表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

転移魔法

「結界のことはノアリス様にお任せして――我々は先に戻ろう。ダンジョン遠征の帰りだ、コージも疲れているだろう」


 そう言い残すと、エルヴァンは踵を返し、来た道を静かに引き返し始めた。


「俺にも……何か手伝えること、ありますか?」


 世話になっている身だからだろうか。気づけば、その言葉は自然と口をついて出ていた。


「そうだな……ノアリス様は、明日にでもカロンのアジトへ乗り込むおつもりだ。アンデッドの数も相当だろう。コージがいてくれれば、心強いかもね」


「俺も、行きます!」


 思わず声に力がこもる。


――こうして俺たちは一度家へ戻り、翌朝、カロンの根城へと向かうことになった。



 翌朝。


 目を覚ますと、テーブルの椅子に腰掛けているノアリスさんの姿があった。寝ぼけ眼のまま挨拶をすると、彼女はちらりとこちらを見て、


「コージくんも来るんやってな。ええやん、ちょうどええ鍛錬になるで」


 軽く笑い、それから肩をすくめる。


「まあ、ウチとエルヴァンで大方片付ける予定やけどな。あんまり出番はないかもしれへんけど」


「もう作戦は決まってるんですか?」


 そう尋ねると、


「作戦ぅ? そんなもん――いらんやろ」


 ノアリスさんは口元を歪め、不敵に笑った。


「ウチらが一方的に蹂躙するだけや」


 ……やっぱり、結界を破られたこと、相当怒ってるな。


 俺は用意されていた朝食をかき込むように済ませ、外へ出た。玄関の扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、あの奇妙な乗り物――絨毯と丸太で組まれた、"空飛ぶ筏"だった。


 すでに組み上がっており、エルヴァンが最終確認をしている。


「ノアリスさん、作戦はないって言ってましたけど……本当に大丈夫なんですか?」


 気になっていたことを、そのままぶつける。


「まあね」


 エルヴァンは苦笑気味に肩をすくめた。


「奴はダンジョンに籠もっている。行ってみないと分からない部分も多い。時間があれば下見もできたんだろうけど……ノアリス様が"すぐにでも"とおっしゃっているからね」


「それで大丈夫なんですか?」


「私とノアリス様なら、そこまでの脅威ではないと思う」


 淡々とした口調で言い切る。


「ただ……ダンジョン内の罠は少し厄介かな。それに――カロンは転移魔法を使う。これまで何度も、あと一歩のところで逃げられている」


「転移魔法……じゃあ今回も――」


「いや、今回は違う」


 エルヴァンの視線が、わずかに鋭くなる。


「過去の経験から、すでにノアリス様は対策を編み出していてね。転移魔法そのものを封じる、特殊な結界術さ」


 なるほど、転移魔法を封じる結界か。相手がダンジョン内に籠もっているのなら──袋のネズミ、というわけだ。


「ところで、転移魔法って、どれくらいの距離を移動できるんですか?」


「そうだね……個人の力量にもよるが、せいぜいあそこに見える畑くらいかな」


 エルヴァンはそう言って、300メートルほど先にある小さな畑を指さした。


 思っていたより、ずっと短い。逃走に使われていると聞いていたから、もっと長距離を一瞬で移動できるのかと思っていたが──どうやらそうでもないらしい。


 ……いや、待てよ。

連続で使えば、結果的に長距離移動になるんじゃないか?


「転移魔法って、マナはかなり消費するんですか?」


「確かに消費は大きい。だが問題はそこじゃない」


 エルヴァンは静かに首を振る。


「どんな魔術師でも、原則として一日に一度しか使えない。それが転移魔法の本質的な制約だ」


「えっ……1日1回だけ、ですか?」


「せやで」


 不意に、横からノアリスさんが割って入った。


「転移魔法っちゅうのはな、"この世界に穴を開ける"行為や。使い手の魔力だけやなく、"世界そのもの"の均衡エネルギーまで消費してまう」


 ノアリスさんは指を立て、軽く振る。


「せやから一度使うと、世界は自分でその傷を塞ごうとする。その修復に使われるんが──マナやない。"魂"や」


 思わず、息を呑んだ。


 ノアリスさんは構わず続ける。


「魂にはな、普段あまり使われへん"予備領域"っちゅうもんがある。転移魔法はそこを削る仕組みや。せやから、一日一回くらいなら問題あらへん」


「予備領域は時間とともに回復する。だいたい1日かけて、ゆっくりとな。せやけど──」


 その声が、わずかに低くなる。


「限界を超えたら、本体に手ぇ出しよる。そうなったら、精神は乱れるし、最悪は寿命まで削ることになる」


「……だから、1日1回まで、ってことですか」


「そゆことや」


俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「魂を削るなんて……転移魔法って、思ったより怖いんですね」


「そこまで怯える必要はないよ」


 エルヴァンが肩をすくめる。


「そもそも転移魔法は禁忌に近い術だ。1度使えばマナ回路そのものに負荷がかかってね、少なくとも半日は再使用できない。どのみち連続使用は不可能だ」


 一拍置いて、彼はわずかに目を細めた。


「──リッチでもない限りは」


「リッチは、連続で使えるんですか?」


「ああ。あれは魂そのものを扱う死霊術師だからね。無限というわけじゃないが、かなりの回数を連続で使える。そのせいで、何度も取り逃がしている」


 空気が、わずかに張り詰める。だが、その緊張をあっさりと打ち破ったのは──


「でも安心しいや」


 ノアリスさんが、にやりと笑った。


「ウチが、ええもん作っとるからな」


「転移魔法を封じる結界術……ですね!」


「なんや、もう聞いとるんかいな。せや、それや」


 ノアリスさんは胸を張る。


「今度こそ、逃がさへんで。──ほな、行こか!」


 ぐい、と背中を押された。

俺は抗う間もなく、その勢いのまま筏へと押し込まれてしまう。


「出発やっ!」


 威勢のいい掛け声とともに、エルヴァンが風を送り込んだ。

次の瞬間──筏がふわりと浮き上がる。

地面が、みるみる遠ざかっていく。

そのまま、空高く舞い上がったのだった。


 頬を打つ風は強いが、不思議と安定している。筏は揺れながらも、確かな軌道で空を進み続けていく。


 飛行は順調だった。


 何度も魔物が寄ってきたが、そのたびにノアリスさんが軽く追い払ってしまう。まるで虫でも払うかのような余裕ぶりだ。


 やがて──二時間ほどが経ち。


「見えてきたで」


 前方、岩肌に口を開ける巨大な影。カロンの根城であるダンジョンが姿を現した。


 だが。


 上空から見下ろした瞬間、思わず息を呑んでしまう。入口周辺を埋め尽くす、無数のスケルトン兵。それは群れというより、完全な"軍勢"だった。


 隙間なく陣形を組み、静かにこちらを待ち構えているように見える。


 ……間違いない。


「カロン……最初から俺たちを誘っていたのかもしれないな……」


 昨日の襲撃。あれはやはり、罠だったのだろうか。


 思わず声が漏れる。


「敵兵……多すぎませんか!? あれじゃ、転移魔法を封じる結界なんて、とても張れそうにないですよ……!」


 だが。


 その光景を見たノアリスさんは、口元をわずかに歪めて言った。


「ちょうどええな」


「ええ、あれだけ密集してくれていると、むしろ好都合ですね」


 エルヴァンも、落ち着いた声でそう続ける。


 ……え?


「コージ」


 エルヴァンが振り返った。


「これから私とノアリス様で、極大魔法アーク・マギアにより入口付近の敵を殲滅する。

終わり次第、降下して結界を張るつもりだ。準備をしておいてくれ」


 さらりと言うが、やることはとんでもない。


「そんじゃ、ウチからやるで!」


 ノアリスさんが前に出た、その瞬間。


──空が裂けた。


 頭上に走る、光の亀裂。そこから溢れ出す、神々しい輝き。


 光の精霊・ヨスアールだ。


「──聖域光芒サンクトゥス・レイ


 静かな詠唱。


 その直後、天を貫く光の柱が降り注いだ。一本──いや、二本。


 地上のスケルトン兵団を、容赦なく飲み込んでいく。


 さらに、エルヴァンの頭上にも、同じ亀裂が走った。


(風の精霊だけじゃなかったのか……!)


「──聖域光芒サンクトゥス・レイ


 その声が響いた瞬間。


 さらに二本の光柱が現れ、入口を囲むように展開される。


 世界が、白に塗り潰された。


 骨は焼かれ、影すら残らない。

 悲鳴すら許されない、完全なる殲滅だった。


 やがて光が消え──


 そこには、何も残っていなかった。


 あれほどいたスケルトン兵が、一体たりとも。


「よし、降りるぞ」


 エルヴァンの声が響く。


 空を駆けていた筏は、ゆっくりと高度を落としながら──

静まり返った戦場へと降下していったのだった。


 筏は、岩肌にぽっかりと口を開けたダンジョンの入口、その目前に静かに降り立った。


「うまくいったようですね。魔物の気配は感じません」


 エルヴァンが周囲に視線を巡らせながら、低く告げる。


「あまり時間はあらへん。エルヴァン、予定どおり頼むで」


 ノアリスさんの言葉に、エルヴァンは短く「わかりました」とだけ応じると、風のようにその場を離れた。


「今からウチとエルヴァンで手分けして、結界を張る準備する。コージくんはここで待っといてな、すぐ終わるさかい」


 そう言い残し、ノアリスさんは迷いなくダンジョンの門へと歩み出す。エルヴァンはすでに先行しているらしい。確かに、のんびりしている暇はなさそうだ。


「念のため、門は一時的に閉鎖しとくわ。魔物どもと――あの"しおれた魔法使い"を外に出さんためにもな」


 その言葉が空気に溶けた、まさにその瞬間だった。


「門を封じても、もう遅いぞ」


 背後から、地を這うような低い声。


 ぞくり、と背筋が凍りつく。


 振り向いた瞬間、視界に飛び込んできたのは――


 黒いマントをまとい、空洞の眼窩に不気味な光を宿した骸骨の魔物。


 リッチだ――!!


「アカンッ……!」


 ノアリスさんの叫びが響く。しかし、その声を最後まで聞き取るよりも早く、俺の足元に魔法陣が浮かび上がった。


 眩い光が弾ける。


 次の瞬間、身体が引きずり込まれるようにして、意識ごとどこかへと奪われた。


 ――気がつくと。


 俺は、ひんやりとした空気に包まれ、薄暗い空間に立っていた。


 静寂。


 次の瞬間、ぼう、と炎が灯る。一つ、また一つと灯火が連なり、周囲を照らし出していく。そこは――まるで洞窟の奥深くのような場所だった。


 ……転移魔法、か。


 そういえば、さっき――リッチの姿を、確かに見た。


「驚かせたようだな……」


 背後から、くぐもった声が響く。


 ゆっくりと振り返る。


 やはりそこに立っていたのは、あの骸骨の魔物――禍々しい気配をまとったリッチ。


「ワシの名はカロン……」


 虚ろな眼窩の奥で、青白い光が揺らめく。


「お主は一体――何者だ……?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ