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第1話

 大きな森の奥深くに人目に付かないように建てられたログハウスがある。


 自然豊かな森は色んな動物たちが暮らしていて夜行性の動物たちが眠りにつき入れ替わるように目を覚ました動物たちの鳴き声を聞きながら起きるのが日課。窓の近くに小さな鳥が数羽止まっていることに気づいて窓を開ける。


「おはよう! 今日も良い天気だね」


 私は鳥たちに朝の挨拶をすると手に持っていたパン屑を窓辺に置くと鳥たちが嬉しそうに跳ねて食事をする。その様子を楽しそうに見ていると後ろでドアが開く音が聞こえて、振り返れば黒髪に金の瞳を持つ柔らかい顔立ちの成人男性が立っていて私の頬は自然と緩む。


「おはようございますお師匠様!」

「おはようアイリス。今日も元気だね」

「はい! 元気だけが取り柄なので!」


 むんっ! と力こぶを作る私にお師匠様は優しく笑うと私の頭を撫でてくれた。当たり前のように撫でられる行為に私は猫のように頭を擦り寄せて、もっと撫でてとおねだりすると頭上から小さく笑う声が聞こえた。


「朝食を作ろうか。何が食べたい?」

「えっと……パンケーキがいいです! 甘いやつ!」

「はは。了解」


 お師匠様は慣れたようにキッチンに立つと指を音楽を奏でるように振った。すると小麦粉や卵が飛んできてボウルの中に入り、泡立て器がひとりでに動き出して熱されたフライパンに種が注がれる。


 静かだった部屋に色んな音が生まれだし、楽しくなって鼻歌を歌いながら洗濯が終わった洗濯物を持って庭に向かった。



 私とお師匠様に血の繋がりはない。


 私が赤子の頃、実の両親と乗っていた馬車が豪雨で崖から滑落した。事故を聞いて現場に現れたのが何百年も生きる偉大な魔法使いと称されるオーガスタス様だった。


 お師匠様が現場に着いた時にはすでに両親は亡くなっていて、母親に守られるように抱かれていた私だけが生きていたらしい。


 泣いている私を抱き上げた時、私に強い守護の魔法がかかっていることにお師匠様は気づいたのだとか。両親はただの人間だったようで、どうやら私は命の危険を感じて自身に魔法をかけたらしい。


 通常は魔法使いは魔法使いからしか産まれない。だけど時折人間から魔法使いが産まれることもあるらしくて、私が魔法使いなのだと気づいたお師匠様は私を引き取って親代わりとして十六年間育ててくれた。


 お師匠様は私を実の娘のように育ててくれて、私も彼を父親のように兄のように慕い、魔法の師匠として尊敬し育った。


 だけれど成長するにつれ、私はいつからか彼に恋慕を抱いていた。最初は何かの気のせいかとも思ったけれど、お師匠様に頭を撫でられた時に胸がときめき、彼が女の人と親しく話しているときに胸が締め付けられ、彼に一人の女として見て欲しいと思うようになってしまった。


 普通なら彼に想いを伝えるべきではないと考えるところだけれど、生まれ持った気質なのか思ったことは伝えないと落ち着かない私はお師匠様に男の人として好きだと告白をした。


 唐突の告白にお師匠様はすごく驚いた顔をしていた。だけれどすぐにいつものように微笑んで「ありがとう」とだけ言うだけでお師匠様は気持ちを受け入れてくれなかった。


 だがそれで諦める私ではなかった。私の長所は性格が真っ直ぐということと、諦めがものすごく悪いところだ。


「はい。できたよ」

「ありがとうございます。わっ! 美味しそう!」


 洗濯物を干し終えて椅子に座って物思いに耽っていると、目の前に出来立てのパンケーキが置かれて私は歓喜の声を上げる。


 空腹を誘う良い匂いのするパンケーキには私の要望通り生クリームと甘いジャムの3段重ね。向かいに座ったお師匠様のは野菜と薄切りの肉が乗った甘さ控えのパンケーキ。私たちは「いただきます」と口にしてそれぞれパンケーキを口に運ぶ。


「んー! すごく美味しいですお師匠様!」

「はは。それは良かったけれどゆっくり食べなさい。口にクリームが付いてしまっているよ」


 お師匠様はおかしそうに笑って手を私のほうへと伸ばす。綺麗な指が私の口の横に付いたクリームを拭ってくれたことに気づいて子供っぽくて顔が熱くなる。恥ずかしいけれど、それと同時にどうしても彼に伝えたい気持ちが溢れてくる。


「……お師匠様」

「ん?」

「――好きです」


 私の告白にお師匠様の目が驚きで丸くなる。本当に諦めの悪い私は、初めて告白をした日から毎日のようにお師匠様に告白をするようになった。


 毎日告白されていたらお師匠様が絆されてくれないかなぁなんて浅はかな考えもあるけれど、彼への溢れんばかりの愛を自分の小さな胸の内に抑えることができなかった。


 彼も彼で私の気持ちを受け入れるつもりはないみたいで、告白してもお師匠様は私の気持ちを受け入れることはなかった。それは今日も同じで。


「ありがとう、嬉しいよ」


 にこりと微笑んで告白を流された。お師匠様も私がこれで諦めないことを知っているからこそ振り続けているのだろう。今日も告白できたことに満足した私はまたパンケーキを口に運ぶ。


「今日はどう過ごしますか?」

「近くの村に赴いて住人の健康観察をしに行くつもりだよ。助手をお願いできるかな」

「勿論です!」


 私が元気に返事をするとお師匠様は微笑する。談笑していると窓の外でパン屑を食べ終えた鳥たちが元気鳴いて飛び立った。今日も良い一日が始まりそうだとパンケーキを頬張りながらそう思ったのだった。


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