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ロエン

 視察用の衣装から着替え、自室で使用人の入れてくれたお茶をのんびり飲んでいたところ、使用人の一人がノックをして入ってきた。


「ティア様、ロエン様がいらしております。」

「ありがとう、入るように伝えて。」


 カップに入っていたお茶を飲み終え下皿に置くと、背の高い男が前に立っていた。黒い髪に黒い瞳、そして仏頂面。王女の護衛騎士のロエンだ。座るように進めると、ティアの前の椅子に腰かけた。相変わらず愛想のない表情をしている。それなりの付き合いになるにも関わらず、彼が微笑んでいるところは見たことがなかった。更に今日はいつもより険しい顔つきに見える。ティアは思い当たる節があったので、当たり障りのないことから会話を始めて何とか誤魔化そうと考えた。


「さっきまで騎士団の訓練だったみたいね。お疲れ様、ロエン。」

「ティア様、私が言いたいことは分かっておられるはず。話をそらそうとしても無駄です。」


 頑張ってにこやかな顔で労いの言葉をかけたのに、目にも入っていないようだった。口調は丁寧だが敬われていない気がする。ティアは怒られる前に先に謝る作戦に移った。


「ロエン、あの、今日の視察にあなたを連れて行かなかったことは悪かったわ。でも――」

「でも、ではありません。私の職務は王女、あなたの護衛です。今回のように不用心に出歩かれては困ります。」

「数人の使用人は控えていたし、王都の外に出るわけでもありません。あなたほど実力がある人についてきてもらう必要はないと私が判断したの。それに皆の期待の新人に護衛ばかり任せていては、私が騎士団長に叱られてしまいます。」


 そのようなことはないとロエンは否定したが、実際ロエンがティアに付いて護衛をしていると騎士団の訓練に顔を出す時間が無くなり、団長がいい顔をしていないのは事実だった。ロエンは今年18歳になり正式にウィルノア王国騎士団の一員となったばかりだ。すべての団員は騎士学校にいるうちから演習としていくつかの任務はこなしており、入団時にはそれぞれの実力が把握されている。ロエンは常にどの分野でも優秀な成績を収め、首席で騎士学校を卒業していた。それ故騎士団でも非常に期待されているのだが、同時に国王の耳にもその噂は届いていた。そして是非ティアの護衛役に、と指名されてしまったのだ。


「あなたも私の護衛など退屈でしょう。危険な場所に行くときは必ず連れて行くから、それ以外は他の団員達と訓練をしていていいのよ。父上にもそうお願いしてありますし。」


 実際これまでティアが誰かに襲われたことなどほとんどなかった。あっても野次馬に服を引っ張られたくらいで、それくらい自分で対処できる。ウィルノアは長らく戦争などなく外交関係も友好で、国内の秩序は保たれている。王都から離れれば賊も出るだろうが、そんな所へは一、二度しか行ったことはない。確かロエンが護衛に着く前の話だ。


 若く、将来有望な騎士が、王女と民衆が話をするのを横で聞いていて何が楽しいだろう。現にロエンはいつもむすっとしているように見えた。最初に護衛役として紹介されたときこそ緊張して初々しかったが、そんな様子は見る影もない。ティアは心の中で仏頂面のロエン、と名付けていた。もともと表情豊かな方ではないのかもしれないが、ちょっとは打ち解けようとして欲しい。


「何度も申し上げている通り、私の任務はティア様、あなたをお守りすることです。それは王都であろうとなかろうと関係ありません。王宮から外へ出るときは必ず私をお連れください。いいですね。」


 退屈な仕事が嫌ならそんなに頑張らなくてもよいのに。王女自身が許しているのだから誰かに叱責されるわけでもないし、そのことで評価を下げたりはしない。ロエンは変に真面目だなあ。そう思うも、次からは必ず連れて行くことを一応約束してその場は別れた。






 無愛想な護衛が退室した後、空いたカップを下げにきた若い侍女が頬を赤らめていたのでティアは声をかけた。


「あら、あなた熱でもあるの?体調が優れないようだったら今日はお休みなさい。」

「いいえっ!ティア様、ご心配して下さりありがとうございます。……そうではないのです。ロエン様を間近で拝見したのは初めてでしたので……はぁ、本当に素敵な殿方ですわね。」


 以前から侍女達の間でロエンが格好いいと噂になっているのは知っていたが、彼女はそういったものに流されるタイプではなかったように感じていたのでティアは少し驚いた。


「あなたまでそんなことを言うのね。あんな愛想のない人のどこがいいのかしら?」

「ふふふ、ティア様はまだお若いのですわ。そこがまた素敵ではありませんか。」

「全然わからないわ。」


 若いというが、この侍女とたいして年齢は変わらないのでないだろうか。ティアは15歳だったがまだ恋をしたことはなかった。社交界で貴族の子息たちと話をしたりダンスをすることはあったが、胸がときめくという感覚はよくわからなかった。将来は父の決めた相手と結婚するのだろうと考えていたが、別に好きな相手と結婚してよいと言われている。ウィルノア王国では男女とも18歳から婚姻が認められている。ティアはまだその年齢に達していなかったため、結婚はまだ先のこと、と考えていた。しかし侍女たちには好きな人の一人や二人いた方がいいと言われている。――二人もいていいのか?ティアは疑問に感じたが、年の割に恋愛経験はからっきしだったので口を出さないようにしていた。






 その夜、ユリスに城下町の様子を話した後、ティアはロエンのどこが魅力的なのか考えながら眠った。そのせいでたくさんの仏頂面に追い掛け回される悪夢を見て、翌日ロエンに会ったときは小さな悲鳴を上げてしまい、またロエンの眉間に皺を刻んでしまった。




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