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人描きと銀嶺  作者: Nori
第二章 ウバの村編
8/15

第七話 新たな焔

OP  「アフターダーク/ASIAN KUNG-FU GENERATION」




 ウバの村を目指して十六日目。

 コーネの街を出てから二つ目の村へと到着した。

 時刻は既に夕方。

 夕焼けが美しく空を照らしている。



 謎の集団に襲われて、早二日が経った。

 周りを警戒したり奇襲に備えたりしていたため、あの山を越えるのに思ったよりも時間がかかってしまった。

 山を越えてからは平野続きの道のりは終わり、一変して森が広がった。

 あの山を越えている最中にも感じたが、既に寒さが厳しくなり始める季節だというのにここら辺一帯の木々は未だに緑を枯らしてはいない。

 通常であればあり得ない光景だが、この地域では魔力が豊富だという証拠だ。

 たった一つの山を挟んでこうも環境が変わるとは。

 魔力というのは常々この世界に大きな影響を与えてしまうのだと感じる。



 村に入ると例に漏れず畑が広がり、その横には家が沢山並んでいた。

 ぱっと見で数えただけでも五十世帯程はいるだろうか。

 少なくとも最初に立ち寄った村と比べ、畑も人口も数倍の規模だということは伺える。



 そういえばあの山を越える前に出会った商人は、北の地域を中心に商売を行っていると聞いたのを思い出した。

 恐らくこの村もそのうちの一つで、何か特産品でも仕入れているのだろう。

 この規模の畑であれば商品として作物を大量生産しているに違いない。

 少なくとも携帯食料で飽き飽きしていた口にはまたとない機会だ。

 この村で少しでも新鮮な食べ物にありつきたいところである。



 周りを見渡すと畑仕事を終えたであろう村人たちが帰宅する影がいくつか見えた。

 手には農具を持ち、笑顔で語らう人たちの影になんだか懐かしさを感じる。



 俺たちは村人の群れに近づくと、例のごとく団長様は彼らに声をかけた。



「すまない、少し良いだろうか?」



 こちらもまた例に違わず、話しかけられた村人たちは団長様の立派な鎧と携えた剣を見て驚いた表情を並べていた。



「私たちはこの村の先にあるウバの村に向かって旅をしているのだが、今晩はこの村で一夜を過ごしたい。どこか宿など宿泊できる場所はないだろうか?」



 最初は困惑の表情を浮かべていた村人たちだったが、これを聞いて自分たちに敵意が無いことを理解すると安堵の表情を浮かべたのが分かった。

 彼らは各々顔を見合わせたあと、一人の男が団長様の質問に答えた。



「そういうことなら、この先に宿があるのでそちらにお泊りになると良いと思います。ただこのような畑しかないような村のため、宿の設備はあまり期待をしないで頂ければ…」



 その男は恐る恐る答えた。

 彼らからすれば、確かな素性は分からずとも団長様の見た目だけでかなり高貴な人物と思うはずだ。

 だがいきなりの訪問では団長様に対して、もてなしが用意できていない。

 そのため宿の用意だけでは顰蹙を買うのでは?とでも思っているのだろう。



 毎度のことながらこの瞬間は胸が締め付けられる気分になる。

 日頃から平民たちがどれほど権力に畏怖の念を抱いているのかを実感してしまうためだ。



 しかしながら、このゼムレス王国というのは他国に比べれば貴族の影響力はまだ小さい方である。

 理由は明快、王家が貴族の権力を制限しているためだ。

 旧王国。つまり現在のゼムレス王国が建国される前の王国では、貴族による影響力が強く、貴族の意向にそぐわない政策などは強い反発を生むために統治に難があったと歴史書にも記述がある。



 そのためかゼムレス家が王家同士の争いに勝利し現王国の設立をした後は、貴族による影響力を最小するため様々な策を講じた。

 さらに言えば現王国は建国の際に奴隷制すら廃止している。

 その結果、今ではこの大陸で最も身分が平等と呼ばれる国にまでになった。



 ただそれでも王家の次に位が高いという扱いは依然として変わっていない。

 また騎士団や兵士などはその次に位が高い存在である。

 それが王家直属の組織であれば貴族に並ぶ地位と考えても相違ない。

 基本的に平民が逆らえるような存在ではないのだ。



 そのため彼らは初対面の団長様に対しては基本的に恐怖の感情を抱く。

 もし彼らに理不尽に扱われても反撃する術が彼らには無いからだ。



 かく言う俺だって最初に団長様に話しかけた際は驚きの感情を隠し切れなかった。

 コーネの街では元々ギルドの存在によって冒険者がそれなりの人数存在していたため、個人的には武器を持った人間に畏怖の念を抱くことは少なかったが、武器を所持した人間たちに縁もゆかりも無い村人がいきなり彼らに接触すれば恐怖を感じるのは無理もない。



「そうかこの村には宿があるのか!それは助かるな!今晩はそこに泊まらせて頂こう!突然すまなかったな!」



 村人たちは宿があるという事実だけで満足そうにする団長様に、呆気にとられたような顔を向けていたい。

 恐らく「夜までに何かもてなしを用意しておけ!」とでも言われると思っていたのだろう。



 団長様は相変わらずご機嫌な顔で「早く宿に行って部屋を取ろうではないか」と俺を急かす。

 いくら団長様といえども、約半月も屋外で寝泊まりすることは厳しく感じる面があったのだろう。

 それに忘れがちだが彼女は立派な女性だ。

 一人きりで安心して部屋で眠れるというのは、きっと男の俺には計り知れない安心感というものがあるはずだ。

 今晩は旅のことなど忘れてゆっくり休息をとって欲しいと思う。



 そうやって少しばかりはしゃぐ俺たちを見た村人たちは、俺たちが恐れているような人間たちとは程遠いと感じたのか次のように話を切り出した。



「あの……、宿はそれほど大したものではないですが、もしよろしければその近くにある酒場で少しばかりお食事はどうでしょう?」



 そういう村人は手に持った作物を見せてきた。



「幸いにも先ほどこの村での特産品の“コマ芋”と“ケダン草”がいくつか収穫できたので、もしよかったら酒場の店主に頼んでこちらを使った料理などはいかがでしょうか?」



 俺と団長様は顔を見合わせた。

 別にそこまでしてもらうつもりは微塵も無かったが、なんせ久しぶりのまともな食事だ。

 それにこの村の特産品ということで、これはご馳走に違いない。



 俺らはそこまで言うならと提案を受け入れた。

 ただしこちらは旅立ちの前に十分な路銀を用意していたため、その分の金銭はこちらできちんと支払うという上で収穫されたばかりの新鮮な作物の料理を頂くことにした。



 やっとこれで携帯食料からの脱却ができる。

 コーネで暮らしていた頃から食事に対して心躍ることはあまりなかったが、今晩ばかりは踵を跳ねらせる思いで俺たちは宿へ部屋の確保に向かった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 夜になり、俺たちは酒を片手に村人たちと夕食を楽しんでいた。

 出会った時は表情の硬かった村人たちも、笑顔で食事を摂る団長様を見て今はにこやかに俺らと同じ卓を囲んでいる。



「このスープは絶品だな!王都でもこのようなスープは中々飲めないぞ!」



 そういう団長様はコマ芋とケダン草の入ったスープを、左手に持った銀のスプーンで口いっぱいに頬張っていた。

 俺も久々の汁物に涙が出そうになっていた。



 正直言って俺自身は舌が肥えているわけではないため、このスープがどのくらい美味なのか、適切な表現が見つからない。

 とはいえ団長様が絶品と言うのだから王都の高級スープと比べても遜色ない味なのだろう。

 携帯食料生活の反動があるとはいえ、実際に俺自身はこのスープを味わえていることに感動を覚えている。



 単純に美味しい。美味しい。ただただ美味しい………。



 一方で、村では割とありふれた作物を煮込んだスープに興奮する団長様と、感動を噛みしめ味わっている俺を見た村人たちは、それを肴に酒が止まらない様子だった。



「いやー、二人とも良い食いっぷりだね!」



 酒場の店主が次の料理を卓上に置きながら話しかけてきた。



「ほんと、ほんと!一体どれだけ腹を空かしてたんだい!」



 隣に座る農婦が声高らかに俺の背中を叩く。



 別に腹を空かしていたわけではないが、このありふれた食事というものに対して言えば、俺たち二人は確かに飢えていた。



「ほい、ミブサのムニエルだよ!」



 そこには魚料理が二皿並べられた。



 これがムニエルというものか。

 話に聞いたことはあるが個人的には魚よりも肉派なので、食事処でムニエルの表記を見ても注文したことは記憶にある限り一度も無い。

 団長様はというと「おお、ムニエルか!久しぶりに食べるな!」と言いながら既に料理に手を付け始めていた。

 左手に持ったフォークが絶え間なく口に運ばれる様を見て、なんだか団長様が幼く見えた。



 俺はというと、魚料理自体を食べるのが久しぶり過ぎて正直少しばかり戸惑っていた。

 幼少期から魚料理自体を割と避けてきたツケがここに来てまさか足を引っ張るとは。

 とはいえここで「すみません、魚料理あんま好きじゃないです」とは口が裂けても言えない。



 俺は意を決してムニエルとやらに手を付けた。

 ナイフで切ったミブサの白身は思ったよりもジューシーに見える。

 その切れ端に突き刺したフォークをぐっと口に運ぶ。



「……………おお、おお!」



 俺の様子を見ていた団長様と村人たちは、思わず笑いを吹き出した。



「あははは!どうした人描き殿!そんなにムニエルが美味いか!」



 美味い、普通に美味すぎる。



「ああ、なんだこれ!美味過ぎるぞ!この魚料理!」



 俺たちはその後も続々と運ばれる料理を口に運び続けた。

 もちろん全てを食べきれるわけはないので、酒場に居た村人たちと共に宴のごとく並べられた料理たちを消化した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 俺は一人、夜風を浴びながら村を歩いていた。



 たらふく飲み食いをした俺たちは、夜更け前に村人たちと共に酒場を出た。

 しかしながら俺は一人、ふと外を歩き回りたくなった。



 団長様は「そうか。すまないが先に帰っている。」と言って宿までの帰路に着いた。

 まあ俺と共に帰ったからといって部屋は別でとってあるわけだし、わざわざ謝る必要は全く無いのだが。

 それでもこの半月を共に旅した仲だ。

 なんとなく俺も共に行動するのが体に染みつき始めていたのだと感じた。



 やはりこの時期の夜風は体に応えるな。

 それでも酒と料理と酒場の熱気で火照った身体を冷やすには、このくらいの冷たさが心地いいのだ。



 それにしてもこの村は俺が幼少期に育った村にとても似ている気がする。

 大きな畑が広がり、沢山の世帯が寄り集まって生活する。

 村の中には酒場や商店があり、たまに通りがかる商人が持ってくる珍しい商品に目を輝かせるらしい。



 劇的な刺激は無いが、劇的な不幸も無い。

 ただ時間がゆっくりと進み、このまま人生が平穏にずっと続くと勘違いすることができる生活。



 ……………………どのくらい歩いただろうか?

 流石に身震いを始めるくらいには身体が冷えたことを確認した。

 そろそろ宿に帰ろうか。



 そういえばこの村には団長様と話し合い、今日と明日一日は滞在することになった。

 さすがに旅続きで体の疲労はピークを迎えている。

 またこの先さらに厳しくなるとみられる道のりのために、明日一日はいろいろと準備を整えるために使うことにした。



 個人的にはこの村ではまだまだ見ておきたいところもあるが、今はしばしの休息をじっくりと味わうことにするか。



 俺はそのまま一人宿に帰り、久々のベッドの上で眠りついた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 二つ目の村に到着して二日目。

 今日は昼から団長様と酒場の隣にある小さな商店街に出かけた。

 肝心の食料を購入するためだ。



 栄養バランスと効率だけを考えるのであれば、正直この携帯食料に勝るものはこの村には存在しないだろう。

 しかし俺たち二人はそんな生活には既にうんざりしている。

 ここは一つ、果物や乾燥した肉の類を仕入れたいところだ。



 そうやって宿の前で待ち合わせていた団長様と合流し、いざ商店街へ向かおうとしたところだった。



「こーら、どこ行くんだい!!」



 この声は昨日の酒場で俺たちの隣に座っていた農婦の声だった。



「うるせえ!放せよ!」



 その両手には今にも暴れ出しそうな勢いの青年が服を掴まれていた。

 ……………いや、暴れ出しそうというか、既に暴れているように見える。

 傍から見るとありふれた青年の反抗期か?と思うが、それにしてもその青年の身体には怪我が多く見られる気がする。

 恐らく母親と思われる農婦が、逃げ出す青年を毎回捕まえて殴っている可能性もあるが青年自体の体格は悪い方ではない。

 お互いに武器等を持っていない状態であれば青年が一方的に攻撃されっぱなしになるとは考えにくい。



「は、な、せ、よ!」

「ああ、こら!」



 そういうと青年は勢いよく農婦の腕を振り解いた。

 そしてそのまま村の外の方にまで駆け出して行ってしまった。



「はあ、もう。毎日毎日……」



 俺と団長様は顔を見合わせた。

 あまり他人の家庭に首を突っ込むことはしたくはないが、この農婦は昨日酒場で良くしてもらった仲だ。

 話ぐらいは聞いてみても良いのではなかろうか。



「やあ、昨日ぶりだな。あれはご子息か?」



 団長様はため息をつき項垂れている農婦の肩を叩き話しかけた。



「ん?ああ騎士様。こりゃあ恥ずかしいところを見せちまったね」



 そういうと農婦は笑顔でこちらを振り返った。

 先ほどまでの強気な姿勢は一瞬として息を潜めた。



「まあ、ご察しの通り。ありゃあたしのバカ息子だよ。」



 農婦はそういうと腰に両手を当てながら、青年が駆け出して行った方向に目をやり再び大き目のため息をついた。

 そして何か思いつめたように話を始めた。



「なんだかねぇ…。最近は毎日どこかあたしたちが知らない場所に行って、ああやって怪我ばっかして帰って来るんだよ。何してんだい?って聞いても答えやしないし、危ないことするんじゃないよって言っても聞きやしない。全く…、男の子ってはあの年になるとみんなあんなんになっちまうのかい?」



 そういう農婦はじっとりと俺の顔を見た。

 まあ、今この場に男は俺しか居ない訳だから意見を聞かれるのは至極当然ではあるが、少なくとも俺は親に激しく反発するといった時期は存在しなかった。

 そのため俺の言葉が手助けになるとは全く思えないが、ここで何も言えないのも虫が悪い。

 せめて俺なりの見解は答えておくか。



「うーん、俺自身にはあんな時期は無かったから彼の気持ちが分かるとまでは言えないが、少なくとも彼は今何かに熱中しているのは確かだと思う」

「熱中………?」



 農婦は首をかしげて言葉を発した。



「ああ、熱中。それが何なのかは分からないけど、男ってのは何者かになりたがる生き物だ。もちろんそれには個人差があるし、全員が強くその気持ちを抱えている訳じゃないと思うけどな。だが俺の経験上、ああいう血の気の多い若者は退屈を嫌い、自分を高めることに価値を見出す傾向が強い気がする」



 俺は首を傾げた農婦の顔をしっかりと見つめ残りの言葉を発した。



「だから彼は今何かを自分の手で掴み取ろうとしている最中だと俺は思うね」



 俺の言葉を聞いた農婦は少しばかり寂し気な顔をして俯いた。



「そうかい、あの血の気の多さも結局は親譲りって訳かい………」



 小さくボソッと言葉を吐いた農婦は、青年が見えなくなった道の先を遠く見つめながら懐かしむように話を始めた。



「あいつの父親は冒険者だったんだよ。そんで冒険の途中に死んだのさ。ダンジョンでの探索に失敗したんだと。ほんとにバカな父親だよ。子供がいるってんならせめて村人のお助け依頼でも受けときゃ良かったものを……」



 そういう農婦の目には涙が滲んでいるのが分かった。



「でもそんな父親をあたしだって止めることはできなかったんだから、あたしも同じ穴の狢よ………」



 俺たち二人は何も言うことが出来なかった。

 俺自身はそういうパートナーが居たことは無いし、もちろん子供を持ったことも無いため、彼女の気持ちは恐らく何一つ理解できないだろう。



 ただ俺自身が子供だった時期は確かにあった。



 親にどう思ってもらいたいかなんてのはこの世で最も難しい問題の一つだと思う。

 解決策は無く、最適解だって人それぞれ。

 ただ自分の気持ちや考えを全く伝えないのは、何となくだが良くない気がする。



 彼だって分かっているはずだ。

 今この瞬間が永遠に続くというわけではないことぐらい。

 だからこそ彼は今、親の力を借りずに一人で何かを成し遂げようとしているのではなかろうか。

 何者かに成ろうとしているのではなかろうか。

 俺から見ればそう思えて仕方が無い。



 農婦だって男の子として育った経験が無いのだから、微塵もこの気持ちを理解することなど出来ないはずだ。

 これは若き彼にのみ許された焦燥感なのだから。



「まずは待ってみることだと思う」

「……え?」



 農婦は少し呆気にとられた顔をした。



「待つこと、あんたに出来るのはそれだけだ」



 農婦からしてみれば少しばかり辛いかもしれないが、成長というのはそういうものだと思う。

 人の成長の仕方はそれぞれだが、いつかは親の手元から離れる時が来る。

 親からしてみれば大切な宝物に足が生えてどこか遠くに行ってしまうと感じる者もいるかもしれないが、俺はそうは思わない。

 彼らはきっと、親から貰った持ち物を大事に抱えて次の宝物を見つけに行くのだと思う。



 そしてそれを時々親に見せに来るのだ。時には嬉しそうに、時には照れ臭そうに。

 全く心配をするなとは言わない。

 だが見届けるという強さを持たなければいけない時が彼女には来たのだ。

 ただそれだけだなのだ。



「…………じゃあ、一体どれだけ待てば良いんだい?」



 ごもっともな質問だ。だが俺はこの問いの答えを既に持っている。



「彼次第だ。彼にしか分からない」



 あんまりじゃないかと言われればそれはそうだ。

 だが仕方が無いのだ。

 そういうものだと言い聞かせるしかない。

 人生というのはその連続だから難しく、美しいのだ。



「だが、あんたは慣れてるはずだろ?男を信じて待つのは」



 農婦はハッとした表情を浮かべた。

 そして何かを懐かしむような、はたまた何かを慈しむようにその首にかけられたペンダントの握りしめた。

 その紐にはどこかのダンジョンで落ちて良そうな宝玉が通されていた。



「…………そうだね、そうさ!あたしゃ男を待ち続けるのは初めてじゃないんだ!このくらいの寂しさに打ちひしがれてらんないね!」



 そう言う農婦は大きく息を吸って吐いて、元気そうに両手を腰に当てた。



 こんな言葉で彼女を救えたとは全く思わない。

 現実を見るというのはその常、辛いことがほとんどである。

 実際に俺は、死んだ夫と同じように息子を待っていろと彼女に言い放ったのだ。

 それで夫が帰ってこなかった彼女には相当に酷なことだと思う。



 だがこれで彼女は自分のやるべきことが見えてきたはずだ。

 彼をただ繋ぎとめるのではなく、彼の歩む道を見届ける。

 やるべきことが分かっている者はそれだけで強いのだ。

 迷いを抱える者よりも、ずっとずっと。



「それに、案外帰ってくるのは早いかもな」

「え?なんだって?」



 俺は自分の考えがつい口から出てしまっていたことに気が付いた。

 幸いにも農婦には良く聞こえていなかったようだ。

 まぁこんなこと知ったとて、覚悟を決めた人間の決意が揺らぐだけだ。



「いや、なんでもない」



 そう言って俺は少しだけ口角を上げた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 宿屋の前で農婦と別れてしばらく経った。

 俺は村から伸びている林道を歩いていた。

 団長様はというと、今頃は商店街で買い出しをしている頃ではなかろうか。



 あの後、農婦は何かが吹っ切れたように畑仕事へと戻っていった。

 それはそれは力強い足取りで、笑顔を見せながら。



 ではなぜ俺は団長様と別れてこの林道を歩ているのかというと、あるものを探すためだ。



 俺の予想が正しければ恐らくここら辺で見つかるはずなのだが……




——————————コン、コン——————————




 木製の何かがぶつかり合う音が聞こえた。



(やっぱりな……)



 当たりだ。

 先ほど駆け出して行った農婦の息子を見つけた。



 青年の手元には、自ら製作したのか木製の棒が握られていた。

 そして彼の視線の向かう先には薪の切れ端のようなものが気の枝に紐で吊るされている。



 手に持った棒を剣にでも見立てているのか、彼はそのまま吊るされた獲物めがけて棒を振り下ろした。




——————————コン!——————————




 木の棒で打たれた的は、そのまま力の加わった方向へと飛んだ。

 その高さが吊るされた枝と同じくらいになったところで一瞬の静止、そして振り子のようにその的は彼の方向へ落ちていった。



 勢いよく向かってくるその的を彼はしゃがんで躱す。

 先ほどよりも低い高さまで上った的は再び彼を襲う。

 その的を彼は棒で弾き返した。



 そして的は再び枝と同じ高さまで……を彼は延々と繰り返していた。



 疲れが出ているのか、たまに躱すのに失敗し体に打撲を受けていた。

 彼の身体の傷は恐らくこれが原因だろう。

 だがまあ、原因の一つであってこれ以外にも大きな理由がまだあると思われるが。



 訓練とでも言おうか、彼のその動きをしばらく木の陰から眺めていると、満足したのか疲れ切ったのか、地面に座り込み持ち込んで持参したであろう水筒の水を一気に飲み込んだ。



 恐らく休憩に入ったのだ。

 俺はそのタイミングで木の陰から姿を現した。



「誰だ!?」



 俺の足音に反応した青年は驚いたようにこちらに目をやった。



「やあ、俺だ」



 俺の姿を見た青年は一瞬俺が誰だか分からなかった様子であったが、数秒間凝視した後に誰であったか認識したようだった。



「ああ、あんたは騎士様と一緒に居た……」

「覚えてくれていて嬉しいよ。隣、いいかい?」



 青年は隣を指さす俺に一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが「良いですけど」と隣に腰かけることを了承してくれた。



 汗だくになりながら片手に水筒を持つ青年に倣って、俺も腰から水筒を取り出しチビチビと飲み始めた。



「………なんか用ですか?」



 ぶっきらぼうに問いかける青年は、あくまでも俺と馴れ合うつもりはないらしい。

 まあ俺もそんなつもりでここに来たわけではないが。



「いやね、さっき君のお母さんと少し話をしてね」



 「は!?」と青年は声を荒げた。

 しかし俺が出会ったばかりの他人だと思いだしたのか、高ぶった感情をすぐに押し殺し落ち着いた声で話を続けた。



「……なんか聞いたんですか?」

「ん?まあ、最近よく怪我をして帰って来るって心配してたよ。何してんのかと思えばこんな所で鍛錬をしているとはね」

「……母さんに言うんすか?こんな事しているって」

「いやまさか!他人の家庭に首を突っ込むつもりはないよ」



 そこまで言うと「じゃあ何しに来たんだよ」と言いたげな顔をする青年に俺は顔を向けた。



「君、本当は誰かと喧嘩してるでしょ?」

「へ!?」



 言葉を聞いた青年はハッとした表情を浮かべた。



 喧嘩というのは友人との仲違いを表しているわけではない。

 この場合は暴力による争いを指している。



「しばらく君の動きを見ていたけど、あれって明らかに何か動く対象を想定してるよね?さらに言えばあの足さばきは複数人との戦闘も考えてのものかな?しきりに体の向きを変えていたし。それにその体中の怪我、とても一人の訓練でつくようなものには見えないんだよね」



 俺の言葉を聞いた青年の顔はどんどん驚愕に満ちていく。



「聞かせて欲しいな、君が一体どんな強敵と戦っているのか?」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「おーい!こっちだ!」

「あいよー」



 ある森の中、数人の男たちが木材を集めて小屋を建築しているのが見える。



 ぱっと見彼らは山賊にも傭兵にも見える。

 服はボロボロだが動きやすい素材でできており、戦闘に適した身なりをしているのは間違いない。

 だが不思議なのは、彼ら全員が黒いマントを纏っていることだ。

 ならず者にしては無駄に統一感があるような気がする。



「あれだ、あいつらにやられたんだ」



 近くの茂みに息を潜める俺の隣で、青年が小声で話す。

 なるほど、そういう訳か。



 仮にやつらを山賊としよう。

 どうやらあの山賊どもは村の近くにある森の中にアジトを造っている最中のようだ。

 そして何かしらの理由で青年と山賊どもが居合わせて痛めつけられたと。



「で、なんで襲われたんだ?」

「襲われた?違うぞ、俺の方から襲ったんだ」



 は?どゆこと?なんで???



 俺が呆気にとられた顔をしていると青年はその時のことを話始めた。



「あそこ、あれ見てよ」



 青年が短く指をさしたその先には、山賊どもが建設しているアジトのすぐ横で黄色い花たちが小さな絨毯のように咲いていた。



「あの花がどうしたんだ?」

「あの花は母ちゃんが好きな花なんだ。親父が昔よく、冒険の帰りにあの花を摘んで母ちゃんに渡してた」



 はーん、なるほどね。少しばかり話が見えてきた。



「だからたまにあの花を摘んで親父の墓に供えてたんだ。この前もいつもみたいにあの花を摘みに来たらあいつらが居て……」



 それであの花が全部潰されないように奴らを追い払おうとしてこの怪我か。



 奴らは基本的に面倒だと思った人間は簡単に消そうとする。

 このアジトが秘密裏に建築されている所を見ると、この青年に知られたことは奴らにとっては大きな失態のはずだ。

 だから生きて帰ってきたというのは割と奇跡だと俺は思うが、それでもこの青年は再びその死地へと乗り込もうとしていたのだ。



 何が彼をそこまで駆り立てるのか?

 はっきり言ってこんなものは大人に相談して、冒険者に依頼をした方が適切な対処と言える。

 しかし彼はそうするつもりは無いらしい。



 ということは何か勝ち筋が見えているのだろうか?

 それとも一度逃げ帰った男のただの意固地か。



 兎にも角にもこのままではまた彼はここに乗り込んでしまうだろう。

 彼の動きを見る限り身体能力は高い方だと感じる。

 それでも今の彼では奴ら数人を相手するのは厳しいはずだ。



 それに個人的には村の近くにならず者のアジトがあるのは気にくわない。

 もしウバの村からの帰りでこの村を再び訪れるときに、このアジトを拠点に村が壊滅されていたら目も当てられないからな。



 とはいえ俺もこの青年に割と気を入れ込んでいる。

 この青年が望むなら、彼にこいつらを討伐して欲しいとも思う。



(さてこの二つを満たすためには………)



 その場で俺はいろいろ案を考えた。

 いくつか思いつくことはあるが、恐らくこの青年が満足する結果を得るためにはこれしか無いだろう。



「よし、事情は分かった。それじゃあ一旦戻ろうか」

「え、戻るってどこに?」

「さっきの君の訓練場」

「戻ってどうするのさ?」



 俺は少し笑みを見せ言葉を発した。



「とびっきりの先生を呼ぶ」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





——————————コン!コン!——————————




「うらっ!おらっ!」

「目線を変えるな!顎を引け!相手の次の行動に気を配り続けろ!」



 そう言う団長様は青年の連撃を、同じく木の棒を使って弾き続けている。



 あの後訓練場に戻ってきた俺は、そこで青年を待たせ村へ戻った。

 そこで買い出しを終えた団長様と合流し、事情を話して今に至る。



 そして今は何をしているかというと、団長様に稽古をつけてもらっているところだ。



 青年が納得し、尚且つ山賊どもを追い出す唯一の方法は“青年自身が山賊をある程度痛めつける”ことしか無いと俺は考えた。

 最初は団長様も「山賊を追い出すだけならば私たちで十分では?」と言っていたものの、青年の闘う理由を説明すると理解を示してくれた。



 そうきっと彼は今、若き闘争の中にいるのだ。

 山賊を追い出すなんてのはいくらでもやりようがある。

 だが彼がこの闘争に集中できるのは恐らく今しかないのだ。

 あそこまで畑が広がり安定した生活基盤が整えられている村では、このような命を燃やすやり取りは中々出来ない。

 たとえ最初の理由が花を守りたいだとしても、敗北を知った若き男が勝利の熱意を向けるのには十分すぎる理由ではなかろうか。



 こうしている間にも山賊どもが悪事を働くための基盤を整えているのだからさっさと大人が対応した方が良いという意見も分からなくはない。

 それに俺たちが今この瞬間、その山賊どもを放置している理由はこの青年の非生産的な闘争心と非日常への興奮へ加担しているだけと捉えられてもなんらおかしくはない。



 だがそれがなんだというのだ。

 次の時代を生きるのは彼らだ。

 この若き日の高揚を簡単に潰すことが我ら大人の役割だとするならば、そんなものは“クソ食らえ”というやつだ。



 幸いにもここにはあの白羅の騎士団団長様がいる。

 青年にもしもの事があっても彼女が居れば山賊数人など一瞬で消し炭に出来るであろう。

 さらに彼女には治癒魔法の心得もある。

 たとえ負傷しても山賊程度の傷であればどうとでもなるはずだ。




——————————コン!コン!——————————




 こうしている間にも棒同士を弾き合う音が聞こえる。



 しかし改めて見ると剣術の心得がほとんど無い俺でも分かる。

 あの青年、中々に筋が良い。



 彼の父親がどんな冒険者であったかは存じないがやはり血筋なのか。

 その後先を考えない無鉄砲さすらも。



「よし、一旦休憩だ」



 団長様はそう言うと稽古を一旦止めた。

 その瞬間に青年はその場に勢いよく尻もちをついて座り込んだ。



 しばらくの間休む間もなく団長様に攻撃を仕掛け続けていたが、彼は決定的な一打を打ち込むことはできなかった。

 途中からは息が上がりきってしまって、まともに動き続けられる状態ではなかったとも思う。

 それでもここまで倒れずにいたのは普段の鍛錬の賜物だろうか。



 それに比べて団長様の方はと言うと、ずっと涼しい顔をしている。

 多少は指導に熱が入ることもあったが、彼の攻撃を流し続ける様はこんなにも実力に差があるのかと実感してしまう。

 これもまた鍛錬の賜物なのだろう。



「君は体の使い方が上手いな。それに加え筋力もある。その歳でそれなりの鍛錬を積んだのがよくに分かる」



 団長様は座り込んでいる青年に向けて言葉をかけた。

 その言葉を聞いて青年は少し照れ臭そうに「あ、ありがとう」と呟いた。



「だが複数の獲物を相手にする戦い方がまだまだなってないな」



 それはそうだ。

 一人で身体能力を高めることは出来ても、対人戦や生きている獲物を相手にした訓練は出来やしないからな。

 足さばきがまだ覚束ないのが見てわかる。



 がぶがぶと木製の水筒に入った水を飲む青年に対して、団長様は二口ほど瓶の水を口にし、すぐにそれを仕舞った。



「君ならさっきので基礎は体に叩き込めたはずだ。」



 団長様はまだ少し息が切れている青年に向けて左手に握った棒の先を向け、ニヤリと口角を上げた。



「来い、次は応用編だ」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 空はあっという間に日が沈みかける時間帯となっていた。



「よし、ここまで」



 その声で木製のぶつかり合う音が止んだ。




——————————ドサッ——————————




 青年は力が抜けたように両膝を地面についた。

 手を地面に付かなかったのは彼なりの意地だろうか。



「それじゃあ、明日は奴らのアジトに乗り込むぞ」

「え?」

「うえ?」



 え、本当に?

 確かに今日一日彼は頑張ったが、だとしてもこの状態で「はい、明日乗り込みます」はさすがに酷ではなかろうか?



「ではまた明日の朝、ここに集合だ。それじゃあ、解散!」



 そう言うと団長様はそそくさと帰路に着こうとした。

 青年の方はというと呆気にとられた顔しか出来ない様子だ。



「人描き殿、もう一日だけこの村に滞在するが問題ないか?」



 そうだった。そういえば明日この村を出る予定だったんだ。



「ん、ああ……それは問題無いが……」



 俺は歩みを始める騎士様の横にピッタリとくっつき耳打ちをした。



「おいおい、ほんとに大丈夫なのか……?たった一日、あの稽古だけで数人を相手に出来るようになるものなのか……?」



 団長様は一切の曇りなき目でハキハキと答えた。



「ああ、問題ない。今の彼なら山賊数人などチンピラも同然だ。いや、そもそも山賊はチンピラみたいなものか?とりあえず彼一人でも十分に相手出来るはずだ。」



 …………まあ、団長様がそこまで言うのであればきっとそうなのだろう。

 もちろん俺たち二人も明日はついて行くのだからリスクは最小限だと思うが、それでもまだ心配が勝つ。



 個人的にはそんなことより、これで果たして青年が自信を持って何かを成し遂げたと思えるかどうかだ。

 いくら彼がこの稽古で力をつけたと言っても、最終的に団長様の介入で勝敗の行方が左右されるようなことがあっては彼が乗り込む意味は皆無と言って良い。



 そこらへんを団長様は分かっているのだろうか?

 俺はそっと彼女の顔を見つめた。



 そこに映る表情は、今にも鼻歌を歌いだしそうほど楽しそうに見えた。

 軽い足取りで村へ戻る彼女の姿は、青年の稽古にほぼ丸一日使ったというのに疲れや気怠さは全く感じられない。



 ああ、そうか。彼女も十分“こっち側”の人間なのか。

 であれば何も心配することは無さそうだ。



 俺はこの旅を通じて初めて緊張とはまた違う、次の日への胸の高鳴りを感じた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 次の日の朝。

 俺たち三人は早々に朝食を済ませ、山賊どものアジトの前に来ていた。

 今日は三人いるため少し離れた木々の間から奴らの様子を伺った。



「ほう、あれが例の山賊たちか。簡素だが、確かにアジトのようなものを建てているな」



 昨日の時点で団長様には、山賊四、五人がなにやらアジトを建築しているようだとしか伝えていなかった。

 実際に現状を初めて目にした団長様はその様子を冷静に分析し始めた。



「しかしなあ。小さな拠点とはいえ、あの人数だけで建築をわざわざさせるか?とてもじゃないが時間がかかりすぎるはずだ。それに奴らも特別に建築が得意というようには見えんしな……」



 それは俺も同意見だ。

 なぜこんな北東の極地のようなところに、この人数であの大きさの拠点を作る必要があるのか皆目見当も付かない。

 山賊であれば一つ本拠地と呼ばれるものが存在するはずだが、その拠点を増やすのにこの地を選ぶ理由がイマイチ分からない。



 少し考えると団長様は口を開いた



「可能性としては、絶対に拠点を他人から見つからないようにするため、とか」



 それであればこの地にあの程度の拠点を作る合点はつく。

 しかし問題は……。



「問題は誰が何のために、だな」



 残念ながら今の俺たちにそれを確かめる術は一切無い。

 だが今回の目玉はそれはまた違う。



「それじゃ、手筈通り頼む。頑張れよ」



 団長様はそう言うと青年の背中をポンと叩いた。

 青年はそれを受けて「おう」と小さく答えた。



 さすがに緊張しているかと思ったが、彼の表情からはそんなものは見受けられなかった。

 寧ろニヤつきが止まらない様子で、興奮が抑えられないようだ。



 こういう若者を見るのは個人的には好きだ。

 せっかく闘争を見るのであれば本人がワクワクしている方が良い。



 これだから闘技場の需要が無くならない訳だ。

 やはり、内面に潜むこの熱を満たすのは飽くなき闘争なのだと、改めて自分の中に潜む加虐性に気付く。



 まあ、俺自身がそこに立とうとは微塵も思わないがな。



 さて、青年が手に持つのはいつもの棒だ。

 少し心許ない気もするが、ここで団長様から刃物を借りても意味が無い。

 一度負けた武器で今度は勝つ。

 そこに努力の意味があるのだ。



 さて、決戦の時だ。

 俺は固唾を飲んで彼を見守ることにした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 不思議と緊張はしていなかった。

 昨日の特訓が辛すぎて、チンピラ相手じゃ緊張もしないのかと思った。



 だがいざそこに立つと違った。

 身体が震えあがり、全身の血が沸き立つのが分かる。



 これはきっと武者震いだ。

 そう思い込んでその一時をやり過ごす。



 後ろでは騎士様たちが見守ってくれている。

 あそこまで手をかけてくれたのだ、これで負けるわけにはいかない。

 なにより俺自身のためにも。



 そう、これは通過点。

 ただの通過点に過ぎないのだ。



「やってやろじゃないか」



 俺は奴らに向かって駆け出した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 いざ戦いが始まると、それは予想だにしないものとなった。

 いや、正確には予想以上というか。



 作業中の山賊どもの前に姿を現した青年は、そのまま背後から一人を殴打。

 その物音に反応した残り四人が資材を置いて一斉に襲い掛かる。



 彼はそんな奴らを華麗に躱しながら、その棒で的確に首元を狙い打っていく。



 人間の首という器官は無防備すぎる。

 脳と心臓が強固に骨で守られているのに対し、首は頭部を支えるという役割を持っていながら骨でしっかりと守られていない。

 そこを不意に殴られると人間はあっけなく”落ちる”。



 彼は昨日一日を、その攻撃のために費やした。

 複数人を相手にするのであれば、確実に人間が怯む急所を狙っていかなければ実力に差がほとんどない場合はかなり厳しい戦いになる。



 そしてその攻撃の隙を生むためには複数人相手に攻撃を躱し続けなければならない。

 彼は元々攻撃をする訓練は一人で行ってきた。

 そのため団長様は応用編と称し、ひたすら団長様の攻撃を往なす訓練を彼に施した。



 その結果、青年はみるみると上達し、最終的には団長様の初撃は当たり前のように反応することが可能になっていた。



 そのレベルまで達してしまえば、山賊どもの攻撃など脅威になりはしない。



 恐らく数分の事だったと思う。



 青年の周りには項垂れた山賊どもが転がっていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「勝負あったな」



 団長様はそう言うと茂みから体を出し、青年の元へと近づいた。

 俺もその後に続く。



 山賊どもは五人の内の一人がまだ地面に転がったまま悶えている。

 他の四人は意識を失っているようだ。

 これもまた手筈通り。

 後々に交渉をするためだ。



 しかし初めての戦闘でまさかここまで上手くいくとは。

 青年はというと、無表情を浮かべており感情が上手く読み取れない。

 これは今起きたことがあまりに予想外だった時にする傾向が多い顔だ。

 つまり彼自身も呆気に取られているということ。



「どうだった?初めての山賊討伐は」



 青年はその声で我に返ったようだ。



「ん?ああ……。なんか思ったよりもすぐ終わっちゃったというか……、言われたことをそのままやっただけというか……」



 その感想は基本的に強者にのみ許されたものだ。

 戦いの心得もまともにあるかどうか怪しい山賊相手だったとしても、たった一日の手ほどきであそこまであっさりと五人を倒してしまうとは。

 最初は努力によって身体能力を高めた者ぐらいにしか思っていなかったが、これは明らかに断言できる。



 彼には武の才がある。



「でも、鍛錬したことを生かせたのは嬉しかったかも」



 そう言う青年は自らの掌を見つめて、グッと握りこんだ。

 その姿を見た団長様は彼の頭に手を置いて声をかけた。



「そうだな、それは良いことだ。その感覚を忘れるな。これから生きていくのにその感覚は必ず必要となってくる」



 学んだことを生かすというのは案外難しいことだと思う。

 人生というのは思った通りにいかないことがほとんどだからだ。



 どんなに積極的に経験を積もうとしても、人が人生の内で経験できるものなど些細なものだ。

 だからこそ人は先人と過去に学ぼうとする。

 だが学んだことが全ての場面で生きるとは限らない。

 同じ教訓でも、状況によっては適用されるか怪しいこともしばしば。



 そのため学んだものを自らの中で砕いて飲み込み、その時々でその学びを適用するのが重要となって来る。

 今回のこの経験は彼にとってその第一歩となったことだろう。

 この感覚を持っていると学ぶこと、鍛錬をすることがより楽しくなってくる。



 今ここで、一人の若者の未来は明るいものとなったのだ。



「それじゃあ、ここから先は私たちの仕事だな」



 団長様は地面で伸びている山賊の一人の胸倉を左手で掴んで持ち上げた。



「があっ」

「やあ、伸びているとこ悪いが話を聞かせてもらおうか」



 掴み上げられた山賊は力なく声を漏らした。



「まず一つ目、お前たちは山賊で合っているか?」

「…………だったらどうした」



 これはきっと肯定だ。

 一先ず山賊と言うのは確定した。



「なるほど。じゃあ次の質問だ。一体誰の指示でこんなことを?」



 これは昨夜、俺と団長様で話し合った結果による質問だ。

 山賊どもがアジトを建てるのは珍しくはないが、その場所があまりにも村という人気のある場所に近すぎることに俺たちは疑問を持った。

 さらに言えば、ある程度規模の大きくなった集団なら分かるが、彼らはたった五人の集り。

 この人数であれば洞窟や野宿をしながら移動するのが定石、定住するための拠点を作る意味がよく分からない。



 しかしこれが誰かの指示ということになれば合点がつく。

 例えば、ある組織がこの地域に拠点が欲しかった、とか。



 山賊はそっぽを向いて答えるのを渋った。

 まあ、こちらとしても簡単に答えるとは思っていない。



「よし分かった、質問の仕方を変えよう」



 団長様は左の腰に帯刀した剣を右手で引き抜いた。

 そしてそれを地面で伸びている山賊の一人に向けて突き付けた。



「もう一度だけ同じ質問をする。もし答えないのであればこいつの首を刎ねる。」



 それを聞いた山賊は驚いた表情をした。



「質問だ。一体誰の指示でこんなことを?」



 その目に嘘が映っていないのを山賊の方も分かっているはず。

 どんな関係性で彼らが繋がっているかは分からないが、この人数で行動を共にしていたという事は、ある程度強い繋がりを持っていた可能性がある。



 山賊の顔色はみるみる悪くなってく。

 だが答えを未だに渋っている様子であった。

 悪いがこちらもこんなことに時間を使うほど暇じゃない。

 明日にはこの村を離れる予定なのだ。



 隣を見ると青年も顔色を悪くしていた。

 山賊とはいえ今のところ能動的に危害を加えたという事実は確認できない。

 ゼムレス王国の自治という面を考えれば、このような山賊どもを処分することはなんら問題が無い。

 ただ誰かに指示されただけだとするならば、命を奪うまではやりすぎと考えているのかもしれない。

 その意見もまた至極当然だ。



 だがな、青年よ。

 大人と言うのは使える選択肢は全て使う人間の事を言うのだ。



「よし、まずは一人だな」



 団長様は右手に握った剣を振りかぶった。

 「おい、待てよ!」と青年の声が聞こえたが、団長様が構う事は無かった。



 そしていざそれを振り下ろそうとしたその時。



「待て!分かった!全て答える!」



 団長様の手元から大きな声が響いた。



 団長様はその手を止め、山賊の方を向いた。

 山賊は団長様が動きを止めたことを確認すると、静かな口調で話を続けた。



「抵抗も反撃もしない。だから頼む、彼らには何もしないでくれ」



 団長様は数秒考えた後に剣を鞘に納め、了承の意を示した。

 そして掴み上げていた山賊をその腕から解放した。



 高く持ち上げられていた山賊はそのままドサッと尻から地面に着地した。

「ゲホゲホ」と咳き込む山賊はどうにか上半身を起こすと、やたら周囲を確認する仕草を取った。



 そして俺たちの元に近づき小さな声で話しかけた。



「ここだと奴らに聞かれているかもしれない。場所を移さないか?」



 俺と団長様はお互いに顔を見合わせた。

 罠である可能性は高い。

 だがここでそれを受け入れない理由もない。

 既にこの場は俺たちが支配し、伸びている山賊たちも人質のようなものだ。

 奴ら、というのが誰を指しているかは分からないが、他に仲間の姿も見受けられない。

 この男について行ってもリスクは高くないと判断した。



「分かった、そうしよう」



 団長様が答える。



「そうか、助かる」



 そう言うと男は俺たちを森の奥へと案内した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「ここなら大丈夫のはずだ」



 そう言うと男は足を止めた。

 そこには人口的に掘られたと見られる洞窟があった。



「ここは?」

「俺たちの“元”仕事場だ」



 男は入り口の壁にある魔法陣に触れた。

 すると入り口から奥に向かって左右の壁に配置されたランプが灯っていく。

 たちまち洞窟の中は屋外と変わらない明るさとなった。



「安心しろ、そこまで奥へは長くない。そこならゆっくりと話せるはずだ」



 男は「ついて来い」とばかりに親指を立てて洞窟の奥を指さした。



 俺たちは罠が無いか一応警戒しながら進むことにした。

 もっとも、今俺たちは人質を担いでいる状態だ。

 俺と青年が一人ずつおぶり、団長様がその腕力で二人を抱えている。



 この状態で罠を発動させれば人質も被害に遭う可能性が高い。

 先ほど他の仲間に手を出すなと言っていた人間が、ここでこいつら諸共攻撃するとは思えない。

 とりあえずは問題が無いと思って良さそうだ。



 しばらく歩くと広間に出た。

 そこにはツルハシやシャベル、壁を掘った時に出た土やらを貯めて運ぶための手押し車が多数あった。



 そしてその端には長方形のテーブルと、椅子が数個存在した。



「そいつらはそこら辺に寝かしといて良いぞ。不安だったら縛り上げても良い」



 団長様は少し考えたが、男から敵意を向けられていないことを感じ取ったのかそのまま寝かすことを選択した。

 俺と青年もそれに倣い男たちをその横に寝かしていく。



「まあ、座れよ」



 そう言うと男はテーブルへと案内する。

 俺たちは真ん中を団長様として、男の反対側に座った。



「それで話とはなんだ?そもそもここはどこなんだ?」

「まあ待て、順に話をさせてくれ」



 男は落ち着いた様子で話を始めた。



「まず最初に、俺たちは山賊ではない」

「なに?」



 団長様は少し怪訝な顔をした。

 それはそうだ、あそこまで山賊じみた行動をとりながら「実は違います」とは一体どんな了見なのか。



「俺たちは魔結晶の採掘師で、ここは以前に仕事で魔結晶を採掘していた場所だ。

「……どういうことだ?」



 俺も意味が分からない。

 なぜ魔結晶の採掘師がこんなところで山賊の真似事を?

 どうやらこれは、かなり訳アリの話のようだ。



「俺たちは普段、ゼムレス王国の東方で採掘の仕事をしている。だが仕事柄、魔結晶が大量に採れる場所が発見されるとそっちの方に派遣されることもしばしばだ。それでここは数年前にその仕事で送り込まれた場所だ」



 ここまでの話に違和感は無い。

 魔結晶の採掘師としては至極当たり前の説明をしている様に聞こえる。

 問題ここからだ。

 なぜ今、その元仕事場の近くであんなことをしているかの経緯だ。



「数日前、いつも通り採掘の仕事を終えて家に帰ったら、いつもは出迎えてくれるはずの家族が居なかった。その代わりにこんなものが置いてあった」



 そう言うと男は二つ折にされた一枚の紙を差し出してきた。



「中を見ても?」

「ああ」



 その紙を受け取った団長様は中身を確認した。



「なんて書いてあるんだ?」



 恐る恐る青年は団長様へと問いかける。

 団長様はそこに書いてある内容を読み上げた。



「妻子は預かった、明日の朝に船着き場まで一人で来い……と」



 なるほど、これは少し話が見えてきたな。



「それで、あんたはどうしたんだ?」

「もちろん行ったさ、誰にも言わずにな。その夜は不安で眠れなかったのをよく覚えている」



 男は少し悲しげな声で答えた。



「そんで次の日の朝、指定された通り船着き場に行くとこいつらも居たんもんだから驚いたよ。話を聞くと同じように家族を人質に取られたとさ」



 そう言う男は寝転がっている他の男たちの方に視線を落とした。



「そんでしばらくそこで待っていたら、黒ローブの男がどこからともなく現れてよ。そいつがこう言ったんだ。今からあなたたちにはある場所で簡易的な拠点を建ててもらう。それが完成した後に家族を解放しよう、てな」



 つまり彼らは何者かに脅されて、あの場所で拠点を建設していたのだ。

 それが何者かは今のところ分からないが。



「それで目隠しをされて船に乗せられた。んで、気づいたらこの場所に居たって訳だ」



 男は外の方を見つめて話を続けた。



「最初はどこか分からなかったが、近くに見覚えのある村と森が見えた。そんで手分けして周りを探索してみるとこの仕事場を見つけた。今はここで寝泊まりをしているよ。幸い暖かい服と寝具は予め支給されていいたからな」



 団長様はその話を聞くと「なるほど」と小さく零した。



 彼らがここであんなことをしていた経緯は分かった。

 だがいくつか気になるところがいくつかある。



「質問だが、もしこの拠点が完成したとして、それはどうやって相手に知らせるつもりだったんだ?まさか四六時中あんたらを見張っている訳ではなさそうだし。伝書鳥でも使うつもりだったのか?」



 俺は男に質問を投げかけた。

 男は「ああ、それは」と言いながら椅子から立ち上がった。

 そしてそのまま壁際に置かれた箱の中から石のようなものと一枚の紙を取り出した。

 それらを机まで持ってきた男は俺たちの前に並べて置いた

 掌大の石のようなものは全体が翡翠色に染まっており、真ん中には赤い突起物が取り付けられていた。



「これは?」

「分からん。だがそこに書いてあるのを読むと通信機のようだ。ここに連れて来られた時に、さっき言った黒ローブの男が渡してきた。」



 団長様はそれを聞くと紙を広げて中身を確認し、読み上げた。



「指定された建築が完了したら赤い突起を押し込め。さすれば三日後の朝、迎えの使者を送る」



 そこまで読んだところで団長様は眉間にしわを寄せた。

 一瞬の静寂の後、団長様はその最後の一文を読み上げた。





「“果ての集い”、より」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「とりあえずこの事は王都の“イギル本部”に伝達しておく。すぐに調査が始まるはずだ。それまでは奴らにバレないように作業を続けてくれ」

「ああ分かった。感謝する」



 “イギル”というのは言うなれば警察のようなものだ。

 警察組織自体は旧王国時代から多数あった。

 理由としては、三つの王家がこの国を統治していたからだ。

 それぞれの王家が治安維持範囲を持ち、そこで各々が警察組織を複数作るなどして治安の維持に取り組んでいた。



 それらが現ゼムレス王国に創立時に、ゼムレス家が運営していた警察組織の“イギル”に統合されたのだ。

 そして各警察組織はイギルの支部となり、その動向をイギル本部が一括で管理をしているのが現在の体制だ。

 やっていることは中央ギルドと各地方の冒険者ギルドのそれと同じである。



 一つだけ違うところは、ギルドは王家等の国家運営組織と切り離された民営組織だが、イギルは国家が運営している警察組織だということだ。

 そのためギルドは依頼報酬や金融組織からの貸金を資金源としているのに対し、イギルはその運営に莫大な国家予算が割かれている。



 しかし王家がそのイギルに口出しができるかと言われればそんな事は無い。

 理由としては王家の独裁を防ぐためだ。

 そのため王家や貴族に不正があれば、イギルはその人物や関係者を逮捕する権限を持っている。

 これもまた他国と比べると大きく違うところで、他国では国家の頂点と警察が繋がっていることなどザラである。



 当然だ。

 そうすれば意に従わない民間人を自由に規制できるからな。

 そういう意味では現王国は限りなく自由主義と言える国家なのだと再確認できる。



「そういえば坊主、あの時は済まなかったな」



 男は青年に向かって謝罪をした。

 恐らくは初めて青年に突撃された時の事を言っているのだろう。



 今となれば彼らも脅されているわけだから、簡単に引けないということは容易に想像できる。

 もし青年にボコボコにされて作業が止まった結果、家族にもしものことがあってはいけないからな。



 採掘師たちも「ちょっと痛めつけて二度と近づけないようにしてやろう」ぐらいの気持ちだったはずだ。

 そう考えれば、山賊と正面から戦って殴られただけで済んだことに違和感を持った時点で、彼らに暴力の意思は無いとある程度想像できる。



「いや、別にいいんすよ、そもそも最初に喧嘩売ったの俺だし……。皆さんがこんな状況に置かれているなんて考えもしないで……」



 青年は悲しげな表情を浮かべた。

 母親の好きな花を守るために山賊に喧嘩を売ろうと思うぐらいだ。

 本来は家族思いの優しい心の持ち主なのだろう。

 そんな彼がこの真実を知ったら自分のことのように傷つくのは目に見えている。



「だが、驚いたな。たった数日であそこまで強くなっちまうとは」



 そう言うと採掘師の男は青年の頭に手を乗せて撫でてやった。



「今度はその強さを大切なものを守るために使うんだぞ」

「………分かりました」



 魔結晶の採掘という仕事も、間接的には戦争の勝敗に大きく関わってくる仕事だ。

 そんな中で一人の若者の強さを目の当たりし、この力を無暗矢鱈に使うべきではないと教えるのもまた大人の役割。

 これは青年にとっては重い言葉になった事だろう。



 俺たちはそのまま採掘師たちと別れ、少年を連れて村へと帰った。

 もちろんお目当ての黄色い花も忘れずに。



 時刻は未だ正午を少し回ったところだろうか。

 村に着くと青年は父親の墓に行くというのでそのまま別れた。

 俺たちは酒場で昼食を取るついでにこれからの事を話すことにした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「予定通り明日にはこの村を出るのか?」

「ああ。せっかくここまで来たのだ、銀嶺花の在り処が分からなくとも手がかりぐらいは掴みたい」



 団長様は茶の入ったジョッキを持ち上げ、口に運んだ。

 ゴクッ、ゴクッとそれを飲み込むと話を続けた。



「それにウバの村へ近づく度に、妙なことが起きている気がするしな」



 そう言うと団長様は腰の小物入れから黒い布を取り出した。



「これがあの採掘師たちが羽織っていたマントの切れ端だ」



 これは別れ際に団長様が採掘師の了承を得て切り取ったものだ。

 初めから全員が同じマントを羽織っていたことに違和感はあったが、山賊であればあり得なくもないことだと思っていた。

 だが彼らの正体が採掘師だということが分かり、なおさらマントを羽織っていることに疑問が生じた。



 話を聞いてみると、黒ローブの男からこの地に滞在している間はこのマントを装着するよう言われていたらしい。

 団長様はそのマントを間近で観察すると「これの切れ端を貰っても良いか?」と言って、端っこの方を剣で切り裂いた。



「そしてこれが私達を襲った奴らの黒ローブの切れ端だ」



 そう言うと団長様はもう一つの黒い布を小物入れから取り出した。

 俺はその二つをよく観察した。

 正直言って布の違いなど全く分からないが、素材や作りが似ているということぐらいは分かる。



「確かに似ているな……。つまり俺たちを襲った奴らと採掘師たちをここに連れてきた組織は同じってことか……?」

「私はその可能性が高いと思っている。青年の戦闘を見ている時に試したが、採掘師たちには魔力探知が引っかからなかった。明らかにこの素材が魔力探知を邪魔していると見て間違いないだろう」

「なんだって?」



 それが本当であればこの素材を調べれば奴らに辿り着く可能性が高い。

 逆に言えばこの素材を作ることが出来れば、こちら側も魔法を使わずに隠密が可能になる。

 これは戦場を大きく変える可能性がある素材だ。



「そしてこれらを仕組んだ組織の名が……」

「果ての集い、か……」



 果ての集い。

 俺自身はそのような集団の名前を聞いたことは全くない。

 それに加えて奇妙なのは、仮に俺たちを襲った奴らと採掘師たちを連れてきたのが同一組織だとして、活動の意図が全く分からないのである。



 北東の極地にある村に行く旅人を襲うことと、人目の近い村の傍で、わざわざ家族を人質にとってまで余所者を連れてきて拠点を建築させることの共通点が全く分からない。

 まさしく奇怪、意味不明である。



「念のため聞くが、団長様はその名に心当たりは?もしくは似たような名前の組織とか」

「全く無いな。似たような組織名も聞いたことが無い」



 となると俺たちは完全に素性が不明の組織と、いつの間にか対立することになってしまったのか。



「だが疑問だな。私たちを襲った者たちは決して素性を明かさなかったのに対し、採掘師たちを連れてきた人物はわざわざ“果ての集い”という名を、紙と言う媒体にまで書いて残したのだろうか?」



 確かにそれも大きな謎の一つだ。

 仮に長く正体を隠して活動を続けていた組織だとして、なぜ今になって名を明かし始めたのか。

 もしかしたら俺たちには名を明かす方が不利と考えたのか。

 逆に言えば採掘師たちには名を明かす利点があったのだろうか。



「もしかすると、市民に名を広める目的があったのかもしれんな」



 団長様も同じような結論に至ったようだ。

 とすると、これは大きな問題になるかもしれない。



「そうだとすると、この状況はかなりマズイんじゃないか?」



 団長様は左手に持ったスプーンで米を口に掻き込む手を止めると、質問に答えた。



「ああ、マズイな。もし意図的に市民へと名を広めているのだとすれば、これは明らかに国家への敵対意識が見られる。最悪は……」



 そこまで言うと団長様は少し間を置いて、はっきりとして口調で残りの言葉を発した。



「戦争や内乱に繋がるかもしれないな」



 戦争を経験している人物からこの言葉を実際に聞くと、中々に重く感じるな。

 だがきっとこれは嘘偽りでも誇張でも無く、妥当な見解なのだろう。

 であるならば俺も少しは“覚悟”をしなければいけないのかもしれんな。



 俺たちはそのまま昼食を終えると明日の出発に備えて宿へと帰って休むことにした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





(親父、見てるか?俺は強くなったぞ)



 この墓の前で手を合わせるのはもう何度目だろうか。

 俺はしばらく瞑っていた目を静かに開け、その場を立ち去った。

 先ほど手に入れた黄色い花は風に揺られ、今にも歌いだしそうに思えた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「はあー、今日も疲れたねぇ」



 外から母さんの声が聞こえる。

 相変わらず声が大きいのですぐに分かる。




——————————ガラガラ——————————




「ただいまぁ」

「……おかえり」



 俺の声を聞いた母さんは驚いた表情をしていた。



「あんた、一体今日はどういう風の吹き回しだい?まだ夕方だってのに。帰ってくるのが随分と早いじゃないか」

「……まあな」



 そう言うと母さんはそそくさと夕飯の用意を始めた。

 いつもならもっと怒るのに、そっちこそ一体どういう風の吹き回しだ?



「あの、さ。これ、採ってきた」



 「んー?」と言いながら母さんはこちらに駆け寄ってきた。

 そしてそれが目に入った瞬間、やたら元気そうな声で喋り始めた。



「あらあら!こんなに一杯!一体どうしたんだい?」

「いや、そろそろ父さんの命日だから。墓参りにと思って……」

「あら、そういえばそうだね。すっかり忘れていたわ」



 なんだよ、忘れてたのかよ。

 こりゃなんのために苦労して採ってきたのか分かんなくなるじゃないか。

 いや、母さんが忘れていても俺が忘れないから勝手に供えに行くんだけどさ。



「こりゃ今日はご馳走だね。大好きな肉料理でも作ってあげようじゃないか」



 そう言って屈託の無い笑顔を浮かべる母さんは眩しく見えた。

 親父もこんなところに惚れたのだろうかと邪推をしてしまう。



「なあ、母さん」

「なんだい、まだあんのかい」



 台所に行こうとしていた母さんは、再び体と顔をこちらへ向けた。



「俺さ……」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 コーネの街を出て十九日目の朝。

 今日はとてつもなく目覚めの良い朝を迎えた。



 久しぶりの一人で過ごせる部屋と整えられた寝具。

 この部屋に三泊したが、旅の疲れが一気に吹き飛んだ気がした。



 俺と団長様は支度をして宿の広間に集合した。

 この村に来るまでに軽くなったリュックが再び重さを取り戻し、少し憂鬱な気分になったが嘆いていてもしょうがない。



 広間には旅人や商人と思われる人間がちらほら集まっていた。

 彼らもこれからこの村を出発するのだろうか。



 俺たちもいざ宿を出ようとしたところで見覚えのある顔が広間に入ってきた。



「団長様たちはまだ居るか?」



 見ると昨日の青年であった。



「お、どうしたんだ」

「いや、別れの挨拶をと思って」



 それは律儀なことだ。

 こんな朝早くに、宿まで訪ねてくるなんて。



「そうか、それは感謝する。だが焦らずともそう遠くない日にまた会うはずだ。なんせ帰りもこの村を通るつもりだからな」



 団長様は軽快に答えた。

 青年は「あ、確かにそうか」と納得していた。



「いや、あのさ」



 青年は少し照れ臭そうに言葉を言い淀んでいた。

 俺と団長様は彼が言葉を発するまで急かすことなく待った。



「俺さ、白羅の騎士団に入りたい」



 俺と団長様はお互いに驚いた顔をしていただろう。

 青年はその顔を見て「やっぱこんなド田舎出身じゃ無理か?」と不安そうに問いかけてきた。



「いや、そんなことは無いさ。ただ、うちに入るなら試験を受けて貰わないといけないがな」

「試験?試験ってどんな?」

「身体能力の測定と模擬戦を数試合だ」



 へえ、それは驚いたな。

 俺もてっきり白羅の騎士団はある程度、家柄や血筋で入れる門が制限されていると思っていた。

 なぜなら一国の騎士団としては二万と言う兵力はそこまで大きい規模ではないからだ。

 さらに言えばこのゼムレス王国は総人口が約五億人と周辺諸国に比べれば一回り程多い国だ。

 それに対して二万という兵力は割合にしてみると、いかに少ないかが分かるはず。



 そのため名のある家のさらに腕っぷしが良い人間しか入れないのだと思っていたが、そんなことも無かったと知って驚いた。

 しかも試験内容も聞く限りでは難解なものでは無い様だ。

 むしろ単純明快。

 ただ実力があれば合格できるというものだ。



「模擬戦って、それは勝利数によって合格するか決まるのか?」

「いや、正確には対戦内容だな。勝敗によって合否を決めてしまうと、同じくらい素晴らしい実力を持っている者の中でも、負けたという理由だけで落される者が出てしまう。我々としてもそれは本望ではない。対人戦の勝敗ではなく騎士としての適性を見ていきたい訳だからな。だから模擬戦も対戦相手と採点者を変えて複数回行われる。そこで適正があるかどうかを判断するのだ」



 これを聞くと中々厳格な採点基準がありそうだな。

 だがなるほど、こうして優秀な人材を集めているのか。

 少し面倒くさい内容ではあるが未来への投資と想えば安いものか。



「だから入団試験の時期になったら王都へ来い。私たち白羅の騎士団は君が門を叩くことを大いに歓迎する。」



 そう言うと団長様は右手を差し出した。

 青年はそれ受けて「ああ、必ず」と言い力強い握手を二人は交わした。



「改めて、若者よ。名を聞かせてくれ」



 青年の顔には未来への希望が満ち溢れていた。

 彼にとっては、ここからが新たな物語の始まりなのだ。



「トードル、ドードル・グレアス」

「トードルか。覚えておこう、君が我らの仲間となるその時まで」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ウバの村へ向け、再び歩みを進め始めてしばらくが経った。

 俺は先ほどまで滞在していた村を出てからずっと気になっていたことを団長様に質問した。



「なあ、団長様」

「ん、どうした?」

「あの青年、トードルとか言ったか?彼は騎士団の入団試験に合格できそうか?」



 団長様は少しも考えることなく答えた。



「まず間違いなく合格するだろうな」



 驚いた。

 こういうものはいくつか可能性を考えてから答えるものだと思ったが。

 それほどまでに、団長様の目から見ても彼に才があることは確かだということか。



「だが一つ不安なのは、彼が入団してからも意欲が削がれないかが心配だな」

「意欲、とは?」



 団長様は少し空を見上げながら話を続けた。



「我々は基本的に“守る”というのが主な仕事だ。だが、彼の父親は冒険者だったのだろう?その身体能力を彼も色濃く受け継いでいるのであれば、冒険者としての好奇心もまたそのまま受け継がれていても不思議ではない。騎士団と言うのは基本的に規律と勤勉が求められる場だ。彼にとっては窮屈な場になる可能性が十分に考えられる」



 確かにそれは一理あるな。

 子が親と全く同じに育つと俺自身は微塵も思っていないが、親の性質が子に受け継がれるというのはよくあることだ。

 今回はその好奇心と闘争が良い方に働いた例だと言える。

 逆に一歩間違えれば彼もまたチンピラになる可能性だってあるわけだ。



 だが俺はそんな事は起きないと感じる。

 なぜならあの時、採掘師から受けた言葉が彼の中に大きく響いていると思ったからだ。



「俺は、信じるよ。きっとあの強さを守るために使ってくれるはずだ」



 それを聞いた団長様は少し笑って「それもそうだな」と答えた。



 さあ、ウバの村までは残り半分を切った。

 目標は三つ目の村。

 酒場で話を聞くと、どうやらあまり治安が良くないらしい。

 これは気を引き締めなければな。



 俺たちは少しだけ歩く速度を上げた。






ED  「大団円(feat.ZORN)/RADWIMPS」

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