月下剣術戦
「月下剣術戦かあ」
「はい」
談話室の中、冷たい空気を覆うようにパチパチと薪の音がする。
やけに暑かった夏が過ぎ、いつの間にやら冬になった。そういえば今年はやけに秋の頃の記憶が無いような。いや、気のせいだろうか。
桜さんがふむふむ、と頷いている。
ぽりぽり、と棒状のチョコ菓子を頬張りながら。
「美味しいですか?」
「うん、たぶん」
「多分ってなんですか…」
ふう、と少しため息をつく。相変わらずだなあこの人は。
「あの日」から桜さんは何一つ変わらない。怖いぐらいにそのままだった。
「陽菜ちゃんもそんな時期かあ」
この世界には、一年に一度だけ月への階段ができる。
その階段を上る所有権を有しているのが私の家__柚月家。
月下剣術戦は、柚月家の血を引いた後継者がその実力を認めてもらうため剣で途中の障害物を弾きながら月までの階段をつき走る試練を指す。
正確には私は養子なのだが、そんなわたしにも後継として働くチャンスは与えられている。
姉である柚月夜に並ぶ程の技量、才能を求められる世界。ここの寮に入ったのも、柚月家の後継にふさわしい人間になるためだ。
だが。
「私に出来る気がしなくて…」
「ふむ」
そう、出来る気がしないのだ。
私は自分で言うのもあれだが成績がいい。文武両道、つまり運動もできる。メイクも上手くスタイルも綺麗に保っている上社交的でスクールカーストは最上位。
だが悲しいことに全てにおいて姉の方が優秀なのだ。運動も、勉強も、魔法も、顔面偏差値も。
「お姉ちゃんですら月下の日までひたすら稽古をつけてやっとの思いで到達したのに、わたしが、なんて…」
「ふむ」
桜さんが今度はパチパチするキャンディーを引っ張り出してきた。
「その話はお姉ちゃんとしたら?」
「えっと…でもお姉ちゃんは忙しくて」
「そう言うと思って用意しときました!」
桜さんが談話室のドアをガラガラと開ける。
扉の向こうには、深い紺色の着物を着た美女がいた。
そう、つまり。
「じゃーん!君のお姉ちゃんです!」
「…ええ!?」
用意しときました!で用意できるものじゃないことに突っ込んでもいいのだろうか。
「しっかりとお話をするなんて久しぶりね陽菜。…いえ、きっと初めてよ」
「…はい、お姉様」
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「月下剣術戦を受けたいって事ね?」
「は、はい…」
私は重々しい空気に負けそうになりながら返答をする。
お姉ちゃんは、そう、と言った後に息をついた。
「月下剣術戦がどれだけ厳しいものかは分かっているわね。あれは人間の域を超え、魔術師になるために受けるもの。剣に魔法を灯さなければいけないのに月の権能が使えないあなたが目指すのは無謀なことも、全部承知の上での判断なのね?」
「…あの」
そっと口を開く。
お姉ちゃんの眉が少し訝しげに動いた。
「私、自信がなくて。でも後継になりたいから、受けなきゃいけないし…月の能力も顕現しなくて焦ってるけどどうせ養子のわたしなんかに現れないとも思ってて…その…」
「大体分かったわ」
お姉ちゃんはそっと目を伏せる。わ…やっぱりまつげ長い…そんなこと考えてる場合じゃないけど。
「陽菜、貴方、うちの子をやめなさい」
「…え?」
絶句してしまう。だって、だって私は。
「貴方には無理よ、うちで生きるの。柚月家で生きることがどれだけ難しいのかも分からない子をうちで何年も預かってしまっていて悪かったわ。貴方は貴方なりに頑張っていたみたいだけれど、きっとこっちの道より幸せな道が貴方にはあるのよ」
「そ、んな…」
私は何かを口にしようとして、抗議できるほどの言葉と実力は持ち合わせていないことに気がついた。
気持ちだけはたくさんあるのに、なりたいのに、受けたいのに、実力が足りないから何も反論ができない。
「普通の女の子としての幸せの方が貴方には似合うわ。だって、貴方が…いえ、なんでもないわ」
思わず悔しいことを表情に出してしまう。
そんな、そんな言い方しなくたって…でも、実際私は…。私は…!
「…私はもう行くわ。また会いましょう、陽菜」
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「随分と妹さんに厳しいんですね」
「…桜」
小柄で桜色の髪の少女と長い黒髪の少女は廊下で話し出す。
「私はただ真実を話しただけ。あの程度のことで怯んでしまうぐらいならこの家は継がない方がいい。この家を継ぐなら…」
長い黒髪の少女はきゅ、と胸に飾られているそれを握る。
太陽があしらわれているそれは、なぜか和服によく馴染んでいた。
長い黒髪がするり、と肩を流れ落ちた。
「月よりも大きな覚悟が必要なの。比喩でもなんでもなく、事実よ」
「…」
桜色の髪をした小柄な少女は息をつく。
「本当は陽菜ちゃんのこと大好きなんでしょう?言わないと気持ちは届かないのに」
「ああ、あの言葉の続きを言っているのかしら?ただの事実よ」
___普通の女の子としての幸せの方が貴方には似合うわ。だって、貴方、お菓子を頬張る時とってもしあわせそうな表情をするじゃない。
「…そんなこと、言ったって無意味。だって、どうせ人は居なくなるもの」
小柄な少女は一瞬表情を消した。
葉桜色の瞳を細める。
その後作り物のような笑顔になった。
「お姉ちゃんのこと?」
黒髪の少女は冷たい視線を小柄な少女に向ける。
「勘違いしないで、恨んでいるわけじゃないわ。あなたのせいじゃないもの。でも、そうね、あの子は…舞は」
と黒髪の少女はどこか遠くを見つめる。
青い瞳が少し寂しそうな表情に輝く。
「なんであの日、ビルの最上階から身を投げたのかしら」




