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第3話

「じゃあちょっと行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ!」


 家を出ていくお師匠様を私は大きく腕を振って見送る。側から見たら長時間留守にするお師匠様をお見送りする私というふうに見えるんだろうけれど、お師匠様はただ家の裏にある畑に行くだけでその手には籠を持っていた。


 畑にはお師匠様によって丹生込められた野菜やハーブが育てられていて、それを朝取りしに行く彼の背中を見送る。帰ってきた彼のために飲み物を用意しようとした時ドアが勢いよく開いた。びっくりして振り返るとそこには一人の女性が立っていた。


「おはよーアイリス」

「ダーナ様!」


 腰まである艶やかな黒髪と魅了されそうな美しい紫の瞳の女性は、黒のとんがり帽子を脱いで赤い口紅が弧を描く。


 彼女は魔女のダーナ様。お師匠様と同じぐらい長生きの彼女は時折こうやって私たちの家に遊びに来てくれるのだ。椅子に座ったダーナ様の前に沸かしたお湯で淹れたお茶を出すと彼女はお茶の匂いを嗅ぐ。


「ありがとう。良い匂いね」

「お師匠様のハーブで淹れたんです」

「ああ。本当あの人は好きよね、こういうの」


 彼女はふうとお茶に息を吹きかけてカップを口に運ぶ。私が想像できないほどの長い時を過ごしてきた彼女はお師匠様の良き友人だ。


 だけれど彼女と彼の関係はそれだけではなかった。私がもっと幼かった頃、仲の良い二人が羨ましくてさりげなく「二人は仲が良いですね」と聞くとダーナ様に「昔付き合っていたからね」とさらりと言われたことがある。


 付き合っていたのはもう何百年も昔のことらしい。強い魔法使いと結婚したかったダーナ様は当時から有名だったお師匠様に目をつけて告白をしてお師匠様はそれをうけいれお付き合いが始まったらしい。


 けれどダーナ様の好きなタイプは自分を引っ張ってくれる男気のある男性らしい。それに対してお師匠様は優しくてなんでも許してくれるタイプで、ダーナ様はそれが物足りなくてたった一日で二人は別れてしまったのだとか。


 普通なら笑い話になるんだろうけれど、その時にはお師匠様に淡い恋心を抱いていた私は二人が付き合っていたという事実がショックすぎて何日も寝込んでしまったことがあったのだ。


 私の恋心を見抜ぬきお見舞いに来てくれたダーナ様に「オーガスのことはもう何とも思っていないから応援してるわ」と言われて、それからは頼りになる相談相手という関係に落ち着いた。


「それで。あれからどうなのよ、あんた達」

「それが……全く進展してません……」

「だと思ったわ。あいつ人の気持ちに疎いもの」


 がくりと項垂れて落ち込む私を見てダーナ様は呆れたように笑った。


 そう、お師匠様は本当に相手からの気持ちに疎い。


 優しい端正な顔立ちのお師匠様は客観的に見ても格好良い。年齢は何百歳であるけれど見た目の時間を止めているらしく三十代前半の青年の姿をしているので、近くの村に住む年頃の女性たちがお師匠様に惚れることが多々あった。


 だけれどお師匠様はほんっとうにそういうことに疎い。恐らく彼は本当の恋をしてきたことがないのだろう。愛を知らぬまま何百年と生きるというのはどれだけ孤独なのだろうか。その孤独を埋めれる人が私であればいいと思うのだけれど……。


「私じゃ…………だめなんでしょうか」


 机の下でぎゅっと拳を握りしめる。まだ十数年しか生きていない小娘だけれど、あの人を想う気持ちは誰にも負けないと自負している。でもそれだけであの人の穴を埋めることはできるものなのだろうか。


 長年の不安が込み上げてきて視界が潤み始めていると綺麗な指が伸びてきて勢いよくデコピンされてしまった。


「いった!? え、ダーナ様?」

「ちょっと、私の前で辛気臭そうな顔しないでくれる? お茶が不味くなるわ」

「お師匠様のお茶は不味くなりません!」

「比喩よ比喩。あんたの取り柄は元気だけなんでしょ? そんなんじゃあの男を落とせるわけないでしょうが」


 きっと赤くなっているジンジンとする額を抑えながら目をぱちくりさせている私にダーナ様は頬杖をついて呆れたように笑う。私が同じように笑っても子供ぽいのに彼女だとどうしてこんなにも色っぽいのだろうか。


「私はあんたがあいつを落とすのを応援してんのよ。変なことで悩んでないであんたらしく真っ直ぐ突っ込んでいきなさいな」

「ダーナ様…………はい!」


 ダーナ様が背中を押してくれたおかげで先ほどまでの不安な気持ちは吹き飛び、元気に返事をするとダーナ様は満足そうに笑ってお茶を飲んだ。


 他愛無い話をしていると玄関が開き、籠いっぱいの野菜やハーブを抱えたお師匠様はダーナ様の姿に目を丸くしていた。


「ダーナ? 来ていたのか」

「お邪魔してるわよ。相変わらず偉大な魔法使いと言われる男が農民みたいなことをしてるのね」

「好きなんだよ。そうだ、今日はたくさん野菜が取れたから良かったら君もお昼食べていかないかい」

「いいですね! ぜひそうしてくださいダーナ様!」

「あらそう? それじゃあお言葉に甘えようかしら」

「やった! お師匠様、私もお手伝いします!」

「ありがとう。いい子だねアイリス」


 張り切る私の頭をお師匠様が撫でてくれて嬉しくて顔が緩む。まるで親と子供ね、とダーナ様は前途多難だと呆れたように笑っていた。


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