ぎる。王都を離れるからロエンを連れて行かないとまた小言を言われるなあ、とティアは考えていた。
すると前からまだ声変りもしていない少年の、上ずった声が食卓に響いた。
「父上、僕も姉上についてリコの村に行ってみたいです!」
声の主に顔を向けると、ユリスが緊張した面持ちで父上を見つめていた。その言葉の内容に全員が驚く。一体どうしたというのか。
「ユリス、なりません。あなたはまだ幼く、大切な身であるのですから。」
ユリスの母のルイーゼが宥めるように声をかけた。まるで癇癪を起した子をあやす様な雰囲気になっている。
「ふむ、ルイーゼの言う通りだ。リコの村は王都から遠く離れた地でもある。まだお前には早かろう。」
「はい、僕の責任の重さも、まだ未熟な身であることもわかっています。ですが王宮に籠って勉強をしているだけでは、民の真意はわからないということを姉上から学びました。」
ティアは目を丸くした。短絡的な発言かと思ったがそうではないらしい。ユリスが王都の外に憧れているのは知っていても、そんな風に考えていたなど誰も理解していなかった。姉が年の割にしっかりしていた分、その弟のことは皆まだまだ幼子のように扱っていたからだ。しかし実際の年齢は3つしか違わない。周りが考えるよりずっとユリスは君主の卵として成長していたのかもしれない。
「ユリス様の御身は大切ですが、そのご意思を尊重されてはいかがでしょうか。ティアは旅には慣れておりますし、その分ユリス様の身辺警護を……。」
「まあフーリエ様、ユリスに辺鄙な貧しい村に行けとおっしゃるの!」
リコの村は確かに辺鄙な場所にあるけれど、決して貧しい村ではないわ、とティアは口を曲げる。ルイーゼは嫌いではないが、貴族以外を見下している節があり、そこが苦手だった。フーリエの援護に実母ルイーゼの反論、両者の意見を聞いたのち、父親が口を開いた。
「ユリスの気持ちは分かった。してティア、お前はどう考える。」
真剣な父の眼差しに、少し考えをめぐらせた後にティアは言った。
「急ぐ道中でもありませんし、ユリスに合わせた旅程を立てれば心配はないかと思います。それに地方の農村に次代の国王が訪れるということは、民衆の信頼を得ることにも繋がるのではないでしょうか。」
決まりだな、と国王が呟くとユリスは嬉々とした声で感謝の意を述べた。
こうしてティアの地方視察にユリスが同行することが決まった。
色々と心配はあるが、楽しくなりそうだ――とティアは笑った。