練習の日々
「ここの色…本当は紫を重ねるのが影として正しいけど、私は赤が強いオレンジの方が好き…!でもそれじゃ青が主軸のこの絵には相応しくない気が……」
うーん…とぼやきながら再び考える作業に入る。
私に見える見本の写真は青が主軸なのになぜオレンジにしたいのか。こうして考える時間が私は嫌いじゃない。
「真剣だねえ陽菜ちゃん」
桜さんの声がした方に目を向けた。
キャンバスは白が基調で色が塗られている箇所は極わずかだ。
でも、それが引き立っている。異常なぐらい存在感を放つ女の子の黒髪と、背景に溶け込むワンピースの白色。
これが天才の描く絵…。
「ねえ陽菜ちゃん」
「はい」
作業を止めずに桜さんは私に話しかける。
私も作業を止めずに応答した。
「つかぬ事を聞くんだけど、蓮くんと進展あった感じ?」
「なっ…!?」
私は動揺して筆を落とす。
幸い作品には支障がなかった。
「…婚約しました」
「めでたいなあ。よかったじゃん」
桜さんは表情を変えずに言う。
……この人、ほんと何言っても動揺しないんだよね…。
ある種の尊敬をする。私は動揺してばっかりだし。
「で?最近はどうなの?」
桜さんは女の子の髪の黒に赤を混ぜながら言う。青が主軸のお手本を黒と赤と白で固めるの、なんかかっこいいかも。
「いつも可愛いって言ってくれるんです。陽菜がやりたいことをしようとか、いつでも俺がいるとか」
「へ〜?」
にやにやしながら桜さんは相槌を打つ。
この人さては、からかってるな…?
「桜さんこそ!最近どうなんですか?」
「へ?」
桜さんはきょとん、とした。
わたし、好きな人とかいないよ?と当たり前のことの様に言われる。
「なら宙さんのことはどう思っているんですか?」
そう、私はきっと桜さんは宙さんのことが好きなんだと思っている。
宙さんは万能な生徒会長かつあの天門グループの長男だ。ハイスペックすぎて目が眩む。
そんな宙さんは12年の間桜さんのことがずっと好きらしい。
桜さんへの湿度の籠った目線は1度たりとも消えたことがない。だから桜さん以外が伴侶になることは絶望的にないと言い切れる。
「…何も無いよ」
「へ?」
桜さんの声色が落ちていた。
私は少し考えて、やっぱりなにも考えが浮かばず頭に疑問符を浮かべる。
「わたしはね、皆が幸せになれればいいんだ。それに、今はわたしの恋愛どころじゃない」
やっぱり何も分からず、私はただ首をかしげ困惑した。
宙さんは桜さんのことが絶対に好きなのに、桜さんはそうじゃないってこと?
それに…恋愛どころじゃないって?
少し古い美術室の窓から夕日が差し込む。
空気はやや沈んだまま、その日1日の作業が終わった。
「つっかれたー…」
談話室で私は大きく伸びをした。
パチパチ、と薪の音が心地よく鳴る。
朝から月下の鍛錬、その後はひたすら絵画。
あまりのハードスケジュールに卒倒しそうになる。
お姉ちゃんはこれより凄いのをいつもこなしているんだよな…凄いなあ…。
「お疲れ様だ、陽菜」
蓮くんはココアをそっと私の前に置く。
あ、これ、私のマグカップ。私のために作ってくれたんだ。
「ありがと、蓮くん!」
私は思いっきり微笑んだ。
「いや、陽菜のためならいくらでも作る」
蓮くんは首を少し横に振り、なんて事ない、という表情をした。蓮くんの綺麗な髪がさら、と目にかかり、ただでさえ綺麗な顔が更に美しく強調される。
「明日がコンクールか。早いな」
「うん!…緊張してきた」
私はココアを1口含む。
あ、暖かくて美味しい。熱々が好きなのわかってる、さすが蓮くん。
「ねえ蓮くん、私の作品どうかな」
ドキドキしながら質問する。
「ああ、陽菜の色が出ていて今までの作品で一番好きだ。特に色使いが好きだ。優しくて暖かくて被写体のことが大好きなのが伝わってくる。ありがとう」
「うんっ!…うん?」
頷いてすぐ首を傾げた。
「…ありがとうって何?」
蓮くんは少し不思議そうな顔をした。
「何って、あれは俺だろう?陽菜が俺を作品にしてくれる日が来て嬉しいんだ」
「蓮くん!」
私は真っ赤になって叫ぶ。
コンクールの為に描きあげた微笑む男性の水彩画。テーマの「貴方にしか見えないもの」から着想を得た『蓮くんが私に対してだけ見せる笑顔』。
……その通り、なんだ。
恥ずかしくて火を吹きそうだった。
芸術に嘘はつけない。私にしか見えないもの、と聞いて真っ先に思いついたものを形にしてしまったんだ。
「それにしても嬉しいな。良ければ今度、俺を被写体にデッサンをして欲しい」
「え…!」
私は舞い上がる。嬉しくて嬉しくて飛び跳ねてしまいそうなぐらい。
「いくら払えば対等だろうか。やはり将来性を買ったら今の無名さなど関係ないも同然だ。1000万だろうか」
「ちょ、ちょっと蓮くん!」
「すまない。少なすぎただろうか」
「逆だよ蓮くん!」
はあ、と息をつく。嬉しくて仕方なくて、上機嫌で過ごしていた。
__あんな悲劇が待ち受けているとも知らずに。




