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帰還

 ティア達は崖沿いの道を抜け、無事騎士団の面々と合流した。ユリスは先の街で厳重な警護のもと待機しているらしい。街に到着するとロエンは副団長への報告に、ティアはユリスの待つ宿屋へ向かった。

 扉を開けると何かに勢いよく突進され、よろめく。後ろにいる騎士に支えてもらい態勢を保つと、下から潤んだ紫の瞳が見上げてきた。


「あねうえっ……ぼく…ううっ…。」


 堪えていたのだろう涙が、姉の顔を見て安心したのかぽろぽろと白い肌の上を零れた。ティアはそっと涙を拭ってやった。


「ユリス、無事でよかったわ。」

「ぼくがっ…ぼくが同じ馬車はいやだって、わがままを言ってしまったから…だからっ…!」

「いいのよ。こんなことになるなんて誰も分からなかったもの。それにほら、私元気いっぱいよ!」


 ティアは両手を伸ばし、笑顔で傷一つないことをアピールした。しかし、ユリスは貯水池が決壊したようにますます勢いよく涙を流し始める。もともと泣き虫なユリスだったが、最近はそんな姿を見せることもなかった。そのためティアはどうしたらよいのかと慌てふためいた。


「ティア様、ユリス様はずっと自分を責め、泣かれるのを我慢しておられたのです。どうか慰めてあげて下さいませ。」


 控えていた使用人の言葉に頷いたティアは、ユリスをそっと抱きしめた。暖かな体温を感じ、ティアも緊張がとれるのを感じた。






 その後近辺の騎士の応援が来るのを待ち、行きよりも多くの騎士に守られてティアとユリスは王宮へ帰還した。報告を受けていたのか、フーリエ、ユリスの母ルイーゼ、それに叔父のレイナールが出迎えてくれた。ルイーゼはユリスを連れすぐに自室へ戻った。少し顔色が悪いようにも見える。


「ルイーゼ様はユリス様を心配されるあまり体調を崩してしまわれたそうです。私も心配しましたよ、ティア。」

「ごめんなさい、母上。でも母上はお元気そうだわ。」


 ふふ、とフーリエは少女のように笑った。こういう笑みを浮かべるときは何かを隠していたりちょっとしたことを企んでいるときだ。不穏に思ったティアが訝しげに母を見遣る。


「あなたにはロエンがついていましたからね。本当はそこまで心配していなかったのですよ。」

「まあ、母上がロエンをそんなに高く評価していたなんて知らなかったわ。」

「あら、ロエンをあなたの護衛役に推薦したのは私よ?」


 ええっ!とティアは驚いた。父である国王陛下の勧めだったと聞いていたので、母の話は初耳だ。詳しく聞こうとするとレイナールが二人に近づいてきた。


「王女殿下、ご無事で何よりです。」

「先生!ご心配をおかけして申し訳ありません。」

「私はもうあなたの先生ではありませんよ。」


 レイナールはいつものように穏やかに微笑み、下がっていた眼鏡を上げた。


「いいえ、私にとって先生はいつまでも先生です。空いているときで構いませんのでリコの村のこともお話をしたくて…。」

「ありがとうございます。是非すぐにでも伺いたい所なのですが…」


 レイナールは奥へと視線を移した。つられてそちらを見ると副団長とロエンが立っていた。その先は謁見の間に続いている。


「国王陛下もご心配しておられました。色々と報告もあるでしょう。私との話はまた後ほどということで。」

「はい、わかりました。母上、レイナール先生、失礼致します。」






 その夜、ティアはベッドで横になりながら謁見の間での話を思い返していた。報告はやはり土砂崩れとティアへの襲撃のことが中心だった。騎士団の調査ではまだ敵の証拠や痕跡は見つかっておらず、襲撃者たちも崖から落ちたため捜索は困難だという。襲われたのはティアだが、だからと言って安直に狙いがティアだと考えてよいのか、判断にあぐねているという。むしろ土砂崩れはユリスを亡き者にしようとした可能性が高いのではないかというのが国王と副団長の意見だった。確かにティアを殺したところで次の国王はユリスに決まっている。ティアへ襲いかかってきた敵も土砂崩れなど大層なことをしでかした割には大したことがなかったというのもあった。詳細な調査をするため、ロエンは明朝現場へ戻るという。


「本当はリコの村のこととか、話をしたかったんだけどなあ。」


 ティアやユリスが生まれたころは、様々な思惑が絡み、暗殺など不穏な動きもあったという。だがここしばらくティアの周りは平和に保たれていた。久しぶりに命を狙われるという感覚を味わい、今更ながら恐ろしさを感じた。


 窓から見える夜空より、リコの村から見た夜空のほうがやっぱり綺麗だわ。


 そう思いつつ、ティアは眠りに落ちた。久方ぶりの自室のベッドはやわらかく身体をつつみ、朝まで目を覚ますことはなかった。




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