非情事
映画館の大スクリーンのような大きな窓。花粉や排気ガス、PM2.5などの人間に嫌われている物資が窓に付着しているのをどこの誰が掃除するのだろうかと思いながら窓の先に見える景色に目をやる。日が暮れ、人間の動脈のように伸びる高速道路で、カーブに差し掛かる乗用車がブレーキランプを光らせる。血の赤だろうか。それとも愛のしるしだろうか。
そんな高速道路を囲うように最近できたデザイナーズマンションや商業ビルにふと目をやる。その窓の向こうにはデスクワークに勤しむ社員や1室を借りて開業した柔道整復師が人の身体を丁寧にほぐしている。そして北側に建つタワーマンションが車と同じようにてっぺんで赤い光を点滅させていた。
部屋の中はダウンライトのみでその代わりに大きな窓から夜の人工的な光が差し込む。その光に照らされた白い桃がシーツの上に放置されていた。ふっくらとしていて砂糖水を付けたハケで表面を塗りたくったようにテカテカ艶めいている。その果実を頬張ることの許された男のソレは硬く熱く屹立し、いくつもの毛細血管が浮き出ていた。そして白い桃は自ら果肉を広げ、果汁を出しながら砂糖水よりも甘い液体を欲しがっていた。
ポルシェ911が緩やかなカーブに差し掛かる手前で果肉を突き破った。そして引き戻したりを繰り返した。
果汁はみるみる溢れていき、シーツを濡らし、窓ガラスを濡らした。同時に窓の向こうに聞こえてしまっているのではないかと思うほど果肉が悲鳴に似た音を出していく。熱い果肉の中でスクロールを続ける内にまた熱い何かが溢れ出しそうになっていた。
「来て」
そう男を呼ぶ声がする。
どこへも行き来できない密室なのに。
女は地上からタワーマンションの上層階の窓を見上げていた。開いたままになったカーテンの向こう側で行われていることが何なのか確かめるために。
手にした双眼鏡を両目に固定し、その窓に視点を合わせていく。手ブレによりいくつもの窓がぐにゃぐにゃに見えているだけでその窓にすらありつけない。
女は一度冷静になってピントリングを回していった。
そしてだんだんと鮮明にクリアになっていく視界。
やっと窓がくっきりと双眼鏡越しに表れた。
その向こう側には白いベッド、時計、下着、ローター、2台のスマートフォン。
男の薄黒い背中、尻、足腰がはっきり見える。前傾姿勢でしゃがんだまま両手は白くて細いピンと伸びたふくらはぎを掴んでいた。
よく見ると、男の尻の下には女の尻の割れ目が覗いていた。男は窓側を見ることなくその割れ目の向こう側に夢中で勢いよく腰を振っていた。パン、パン、パン、パン。
ポンッ。
双眼鏡越しの女の目が録画を開始した。赤く点滅して。
いつからだろう。自分の両目に録画機能が備わったのは。ついでにズーム機能やピント調節機能も備わってほしいところだけど、神は多くを同時には与えないらしい。でも、usbに保存する際には口に挿入してデータを取り込むこともできるのだった。
いきなり男の腰の動きが止まった。月曜日深夜のドラマの濡れ場の映像が一時停止するみたいに。そして、そのままま汚いエキスを他人の身体になすりつける小学生のように下半身を女の尻にきつく密着させていた。べったりなすりつけ、気が済んだのか男がソレを引き抜いた。するとふっくらとした白い桃が表れた。そして、その桃を伝うように練乳が少しずつ溢れ出ていく。タラーんと。1本の線を作りながら。
ピコン。
録画が停止した。窓の向こうの2人は抱きつきながら笑っている。
時折、頭を撫で合ったり、スマートフォンの画面を見せ合ったりしながら。
それを見届けた後、双眼鏡をカバンに仕舞い、女は帰路についた。
「残業で今日は遅くなる」
「そうなの?今日はパスタ作ってたけど。でも、しょうがないわね。お仕事頑張って」
「ありがとう。なるべく早く帰るよ」




