表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

涼と祐司

リビングから出て、まずは一番近い扉を開けてみる。

「トイレ広っ。」

「広いの?」

トイレの床が寝転がれるほど広い。

と言ったら、ひいなが本当にそうしそうなので黙っておく。

「次っ。」

真正面のドアを開ける。

シンプルな家具の部屋。

机と、側には学生カバン。

「俺の部屋かな。」

「ここりょうの部屋?」

ひいなが部屋に駆け入る。

彼女に続いて部屋に足を踏み入れた。

「…だろうな。」

本棚には漫画と雑誌。

クローゼットには大量の服。

「すげー、全部入ってる。」

今までは、畳んだり床に積んだりしていた服が、広いクローゼットに全部収まっている。

机の上に置かれた紙切れが気になった。

手に取るとひらり、と一枚手から落ちる。一枚だと思った紙は重なっていて、二枚あった。

手元に残った紙は、何かのメモのようだった。

『反対だ 涼を巻き込むなんて』

少し間が開けられて、

『私も同意しかねる』

二つの文とも殴り書きだが、違う筆跡だ。

意味を考える前に思考を遮られた。

「りょう、おとしたよ。」

紙を差し出すひいな。

「ああ、さんきゅ。」

ハガキのようだ。

宛名と住所は黒く塗りつぶされていて、読みとることは出来ない。

裏には、引っ越しました、というレタリングの横に写真があった。

幸せそうな、親子の写真。

その両親の顔はライターか何かで炙ったのか、焦げていて誰だか分からない。もちろん二枚とも俺の持ち物ではなかった。

父さんが忘れていったのか。

不気味に思って机に放っておく。

「りょう、つぎ、つぎいこ。」

無邪気に笑うひいなに手を引かれて次のドアを開けた。

「可愛い部屋だな。」

部屋の調度品は全体的に淡い色合いのものが多い。

カーテンやベッドシーツにはカントリー調のレースがふんだんにあしらわれている。

「ひいなの部屋だよ。」

「ひいなの?」

「可愛い家具ばっかだし。」

ふわふわしたあまい女の子の部屋の雰囲気に、やや圧倒される。

彼女の部屋がこんなんだったらいやだな、と思った。

「かわいい。」クローゼットを開けてみるひいな。

ずらりと少女趣味のワンピースが並ぶ。

彼女はその中の一つを取り出し、胸にあててみせた。

「かわいい?」

「ああ、かわいいかわいい。」

白い麻のレースと桜色のくしゃっとしたスカートが、ひいなの髪色とよく似合う。

何かのブランド物だろうか。

父さんはひいなの持ち物を一式ここへ移したようだ。

その一つ一つの調度がひいなに合わせられて作られたようなデザイン。

量はあるが大味ではない。

家具のいたる所に、細かな揃いの模様が入れられているのにも、気配りが感じられる。

彼女を思いながら用意したのか、父のひいなへの愛情が伺えた。「ひいなは今夜ここで寝ろな。」

聞こえたのか聞いてないのか、ひいなはから返事をした。

部屋に夢中なようだ。

しばらくはあの調子だろうと一人でリビングへ戻る。

キッチンには恵さんがいて、料理を始めていた。

「何してんですか。」

「夕飯つくってんのよ。」

当然でしょ、と恵さんは答える。

「いや、俺ら今晩冷食なんでいいすよ。」

迷惑はかけられない、と止めるために近づいたら、額を軽く叩かれた。

「成長期のひいなちゃんに、あんな体に悪いもの食べさせられないよ。」

ちゃんと考えてやらなきゃだめでしょ、とまた二三度叩かれる。

そんなことまで考えてるのか。

「主婦って大変すねえ。」まあ、俺が持ってても使えないから、食材を料理にしてくれるのはうれしい。

とにかく、これで今夜はひいなにおいしいものを食べさせられる。

「おわかり?妻のご飯がおいしいと、旦那は必ず帰ってくるのよ。」

今夜はご馳走にしてあげるからね、と笑って、恵さんは思い出したように言った。

「涼くん、部屋からあたしの携帯とってきて。」

「は?」

「祐司からメール来てるかも。どこいるんだーって。」

旦那をほったらかしとはあきれた話だ。

家に置きっぱなしでは携帯電話も浮かばれない。

「携帯するから携帯電話なんですよ。」

「うん、知ってる。」念のため言っておくと、満面の笑みで返された。

しぶしぶ家に行くために廊下に出る。

と、ひいなと目があった。

「どこいくの?」

「すぐそこまで。ひいな、恵さんと留守番しててな。」

「わかった。」

頭をなでてやると、ひいなは俺の手をとって言った。



外はすっかり真っ暗で、春先は遠く、息はまだ白い。

玄関ポーチの明かりをつけて、やっと足下が見える。

薄明かりの中、向こう側に人影が見えた。

携帯電話を耳に当て、コートの襟を立てて風を防いでいる。

彼の受話器の向こうは留守のようだ。

「祐司くん。」

「涼!」呼びかけると、彼の顔が輝いた。

「ちょうどよかった、恵知らねえ?携帯繋がんなくてさ。悪いけど、連絡つくまでお前んちに居ていいか?朝カギ忘れちゃってさー。」

さむくってもう、と両腕をさする。

まったく、どっちもどっちである。

子どもかこの夫婦は、とため息をついた。

「ん?つかお前、どうしてここにいんの?」

おまけにこっちは鈍感である。

「色々あってね。俺、隣に引っ越して来たんだよ。」

「はあ?まじでか。ゼータクな!」

このやろー、と髪の毛を乱暴にかき回された。

彼は松崎祐司(まつざきゆうし)

祐司くんは年の離れた兄貴っぽくて、俺のことを弟みたいに可愛がってくれる。彼は、その子どもっぽい性格とは裏腹に、一流商社のバリバリのサラリーマンだ。

「恵さんなら、うちで夕飯作ってくれてる。ご馳走だって。」

「引っ越し祝いかー。なら酒買ってくればよかったなあ。」

祐司くんはそう言ってくしゃっと笑った。



ダイニングテーブルの上にはもうすでに、いくつかの料理が並んでいた。

さすが、恵さんは手際よく調理を進めていく。

ひいなは盛られた皿を運ぶ係だ。

「ただいまー。」

「ただいま。要、いい子にしてたかー!」

「おかえり、りょう。」

気がついて、扉の所までひいなが迎えにきた。

俺の隣で歓声があがる。

「おわ。外人?目が緑色!金髪!すげー、人形みてえ。」祐司くんはひいなの姿に感動しっぱなしだ。

ひいなはひいなで、まんざら悪い気はしていないらしい。

にっこり笑ってみせたり、一回転して髪を揺らしたりしている。

「俺、祐司。日本語分かるの?」

自分を指差し言った後、彼は一応俺に確認をとる。

今さっき喋ったろ、とは言わなかった。

本当に、目の前しか見ていない、子どものような人だ。

恵さんは、わざとそう振る舞っている感があるが、彼の場合は素でこうなのだ。

「ゆうし?ひいなだよ。」

ひいなも自分を指差し言う。

「喋ったー!ひいな?すっげ、まじかわいい。」外人かわいいー、と自分の子を差し置いて、ひいなの頭をぐりぐりなでる。

「おつかれ、祐司ー、酒買ってきてない?」

フライパンから皿に盛りながら、恵さんが声をかけた。

「きてないー。やっぱいるよなあ。」

残念な声を上げる彼に、恵さんはさらに続ける。

「だろうと思ったわ。」

「ごめんー。」

ぺらっぺらの謝罪である。

ふう、と彼女はフライパンを置いた。

「うちの床下にシャンパン入ってなかったっけ。」

「ああ、あるある!こないだ結婚式でもらってきたやつ。」

祐司くんの表情がぱっと明るくなった。

おそらく、以前聞いた二人の友人の結婚式の時のものだ。

彼は完全に忘れていたらしい。「取ってきなよ。あたしと祐司のと、二つあったでしょ。」

外に行くことに文句が出たが、あたしは忙しいから、と恵さんが一蹴した。

そして彼女は短く付け足す。

「カギは要のフードん中。」

「なんちゅう所に。」

まったくだ。

防犯とかそれより前の問題だ。

ガサゴソと、要の機嫌を損ねないようにカギを取り出すと、祐司くんは、寒さにぶつぶつ文句を言いながら外へ出て行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ