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天の華は死の印

 吾輩は猫である。名前はクロ、キミリア、おはぎ。現在、リリィ副隊長に連れられて裏から砦内部に侵入中である。どうも吾輩の体が役に立つとアルチナと別れてきたのだ。


 今はせっせと砦を囲む石壁、そこの欠けた部分に頭を突っ込み侵入した所だ。吾輩、猫になってから諜報活動が上手くなってきた気がする。

 リリィから渡された地図によると、砦は中央の建物と周囲の城壁で構成されているが所々崩壊しており、隙間から侵入したり上に登ることが可能との事。


 その為、まずは吾輩が偵察として侵入。想定ルートに問題がない事を確認したらリリィ達別働隊が乗り込む形だ。


「やはり、魔物でいっぱいか」


 事前に聞いていた通り、城壁内部の広場は魔物達が彷徨いていた。オーガにゴブリンなどの魔物は勿論、アンデットやスケルトンなどの死霊系もいる。


 吾輩、奴等に見つからぬように壁際の瓦礫を移動しながら目的地である地下を目指す。一旦、正門を内側から開けようかと思ったがリリィ曰く、どーせ隊長がぶった斬るらしいから無視とのこと。


 城壁通路から下を覗き見るオーク達を尻目に、吾輩は中央の建物内部へ侵入。相変わらず壁が崩れた所から入ると意外にも中は明るく、吾輩は崩れた柱の影に身を寄せる。


 ゆっくりと、柱から顔を覗かせればそこには簡易的な机や椅子、そして食事や水が振舞われていたのだ………奴隷達に。地下で監禁されているものだとリリィは推測していたが想定と違う。


 魔族達も、革の鎧に身を包んだ者たちがちらほらと見受けられるが別に暴力を振るったり、罵声を浴びせたりするわけでもない。


「やっぱり、こうなってるか………」


 だが、吾輩は違った。吾輩の描いたスピンオフ通りならある意味で正しいと言えるだろう。魔族に女性種はいない。だから、人間の女性を攫い、繁殖しているのだが………扱いは2つに分かれるのだ。


 1つは人間を繁殖の道具としてしか見てない者達。こちらは壊れようが、また攫ってくればいいという人間と敵対することを恐れない過激派。

 もう1つは人間を同じ世界の人種として見てる者達。こちらは相手を自分の子孫を産む存在として丁重に扱い、稀に愛を抱く変わり者もいるという穏健派だ。


 過激派案件なら、何も問題はない。颯爽と魔族を倒して、奴隷達を救えばいい。しかし、この食事光景や時折雑談を交わすなどしてる彼女達の半数はあまり恐怖を感じられない。穏健派なのかもしれん。


 恐らく、暗い顔をしてるのは王国から連れてこられた者か、帝国の貴族の子女だろう。逆に明るい顔をしているのは、帝国の貧困層の者達だ。彼女らにとって体を要求される代わりに食事を貰うのは慣れているし、下手すれば帝国の男達より優しく扱ってくれるだろうしな。


 しかし、ここの砦は恐らくサジェスが支配してる筈………奴は完全な過激派。人間の女を乗っ取ればいい!って考えてるタイプだが、心境の変化でもあったか?


『アノオンナノセイダ!』

「あの女、ね………魔族に女性種はいない筈だが」


 うっすらと1年前のサジェスの言葉を思い出す。吾輩が知る限り、魔族に女性種はいなかった。というかいるなら、わざわざ人間の女性を誘拐しなくても済む筈………孕めない人間の女性がいるのか?


 まぁいい。奴隷達が食事中ならば今のうちに外部に連絡だ。テンテレレーン〜『イーベル』〜。

 説明しよう、イーベルとはモルガナが作ってくれた非常用ベルだ。これは二組一つになっており、片方を鳴らすともう片方に伝わると言う代物。非常用に持って来いな上、こうして合図を送るのに最適なのだ。


 吾輩、鞄からそれを取り出し鳴らそうとして………停止。今、こんな所でベルを鳴らせば吾輩の存在がバレないか? 場所を移動すべきではないか?


 よし、そーと決まれば、場所を移動。やはり、吾輩は賢いなぁ。と柱から顔を出した所で、


「「あっ」」


 ばったりと、衛兵と鉢合わせ。見つめ合う吾輩とウェアウルフ。お互いがお互いの姿をしっかり認識した所で、ふっと互いに笑うと、


「て、敵襲ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! はうあっ!?」

「にゃああぁぁぁぁぁ!! 早くきてくれリリィぃぃぃぃぃぃぃ!」


 イーベルを思いっきり振り回し、鳴らした所で人狼の脛へ思いっきり振りかぶり、叩きつける。悶絶し、膝から崩れ落ちた衛兵を尻目に吾輩は瓦礫の隙間に顔をぶつける勢いでめり込ませ、抜けると外も大騒ぎだった。


 城壁の外、詳しくは見えないが腹の底まで響くような振動と衝撃が襲ってくるではないか。現に、城壁の通路にいるオーク達も懸命に弓を番てはいるが、1人また1人と数を減らしていく。


「おい敵は何人だ!? 進軍は!?」

「かなりの数がいます!! ですが、その大半は進軍を止めています! 奴らが砦まで来ることはないかと!」

「あ? じゃあ、なんだ!? さっきから誰にオーク共がやられてんだ!」

「1人です! たった1人に我が砦は落とされかけています!」


 先程吾輩を追って来ていたウェアウルフが、建物から飛び出し、扉近くにいたコボルトの胸ぐらを掴むが、話に要領を得ない。埒が明かないと遂には正門を開けとゴブリンに指示をする。


「死印天華『四分咲き』──『封雛菊』」


 だが、扉に近づいたゴブリンごと扉が賽の目状に切り開かれた。門の向こう側、正門から堂々と入ってくるのはただ1人の騎士。

 血の付いた赤紫の髪を靡かせて、金の剣を抜きながら、威風堂々と宣言する。


「久しいね、魔族諸君」

「し、"死の刻印"………生きてやがったのか!!」

「おや、てっきりお姉さんが生きていたのは知られてるものだと思っていたよ。さてと、一応聞いておくけど降伏するつもりはないかな?」

「抜かせ! テメェなんか、サジェスの奴に手も足も出なかっただろうが!! 俺たちがそんな奴にビビるかよ! かかれ!!」

「だよねえ。じゃあ………準備運動と行こうか」


 魔族とは魔物達が知恵を持って進化した存在である。姿形はかなり人間に近くなり、武器や武術を身につけるなど戦闘や戦術の面でも格段に向上し、生半可な相手では勝つ事すら出来ないのだ。


 現にウェアウルフやコボルトなどは人間の姿に獣の力が乗るようなもの。帝国ですら集団で囲んで叩くのが定石なのだが………アルチナは違う。


「死印天華『三分咲き』──『刺黄桃』」


 もう、見えなかった。気づけば、移動していたアルチナが剣を突き出し、ウェアウルフごと中央の建物の扉を貫いていたからだ。

 いや、吾輩が設定したより強くねえかな!? もう、魔法要らなくないか!? ここからまだ空間を斬る斬撃が追加されるってマジ!?


「おはぎ、来たぞ!ってうわぁ………隊長が暴れてるぅ」

「もうあいつだけでいいんじゃないかなって吾輩思うんだが」

「聞こえてるよ、そこの君たち。早く奴隷達を連れ出しなさい………その間はお姉さんが相手してあげる」

「そ、そうですね! 行くぞ、お前ら! アタシに続け!」

「気をつけろ、リリィ! もしかしたら、何人かの奴隷達は戻りたくないと言うかもしれん! そいつらは無理して連れてくるな!」


 あまりの無双っぷりにドン引きしていれば、続々と女騎士たちが集まってくるが、やはりというかアルチナの水を得た魚のような暴れっぷりに引き攣ってるのはいかがなのか。


 そこをアルチナ本人にも突っ込まれた事で、気を引き締め直したリリィは隊長が貫き倒壊させた扉から中へ侵入していく。残された吾輩は急いでアルチナに駆け寄ると、そのまま肩に乗せられた。


「さて、としっかり掴まっておいてね? 先生。ここから更に速度上げてくから」

「ほ、ほどほどに頼むにゃああああああ!!」


 気分は絶叫マシンに乗っているような気分だった。目まぐるしく後ろに流れていく風景、急加速、急旋回、急降下。もはや、どちらが地面か分からなくなるくらいに振り回されて、視界の片隅で何か赤い物が散らばるが、もはや気にしていられない。


 恐らく、第三者視点で見るならばカッコいい殺陣が広がってるかもしれない。でも、一人称視点だと振り回されすぎてまともに観測するのも不可能だ。


 まさかの乗り物酔いで吾輩死ぬかもしれないと思った矢先、アルチナの動きが急に止まる。吾輩は嗚咽感が止まらず、そのまま吐いた。


 毛玉ごと胃の中身を空っぽにしたところで、地面に入って切れ目から水を思わせる液体が重力に逆らって吹き出していく。それは小山ほどの高さに変わると、1つにまとまり、形を成した。


「ヒサシブリダナァ、ムラサキカミノオンナァ!!」

「いい加減覚えてくれるかい? お姉さんはアルチナだって」


 それはスライムだった。そして、あの日オアシスに化けていたサジェスだった。ふと、横顔を見るとアルチナの顔に激情がありありと浮かんでいる。こいつのせいでアーシュラが連れていかれたのだと思えば、その怒りは正当なものだろう。


「ワザワザコンナトコマデキヤガッテ! セッカクノナエドコガダイナシジャネエカ! ニンゲンフゼイガオトナシクオレタチノイシズエニナレヨ!!」

「君達も、つくづく女を道具のようにしか見てないんだな………っ!」

「落ち着け、アルチナ。肩の力が入りすぎだ。アーシュラはリリィ達に任せろ。主は主にしか出来ない仕事をやるんだ」


 だが、そのせいで彼女の剣に乱れがあっては敵わない。本来の世界なら、切削の剣技で終わるのだが今の彼女にそれはないのだ。そして、以前は敗北し、苦い思い出も過っているだろう。


 だからこそ、こうやって言ってやる。


「それに、魔族の最高幹部に余裕ある勝利は最高にかっこいいぞ」

「それは………先生が見惚れるくらいにかい?」

「ああ。男の子は騎士の一対一の勝利が大好きだからな」


 吾輩の肉球で頬っぺたを突つけば彼女の顔から強張りが取れた。彼女は瞑目し、そしてほんの数秒後、ゆっくりと目を開く。その双眸に先程まで浮かんでいた迷いも恐れもない。


「そうか………なら、この剣の勝利は君に捧げよう」

「ゴタゴタハナスノハオワッタカクズドモ!!」


 押し寄せるのは、蓄積された水分とスライムの体を利用した大津波。周りは城壁に囲まれ、正門までは程遠い。逃れる場はない。故に迎撃するしか道はない。


 なのに、アルチナは笑っていた。諦観でも悲観でもなく、ただ当たり前のように笑みを浮かべてもう片方の剣を抜いた。


「おはぎ先生。お姉さんはかつて美しいものを守りたくて、剣を握った。家畜になろうとも誰よりも人間だったあの人にその美しさを見たから」

「ああ、それで?」

「お姉さんは先生にもそれを見た。人間だった筈の貴方が、猫に姿を変えられようとも腐らずに誰かを助けようと奔走してきたのを見てきたから」

「吾輩は自分に出来る事を全力でやってるだけだがな」


 迫る津波を前にして、悠長に話してる暇ではないがこの質問には答えておかねばならないと思った。きっとこれは彼女が剣を振るうに値する大事な物だと理解したから。


「だから、見ていてほしい」

「………ああ」

「今、この瞬間から始まるアルチナ・ルイス・キャロルの剣を。もう二度とその信念が揺らがないように………これから先、ずっと見逃さないで」

「ちゃんと見てるさ。吾輩が死ぬまでな」


 吾輩の言葉に安心したのか、彼女は剣を強く、柄を強く握り直した。


「芸術魔法"彫刻"展開」


 彼女の呼び掛けに答えるように、金銀の双剣に魔力が籠る。この剣はモルガナにとっての杖と同じで魔法の発動を良くするための媒介。

 その媒介を通じて、彼女は世界に変化をもたらす!!


「死印天華『零の開花』──《《絶剣、抜錨》》」


 大地を踏み込み、天の華は軽やかに開花する。放たれた金と銀の二閃は津波を切り裂き──金へと姿を変えて、断ち切られた。

 これにはサジェスも何が起きたか分かるまい。いつの間にやら、自分の水の体が金へと変えられた挙句、斬り裂かれていたのだから。


「ナ、ナニヲシヤガッタテメエラ!!」

「君のその無敵性は水という液体であることだ。斬撃では君の体に傷1つつけられず、騎士や剣士は玩具のように嬲られるだけだろう。でも、もし《《君に肉体を与える事が出来たなら?》》 剣士はそこを斬れるんじゃないか?」

「ッ!? オレノカラダヲキンニカエヤガッタノカ!? ダガ、ソンナタイリョウノキンナンテドコカラ………!」

「それは吾輩だ、サジェス。金貨を無限に出せる吾輩が主の水の体に大量に投与する。それを利用してアルチナが水の体を金に変えて斬っていく。とんだ力技だが、主には有効だろう?」

「バカイッテンジャネエ! オレガドレダケノミズヲタメコンデンノカワカッテンノカ!?」

「知らないよ。でもねえ、無限じゃなくて有限ならお姉さんの剣で全部斬れる。お姉さん、これでも我慢強い方でねえ。終わりがあるなら、余裕で耐えられるさ」


 再び、剣を構えるアルチナにサジェスはスライムながらも何処か怯えているようだ。それでも戦うしかないと分かっているから、奴は触手を伸ばしてきて──全て金に変えられてそのまま切り裂かれてしまう。


「サジェス。お姉さんと我慢比べしよっか」


 吾輩は猫である。名前はクロ、おはぎ、キミリア。頑張れ、アルチナ。貴殿の剣の美しさは吾輩がちゃんと見てるからな。

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