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骨剣

「安心しぃ。シングルキャストの魔導書を読み込ませるだけや。詳しい解説はあとでするさかい、また里の客人に礼拝堂を壊されたらたまらんからな」


 そう言ってノアリスさんは、グリモワールに残りの水・風・土・氷・雷の元素系魔法を次々と読み込ませていった。また暴走したら困るので、魔法のことは考えずにいよう。


「はえ~、全部読み込んだとはの~。普通はな、魔法使いでも3つか4つがええとこやのに……たいしたもんや。


 それとな、魔法剣士っちゅうのは、基本ダブルキャストまでしか魔法使われへんのや。せやけどな、星脈によっちゃトリプルキャストまでいけるんや。おまえさんは火・水・土の星脈持ちやろ? ほんなら、上級魔法を3つも扱えるっちゅうこっちゃ。これはもう、大魔術師並みやで。


 ほんでな、ダブルキャストの魔導書も在庫はあるんやが、シングルキャストの魔導書は人類共通やけど、ダブルキャストからエルフだけ違うんよ。だからヒューマン用は別に用意せんとあかん」


 ダブルキャストからエルフの魔導書は特殊になるから、中級以降の魔導書は自力で用意する必要があるってことか。でも、ダブルキャストなんて……初級すらおぼつかない俺にはまだ早すぎる。ってダブルキャストはレベル100からだったか。


「エルヴァン、魔魂パペット見んかった? 魔導庫に置いといた気がするんやけどなぁ」


「ノアリス様が覚えておられないなら、私にわかるはずがありませんよ」


 エルヴァンはあきれたように答えた。


「せっかくやし、魔魂パペットも欲しいとこやなあ……」


「その、魔魂パペットって何ですか?」


 思わず俺が尋ねると、今度はエルヴァンが振り返った。


「コージ、さっき君はボーンドラゴンと戦ったろう? 何か妙なことに気づかなかったか?」


「妙なこと……?」


 そんな余裕なかったけどな……死なないように必死だったし。


「じゃあ、私の装備を思い出してみて。武器は何だった?」


「えっと……弓と矢、ですよね?」


「そう。じゃあ、防具は?」


「防具……え、つけてましたっけ?」


「そこなんだよ。ドラゴン相手に防具なし、って思うかもしれないが――実は、ちゃんと装備していたんだ」


 ……装備? いやいや、どう見ても今と同じ、なんか古代人みたいな軽装だったような……。


「実は、こういうことさ」


 エルヴァンがそう言うと、次の瞬間、重厚な光の粒が舞い、空間がきゅっと圧縮されたようにゆがんだ。次元折畳器ディメンション・フォルダーから何かを取り出したようだ。


 そして――神官が着ていそうな荘厳な法衣が、ズシンッと音を立てて目の前に現れた。


「これは一見、ただの祭服に見えるだろう? いや、実際に祭礼用の衣装ではあるんだが……ただの布じゃない」


 エルヴァンは法衣の裾を指先でつまむと、ゆっくりと説明を続けた。


「この布地は、魔導生物の糸で織られている。さらに内側には、"蛟龍こうりゅう"の鱗が細かく編み込まれていてね。おかげで、物理攻撃にも魔法攻撃にも強い耐性を持っている。見た目に反して、かなりの高性能なんだ」


 そう言って彼は軽く肩をすくめた。


「そして――この祭服を着せている人形、見えるだろう? これが"魔魂パペット"さ」


 俺が目を向けると、人形が静かに佇んでいた。どこか神聖な雰囲気をまとっている。


「この魔魂パペットに装備をさせることで、持ち主が実際にそれを装備しているのと同じ効果が得られるんだ。重量も感じないし、動きやすい。


 何より、寝ている間でも効果が持続するから、寝込みを襲われても即座に対応できる。まさに一種の"遠隔装備型の守護魔具"ってわけさ」


「すげぇ……身につけなくても効果があって、重くもなくて、寝てるときまで守ってくれるなんて、もう反則級ですね」


 俺の声に反応したのか、ノアリスさんがにっこり笑って言った。


「せやろ? コージ君も欲しいやろ? ――ほな、探しに行こか」


「え、探しに行くって……どこに? 心当たり、あるんですか?」


「――"迷宮ダンジョン"や。この里の近くにはいくつか迷宮があってな。そのどこかに、魔魂パペットが眠ってたはずなんよ」


 ノアリスさんは、懐かしむように目を細めたあと、にっこり笑った。


「それにな、迷宮には武器や防具、珍しいアイテムがようけ眠っとる。魔法剣士になったんやから、ちゃんとした装備も整えんとな」


「そうですね。私も、いずれはコージを迷宮に行くつもりでした。行きましょう」


「――迷宮、か」


 俺が思わずつぶやくと、ノアリスさんがパチンと指を鳴らして笑った。


「決まりやな。たしか、さっきおった場所の近くにあったやろ? あそこやったら、ちょうどええんちゃうか。規模も大きすぎへんし、魔法剣士になったばっかりの体を慣らすには、うってつけやと思うで」


 ノアリスさんの言葉に、エルヴァンが頷きながら応じた。


「あそこの迷宮に棲む魔物は、森のモンスターと比べても遥かに弱い。今のコージには最適でしょう」


「ほな、さっそく出発しよか」


 ノアリスさんは腰を上げた。


「もう行くんですか?」


 俺が少し驚いた様子で尋ねた。


「行くで。ただ、外に出たら渡したいもんがあるんや」


 そう言って、ノアリスさんは意味ありげに微笑んだ。


「ほれ、これ使うてみぃ」


 外に出るなり、ノアリスさんが何かを手渡してきた。


 受け取ったそれは、白く細長い棒のようなもの。手に取ってじっくり見れば、それはショートソードのような形をしていた――。


「"骨剣こっけん"や。さっき、おまえさんらが倒したドラゴンの骨でな、急ごしらえやけど磨き上げたんや。見た目はまぁアレやけど、素材がドラゴンの骨やから、強度はそれなりにあるで」


ノアリスさんは言葉を続けた。


「剣術と魔術にはな、共通点があるんや。どっちも"イメージ"が命ってことや」


「イメージ、ですか?」


「そうや。頭ん中で、理想的な剣の軌道、体捌き、力の流れをしっかり思い描くんや。すると身体は、それに近づこうとして動き出す。ほら、よう言うやろ?  "イメージトレーニング"ってな」


 ノアリスさんは軽く指を振って、言葉を締めくくるように言った。


「それを繰り返せば、動きに必要な神経の道――つまり神経回路が鍛えられて、動きがどんどん滑らかになっていくんや。普通は地道な鍛錬がいるけどな……おまえさん、剣士としてのマナ回路はもう目ぇ覚めとる。せやから、イメージさえしっかりできたら、それを再現できるはずや」


 ノアリスさんはにやりと笑って、顎で剣を示す。


「――ちょっと、その剣、振ってみぃ」


 ノアリスさんに言われた通り、俺は静かに頷くと、骨剣を両手で構えた。重さは意外にも軽く、思いの外、手に馴染む感触があった。


「……理想の動き、か」


 目を閉じ、頭の中に蘇るのは、これまで夢中で観てきたアニメや漫画、そしてテレビの中で描かれていた数々の剣士たちの姿だった。


 ――巨大な剣を軽々と振るい、一閃で敵をなぎ倒す伝説の戦士。

 ――仲間を守るため、ボロボロになりながらも最後まで剣を握り続けたヒーロー。

 ――静かな構えから放たれる、一撃必殺の技――無駄のない美しい動き。


 どれも子どもの頃、食い入るように画面を見つめ、真似して箒や木の枝を振って遊んだ記憶と一緒に心の奥に残っている。


 あれらは全部『フィクション』だと、いつか気づいた。それでも、あの時感じた憧れは嘘じゃない。何度も脳裏で再生し、理想の動きを重ねてきたのは、紛れもなく自分自身だ。


 ――だったら今こそ、それを"現実"にしてみせる。


 俺はゆっくりと息を吸い、骨剣を構えた。


 ――まずは、踏み込み。

 ――肩の力を抜いて、腰から回転。

 ――軌道は真っ直ぐ。風を切るように鋭く。


 スッ。


 剣が空気を裂く音が、かすかに耳を打った。


「……おぉ? 最初にしては、よう出来とるやないか」


 見よう見まねの一振りだったが、思った以上に鋭く、無駄のない軌道を描いた。手のひらに伝わる重みと反動、それに続く静かな余韻――。


「……不思議だ。頭の中で描いただけなのに、体が勝手に動いたような……」


「それでええんや。身体と思念が繋がり始めたんやな。これからもっと深うなってくるで。おまえさん、やっぱ素質あるわ」


 ノアリスさんはそう言って満足げに頷くと、くるりと踵を返した。


「ほな、迷宮へ行くで。剣の感触が残っとるうちに、実戦や」


「……はい!」


 思わず力強く返事をしたその瞬間、胸の奥に小さな確信が灯った。――俺は、本当に"戦える"かもしれない。その手応えを抱いたまま、一行は迷宮への道を進み始めた。


 けれど、しばらく歩くうちに、ふと一つの疑問が頭をもたげる。


「……あの、魔法の練習って、しなくていいんでしょうか?」



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