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とある病院の奇譚耳目

作者: 針山亜門

身体の中に何か入れられたと訴える患者さん、理路整然とした科学が支配する病院で起きた奇妙な出来事

 私が病棟医や研修医の時に聞いた不思議な話を書いていこうと思い、始めました。


 私が精神科の後期研修を始めて1年ほど経った時に不思議な症例を経験したことがある。精神科にはリエゾンという分野があり、他の診療科の患者さんに精神科的な問題が生じると併診する事がある。例えばがんの患者さんに非常に多いのは、抑うつになることだ。そういう時に精神科の医師が患者さんの話を聞きにリエゾンの一環として診察することが良くある。


 今回も私が当直をしていた時に経験したことだ。日曜日の日当直で病院に朝8時から次の日の月曜の17時くらいまで勤務することになっていた。時刻は午後4時くらいであった。医師室でスマホを片手に動画を見ていると突然職員用PHSが鳴り響いた。


 「はい、精神科当直です。」と私は早口で電話口に話した。

 「あ、膠原病内科の当直の者です。少し診ていただきたい患者さんがいまして…ICUの患者さんなのですけど…」と申し訳なさそうな声が電話の向こうから聞こえてくる。


 どうやら集中治療室、所謂ICUに入院している患者さんがよく分からない事を訴えているから診て欲しいとのことだ。私はICUの患者さんと聞いて少し構えるような気持ちになった。集中治療室に居るということは、それなりに重い病状の患者さんであるという事だ。こういう精神科の人手が私と研修医しか居ない時に限って厄介な事が起こる。


 何はともあれ患者さん本人の話を聞こうとICUに向かった。ICUは他の病室と違い、全身状態を24時間体制で管理しているので、部屋の中は常に心電図やら血圧のモニターの電子音が聞こえており、患者さんは点滴や呼吸器のマスクの管で繋がれているような状態である。今回の患者さんは人工呼吸器は外されており、話もできるまでに状態が改善しているような方であった。


 部屋の中ではピッピっと規則的な電子音が響いていた。患者さんは目は虚であるものの、私の存在に気付き顔だけはゆっくりこちらに向けた。


 「精神科の医師の者です、主治医の先生から相談を受けて診察に参りました。何か困った事があるようですね。良ければお話を聞きたいのですが宜しいでしょうか?」と私は事務的にかつ失礼のないように努めながら患者さんに話しかけた。


 彼はやや怪訝な顔をしながらも、ぽつりぽたりと話し始めた。

 「実は…この病院で身体の中に変なものを入れられたのです。」

 「変なもの?それは何でしょうか?」と私は少し動揺した表情で答えた。本当だとしたら大変なことである。

 「文字です」と真剣な眼差しで患者さんが答える。


 ー文字?どういう事だー

 私は面を喰らったような表情をしていたのだと思う。その患者さんは昨夜のことについて、話してくれた。


 昨夜、時間帯ははっきりしないが秘密の組織から来たと思われる全身黒ずくめの男たちが病室にやってきて、特殊な機械を使って患者さんの身体の中に文字を寄生させたと言うのである。


 精神科の医師は患者さんがこういう言動をした時に妄想症状にあると考える。皆さんも妄想に耽ったりすることはあるかもしれないが、精神科的な妄想とは極めて非現実的で了解不可能な考えを、患者さんが頑なに現実であると捉えることだ。これらの妄想は修正が困難で、会話でどうこうなる話ではない。

 「それは非常に怖い思いをしたのですね、しかしどうしてあなたは彼らを秘密の組織の人間だと思ったのですか?」と私はあくまで中立的な立場を維持することに集中し、患者さんの言動を否定しないように努め質問した。

 「あんなことが出来るのはそういう組織です。それに黒ずくめの男達が病室に入ってきて、医者とか看護師と勘違いする奴はどうかしていると思います」と、患者さんは神妙な表情で答える。


ーそれも、そうだ。黒ずくめの男たちを病院で見たら、私も怪しむと思うー


「彼らはあなたの身体の中に文字を寄生さしたと言っていましたね?何故その事が分かったのでしょうか?」と私は慎重に言葉を選びながら質問した。


「私の口に管をさして、機械で文字を入れていたのです。機械にはモニターがついていて、私の身体の中で沢山の文字が蠢いてるのが見えました。ひらがなであったりアルファベットです。それらが何らかの暗号であることは見ていて分かりました」と患者さんは鋭い目つきで私に訴える。


 「口に管を入れられるなんて想像しただけで苦しいですね…しかしここにはもう黒ずくめの男は居ません、少なくとも私には居ないように感じますが、彼らはあなたにまた危害を加えたりしようとしているのでしょうか?」と私は真剣な表情で質問した。


 「確かにここにはもう居ませんね」と患者さんは少し和らいだ表情で答えた。


ー今患者さんに黒ずくめの男が見えている訳ではない、幻視といった幻覚症状はみられていないようだ。私は冷静に考えた。


 「今あなたの話を聞いて、医師として私が考えている事をお伝えしようと思います、宜しいでしょうか?」と私は慎重に話した。


 「どうぞ」

 「医学的には患者さんの状態が悪い時に、時にご本人は誰かに追われている、何かをされたと感じてしまう事があります。これをせん妄状態といいます。もしかしたら貴方は今その状態にあるのかもしれないと考えています。」と私は言葉を選びながら話した。

 「はぁ、でも先生私は本当に見たのですよ」と患者さんの顔がこわばる。

 「そうですね、貴方が経験したことは非常に辛いことだと思います。もしそれがせん妄によって起きていることであればお薬を飲むことで、もしかしたらその辛さを和らげることが出来るかもしれません。私は医師として貴方の辛さを軽減しサポートするためにここに居ます。薬には鎮静作用もあり、もう少し上手く眠れることもあるかもしれません。一度内服していただければと考えています」と、出来るだけ簡潔に、そして正直に私は患者さんに提案した。この対応が正しいかは分からないけれど…

 患者さんは何とか薬を内服することに同意してくれ、私は抗精神病薬を処方した。患者さんは内服して暫くすると眠りに入った。主治医である膠原病内科の先生に症状をお伝えして、私なりの評価をご報告した。主治医の先生は事務的に感謝の言葉を言うと、自分の業務に戻って行った。どうやらかなり忙しいようだ。

 しかし、患者さんがあんなに意識がはっきりしている状態でせん妄症状であると考えることはやや難であると私は考えていた。でもこれまでに特に妄想を疑うような言動はなかったようで、統合失調症など疾患である可能性はやや低いと考えていた。


 後日その患者さんは状態が好転し、普通の病棟の部屋に移動していた。患者さんは今でもはっきりと黒ずくめの男と身体の中で蠢く文字を覚えているそうだ。

 「でも、先生の話したようにただ寝ぼけて変な夢を見てしまっているような状態だったのだと思います。何故あれほど頑なに現実であると考えたのか、今でも分からないです」と笑顔で患者さんは話していた。


 時にはこういうとこともあるのかもしれない、と私は思いながら今回のケースの診療を終えた。


 いや、もしかしたら本当に黒ずくめの男たちが彼の体の中に蠢く文字たちを寄生さしたのかもしれない。今も彼の身体の中ではひらがなやアルファベットたちが密かに暗号を送っているのかもしれない。


 何とも奇妙な話だが、そういう奇妙な世界が科学が蔓延したこの現代の病院で起こっていることを妄想して、私は今日も診察を続けている。






 


今回も文章が冗長になってしまった。物語を語ることの難しさをひしひしと感じている最近です。自分が体験したことや聞いたことであれば、問題なく書けると思っていたのですが…面白いかどうかはまた別ですよね…今回も最後まで読んでくれた殊勝な方達へ、本当にありがとうございました。

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