第23話 黒龍の影
ギルドマスターのダグラスに導かれ、俺たちはギルドの上階へと通された。
石造りの階段を上りきると、重厚な扉の奥には応接間が広がっている。分厚い絨毯が敷かれ、壁には古い地図や武具が飾られていた。
場末の酒場の喧噪とはまるで別世界の空気だ。
「座れ」
ダグラスの声は低く、部屋そのものを震わせるようだった。
ソウマは当然のように椅子にドカッと腰掛け、ドヤ顔を決めた。
「でさ! 黒龍のこと、詳しく教えてくれよ! 俺が一撃で片付けてやるからさ!」
「……黙ってなさい」
隣に座るルミナスが、ぐいっとソウマのほっぺを引っ張る。
「ずびまべん……」
情けない声を漏らしながら、ソウマは引っ張られた頬を必死にさすった。
「はぁ……」ルミナスがため息をつき
リアナは困ったように笑い、俺は額を押さえて小さく息をついた。
(こいつ、どこでも調子だけは崩さねぇな……)
――だが、空気を変えたのはダグラスの一言だった。
「先ほども言ったが先日、もう一人の勇者がここへ来ている」
その場に一瞬、緊張が走った。
ルミナスが目を細め、ソウマが「……銀髪野郎か!」と声を上げる。
「そうだ。ユウマと名乗っていたな」
ダグラスは腕を組み、重々しく頷いた。
「彼もまた神の神託を受けた勇者として、すでに黒龍の調査に向かっている」
「討伐じゃないのか?」俺が問い返す。
「そうだ。討伐の前に、まずは存在の確認だ。黒龍の痕跡は西の山岳地帯にあるが……調査ですら帰ってくる冒険者は少ないからな。まだ目撃情報は断片的にすぎん」
「へへっ、ならユウマより俺の方が先に黒龍に辿り着いて、ドカンと一発で仕留めてやる!」
ソウマが拳を振り上げる。
「ソウマ様……!」リアナが慌てて制止する。
「今は調査の話を聞いてるんですよ!?」
「だってよ〜黒龍だぞ? 勇者ならやるしかねぇだろ!」
「……少なくとも話を最後まで聞いてからにしなさい」
ルミナスはため息交じりにソウマの額を小突いた。
⸻
ダグラスは俺たちをじっと見回し、低い声を響かせた。
「黒龍の存在は、まだ確証がない。だが、周辺の冒険者や村人たちが次々と被害を訴えているのは事実だ。――そこでだ。お前たちにも調査を任せたい」
「調査か……」俺は小さく呟いた。
(黒龍が本当に“ただの龍”じゃない可能性を見てるからだな)
ルミナスが静かに口を開く。
「黒龍が現れたという詳しい場所。地形や噂の詳細、分かる限りの情報をいただける?」
「ふむ。後で資料をまとめて渡す。それと……」
ダグラスは俺をじっと見据えた。
「お前妙に落ち着いているな。お前も勇者パーティか?」
「まぁ……そんなところだ」
肩をすくめて答える。
「ふっ、頼りにさせてもらおう」
⸻
部屋を出る直前、ソウマがまた大声を張った。
「よーし! ユウマより先に黒龍を見つけて俺が倒す! これであいつより俺の方が上だってこと証明されるな!」
「……証明以前に、まず転ばない練習をしなさい」
ルミナスの冷たい突っ込みに、リアナの笑い声が重なった。
俺は窓から外を見ながら思う。
(ユウマも動いている。黒龍の影の先に、きっと“魔の世界”の気配があるはずだ)
物語は、確実に次の段階へ進もうとしていた。




