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黄色いグリモワール

「エルヴァンから、だいたい話は聞いたかい?」


 ノアリスさんが、まるで空気から抜け出すようにひょっこり現れてそう言った。気配がまるでないのには慣れてきたが。


「コージ君が魔法剣士になった祝いを用意しとったんや。たくさんあるさかい、遠慮せんと受け取りぃ」


 そう言ってノアリスさんが手を差し出すと、そこにあったのは、模様が浮かぶ野球ボールほどの大きさのマナ輝石。淡く脈打つような光を放ち、まるで生きているかのように輝いていた。


「これはな、"縮界しゅくかい魔魂石まこんせき"ゆうてな。エルヴァンがつけとる腕輪と同じような機能があるんや。


 けどな、こっちは魂に直に装備できる優れモンやさかい、落とす心配も盗られる心配もあらへん。安心して使えるで。しかもやな、これは失われた古代技術で作られたアーティファクトっちゅう、貴重な代物なんや。雑に扱うたらアカンで? しっかり大事にしてな」


「ありがとうございます」


 俺が頭を下げながら魔魂石を受け取ると、隣のエルヴァンが言った。


「そのまま、魔魂石を持って『スピリトゥス・ウニオ!』って唱えてみてくれ」


 言われたとおりに声に出す。


「スピリトゥス・ウニオ!」


 すると魔魂石が淡く光を放ち始め――次の瞬間、ふっと消えた。


「……成功したみたいだね」


 エルヴァンが微笑む。


「今の呪文は、魔魂石を君の魂と融合させるためのものなんだ。もう落とす心配も、盗まれる心配もない。そこに大切なものを保管しておくといい」


 彼は続けた。


「ちなみに、次元折畳器ディメンション・フォルダーってのは、使用者のマナの回路と直結してる。だから、頭の中で思い浮かべるだけで、出し入れができるよ。」


「ほな、次はこれを試してみよか。これは"グリモワール"っちゅう魔導書や。火ぃつけたり風ぉ起こしたり、そないな簡単な魔法には必要あらへんけどな──強力な魔法となると話は別や。術式が複雑で、詠唱も長うて、発動までに時間がかかってしもうんや。


 けど、このグリモワールがあれば、その面倒な手順をすっ飛ばせる。一言唱えるだけで、魔法が即座に発動できるんや。長ったらしい詠唱もいらん。まさに魔術師の右腕やな。


 見た目はただの魔導書に見えるかもしれんが……これは特別製や。魔導生物の皮で作られとってな、まるで人工的に造られた精霊みたいなもんや。物としての"道具"というより、生き物に近い感覚で扱うとええ。扱い方ひとつで、機嫌を損ねることもあるさかい、丁寧にな」


「それも、魔魂石と同じように、手に持って"スピリトゥス・ウニオ!"って唱えてみてくれ」


 俺は眼の前にある黄色いグリモワールを手に取り、またエルヴァンに言われたとおりに声に出した。


「スピリトゥス・ウニオ!」


 すると、次の瞬間――本のページが、自分の意志を持ったかのようにものすごい勢いでめくれ始めた。パラパラという音が空気を裂き、魔導書全体が淡い光に包まれていく。


 そして、光がひときわ強くなったと思った瞬間、本はふっと跡形もなく消えた。


「グリモワールもな、魔魂石と同じで使うもんのマナ回路に直結しとるんや。せやから、頭で思い浮かべるだけで、いつでも好きなときに呼び出せるっちゅうわけや」


 それを聞いた俺は、さっそくグリモワールを呼び出してみることにした。頭の中でイメージすると――本当に、ぽんっと目の前に現れた。しかも、宙にふわりと浮かんでいる。


 ……すごい。まるで本物の魔法使いみたいだ。――いや、俺はもう"魔法使い"でもあるんだったな。


「それでだな、コージ、新たに魔法を習得する方法についてだが、修練や研究によって身につけることも可能だ。しかし、一般的にはそのグリモワールに、魔法の術式が書かれた魔導書を読み込ませることで使用できるようになる。


 ただし、霊脈や星脈などの資質によって、読み込める魔導書は決まっているがね。だが、コージの場合は、大抵の魔導書を読み込めるだろうね」


エルヴァンは続けた。


「魔法には大きく分けて、シングルキャスト、ダブルキャスト、トリプルキャストの三段階の強さがある。それぞれ、初級・中級・上級に相当し、その段階に応じた魔導書が用意されているんだ。


 ただし、ダブルキャストはレベル100以上、トリプルキャストに至ってはレベル400以上でなければ使用できない。つまり、それ相応の力と経験が求められるというわけなんだ」


 中級魔法を使うにはレベル100か……。俺の現在のレベルは、たったの7。まだまだ、遠い道のりってわけだな。


「とりあえず、おまえさんのグリモワールに、このシングルキャストの魔導書を読み込ませてみるか。

これは"フレアショット"っちゅうてな、炎系の初級魔法や。まあ見た目は紙切れ一枚にすぎんけどな。

シングルキャストの魔導書ってのは、どれもそんなもんや」


 初級魔法の魔導書──その実体は、"魔導書"というにはいささか大げさな代物だった。一枚の用紙に魔法陣のような図が描かれているだけ。


 ……こんな紙切れで、本当に魔法が使えるようになるのか? と、思わずそんな疑問を口にだしそうになった。


「なるで。ええから、そこにグリモワールを置いてみ」


 ノアリスさんの言葉にうなずき、俺はそっとテーブルの上にグリモワールを置いた。彼女が魔導書をグリモワールの上にそっと重ねると、その瞬間、ぱっと眩い閃光が走り――すぐに消えた。魔導書は、跡形もなく消えていた。


「――これで、終いや。」


 どうやら、読み込みは無事に終わったらしい。魔導書が消えたということは――成功した、ということなのだろう。だがそのとき、ふと一つの疑問が脳裏をよぎった。


「あの……その、魔法って……どうやって使えばいいんですかね?」


 ドラゴンとの戦いで、俺のマナ回路はどうやら覚醒したみたいだが、けれど、あのときは必死で――気づいたらちょこっと魔法が出ていたようなもので、肝心の使い方なんてまるで覚えていない。


「コージ君。おまえさんにとって、"魔法"っちゅうのは一体なんやと思う?」


「魔法……ですか。炎を出したり、物を宙に浮かせたり――そんな力、でしょうか?」


「ふむ、なるほど。それも確かに魔法の一端や。けどな、魔法の本質は、もっと奥深いところにあるんや。


 魔法とはな。おまえさんの内にある"意志"と、この世界に満ちる見えざる"力"――それらを結びつけて、現実そのものを編み変える技術のことなんやで」


「現実を編み変える?」


「そうや。この世界の現実は、絶対的なものやない。そこに生きる者の"認識"や"観測"によって、形を変える"可塑性"を持っとる。たとえば、そのグリモワール。見た目は堅牢やけど、実際には"粘土"のようにわずかに柔らかく、フニャフニャしとる。ウチらがじっと見つめたり、強く念じたりすると、その影響でほんの少しだけ形が変わるんよ。微細すぎて、普通は気づかへんけどな。


 けど、マナの回路を使えば、その"認識力"や"観測力"を異常なまでに高めることができる。これを"量魔力学"ちゅうて、観測によって世界の理に干渉できるという理論なんや。ちょっと小難しいかもしれんけど、理解せんでもええ。ただ、世界は思ってるよりもずっと柔軟で、ウチらの意識次第で変わる可能性があるってことを覚えといてな」


 ノアリスさんは深く息を吸い込み、再び口を開いた。


「ほんでな、魔法っちゅうのは、まさにこの"意識"と"世界"をつなぐ技なんや。まず術者は、自分の心の奥底――魂の深みにアクセスして、そこに眠る純粋な霊的エネルギーである"マナ"を目覚めさせ、練り上げる。これは瞑想や呼吸法、あるいは強烈な感情を通じて行われるんや。


 次に、その力と並行して、何を起こしたいか――つまり現象の"イメージ"を、できる限り鮮明に、詳細に、頭の中に描き出す。"炎を出す"では不十分や。"どんな温度"で、"どんな形"で、"どこに出す"か、それを正確に思い描くんや。このイメージが、魔法の"設計図"になる。


 そんで次は、その設計図をマナとしっかり重ね合わせる段階や。『こうなるはずや』『必ずこうなる』と強く信じ、全神経を集中することで、マナに明確な方向性が与えられ、ただの想像やのうて、"現実を動かす力"に昇華される。


 最後に、形と向きを持ったそのマナを、術者の内側から外の世界へと投射するんや。そのエネルギーは空気や物質、あるいは他人の心にまで浸透し、"理"に干渉し始める。


 そして、術者のイメージが鋳型のようになって、世界の可能性の"揺らぎ"を固定化し、その通りの現象を現実として"確定"させるんや。


 つまりな、強靭な認識と魂の力がひとつになったとき、ウチらはこの世界の"当たり前"すら書き換えることができる――それが、魔法というもんなんやで」


「コージ、またちょっと小難しい話になったけど、グリモワールが補助してくれるから、実際はそんなに難しくないから安心してくれ」


 エルヴァンが微笑を浮かべながらそう言った。


 なるほど、魔法とは、マナを練り上げ、実現したい現象の鮮明なイメージ、"設計図"を練り上げたマナに込めて描く技術ということらしい。


 これにより意識と世界が結びつき、イメージが現実の現象として形作られるようだ。しかし、グリモワールが補助してくれるそうだが、俺にもできるだろうか……。


 俺は自分の指先を見て、ノアリスさんの言葉を思い出しながら、頭の中で炎のイメージを描いてみた。燃え盛る焚き火の赤、熱、揺らめき――それらを意識の中で練り上げ、それらが指先に流れていくよう念じてみたら――指先に赤い光が灯った。


「おおっ!? 出た! すげぇ、本当に……」


 だが、その炎は一瞬で勢いを増し、俺の想像よりもはるかに大きく膨れ上がってしまった。


「うわ、ちょ、ちょっと待て! デカすぎるって!!」


 炎は指先から腕まで伸び、今にも天井を焦がしそうな勢いだ。慌てて手を振るが、魔法は止まらない。


「ノ、ノアリスさーん!? 消し方教えてええぇぇ!!」


 ノアリスさんは肩をすくめ、のんびりとこちらを見ていた。


「ほら見ぃ、できたやろ? ……消すのは、落ち着いてイメージを引っ込めるだけやで?」


「ノ、ノアリスさーん!? 消し方教えてってばああぁ!!」


 炎は噴き上がり、天井に届かんばかりに燃え盛っている。周囲の空気は熱を帯び、部屋の温度が一気に上がった。


「わ、わあっ、なんか天井焦げてる! マジでヤバいってこれぇ!!」


 俺は必死に手を振り回すが、炎はまったく弱まる気配がない。それどころか俺の動きに合わせて、まるで調子に乗ったかのように火柱が揺れた。


 そのときだった。


「まったく……落ち着きなはれって言うたやろ」


 とノアリスさんはゆっくり話しかけながら、指をひとつ鳴らした。すると――俺の手元から勢いよく燃えていた炎が、嘘のようにスッと消えた。部屋の熱も一瞬で引き、まるで何もなかったかのような静けさが戻った。


「はあ……助かったぁ……」


 俺はその場にへたり込み、肩で息をしながらノアリスさんを見上げた。


「な、なんで……ノアリスさんはそんな簡単に……?」


 ノアリスさんはくすっと笑い、楽しげに言葉を続けた。


「そらあんた、まだ"消す"イメージをちゃんと描けとらんかったんや。魔法っちゅうのは、"出す"より"終わらせる"方が繊細なんよ。焦ってたら、そら暴走もするわな」


「……先に言ってくださいよ、そういうこと……」


「言うたで? 『落ち着いて』って」


「いやそれだけじゃわかりませんてぇ……!」


 ノアリスさんは肩をすくめながら笑うと、ひとことこうつぶやいた。


「ほな次は、水の魔法、いってみよか?」


「ちょ、待って! 心の準備! 心の――!」


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