姉弟
春、うららかな陽気が身体も心も暖める季節。
王宮へ戻ったティアに小さな生き物が飛びついてきた。
「姉上!今日はどちらにいらっしゃっていたんですか?」
午前の城下町視察から帰ってきた彼女を迎えるのは、弟のユリスだ。先日12歳になったというのにまだまだ甘えん坊が抜けていない。それに加えて体も小さいので実年齢より幼く見えた。姉が帰ってくるのが見えたため部屋から走ってきたのであろう。透き通るような白い肌が少しだけ紅く染まっている。ティアは自分より低い位置にあるその頭を優しく撫でた。ふわふわの髪の毛の感触が心地いい。
「今日はアザール市場に行ってきたのよ。」
「わああ、前に行った市場とはまた違うところですね!どんなお話をされたんですか?」
近くにいた使用人に上着を預けると、弟を連れ自室へ歩き始めた。きらきらと期待に満ちた目でこちらを見上げる弟は可愛いが、今この時間にここにいるのはおかしい。
「ユリス、出迎えてくれるのはとても嬉しいけれど今は勉強の時間ではないの?」
「う、あの……。」
「また抜け出してしまったのね?」
「早く姉上のお話を聞きたくて……ごめんなさい。」
最近ユリスは講義を抜け出すことが多くなっていた。その理由の大半が「姉の出迎え」であったため周りも微笑ましく思っていたが、父やティアは自覚が足りないと考えていた。
二人はウィルノア王国国王の子どもであり、将来はユリスが王位を継ぐことになっていた。それぞれ母親は違うがとても仲の良い姉弟であり、むしろ良すぎて弟が羽目を外している、というのが目下の問題だった。
とは言っても自分を想っての行動なので強く叱ることもできず、ティアはいつも困っていた。今日こそしっかり注意しよう、そう思っていてもいざ目の前で眉を下げるユリスを目にすると何も言えなくなってしまう。黙っていると、目をうるうると潤ませ見上げてきた。計算じゃなく天然だと信じたい。
聞こえないように小さな溜息をつくと、小さな手を取り自室とは違う方向へ向かい始めた。
「姉上?」
「私も一緒にレイナール先生に謝るから、この後はきちんと講義を受けるのよ?今日の話はその後。いい?」
「はいっ!」
講義室まで連れて行き、中に入ると窓際に立っていた男がこちらを向いた。榛色の長い髪を後ろで緩く結んで眼鏡をかけた彼こそ姉弟の師、レイナールだ。15歳になったティアは授業を受けることは少なくなっていたが、過去に何度も叱られたことを思い出して萎縮してしまう。穏やかな雰囲気の男だが怒るととても恐ろしいのだ。二人で講義を抜け出したことを謝罪すると、レイナールは眉を下げて首を横に振った。
「講義の時間を抜け出したのは確かですが、今日殿下に与えた課題はすべて終えられているのでそう気にせずともよろしいですよ。」
本当に抜け目ない弟だ……と内心感心しつつ、レイナールがユリスに怒ったところは見たことがないな、ティアは思う。要領がいいのだろう。
レイナールはユリスの母親の弟、叔父だ。ティアの母親は正妻であり、ユリスの母親は側室なのでティアとレイナールは血がつながっていない。腹違いの姉弟だが、二人とも王家特有の金の髪と紫の瞳を受け継いでいたので並ぶと姉弟だとすぐにわかる。
この後もユリスは剣技の鍛錬が残っているというので、ティアは一人自室に戻った。
初投稿なので、お気軽にお付き合いください。