勇者と魔王
勇者って、魔法剣士の上位職だよな? もしかして、その人も俺と同じような境遇なのか?
俺のような存在は珍しいらしいし、何か関係があるのかもしれない。
「その勇者ってどんな人なんですかね?」
「勇者になったばかりやから、まだ詳しい情報は出回ってないな。若いってことくらいしかわからんけど、そのうちわかるやろ。ほな、これからのことを話そか。コージ君、おまえさんは元の世界に戻りたいんやったな?」
「はい……、帰りたいです――」
そう言って短く息を呑むと、俺は唇をきゅっと結んだ。
「召喚魔法っちゅうのはな、世界の"理"に干渉する力を持っとって、この世界に本来おらん存在を、無理やり呼び出す――言うたら"禁忌"に近いもんや。せやから、この手の魔法はな、めちゃくちゃ秘匿性が高いんよ。ウチかて、よう分からんくらいや。
……けどな、魔族の魔法を専門に研究してる機関があるんよ。詳しいことは、そこに行って聞いてみてほしいんや」
「研究機関……ですか、それはどこにあるんですか?」
「ここや」
そう言ってノアリスさんは、先ほど広げた地図の中央――ちょうどそのど真ん中を、すっと指さした。
「ここはな、"神聖ミトラス皇国"っちゅうて、大陸のど真ん中にある国や。中立国ではあるけど、政治や商業の中心でもあるんよ。――紹介状を書いておくさかい、それ持って、そこへ行って聞いてきぃな。
ただし、召喚魔法っちゅうもんはな、軍事利用にも直結する"戦略級魔法"として、がっつり機密指定されとる。そう簡単には教えてくれんやろ。
……せやけどな、それでも行って、自分の目で確かめてきぃ。おまえさんの、腕の見せどころやで」
できるのか、俺に……? 機密指定なんて厄介すぎる。これは、簡単にはいかなさそうだ……。
「せや、ちょっと席外すさかい、大陸のこと、コージ君に説明しといたってくれへんか?」
そう言い残して、ノアリスさんはひらりと身を翻し、隣の部屋へと消えていった。
「そういえば、この世界のこと、まだちゃんと説明していなかったね。ちょうど大陸地図もあるし、今のうちにしっかり話しておこうか。このラーレス修道院は、フワの大森林の中にあるわけだが――この地図で言うと、南西の海沿いに広がってる森林地帯が、それなんだ。
この小さな赤い点、見えるかい? これが"隠れ里"だ。地図だとちょっとした印にしか見えないけど、実際には結構な規模の集落なんだよ」
「……隠れ里って、この広大な森の中じゃ、米粒どころか"毛根"ほどの大きさしかないのかよ!」
「召喚先がフワの大森林の中だったとはいえ、隠れ里に現れたのは運が良かったね。もし場所が少しでもズレていたら……今ここにはいなかったかもしれないよ」
……たしかに。しかし、幸運どころじゃないな、ほとんど奇跡に近い。
「フワの大森林は、形式上は森の北西に位置する大国・セレガリア王国の領土とされている。とはいえ、強大な魔物の影響で実効支配は不可能に近く、あくまで名目だけのものだ。この森には誰も近づかないからね、そのおかげで、人類の足跡が届かぬ秘境が、今も数多くこの地に息づいているよ」
「あの、エルフって……人類なんですか?」
思わず口にしてしまった……。自分の質問が失礼だったかもしれないと少し不安になったが、エルヴァンは穏やかに頷いて答えてくれた。
「ああ、コージの世界では、人類はひとつの種族だけだったね。でもこの世界では、"人類"と呼ばれる種族は大きく分けて4つあるんだ。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、そして"獣人"と呼ばれる混血種。数ではヒューマンが一番多いけど、他の種族もみんな"人類"に含まれているよ」
「4種族もいるんですね。そういえば、俺のいた世界にも、昔"ネアンデルタール人"っていう人類の一種がいたらしいんですけど……今はもう絶滅してるみたいです」
「ネアンデルタール人? どうして絶滅してしまったんだい? ひょっとして魔法が関係してるとか?」
「さすがに魔法は使えなかったと思いますよ、何万年も前の話なので、詳しいことはわかってないんですが……。絶滅した理由は、たしか気候変動とか、他の人類との競争に負けたとか、そんな理由だったと思います。」
「競争に敗れた、か――。こちらの世界でも、人類と熾烈な争いを続けている種族がいるよ」
「……魔族、ですか?」
「ああ。魔族だ。」
エルヴァンは地図に視線を落とし、一呼吸おいてから静かに口を開いた。
「この大陸には、"四天魔君"と呼ばれる4人の魔王がいてね。彼らはそれぞれ、大陸の4つの方角に陣取っているんだ。
……地図を見てごらん。大陸の四隅に、山脈に囲まれた場所があるだろ? そこが、それぞれ魔王国なんだ」
地図に描かれた大陸は、完全な正方形ではないものの、それに近い輪郭をしている。たしかに、大陸の北東・南東・南西・北西──四隅すべてに、山脈に囲まれた地域が存在していた。ただし北東だけは例外で、そこは大陸と陸続きではなく、海に囲まれた島のような地形になっていた。
「伝承によれば、かつて魔王国は、神聖ミトラス皇国が築かれる以前、大陸の中央でその威を振るっていたという。だが、魔王は人類との戦争に敗れ、その配下である"大魔公"たちは、各地の四隅へと追いやられた。
しかし、彼らはそれぞれの地で力を蓄え、やがて自ら魔王として君臨するようになった――というわけさ」
その話を聞き終えたとき、俺の胸の奥には、得体の知れないざわめきが広がっていた。大陸の四隅に散った四体の大魔公。そして、それぞれが新たな魔王となって今なお君臨しているという。なぜか俺の心は妙にざらついた。
どこかで聞いたことがある気がする──そんな奇妙な既視感が、えもいわれぬ気配が背後をかすめた。
「さて、魔王国のことはひとまず置いておこう。コージが目指すのは神聖ミトラス皇国だが、その途中、最初に訪れるのはセレガリア王国の第二の都市、"ガテンゼルブ"になるだろう。
しかし、そこへ向かうには、この深い森を越えなければならない。我々はこの里を離れることができないため、誰かに同行してもらう必要がある。幸い、この里には行商人が出入りしている。彼女に頼んでみるとしよう。」
「ありがとうございます。やはり、神聖ミトラス皇国までは――かなり遠いのでしょうか? 到着まで、どれくらいかかるんですか?」
「うん、決して近いとは言えないからね。順調にいっても、二月は見ておいた方がいいかな」
「に、2ヶ月も……!?」
2ヶ月ともなれば、旅費はもちろん、道中の食費や宿代だって馬鹿にならない。……どうすればいいんだ?
「あの……その……やっぱり、お金って……必要ですよね……?」
俺がモジモジと視線を泳がせながら尋ねると、エルヴァンはふっと笑みを浮かべて答えた。
「もちろん必要さ。だが――ここはフワの大森林。心配はいらないよ」
え? どういう意味だ……?
「隠れ里とはいえ、生活していくには何かと物入りでね。だから行商人に頼んで、定期的に外の世界から色々と仕入れてもらっているんだ。そのときの支払いに使っているのが――これさ」
そう言って、エルヴァンは縮界の腕輪に手をかざし、そこから一本のボーンドラゴンの角を取り出した。
なるほど……そういうことか。たしか、ドラゴンの素材は貴重だって言ってたな。
「この森に棲む魔物は恐ろしく強いけど、そのぶん、価値のある素材が手に入る。旅費くらいならすぐに稼げるよ。行商人が次に来るのは――何ヶ月か先になる。それまでの間、鍛錬も兼ねて魔物退治をしておけばいいさ。私も手伝うから、心配しなくていいよ」
何ヶ月か先……か。いや、むしろちょうどいい。――今の俺は、弱すぎる。あのドラゴンとの戦いで、それを痛感した。魔物を倒せば鍛錬になるし、素材を売れば旅費も稼げる。一石二鳥じゃないか。
目の前に道が拓けたからか、それともわずかに希望が見えてきたからか――心の奥から、ふつふつとやる気が湧いてくるのを感じた。




