表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

トミー・タッカーはもう歌わない〜施しで繋がれていた街は、静寂の中に終わりました〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/04/16

 「トミー・タッカー、歌っておくれ」


 歌えば、バター付きのパンがもらえる。

 歌えなければ、何ももらえない。


 この国では、それを“慈悲”と呼び、美徳の象徴としていた。



 孤児は皆、「トミー」と呼ばれる。

 それは名前ではない。役割だ。


 歌い、媚び、貴族の自尊心を満足させるための装置。


 彼らは歌う。

 必死に、空腹を笑顔で塗りつぶして。


 そして与えられるのは、彼らの指先で千切られた、わずかなパンの切れ端。


 ナイフを使わずに食べられるという配慮は、彼らが決して自ら切り分ける権利を持たないことを意味していた。



 私は、その中で最も価値のない「トミー」だった。

 声が出ない。歌えない。


 ──だが、問題はなかった。


 前世の私は、巨大な経済圏の流通設計をしていた。


 価値とは、誰かの“施し“で生まれるものではない。

 “流れ“をどう設計するかで決まるのだ。



 だから私は、歌わなかった。


 代わりに、観察した。


 どこでパンが余り、どこで飢えが発生しているか。

 誰が持ち、誰が持てないのか。


 その“目詰まり“こそが、支配の正体だった。



 パンは、実は余っていた。

 貴族の屋敷では、毎日大量の端材が家畜の餌として廃棄される。


 市場では、形が悪いというだけで“無価値“と断じられた小麦が捨てられる。


 私は、その“無価値“を拾い集めた。

 拾い、繋ぎ、回した。


 パンの端切れと、誰かの余った針。

 針と、綻んだ布。

 布と、冬に余る薪。


 小さな交換が連なり、やがて孤児たちの間で巨大な““となった。


 誰かに与えられなくても、生きていける流れ。

 歌わなくても、腹が満たされる仕組み。


 この国の秩序は、すべてが“切り分けられている“ことで成立していた。


 食料も、富も、機会も。

 ナイフ(権限)を持つ者が、自分たちの都合で配分する。


 持たない者は、口を開けて待つしかない。


 ならば、その前提を壊せばいい。

 切り分けられる前に、横に流してしまえばいい。



 やがて、決定的な変化が起きた。


 「トミー! 歌え! パンをやるぞ!」


 豪華な軒先から、呼び声が響く。


 だが、誰もそこへ行かない。


 差し出される、たっぷりとバターの塗られたパン。

 それを受け取る者は、もう一人もいなかった。



 私たちは知ってしまった。

 それが“従順の対価“として、細かく切り分けられた毒だということを。


 「ナイフは、もういらない」


 誰かが呟いた。


 与えるための道具も、支配するための境界線も。

 広場から、媚びるような歌声が消えた。


 代わりに残ったのは、静寂という名の拒絶だ。



 貴族たちは、拒絶されて初めて気づいた。


 自分たちがパンを与えていたのではない。

 与える側という優越的な構造を、子供たちの空腹に寄生して維持していただけなのだと。


 施す相手がいなければ、慈悲は成立しない。

 歌う者がいなければ、支配という舞台は完成しない。

 見下す相手がいなければ、優越も成立しない。


 「……トミーは、どこへ行った」


 王都の軒先で、狼狽えて問う。

 だが、誰も答えない。



 私は今、パンを切っている。


 自分たちで設計し、自分たちで流通させた、自分たちのパンを。

 自分たちの手で磨き上げた、自分たちのナイフで。


 もう、歌う必要はない。

 ここは、誰かの軒先ではないのだから。


 「トミー・タッカー、歌っておくれ」


 その呪文は、もう誰にも届かない。


 彼らの“慈悲“は、行き場を失い、

 歌わなければ、生きられない世界は終わった。


 残ったのは、

 誰にも必要とされない者たちの、静かな沈黙だけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ