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夢現

 ティアは窓もついていない馬車の荷台に監禁されていた。たくさんの暴力を受けて憔悴し、正体が判明しても最早抵抗する気が起きなかった。着替えやタオルも渡されず身一つで放り込まれたので、上半身から滴り落ちた水滴がどんどん椅子や床を濡らしていった。おかげさまで頭についていた泥は取れたので、その点だけは副団長に感謝だ。けれどもしこのせいで風邪を引いたら、盛大にくしゃみでもかけて絶対にうつしてやろう――ティアは半分やけっぱちになっていた。


 しばらく経つと馬車が動き出した。前に座っていた見張りの騎士に駄目元で行き先を聞いてみたが、案の定返事はなかった。窓がないので外の様子も分からない。このままどこかで処刑されるのだろうか、せめて事情聴取くらい取って欲しい。そしたらきちんと理由を話して許してもらえるかも。……いや、そもそも王子暗殺の犯人は別にいるのだ。逃亡し隠れ続けていたからすっかり自分に非があるような気がしていたが、むしろティアは被害者だ。ただ髪の色と名前を偽って教師として暮らしていただけで、将来を担う子どもたちに知恵と生きる力を与えていたのだからむしろ褒めてほしいくらいだ。まあ、彼らはガイナの国民だったが……。これからはもう授業もできない。子どもたちはどうしているだろう、新しい教師は来るだろうか。アンナは心配するだろう、せっかく助けてもらって生きる場所まで与えてくれたのに。ティアはとても申し訳なく、悲しかった。

 

「へっくしゅん!」


 冗談ではなく本当に風邪を引きかけているようだった。何もかも恨めしく、副団長だけじゃなく前の見張りにもうつってしまえばいいと思った。かつてウィルノアの民を愛した王女はそこにいなかった。ぼろぼろの矜持を保つための、必死の虚勢だった。






 はっきりとした時間は分からなかったが、監禁されてから恐らく2日が経過した。なぜ2日かと言うと食事が6回運ばれたからだ。もし1日2食しか与えられていないなら3日になる。用を足すのは騎士団が休憩するときのみ許され、目隠しをされて建物の中に案内されたため、外の時間は知ることができなかった。

 2日も経つと流石に自暴自棄な思考は鳴りを潜め、ティア本来の性格が戻ってきた。その変わり完全に風邪をこじらせ熱を出していた。一応訴えては見たが、罪人に施しは与えないらしい。優しさや慈悲といった騎士道精神はどこに置いてきてしまったのか。熱でうなされながら嘆いた。見張りも副団長もピンピンしていた。

 そんな状態でも外で交わされる騎士達の会話には耳をすませた。話を聞く限り、この馬車はどうやら王都へ向かっているらしい。「処刑」や「死罪」といった物騒な単語は出てこないので少しだけ安心した。生きてさえいれば無実を証明できる機会も来るかもしれない。もちろんまだそうと決まったわけではないが。


 しかし、王都へ行くということはかつての愛しい人達と再会することも意味していた。病に伏せているという父の容体はどうなのだろう、許されるなら見舞いに行きたい。母はあの後どうなったのだろう。国王の座に就いたという、ユリスは辛くて泣いていないだろうか、どんな風に成長したのだろうか……まだ、恨んでいるだろうか。

 そんな中でも一番会いたくないのはかつての護衛だった。6年間毎晩悪夢にうなされたが、あの時の剣を振り下ろされ崖に落ちていく場面は何度も夢に見たせいで未だ鮮明に思い出せる。信じていたのに裏切られた。王国の騎士としては職務を全うしたかもしれないが、何度もティアを守るとのたまった、あれも嘘だったのだ。あの頃はすっかりほだされかけていたが、そもそもいつも仏頂面で愛想が無い騎士だった。6年間の思考の末、ティアは最初から奴に騙されていたという結論に至っていた。






 7度目の食事を食べ終わったころに馬車が止まった。人々の喧騒が響いているので、とうとう王都に着いたのかもしれない。ティアは手に汗をかき始めた。ちなみに高熱のため額からは汗が流れっぱなしだ。

 少し待ったが扉が開けられる気配はなかった。外から鍵がかけられているのでこの馬車は内側からは開かない。予定外の事態なのか、前の見張りも若干落ち着かないようだ。

 すると、外から誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。しかもだんだん近づいてくる。


「俺の手柄を横取りしたら許さないからな!!」


 副団長の荒々しい声だった。この人はどうやってその地位まで上り詰めたのか、ティアは不思議だった。とても人徳がある人物には思えないし、なんとなく剣の腕もそう優れてはいなさそうに思える。何かで功を立てたのか、それかとんでもないコネを持っているのだろう。

 そのうち、更に一人の男の声が聞こえてきた。こちらは副団長のように喚かず、淡々とした口調だ。


「分かっています。陛下は今回の貴方の功績をいたく評価されておりました。一刻も早く帰還し、報告されるのがよろしいかと。」

「ちっ、なんでお前の方が偉そうなんだよ。」


 大きな音と共に乱暴に扉が開けられた。ティアは壁にくっつき聞き耳を立てていたので、衝撃でひっくり返った。非常に間抜けな格好だ。中を覗いた副団長も訝しげな顔をしている。


「……本当にあの王女か?まあいい、おい、外に出ろ。」


 立ち上がろうとすると景色がぐるぐると回転した。ふらついてまっすぐに立てない。痺れを切らした副団長に腕を掴まれ、引っ張られる。段を踏むこともできずティアは文字通り投げ出された。荷台はそれなりの高さがある。地面が近づいてきて、思わず目を瞑った。




 しかしいくら待っても想像した痛みはやって来ない。そろりと瞼を開けると鎧に包まれた誰かの胸板が目の前に合った。誰かに抱き止められたようだ。礼を言おうと相手の顔を見上げた。


「……。」


 言葉が出なかった。

 凛々しく、精悍な顔つきの男の、黒い瞳と視線が交わる。

 6年経ってもすぐに分かる。彼はロエンだ。


 なぜここにいるのか、積もりに積もった不満をぶちまけようか、その前に礼を言うべきか。様々な感情が襲い、ティアは結局――――気絶した。後程聞くことになるが、その時の体温は40度を超えていたらしい。体力の限界だった。










 何かひんやりとした感触が頬に当たってティアは意識を取り戻した。一定の周期で身体が揺れるのでまだ馬車に乗ったままのようだ。いつの間に眠ってしまったのだろう、ぼんやりした頭で瞼を上げた。


「……。」


 すぐに瞼を閉じた。何か見てはいけないものを見てしまった気がする。これは夢だ、いつもの悪夢だ。もしくは熱が見せる幻だ。そう自己暗示をかけ始めたティアに上から声が降る。


「お目覚めになられましたか。」


 幻聴とはこんなにもはっきり聞こえるものなのだろうか。早くも暗示は崩れかけていた。いや本物でも偽物でも病んだ身体に悪影響なのは間違いないから早く離れよう、そう思って起き上がろうとすると肩を押され元の体勢に戻ってしまった。本物だ。観念して目を開けると、黒い瞳がこちらを見つめていた。大きな手が額に伸び、ティアはビクリと震える。


「…、熱は下がったようですね。丸一日目を覚まされないので心配しておりました。」


 自分を殺そうとした人の台詞とは思えず、手を払い立ち上がって気付いた。やけに顔が近いと思ったら膝枕をされていたのだ。悔しいやら恥ずかしいやら、ティアは向かいの椅子に音を立てて座った。水の入ったグラスを渡されたので一応会釈だけして受け取り、中身を飲み干す。渇いた身体に水分が染み渡ったおかげか頭も冴えてきた。熱で倒れる前に乗っていたものとは違う馬車らしく、窓がついていたり椅子も幾分柔らかい素材で出来ていたりした。

 そうして色々と観察している間も、前からの視線は突き刺さったままだった。愛想がないのは知っているが遠慮もなかっただろうか。こんなボロボロの身なりは誰であれ見られたくないし、それ位は罪人だとしても労わって欲しい。狭い車内ではどうしても前の男が視界に入ってしまうので、ティアは首を思いっきり曲げて窓の外を眺めることに努めた。外はたくさんの建物が立ち並んでいる。聞いてもいないのに王都だと伝えられた。


 色々なことが起き過ぎて心も疲れているのだろう。多少イライラしたが、思っていたより恨みや憎悪といった感情は湧いてこなかった。もう何が起きても驚かない、とティアは思った。




「本当はお休みになって頂きたい所ですが、陛下が引見をお望みです。このまま王宮へ向かいます。」


 前言撤回だった。ティアはもう一回気絶したいと強く願った。なんとその願いは半分だけ叶えられ、気付くと謁見の間の大きな扉の前に立っていた。ただ思考を放棄しただけだった。




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