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服部天神の朋友

 僕は呆然とした。

風雨を乗り越えて、高校の最寄り駅にたどり着いた僕に、いつもは駅前であいさつ運動をしている先生たちはこう言った。

「今日は台風で警報出てるだろ。休みだぞ」

 勿論、朝練も無いとのことだ。

 ひどすぎる……。家を出たときは警報出てなかったじゃないか……。1年生で先輩たちより早く行って準備をしなければならないことが災いした。

 やりきれない気持ちを抱えながら、僕は帰途に着く。

 この「服部天神駅」は、行きと逆方向の電車に乗りたかったら、踏切を渡って向こうのホームに行かなければならない。今時、内部移動でホームの行き来ができないという、切ない駅だ。その切なさに追い打ちをかけるように、暴風雨でダイヤが乱れているせいで踏切はなかなか開かない。

 僕は我が身の不運を一層感じつつ、電車7本を見送ってようやく開いた踏切をとぼとぼと渡る。

 改札を抜けると、混雑したホームで人をかき分けるのがおっくうになり、一番手前で柵に寄りかかって電車を待つ。斜め前にはホームのど真ん中で、下から屋根まで続く柱。――と見せかけた本物の樹。実はこの駅は「服部天神駅」という名前の通り、昔は近くの神社の境内の一部だったらしい。その名残で、御神木だったのか、一本の樹がホームと屋根を貫いて立っている。屋根との境目あたりには神棚までしつらえてある御神木っぷりだ。

 こういうのって珍しいよなーと眺めていると、ふと気づく。忙しなくホームの奥に向けて歩きながらも、その樹に手を伸ばして触れていく人がいる。

 中には、両手を樹に添えて額を当て、願掛けをしていると思しき人までいる。

 僕は、この樹がなんだかありがたいもののように思えてきて、電車に乗るとき、すれ違いざまにさりげなく樹の幹をなでてみた。

 すると、帰り道で可愛い女の子に出会ってちょっとお近づきになったり……はしなかった。でも、なんだか、何かに出会ったようなほっこりした気分になった。


 次の日、台風は行ってしまったけど、朝に服部天神駅で向かいのホームを見ると、やっぱりそっとなでている人がいた。

 帰りに、ホームに鎮座している樹を眺めてみる。一緒に帰っている部活友達に気づかれないように、こっそり幹をなでながら願を掛けてみる。

「明日の中間テストがうまくいきますように」

 すると、次の日の中間テストで問題がすらすら解けたり……は、しなかった。世の中そんなに甘くない。でも、昨夜は願掛けしたせいか、勉強に飽きてゲームを始めるまでいつもより長くもった気がする。勿論、気のせいかもしれないが。


 それから、なんとなくその樹を眺めるのが日課になって、願掛けしたりしなかったり、叶ったようなそうでもないようなことがあったり、何気ない日々が過ぎていく。


 無事、高三に進級できた春のある日、朝にいつもどおり向かいのホームを見ると、やっぱりその樹はなでられたり願掛けされたりしていた。願掛けしているのは、いつかの台風の日に見た女の人だ。あの人はまだ、続けているのか……と僕は足を止めて眺める。すると、幹に額を当てる彼女の頭を綿毛のような光の玉がふわりとなでるように飛んだ。僕は驚いて瞠目したが、瞬きをしたときにはもう消えていた。

 今のはなんだったんだろう。見間違いなのか、本当にあったのかわからない。白昼夢を見たような気分のまま、後ろ髪を引かれつつ学校へ向けてその場を後にした。

 帰りに、電車が来るまで、ホームにそびえ立つ樹をいつもより念入りに眺めたり、樹をなでたりしてみたが、やっぱり樹は普通の樹で何も光ったりしなかった。


 それから一年くらいして、まだ少し肌寒いながらも日差しが暖かい春の日、僕は卒業した。卒業式の後、友人たちと打ち上げに梅田の街へくり出すことになって、僕達はにぎやかに改札を抜ける。ホームの奥へと進みながら、僕はみんなに気づかれないように一人、その樹の前で足を止める。みんなはカラオケの選曲の話で盛り上がりながら進んでいく。樹の向こう側で遠ざかっていくみんなの死角で、樹の幹にそっと両手を添えて額を当てて目を閉じる。

「ありがとうございました」

 心の中でそう呟くと、耳元をふわりと風がなで、うっすらと柔らかい光を感じた。

 目を開けると、やっぱりそこには一本の樹が佇んでいるだけで、葉擦れの音が優しく響いていた。


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