第10話 蠢(うごめ)く視線
剣戟の熱気が残る広場に、まだざわめきが漂っていた。
市民は口々に「すげぇ戦いだったな!」「ほんとに勇者様かもな!」と囁き、
勇者候補たちは「なぜあいつなんだ……」と悔しそうに唇を噛んでいた。
そんな中、ゼインは背を向ける前にただ一言を残す。
「……数日後、大神殿に来い」
その低い声は広場全体を震わせ、静寂を生んだ。
次の瞬間、騎士団長は人混みに紛れ、姿を消した。
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「……っ! お、俺、今の……認められたってことだよな!?」
ソウマが肩で息をしながら、笑顔を弾けさせる。
「“大神殿に来い”……! きっとそうですよ!」
リアナも両手を胸に当て、瞳を輝かせた。
ルミナスは冷ややかにため息をつく。
「勘違いしないことね。まだ候補として呼ばれただけよ」
「でも十分だろ! だって俺は勇者だ!」
ソウマは胸を張り、豪快に笑った。
「ソウマ様、胸張るのはいいけど……汗だくのままですと、ちょっと格好がつきませんよ?」
リアナがハンカチを差し出すと、ソウマは「お、おう……」と受け取り、顔を真っ赤にして拭った。
俺はその光景を見ながら、胸の奥に残った違和感を振り払えずにいた。
(……あの光。剣だけじゃない。世界そのものが軋んだような感覚……)
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夕暮れに染まる王都の大通りは、橙の光に包まれていた。
鐘楼が時を告げ、仕事を終えた人々が次々と家路を急ぐ。
街角では灯火がともり始め、屋台の明かりに照らされた料理から湯気が立ち上る。
旅芸人が笛を奏で、子どもたちが追いかけっこをして笑い声を響かせていた。
「うわーっ、こっちの串焼きもいい匂いするぞ!」
ソウマが人混みに突っ込んでいく。
「ちょっと、はぐれないでよ!」
ルミナスが慌てて後を追い、リアナは「わぁ、本当に美味しそう……!」と目を輝かせた。
「……財布が軽くなる音がするんだが」
俺の小さな嘆きは、誰にも届かない。
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夜、宿に戻り、食堂で夕食を囲む。
肉とパン、煮込みスープにワイン。
粗野だが温かい料理に、自然と会話が弾んだ。
「やっぱ王都の飯は格別だな!」
「もう少し落ち着いて食べられないのかしら」
「ふふっ……でも、こうしてみんなで食べると楽しいですね!」
「そ、そうだろ! 俺は勇者だからな! みんなで食べる飯も特別にうまく感じるんだ!」
「勇者関係あるのかしら……」
「ソウマ様らしいです……!」
笑い声が絶えない食卓。
俺は湯気の立つスープを口にしながら、彼らを見ていた。
自称勇者と、その仲間たち。
――そして、そこに混ざる俺。
彼らと笑い合いながら、俺は心のどこかで距離を測っていた。
俺は人間として座っている。けれど、この体の奥底に広がるのは“世界”の意識だ。
もしその正体を知られたら……彼らは隣に座り続けてくれるのか?
(……考えても仕方ないな)
それでも、今はただ、このひとときを大切にしていたかった。
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食後、俺はひとり、夜の街へ出た。
「ちょっと散歩してくる」
王都の夜は昼以上にざわめきに満ち、だが路地裏には冷たい気配が潜んでいた。
……そして、そこにいた。
あのフードを深く被った影。
「……お前は」
思わず声が漏れる。
影は答えない。ただ静かにこちらを見据える。
その瞳は夜の中で淡く光り、まるで俺の奥底までをも覗き込むようだった。
「勇者の光……やはり現れたか」
低い囁き。
「待て……!」
俺が一歩踏み込んだ瞬間、風が吹き抜け――影は霧のように消えた。
残されたのは、胸を締めつけるざわめきだけ。
(……あいつは何者だ。なぜ、ソウマの光を知っていた?)
王都の夜は賑わいを続ける。
だが、その闇の底では――確かに何かが蠢いていた。
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