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 ユリスが運ばれた後、騎士団副団長の到着と共にティアは第一王子暗殺の容疑で拘束された。部屋にいた使用人が、ユリスはティアが入れたお茶を飲んだ後に倒れたと告発したためだ。ユリスは毒を摂取した時の症状を見せており、シオンの茶の分析が現在行われている。ティアは騎士団の訓練場に隣接して存在する牢に捉えられていた。王族ということで一般の罪人とは隔離されている。立派な寝具や机なども調えられてはいたが、冷たい鉄格子がティアに現実を突きつけるようだった。


「あの、ユリスの容体は…?」


 牢の外で見張りをしている騎士に何度か話しかけてみたものの、規則なのか応えてはくれなかった。けれどわずかでも物音を立てると厳しい目つきでこちらを見遣るので、ティアはすっかり憔悴していた。

 きちんと調査をすれば犯人でないことは分かるはず。でも、もしあのお茶に本当に毒が入っていたなら、今回のお茶会を主催した母にも嫌疑が掛けられてしまう。いえ、もう掛けられているのかもしれない。それにユリスの苦しみ方は尋常ではなかった。


「どうか無事でいて…。」


 小さな窓から差し込む夕日に背を向け、ティアは一人不安を抱えていた。






 すっかり日が暮れ、牢にも明かりが灯された。城のそれとはまったく違う、小さな弱弱しい光だった。見張りの騎士の顔も見えない程だ。机の上に載った食事は手が付けられないまま時間が立ち、すっかり冷えていた。コツ、コツと誰かが歩いてくる音が聞こえたのでティアは牢の外に目を向けた。見張りの騎士が敬礼をしている。


「…ティア様、調査の結果処分が決定しましたのでご報告します。」


 騎士団の団長の声だった。こうやって面と向かうのはリコの村へ行く前以来だろうか。ティアは緊張した面持ちで近付く。鉄格子を挟んで見る相手の顔は苦痛の表情を浮かべていた。


「まず、ユリス様の容体は落ち着きました。医師の判断ではやはり毒を飲まれたとのこと。これまで診たことのない毒のようで、まだ完全な解毒には至っておりません。元に戻るには長い時間が必要だということです。」

「そう、無事なのね。」

「はい。しかし残念ながら…毒は、貴女が入れられたあのシオンの茶から発見されました。」

「そんな…!」


 ティアは手で口を覆った。団長は言い辛そうに、けれど口を開く。


「茶葉自体からは検出されず・・・ユリス様のものにだけ毒は含まれていたと報告を受けています。使用人達への取り調べからも、やはり茶を入れたのはティア様で他に触れた者はいないと。茶器にもともと毒が付着していた可能性も視野に入れ調査しましたが、やはり結果は変わらず。・・・しかし、私は信じられません。本当にユリス様を殺害されようとしたのですか?」

「いいえ…いいえ、そんなはずありません!私がユリスを…ユリスを手にかけるなんて!決してそんなこと致しません!」


 思わず身体が崩れ落ちたティアに団長は手を伸ばすが、鉄格子に妨げられその腕は届かなかった。伸ばした手を握り締め、悔しげに眼を瞑る。


「……ティア=カークランド=ウィルノア第一王女、王位剥奪のため第一王子を暗殺しようとした罪は重い。死罪が処せられた。これは国王陛下の決定である。また、刑は明朝執行される。」

「嘘…父上が、私を…?そんなことなさらないわ!それに、私はユリスを殺そうとなんてしていない!本当よ…。」

「残念ながら、決定事項です。」


 どうして?なぜ?それだけがティアの頭を巡っていた。

 どうして私の入れたお茶に毒が入っていたの。なぜ誰も私を信じてくれないの。私は本当に、明日処刑されてしまうの。父上と母上に二度と会えず。ユリスに裏切り者と思われたまま。


「お願い、父上に会わせて。直接話がしたいの…きっと信じてくれるわ!」

「その申し出は受けられません。しかし陛下の温情として、フーリエ様との面会が許可されています。」


 団長が背後の騎士に合図をすると、二人の騎士に挟まれフーリエがやってきた。大きなマントに身をつつみ、泣いているのか手巾で口元を覆っている。見張りの兵が牢を開け、中へ入ってきた。


「ティアと二人きりにしていただけませんか。」

「なりません。」


 見張りの騎士の有無を言わせないような口調に、ついにフーリエは嗚咽を漏らし始めた。


「娘と、娘と会えるのもこれが最期なのです…!ううっ、お願いです、王妃としてではなく、母としてお願いします。どうかティアと二人で話をさせてください。」

「そんなこと認めるわけには」

「良い。」


 団長はティア達に背を向け言った。


「どうせここからは出られない。最期なのだ。二人にしてやれ。何かあれば私が責任を取る。」


 そのまま一人外へ出て行ったので、見張りの兵も慌てて着いて行った。フーリエと共に来た騎士二人は、深く頭を下げた後に同じように退出した。







「ごめんなさいね、こんなところで一人、怖かったでしょう。」


 手巾を畳み、マントを脱いだフーリエはあっけらかんとして言った。先ほどまで嗚咽まで上げて泣いていたようには見えない。


「慰めてあげたいけどあまり時間がないの。ほら、早くその服を脱いでしまいなさい。」

「は、母上…?」


 娘が明日処刑されることが分かっていないのだろうか。それに服を脱げとは一体何なのか。


「母上、信じてください。私は」

「何?あなたまさか私が自分の娘を信じられないような母親だとでも思っていたの?心外だわ!誰かがあなたに罪を被せるためにやったに決まっています。」

「え、いえそうじゃくて…って、信じてくれるの?私は毒を盛っていないって。」


 当たり前でしょ、とフーリエはティアの頭を撫でた。


「けれど状況は良くないの。思っている以上に、ね。普通こんなに早く王女の処刑が決定されるはずがないでしょう。あなたを邪魔に思っている人達が処刑を推し進めたのよ。」

「父上の決定だと聞きました。」

「あの人は自分の兄弟が互いを殺し合ってしまったから、今回のことが許せないのでしょうね。少し考えれば分かりそうなものを、側近や高官がこぞってユリス様を支持する派閥だったから。全くあの人ったら!」


 フーリエが自身の夫のについて語ることは滅多にない。朝食の席でもルイーゼに配慮してか会話を交わすことは多くなかったし、ユリスが生まれてからは国王が正妻のもとへ訪れることはなくなったという。所詮政略結婚で冷めきった関係なのだとティアは思っていた。だが今、母は父をなんだか長年の友人のことを話すように語る。自分が明日処刑されるという事実すらまだ受け止めかねていたティアは、すっかり混乱していた。


「私は、明日処刑されるの…よね?」

「そんなこと私が許しません。だからほら、早く脱いでしまいなさい。」

「え?え?どうして?」

「私と入れ替わるために決まっているでしょう。利口な子だと思っていたけど意外に察しが悪いのかしら?」


 驚きのあまり声も出ないティアの服に手を掛けると、どんどん脱がせようとするので慌てて思考を戻した。入れ替わるということは、罪人幇助(ほうじょ)の罪に値する。王子殺害の容疑で処刑まで決まっているティアを助ければ、いくら正妃であっても厳重な処罰は免れられないだろう。


「嫌よ!私の代わりって何?そんなことしたら、母上が殺されてしまうわ…!!」

「子を守らない母がどこにいるっていうの。それにあなたが悪いわけではないでしょう。私のことは心配しなくていいわ。」

「嫌!絶対に嫌!」


 これ以上、自分が原因で親しい人が傷つくのは嫌だった。ユリスが今病床にいるのも、ティアに罪を被せようとした誰かのせいだ。ティアを陥れようという意図の犯行ならば、望まずとも自分にも原因はあるのではないか。それに、今度こそ自分のせいで大切な人が死んでしまうかもしれない。




「ユリス様を国王に、ティアはその傍らに。それはあなたの望みでもあるし、私の望みでもあります。この国の未来のために、あなたは生き延びねばならない。お願いよ、ティア。」


 母の瞳を見ることはできなかった。その声だけで心が伝わるのが分かったから。今母の顔を見てしまえば取り返しのつかないことになるとティアは感じていた。


「……ううん、こんな風に綺麗ごとを言っても、やっぱり本心はあなたに生きていてほしい。ただそれだけなの。」


 俯くティアの頬にそっと触れる。昼、お茶会の前にも同じようなことをされた。あの時は温かかったその手が、今は冷たく震えている。ティアの瞳にじんわりと涙が浮かんだ。




「お願い、生きて。」




 ティアは泣いた。母の懐で。数時間前と同じようで、すっかり状況は変わってしまった。ごめんなさい、と何度も口にする娘を強く抱きしめた母は、穏やかに笑っていた。それでも子は泣いた。ごめんなさい、私のせいで。ごめんなさい、今まで育ててくれたのに。ごめんなさい、私の代わりに。ごめんなさい、それでも、生きたいと願ってしまって。ごめんなさい。




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