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人描きと銀嶺  作者: Nori
第二章 ウバの村編
7/15

第六話 加護

OP 「しとど晴天大迷惑/米津玄師」



 コーネの村を出て十二日が経過し、ウバの村までの道のりも約三分の一が過ぎた。

 現在は大きく広がる平野に一本だけ舗装された道を横並びに歩いている。

 恐らく行商人等が通るために作られた道であろう。

 現在の季節は冬の初めだ。そのため辺り一帯は緑が枯れかかっているが、これが春や夏になると綺麗な緑の絨毯が広がるのだと思うと、今度はこの道を馬車で訪れてみたいと感じる。



 この十二日間、コーネを出てから通過した村や街は、結局最初のあの村だけである。

 ギーネがくれた地図によると、ウバの村に到着するまでに通過する予定の村は残り二つ。

 団長が言うにはその内の一つがそろそろ見てくる頃らしいが、なんせこちらは馬車とは違うのだ。



(全く、いつになることやら………)



 少し頭を抱えたような表情を浮かべたのに気づいたのか、団長は気遣うように次の提案をしてきた。



「そろそろ昼食にするか?」



 確かに時刻はもうすぐ正午になる頃だ。少し早い気もするが、今日はいつもより少し早めに出発したからな。

 腹の空き具合的にも頃合いだろう。



「そうだな、そうしようか」



 その言葉を聞くと団長は荷物を下ろし、速やかに食事の準備をし始めた。

 ここまでの約半月、様々な食事を摂ってきたがここ数日はこの平野続きのため、もっぱら携帯食料での食事となっている。

 旅立って最初の五日間ぐらいは森を通る道のりであったため、野生の獣や山菜、川が流れていればそこで魚を獲ったりして肉や魚などそれなりの食事を行えていたが、平野続きではそのようなものにありつくこともできない。

 そのためこの携帯食料がこの旅の間に最も口にした相棒になっているのだが、そろそろこれにも飽き飽きしてきた。

 見た目は四角いパンのようだが、これの優秀な所は味の種類が豊富だということだ。

 個人的には種類の中で最も甘いと思われるフィム味が味覚に合っていたが、意外とリジン味など酸味が効いた味も悪く無い。

 団長様はというとコルン味を一番口にしている気がする。

 コルンが好きなのか?と聞いたことがあったが、別にそんなことも無いらしい。

 なにやら故郷がコルンの産地だったらしく、一番落ち着く味なんだとか。



 今挙げただけでも三種類の味が登場したが、団長様が用意した中には他にも五種類の味が存在する。

 これだけで八食は飽きずに食事が摂れる計算になる。

 だがしかし、ここまでの旅ですでに俺たちは各々この八種類の味を食し終えている。

 そのためここからの携帯食料での食事は、同じ味の使い回しでしかないのだ。

 


 正直言ってこの食事は既に億劫になっている。

 村や街に入れば、そこにある食料を購入したり分けて貰ったりなどしてまともな食事にありつけるのだが、いかんせんまだその村が見えてこないのだ。先は長いだろう。



「さてと、どの味を頂こうかな……?」



 俺は自分の荷物の中から残りの携帯食料をいくつか出し、その中からどの味を選ぶかを悩み始めた。



(朝はリジン味だったからなぁ……今日はそこそこ歩いたし甘い味にしようか…)



 そうやって俺は結局お決まりのフィム味を選んだ。

 横目で団長様が手に取った味を見ると、どうやらポラ味を選んだ様だった。

 結構渋い味を選ぶのだなと思った。

 まあ、味覚の新鮮さを求めるなら渋いぐらいが丁度いいのかもしれない。



 そうやって選んだ携帯食料を手にして、俺たちは道の脇に並んで座った。

 硬い地面に腰を下ろすのは慣れたが、こうやって誰かと並んで食事を摂るのは未だに慣れない。

 用意した携帯食料を口に運ぶと少し硬い食感に不快感を覚える。

 焼きたてのパンがあればこんな思いをすることも無いのだろうが、無いものは無いのでしょうがない。

 自分自身はパンよりも米の方が好みだが、ここまで連続してこの不快感を感じる物を食べ続けていると、さすがにパンの柔らかい食感が恋しくてたまらない時もある。

 しかし隣でムシャムシャと携帯食料を頬る団長様の姿を見ると、そんな感情も消え去った。



 しばらくはお互いほぼ無心で食事をしていたと思う。

 たまに吹き付ける北風に身震いしながらも、広がる平野で風に靡く草木を眺めるのはなぜだが心がとても落ち着いた。



 しばらく携帯食料を口に運び続けていると、一人の行商人が馬車に乗り俺たちが向かう方向から向かってきた。



「おや、こんなところで何してらっしゃるんですかい?」



 行商人もここら辺での旅人を珍しがってか、馬車を止めて話しかけてきた。



「ああ、ちょっとここから東の方まで旅をしていてな」



 特に二人で取り決めをしたわけでも無いが、俺の人見知りを気遣ってかこういう時は団長様が話し役になるのが俺たちの旅の常だ。



 行商人もこの道で人を見るのは久しかったようで、その孤独を紛らわせるかの様に少しばかり会話を交わした。

 この行商人はどうやらゼムレス王国の北の地域を中心に商いを行っているとのことだ。

 俺はこんな北の寒さが厳しい地域で商いをしていて辛くは無いのか?と問いだしたがこの商人曰く、祖父の頃からの家業で本人としてはこうやって街や村を旅しながら人と出会うことは性に合っているそうだ。



「そういえば私たちはこの先にある“ウバ”という名の村に向かう途中なのだが存じているだろうか?もし行ったことがあるのであればどのような所か少し話を聞きたいのだが」



 会話の途中でおもむろに団長様は行商人に問いかけた。

 確かにこの一帯で商いをしていればウバの村に行ったことがある可能性があるかもしれない。

 もしここでその周辺の詳しい話を聞けるのであればこの先の旅で危険を避けられる可能性が上がる。

 これは是非とも聞いておきたい内容だ。



「ウバの村ですか。あそこは森に囲まれていて、魔獣が多く住んでるって話だから私は近づかないようにしていやす。同業者でもあの村に行ったことがある人は聞いたことがないですねぇ……お力になれず申し訳ございやせん」

「そうか……まあしょうがないな。こちらこそ無理な質問してしまってすまない」



 まあ、妥当な回答だと思う。

 行商人からしたらわざわざ危険を冒してまで、大した特産品があるかも分からない村へ商品を仕入れに行くなんてことはしないのが普通だ。

 もし魔獣に遭遇した時のために毎回冒険者を雇うのも、その森を通らないのであれば要らない出費だしな。



 ただ……、俺が気になったのはその行商人の表情であった。



 団長様が気づいているかは分からないが、“ウバ”という単語が出た瞬間、ほんの一瞬だけ驚きと焦りの表情が見えた。

 何かを隠しているのか、それともウバの村自体に良い印象が無いのかは分からないが、明らかに“ウバ”という単語に反応したのは確かだと思う。



 だがまあ、ここでこの行商人を問いただしたところでそれを正直に答えるとも思えないし、もしこれが俺のただの勘違いだった場合は無駄に彼を不快にさせてしまう可能性がある。

 別に元々情報がほとんど無いようなものだったし、ここで何も情報が得られずともやることは変わらない。



 俺は感じた違和感を特に解消することはしないことを決めた。

 団長様もここまでの話し相手はほとんど俺しか居なかったため、ここで別の人間と話せたのは精神衛生上良い気もするし、総合的に見てこの行商人と話しができてこちらも楽しかった。

 わざわざ俺からこの雰囲気を壊すことも無いだろう。



 俺たちはその行商人に別れの挨拶をして再び道を歩き出した。

 結局分かったことはウバの村は相変わらず謎に包まれた村だということだけであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 旅を始めて十四日目。行商人とすれ違ってから既に二日が経っていた。

 あの広々とした平野の地形を過ぎると、そこに待ち構えていたのは高い山であった。

 どうやら次の村はこの山を越えてすぐの所にあるらしい。

 行商人の話からも、高い山を越えるとすぐそこに村があるという情報は掴んでいたのでもう少しの辛抱である。



 ここまで携帯食料ばかりで飽き飽きしていたところだからな。もし叶うのであれば持ち運べて三日程は持ちそうな食料を手に入れたいところではある。

 ………いや、そんなことよりも屋内の寝床で寝たいな。

 ここ最近は野宿続きで明らかに疲労感が取れていないのが分かる。どうせなら二日ほど滞在して思いっきり休みたいものだ。



 どうか屋内に泊まれる場所がありますようにと俺は心の中で祈り山道を登り始めた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 山道を登り始めてしばらく経ったが、未だ登り道は変わらない。

 この山が高いと言っても緑が見え無くなる程の高所ではない。

 確かに厳しくはない高度ではあるが、しっかりと木々が生え、初冬だというのに緑もまだ完全には無くなってはいない。

 ここら辺一帯の魔力が豊富な証拠なのかもしれない。



 山道は思ったよりも整備されており、人間が定期的に往来しているのが良くわかる。

 しかし道幅自体はそこまで広くなく、馬車一・五台分ぐらいの余裕しかない。

 ここで馬車同士がすれ違う時はどうするのだろうかと考えながら、もうすぐ山頂での折り返しにかかったその時であった。





————————ヒュンッ————————




「伏せろ!」



 それは恐らく隠密のバフがかけられた状態で放たれた矢であった。

 幸いにもその矢は隣を歩いていた団長様のすぐ横を通過し地面へと刺さった。

 俺は団長様に言われた通りその場に身を低くし、道のすぐ横にある茂みへと体を滑り込ませた。





——————————ヒュンッ————————






 すぐさま二発目が飛んできた。

 幸いにもこの二発目の矢も逸れ木々の中に消えていった。

 団長様も俺の後に続き、茂みに体を潜めた。

 お互いに背負っていたリュックをすぐ近くに放り投げ身を屈める。

 もしかしたら会話によって場所を特定される可能性があるため、俺は声を潜めて団長様に声をかけた。



(団長様よ、これは一体全体どういう状況だ?)

(分からない。しかし明らかな敵意を持った攻撃と見て間違いなさそうだ)



 なるほど。となるとこのまま動けば遠距離から再び弓矢で攻撃される恐れがある。

 一旦その狙撃手の場所を特定する必要がある。



 どうやら団長様は既に探知魔法を開始しているようだ。

 しかしこのように隠密した状態で二度も攻撃を仕掛けてくるということは、向こうも自分の位置がバレる可能性があることを承知のはず。

 つまりは隠密魔法に絶対の自信があるか、この距離からでは手出しができないと踏んでの二発目ということになる。



(随分と気性の荒い狙撃手だな……!)



 この場合もしかしたら狙撃手の位置の特定は困難な可能性がある。

 であればここから安全に移動する手立てを考えた方が賢明かもしれない。



 だが俺たちにはそんな選択肢もありはしなかった。







——————————シュッ——————————







 それは背後からの突然の斬撃であった。



「ぐっ!」





——————————キンッ——————————





 団長様はその斬撃を腰に携えた剣を素早く引き抜き受け止めた。



「うお!?」



 俺は驚いて頭を両手で隠して背後を確認する事しか出来なかったが、団長様のその抜刀で命を助けられたのをその目ですぐに認識した。



 俺たちに斬撃を加えてきた人間は、全身を黒のローブで包み、フードを被っていた。その顔面は黒いマスクをしており表情がほとんど見えない。

 武器は団長様と同じく剣で、団長は片手に対し何者かは両手で俺目掛けて剣を振り下ろしていた。



 団長様に斬撃を受け止められた何者かはすぐに剣を引き、俺たちから数歩下がった。

 まさか遠距離からの狙撃だけでは事足りず、近接部隊までいるとは。



「人描き殿、戦闘の準備を!」

「ああ、分かっている!」



 俺はマントの中から腰に装備した鉤爪を引き抜いた。



 これで状況は二対一。

 敵の奇襲が失敗した今、状況的に有利に見えるが向こう側には狙撃手が存在する。

 今は木々と茂みに紛れているためこちらを特定できていないと思って問題ないだろうが、それはこちらも同じ。

 いつ向こうの狙撃手がこちらを特定して攻撃を仕掛けてくるも分からない。



(早々にこの剣士との決着を付けねば…)








 ——————————時間にしておよそ数秒。

 しかしその張りつめた空気によって何通りもの思考が働き、とても普段の生活では味わえないほどの選択肢が脳を駆け巡る。

 これが極限状態というやつなのだろうか。



 





先に動いたのは黒ローブの剣士であった。





 両手で持った剣を腰まで回して地面と平行にし、屈めた体を射出するように一気にその足で地面を蹴り出した。



 狙いは当然俺だ。

 数的不利な状況で先に弱者を潰しに来るのは戦いの定石と言って良い。

 そして俺は先ほどの斬撃で明らかに団長様に守られている。

 恐らく弱者の類と断定されている。ここで狙わない理由が存在しない。



 俺は両手を体の前で交差させ防御態勢をとる。



 この非力な腕で両手持ちの剣による斬撃を受け止められるかは怪しいが、手練れの剣術を返り討ちに出来るとも思えない。

 意を決して攻撃を受け止めとしたその時、敵の斬撃を団長様の剣が受け止めた。



 驚くことに、団長様はまたもや敵の斬撃を片手に握った剣で受け止めた。

 お互いに睨み合い、一瞬の静止の後に団長様がその剣を押し返した。

 これでは敵も俺に攻撃を簡単に与えられないと悟ったのか、すぐさま標的を団長様に変えたのが分かった。



「…………貴様、何者だ?誰の指示でこんなことをしている?」

「……」



 その問いかけに黒ローブの男は答えることは無かった。

 代わりにその剣の切っ先を団長様を向けた。



「答える気が無いのであれば容赦はしない」



 そういうと団長様はそれまで片手で振るっていたその剣を、接敵して初めて両手で握った。








 ——————————再び一瞬の静寂。








 次に仕掛けたのは団長様であった。








 体を低くし地面スレスレを這うように駆け出して行く。

 装備した鎧と背負った大剣をもろともせずに突進するさまは、まるで猫科の猛獣の様にしなやかであった。



 敵もそれにすかさず反応し、迎撃態勢をとる。









——————————キンッ——————————







 素早い二つの影はあっという間にぶつかり合い、その剣身が触れた瞬間に空気が揺れたのが分かった。

 いくら団長様とはいえ黒ローブの男もそれなりの手練れに見える。

 団長様の方はまだ背中に背負った大剣を引き抜いていないし、魔法もまだ使用していないため全力を出しているわけではないが、ここでこの対決が長引くようであれば狙撃手が残っている敵側に有利に働く可能性がある。

 なんせこっちの戦力は団長様一人みたいなものだ。



 俺は触れ合った剣身がどう動くか固唾を飲んで注視した。

 もしここで団長様が押し負けるようなことがあれば、すぐに追撃を出来るよう態勢を整える。






 しかし俺が想像したいくつかの最悪の状況は全てただの杞憂だという事をすぐに思い知ることとなった。






 二人の一瞬だけ静止していた剣身が再び動きだす。

 そして振りぬいた団長様の剣が黒ローブの剣士を弾き飛ばしたのだ。




 勢いよく飛ばされた剣士は、そのまま直線状にある木にまで体を浮かせながら勢いよく激突し、そのまま倒れ込んだ。




 その激突音だけが木霊となって山に響いた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 木に激突した剣士はぐったりとし、立ち上がれない様子であった。

 手に握っていたはずの剣は手が届かない位置にまで放り出されていた。



 団長様はゆっくりとその男に近づき、胸ぐらを掴み上げた。



「もう一度だけ聞く、何者だ?」



 半月ほどここまで旅を共にしたが、団長様のあのような顔は初めて見た。

 これが敵を目の前にした騎士の表情というやつなのだろう。



「ぐっ……」



 掴み上げられた男は若干苦しそうに声を漏らしたが、質問に答える気は無さそうであった。

 顔をマスクで覆っているとはいえ、そこから覗く瞳は未だ敵意と殺意を向けたままである。



 団長様はその視線をものともせず、じっとその男を見つめ再び問いだした。



「今答えるのであれば悪いようにはしない。これが最後だ、お前は何者だ?」



 敵側にはまだ狙撃手が残っている。ここでこの男に時間をかけていられないは事実。

 正真正銘の最後の問である。



 団長様はさらに男を高く掴み上げた。



「ぐぁ!」



 既に男の足は地面に届かない位置まで持ち上げられ、もがきながら呼吸を確保するしか抵抗が出来ない状態になっていた。



 その様子を冷たく見つめる団長様はその腕を緩めることは無く、その威圧に観念したのか黒ローブの男は小さく捨て台詞を吐いた。




「………黙れ、ゼムレスの犬が…!」



 その瞬間、この男の運命は決した。

 団長様は冷たい視線を向けたまま男に一言。




「一つ教えてやる。最後の言葉は選んだ方が良い」




 そう言った団長様は男の首を、その剣で一思いに切り裂いた。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 男の首から血しぶきが上がり、その返り血で白銀の鎧が深紅に染まった。

 一瞬にして男の体から力が抜け、ただの肉塊と帰したのが分かった。



 団長様は男の体をその場に捨て置き、すぐに周囲を見渡した。

 今のところ目視では敵の狙撃手を視認できない。



 向こう側は剣士の死を認識しているのだろうか?

 だとすればもう攻撃をしてくる可能性は低いだろう。



 基本的に遠距離攻撃と言うのは近接戦の補助となる場合が多い。

 それに魔法攻撃ならまだしも今回は弓矢による狙撃手一人。

 少なくとも盤面を覆す破壊力は皆無だ。



 とはいえまだ諦めたというのにも早計すぎる。

 団長様も未だ魔力探知を続けているようだ。

 俺も周りを警戒する事にした。



「どうだ、団長様。狙撃手は見つかったか?」

「いや、まだだ。私が言うのもなんだがこれほどまでに完璧な隠密魔法は久しぶりだ。正直言って再度攻撃してもらわないと大まかな位置すら特定できない」



 団長様を唸らせるほどの隠密魔法。これでは安心して先に進めない。

 せめて攻撃方向が分かれば……。



 そんなことを考えている内に、その願っても無い攻撃が飛んできた。






——————————ヒュンッ————————






「!?…来た!」



 幸いにも三発目の攻撃も団長様の背後を通り抜け地面に刺さった。

矢の飛んできた方角的に東の木々に潜んで狙撃を行っている様だ。



 だがこれで狙撃手の大まかな居場所が分かった。

 あとはここからどう対処するかだ。



「人描き殿、伏せろ!」



 団長様の大声が響く。

 先ほどまでは小声での会話に留めていたが、既に向こうはこちらの位置を特定している。

 わざわざ身を潜めるような会話は必要が無くなった。



 つまりここから始まるのは正真正銘の迎撃だということだ。



 団長様は剣を左手に持ち直し、空いた右手を狙撃された方向へ向けた。

 掌を思い切り開き、何かに掴みかかろうとしている様にも見える。

 周りにある空気が変わったような気がした。

 恐らく魔力が団長様に集まっているのだ。



 集中力を高め続けている団長様の姿は恐ろしく美しいと思ってしまった。

 これから行われることはただの魔法攻撃だというのに。



 そうこうしている内に魔力が貯まり切ったのか、空気の流れが止まったように感じる。

 集中力を高め続けていた団長様も狙いを定めたのか、それまでしきりに動き続けていた眼球の動きが止まるのが分かった。



 俺はこれから始まる事象に少しだけ心を躍らせているという事実に自分でも驚いた。

 不謹慎かもしれないが、非日常というのはいつだって人間の心をくすぐるのだ。



 貯まり切った魔力が団長様の体から手先に集まった。








 一瞬の静寂。

 まるで世界が止まったような静けさであった。





 そして一言、その言葉が発せられた。






「ソレア」






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 その言葉が発せられた瞬間、団長様の掌から光の魔力を濃縮した光線が放たれた。

 薄くなった空気が一気に揺れるのを肌で感じる。



 放たれた光線は糸を引くように真っすぐ伸び、一本の木を貫いた。



「グアッ!?」



 その木の向こう側から驚きと痛みの声が聞こえた。

 バタッという音共に細身のまたもや黒ローブの人間が倒れ込むのが見えた。

 この山の木々のほとんどが、人一人分がちょうど身を隠せる程度の太さだ。

 だがこの細身の人間であれば少しだけ余裕を持って身を隠せる。

 この狙撃手にとっては格好の狩場であったのだ。



 それにしてもこの人間も先ほどの男と同じく黒ローブを纏っている。

 恐らくこの格好が所属集団の制服のようなものなのだろう。

 個人的には悪趣味な集団だと思う。



 倒れ込んだ狙撃手の腹には先ほどの団長の光線が貫いたであろう傷が見え、そこから血が滲みだしている。

 辛うじてまだ体を動かせるのか、握りしめた弓矢をこちらに向けようとしている。

 しかしその出血では既に立ち上がることも困難なはず。

 さらにこちらから視認されている状態で狙撃を命中させようともなれば、それこそ神の御業と言っても過言ではない。



 だがその目には諦めの文字は見えない。

 黒ローブの狙撃手は最後の力を振り絞って弓を引き、矢を放った。



 弱々しく飛び出した矢は当然の事ながら俺と団長様の元に届くはずも無く、数歩手前で力尽きたように着弾した。

 それと同時に黒ローブの狙撃手も地面へと膝を崩した。



 団長様と俺は狙撃手の元へとゆっくりと近づいた。



「カハッ…!」



 通常このような致命的な負傷をした場合は高度な治癒魔法でなければ回復はまず見込めない。

 しかしこの狙撃手にはそのような手段を持っているようには見えない。

 つまりは生きる屍ということだ。



 そんな狙撃手の首元に団長様は剣を当てがって質問をした。



「お前たちは何者だ?なぜ私達を狙った。答えによっては楽にしてやる」



 これは決して治療をしてやるという意味ではない。

 その言葉通り一思いに苦しまず終わらせてやるという意味合いだ。



 しかし倒れ込んだ狙撃手は団長様に焼かれた腹の痛みに悶えながらも、先ほどの黒ローブの男と同じく凶暴な目をしていた。



「お前らのような下衆に答える義理などありはしない…!」



「なんだと……?」



 団長様は少しだけ眉を潜めてその言葉に反応した。



「貴様、もしやメラード帝国の人間か?」



 メラード帝国。

 五年前にゼムレス王国へと大侵攻を行い、白羅の騎士団たった一つでその戦力を壊滅させられた帝国だ。



 確かにあの時の大侵攻に関わっていたものが仇討に来たと思えば、動機としては違和感がない。

 とは言え、それでもこの奇襲にはいくつか疑問が残る部分がある。



「メラード帝国の人間なのか?答えろ?」



 団長様は首元に当てがっていた剣を顎に持って行き、うつ伏せで苦しんでいる狙撃手の顔を強制的にこちらを見るよう上げさせた。



 未だフードとマスクで顔全体は隠されているが、よく見るとこの狙撃手は女性に見える。

 確かに女性であれば比較的に身体の線は細く、この木々の中では隠れるのに適している体格と言える。



 とはいえ女性をこのような奇襲部隊に任命する組織はあまりにも珍しく、一度も当てることはできなかったとしても、この環境下であそこまで正確な狙撃を行える女性もそうは居ないだろう。



 ……………と思っていたが、目の前には戦場の最前線で十万の兵を殲滅した騎士団団長の女性がいるため、あまり珍しいという言葉に説得力が無い気がしてきた。



 そして肝心のこの狙撃手だが、相変わらず先ほどの質問にも答えるつもりは無い様だ。

 その表情は怒りに満ちているのか、はたまた憎悪なのか。

 どちらかは分からないが、少なくとも俺たちに協力的になるつもりは無い様だ。



「それが答えか」



 団長様は顎に当てていた剣を振りかぶり、最後の斬撃を加えようかとした時であった。





——————————バシュッ————————






 団長様の足元に再び矢が着弾した。



「なに!?」



 その矢からは二人を囲うように白い煙が発生した。



「まずい!人描き殿、離れろ!」



 団長様の声で俺は振り返り、一目散に駆け出した。



 だが時すでに遅し。

 後方で爆発音がし、俺はその爆風に巻き込まれた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






——————————ドゴオオオン——————————





  大きな爆風に巻き込まれた俺は、勢いよく最初に隠れた茂みの方まで投げ出された。



 この規模の爆発、魔法意外でこの威力を発生させるのであれば、きっと誘引性のガスか何かが必要だと見た。



 つまりあの白い煙はガスで、狙撃手が何かしらの手段でそのガスに火を付け爆発を起こしたのだ。



 幸いにも俺は爆風に巻き込まれただけで済んだが、団長様は至近距離であの爆発を受けたはず。

 とてもじゃないが無事とは思えない。

 いや、あの団長様だ。何かしらの方法で爆発を回避した可能性も高い。

 その証拠にガスを目にした瞬間、俺に退避の指示を出している。事前に爆発することを察知していたのだ。

 であるならば自ら防御行動をとった可能性は高い。

 大丈夫だ。あの程度の爆発、きっとどうにかしているはず。




 それよか問題は、もう一人狙撃手が居たという事実である。




 この状況での狙撃手の存在は非常にまずい。

 未だ爆心地に団長様が残っているとして、爆発によって発生した煙幕で団長様の視界は最悪のはず。

 俺は辛うじて煙幕の中からは抜け出したが、今の俺には狙撃手の正確な位置を特定する方法は持ち合わせていない。

 闇雲に突っ込んで俺の位置が気取られれば、それこそ恰好の的だ。



 一方でもう一人の狙撃手の方は、煙幕目掛けて矢を放ち放題。

 あちらも団長様の正確な位置は目視で確認できていないだろうが、一度足元目掛けて矢を着弾させている。

 大体の位置が分かるのであれば、あとは矢の方向で位置を察知されぬように移動しながら矢を打ち込み続けるのが一番強い。

 少なくとも一本ぐらいは当たるはずだ。

 例え団長様が爆風によって飛ばされたとしても、煙幕の中から姿を現せば標的を目視で視認しているため、後は狙撃手の腕の見せ所となる。



 だがこちらも位置さえ特定できれば、団長様が遠距離魔法によって対抗することができる。



 つまりこの勝負、煙幕が晴れるまで団長様が耐えきれるかがカギとなって来る。



 俺にも遠距離攻撃があればこの盤面もまた変わったのだろうが、生憎無いものは無い。

 今出来ることは煙幕が晴れた後に団長様を支援できるよう態勢を整えておくことだ。




——————————ヒュン——————————




「おあ!?」



 煙幕の中から矢が飛び出し俺の頬を掠りかけた。

 恐らく狙撃手の連続攻撃が行われているのだろう。



 煙幕の中からは団長様の声が聞こえて来ない。

 助けを呼ぶ声がすればすぐにでも中に飛び込む準備は既に出来ている。



 あと数秒、恐らくあと数秒で煙幕は晴れる。

 そうなればこっちのものだ。



 段々と黒煙が薄れ、その白い鎧が姿を表し始めた。





 見るとそこには見事な仁王立ちをする団長様が居た。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(良かった……、無事か…!)



 俺はこの状況に安堵した。



 あの狙撃手の猛攻をもろともせずに生き残った団長様は傷一つ無い様子だった。

 そしてその周りには、薄い結界のような半透明の壁が取り囲んでいるのが分かった。




 間近で見るのは初めてだが、恐らく“防御魔法”だ。




 団長様の防御魔法ともなれば、魔法使いの攻撃か強力な魔力耐性のバフがかけられた矢じゃない限りそう簡単には破れはしないだろう。



 つまりは俺が心配するまでもなくこの勝負、団長様に軍配が上がっていたのだ。



 左手には自爆によって体が霧散した狙撃手の切れ端を握っていた。

 その布はすでに手に収まる程しかなく、爆破の威力を物語っている。



「おい、お前」



 それは明らかにもう一人の狙撃手に向けての言葉だった。




「…………なんとも思わないのか?」




 もう一人の狙撃手も先の二人と同じく黒のローブを纏い、顔をフードとマスクで覆っている。

 しかしその上からでも分かるほど確かにハッとした表情を伺えた。



 この位置からでは団長様の後ろ姿しか見えない。

 団長様がどんな表情をしているかは分からなかった。

 だがその声色に悲しみが混じっているのは確かだと感じる。



 団長様は防御魔法を解き迎撃態勢を取り始めた。

 もうなすすべがないと判断したのか、もう一人の狙撃手はとうとう攻撃の手を止め、背を向けて逃走を図った。



 団長様はその背に向けて左の掌を向けた。

 先ほどよりも少量だが空気が集まるのが分かった。



 掌に光の粒が集まり団長様の背中は影に染まった。

 なぜかその背中はいつもよりも小さく見えた気がした。



 一瞬の静寂の後、その詠唱は唱えられた。




「ソレア」




 掌から放たれた光線はもう一人の狙撃手の心臓を一直線に打ち抜いた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 心臓を打ち抜かれた狙撃手は、苦しみの言葉を発する間もなくその場に倒れ込んだ。

 真っ赤な鮮血が辺りに飛び散り、山の斜面に沿って血の川が出来ていた。




 気づいたら俺は息を「はあ、はあ」と乱していた。

 あまりの緊張感にまともに呼吸が出来ていなかったようだ。

 足りなくなった酸素を取り戻すかのように一気に鼓動が増すのを感じる。



「人描き殿、大丈夫か?」



 悲しげに見えていた背中はすぐにこちらを振り返り、いつもの凛々しい顔で俺に問いかけた。

 先ほどまで敵に向けられていた冷たい声から一変、慈悲深い声色が耳にスッと入って来る。



 ああ、なんて心地いいのだろう。

 このように人に心配されたのはいつ振りだろうか。

 死の緊張感から解放された所為なのか、しばらくこの声に甘えてしまいたいと感じた。



 とはいえこの戦いで俺は何も成していない。

 それどころか大きな荷物になっていたのは明白だ。

 少なくとも俺は武器を持って戦う覚悟を示したのだ。それがこのザマでは心配されることすらも恥と言って良いくらいだ。



「ああ、問題無い。無事だ」



 俺は短く答えた。

 なるべく弱っているところを見せたくなかった。



 だが死の恐怖はすぐそこまで迫っていたのもまた事実。

 今はそれを乗り越えたことを少しだけ噛みしめても良いのではなかろうか。



「でも出発するのは少しだけ休んでからにしないか?あんたもそのままじゃ不審がられることだろうし」



 団長様は鮮血に染まった自らの鎧を見回した。

 おどけた顔をしているが、そこには確かに三人の命を散らした証が映っていた。



「それもそうだな。時間的にもそろそろ夕方になる頃だ。今日はこの山で野宿といこうか」



 そういうと団長様は最初の狙撃を受けた時に放り出した大きなリュックを拾い上げた。

 俺もすぐにその後に続こうとした。



 そこにはしばらく感じていた恐怖心は薄れて消え、微かな安堵が胸に澄み渡っていた。

 それと同時に体から緊張の糸が解けたかの様に力が抜けていくのが分かった。

 これが安心というやつなのだろう。



 …………………………いや、それにしても体に力が入らないぞ。

 普通に立って歩いているだけでもフラフラと視界が傾くのを感じる。





(なんだ?体の力が急に……)







 そしてその瞬間だった。









——————————ガクッ——————————




(……な!?)




 俺はそのまま膝からその場に崩れ落ちた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







——————————ドサッ————————







 視界に映る地面がやたら近い。

 額から汗が手の甲に零れ落ちたところで俺は、自分が四つん這いになっているという事実を認識した。



「!?……人描き殿、どうした!?」



 団長様の大きな声が聞こえた。

 急いでこちらに駆け寄ってきた団長様は、すぐさま俺の背中を摩り始めた。



「どうした?気持ち悪いのか?」



 恐らく俺が吐き気を催していると思っているのだろう。

 俺自身もそう思う。

 きっと先ほどの恐怖がいつの間にか心を揺さぶり、人の死を目の当たりにしたその不快感が今さらになって俺を襲ってきたのだろうと。



 だがそれにしたって視界がグラグラと揺れすぎている気がする。

 それに胃の内用物が一向に排出される気配が無い。

 そういえば息切れも全く収まらない。必要な酸素はもう既に取り込み終わっても良い頃だというのに。



「はあ、はあ、痛っ!?」



 左腕に激痛が走った気がした。

 それに気が付いた時には、その痛みは既に右腕にも表れ始めていた。



 そうこうしている内に痛みは全身のあらゆる箇所に広がり、既に四肢の感覚は麻痺し始めていた。



「どうした!どこが痛むんだ!?」



 団長様の心配の声が耳に響く。

 先ほどまで心地いいと思えたその声は、今や鼓膜に鈍痛を与える刺激となって俺の体を蝕むように思えた。





 これはまずい。これは、恐らく毒だ。





 緊張と興奮で全身に回るまで一切気づくことが出来なかった。

 どこだ?どのタイミングだ?

 少なくともあの三人の中で俺に直接触れた人間は居なかったはず。

 となると恐らくは空気による吸引か魔法による状態異常。



 あの三人の中で気づかれずに毒による状態異常を操れる高度な魔法使いは居ないように思える。

 すると残りの可能性としては空気による吸引。

 でも毒なんてものを仕込んでいる様子は無かった。




(一体どこで毒なんて……)




 そこで俺は一つの場面を思い出した。



 それは二人目の狙撃手が放った最初の矢。

 その矢は地面に着弾すると同時に白い煙を発した。



(そうか……!あの煙が…!)



 最初は爆発のための着火剤のような役割だと思っていた。

 色も白く、毒特有の匂いなども感じなかった。

 そのため煙自体を警戒する事は無かった。




 しかしそこに毒混じっていたとすれば?




 あの爆風でその毒は周囲に飛散し、当然それに巻き込まれた俺はその毒を大きく吸い込んだはずだ。



 原因が毒だと分かればあとは対処するだけ。

 俺は腰の小物入れに手を伸ばし、小瓶を取り出した。

 これはコーネを出る前に団長様に貰った解毒薬だ。

 すっぽり手に収まるほどの小さな瓶ではあるが、これ一本で体中に巡った毒を解毒できるほどの強力な作用があるらしい。

 恐らく騎士団などの王家直属の組織で扱われている高級解毒薬だ。

 まさかこんな所でこれを使うことになるとは。



 小瓶の栓を親指で勢いよく弾き飛ばし、俺は中身の液体をがぶっと一気飲みした。

 たったこれだけの液体でも、この戦闘で渇いた喉を潤していくのを感じた。



「な、まさか毒か!?」



 その姿を見た団長様は驚いた顔でこちらを見つめた。

 すでに舌がまともに回らない俺は、俯いたまま出来る限り大きく縦に首を振った。



「分かった、とりあえず横にするぞ」



 瞬時に事態を理解した団長様は、俺を抱えてゆっくりと仰向けの態勢に寝させた。

 いくら強力な解毒薬を飲もうとも、この苦しみが瞬時に消えてなくなるわけではない。

 だが楽な姿勢になっただけでも痛みがすこしだけ和らいだ気もした。



 未だ止まらない息切れの中、少しだけ舌と肺が楽になっていくのを感じた。

 解毒薬がもう効き始めたのだ。

 まさかこの状態からこんなにも早く回復し始めるとは。



「す、まな、い。迷、惑、かける」



 拙くもとりあえず俺は謝罪の言葉を発した。

 俺の方からこの旅に帯同したいと申し出たのにも関わらず、この足手まとい具合では本当に面目が立たない。

 俺は結果として、先ほど否定したはずの“団長様に甘える”という形になってしまった事に酷く自己嫌悪を感じた。



「気にするな。今、楽にしてやる」



 そういうと団長様は俺の腹に向けて左手を翳した。



「エルメ」



 その詠唱ともに団長様の手は薄緑の光に包まれ、そこから暖かい温度が発せられた。

 身体に直接触れていないはずなのに、腹に優しい圧力を感じる。

 まだ寒い季節だというのに身体は徐々に体温を上げ、いつの間にか手足の指先が動かせるようになったのに気づいた。



 その後、ほんの数秒で身体中を駆け巡っていた痛みは無くなり、俺は上体を起こせるまでに回復していた。



「これは……?」

「解毒魔法だ。これでほとんど毒は無効化されたはずだ」



 なるほど。

 さすがに解毒薬単品ではこの回復の速さには至らないとは思ったが、団長様の解毒魔法と相まって、俺は地獄のような痛みから素早く解放された。



 騎士団長として攻撃魔法の心得があるのは分かるのだが、まさか回復系統の魔法まで使えるとは。

 そりゃ十万の兵が殲滅されるわけだ。



 何故なら戦闘の中で傷ついた騎士を団長様が回復してしまえるのだ。

 これができてしまうということは、危なくなったら守りに徹し、その間に団長様が回復魔法をかければ直ちに戦線へ復帰できてしまう。

 これでは団長様一人で一体何人分の騎士となることやら。



 まさに死者の居ないゾンビ戦法である。



 まぁ、もしかしたら団長様が回復魔法をかけるまでも無く、単純な実力の差で十万の戦力を殲滅したのかもしれないが。

 そこら辺は機会があったら是非ともお聞かせ願いたいところだ。



 そんな事よりも今は、毒から回復してもらったことに感謝を述べよう。



「ありがとう、また助けられた」

「気にするな、無事で良かった」



 そう言う団長様の顔にも安堵の表情が見えた。

 俺は団長の差し伸べられた手を掴んで立ち上がた。

 もしかしたらこの後も別の追手が来るかもしれない。

 俺たちはこの山道を少し歩きながら夜を明かせそうな場所を探した。



 しばらく歩くと山道から少し外れたところにポツンとした広場のようになっているところを見つけた。

 今夜はそこで焚火をして、一夜を過ごすことにした。

 夕食のお供は相変わらず携帯食料だった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 焚火を見つめながら夕食の携帯食料を頬張るのも何度目か。

 相変わらず米とスープを口にしたい欲望は膨れ上がるばかり。

 それでもこの携帯食料一つで食事に悩まなくても良いというのもありがたいことかもしれない。



 仕事や武道に励む者にとっては日中にその夜の献立を考えることが苦痛な者も多いと聞く。

 俺自身はほぼ毎日同じような食事しかしていないためそのように考えたことはほとんど無いが、栄養素やエネルギーが十分に足りているかを考慮して毎日夕食を考えることが、どれほど面倒なことなのかは想像に難くない。



 そう考えるとこんな食事も意外と幸せなのかもしれない。

 そもそもこの携帯食料だって安くはない。

 冒険者の中にも、金回りが芳しくない者は粗末な携帯食料しか購入することが出来ないと聞く。

 反対に俺は毎食自分の好きな味が選べて、その種類も比較的豊富だ。



 うん、この幸せを噛みしめよう。

 そうやって齧った携帯食料の端っこは、やっぱり硬かった。



 そうだ、そういえば団長様に聞こうとしていたことがあったんだ。



「なあ、団長様」

「んあ、どうした?人描き殿」



 そういう団長様はパム味の携帯食料を頬張っていた。

 個人的にはパムの果実は好きだ。

 ただ現物は割と値段が高いため、俺も滅多に頂くことは無い。

 ただそれを手軽に味わえるというのだから、考えれば考える程この携帯食料は便利だと感じる。


 硬いけど。



「そういえ団長様は毒を吸ってないのか?」



 そう、俺が聞きたかったのはこれだ。

 あの時、俺が毒で苦しんでいる中でも団長様は全く苦しむ様子を見せず、それどころか俺に解毒魔法をかける余裕さえあった。

 その後も解毒薬を飲んだり自らに解毒魔法を使用する素振りは見せず、気づけばそのまま夜になっていた。



 もしかしたらあの爆発に紛れ、防御魔法の中で解毒魔法を使用したのかもしれないとも思ったが、俺が毒で倒れた時の団長様の反応はそもそも毒が仕込まれていたことすら知らなかったかのような反応と見受けられる。


 

 となるとそもそも毒を吸引していない説が出てくるが、その可能性も低いだろう。



 もし仮に吸引していないのであれば、その条件は爆風で全ての毒が団長様を中心に吹き飛び、その爆心地に居た団長様は奇跡的に毒を吸わなかったという状況ぐらいしか思いつかない。

 その後は煙幕が晴れるまで防御魔法の中に居たため、吸い込むタイミングはそこしかない。



 しかし、二人目の狙撃手が放った矢が着弾した瞬間にその毒入りの煙は発生した。

 団長様に掴まれている狙撃手がそれに着火するまでに、僅かだが間があったはず。

 俺も団長様もその時点ではそこに毒が仕込まれているとは認識できていない。

 つまりは俺たちを煙が包んだ時点で、たとえ少量とはいえ毒を吸引した可能性は大いにあるのだ。

 その後の爆発で毒が飛ばされようが関係は無い。

 初撃で毒状態になっているわけだから。



 となるとますます毒状態で苦しんでいない団長様が不思議でならない。

 だが実際に苦しんではいないのだから、毒を吸っていないとしか思えない。

 一体どんな技巧を使ったのか、是非ともお聞かせ願いたいところだ。



「ああ、そのことか。そういえば言って無かったな」



 団長様は残り僅かになっていた携帯食料を一気に飲み込んで答えた。



「私はな、毒が効かない体質なんだ」




「……………………は?」







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 毒が効かない体質。

 その発言で俺は呆気に取られてしまった。



 少なくとも俺はそのような体質を持った人間を見たことも聞いたことも無い。

 冗談の類かと思い団長様の顔を観察するが、嘘をついているような素振りは見当たらない。

 声色からも冗談めいた雰囲気は出ておらず、恐らく本気でこの様な発言をしたということが分かる。

 一瞬だが予め毒耐性のバフを自身かけておいたために毒が効かず、それを体質だという表現をしているのかとも思ったが、それならそうと説明すれば良いだけだ。

 無駄に回りくどい言い方をする必要は全くない。



「団長様、それは一体どういうことなんだ?詳しく説明をしてくれると助かる」



 俺も慌てて残りの携帯食料を口に突っ込んで飲み込んだ。



 団長様は少しだけ迷ったような表情を見せ「うーん」と悩む素振りを見せたが、「まあ、別にいいか」と話しを始めた。



「人描き殿は”加護”って、聞いたことあるか?」



 俺はその言葉を聞いて驚いた。



 加護。

 端的に言えばそれは天賦の才だ。

 だが、ただの天賦の才ではない。

 皆が想像する”天賦の才”が「神に愛された者」なのだとすれば、”加護”は「神そのもの」だと評されることがある。

 それほどまでに加護の恩恵は絶大なものらしい。



「ああ、名前は聞いたことある。なんでも人間を超越した才の事を言うらしいな」



 そう返すと団長様は「それなら話が早い」と話しを続けた。



「人間を超越する、というのがどの程度を表すかは分からないが、少なくとも私にはそこらの人間では遠く及ばない程の才があるのは事実だ」



 こうも遠慮なく言われると逆に清々しい。

 大体は他人に向けてこの様なことを言うと「驕っている」と言われることが大半だが、この団長様にはまさしくただの事実でしかない。

 実際に敵国の大侵攻を止めた実績もあるし、何よりその強さはこの目が間近で目撃した通りである。



 もちろん才だけではなく彼女自身の努力もあるはずだ。

 たった三人の奇襲であっても、お荷物一人を抱えながら見事に立ち回る姿は、戦闘に対しての解像度が高いからこそ出来たことだ。

 いくら才があったとしても、素人がいきなり戦場に送りだされて出来ることなどそう多くはないはず。



 つまりこの実力は、その才をもってして積み重ねた努力の塔の上に成り立っているのだ。

 俺はそんな団長様を尊敬する。



「加護について詳しく話をすると長くなるから端的に言うが、私には”軍神フォルネ”の加護が宿っているらしい」



 軍神……?神話に出てくる神の名前か?

 俺はあまり神話や昔話には詳しくない。はっきり言ってその名前にはピンと来なかった。



 俺が不思議そうな顔をしたのが分かったのだろう、団長様は少し微笑んで話を続けた。



「安心しろ、そんなに難しい話ではない。要は加護にはいくつか種類がある。それを区別するために神話の神々の名前になぞらえてそう呼んでいるというだけだ」



 なるほど。つまり他にも○〇神○○という名の加護が存在するということか。

 そして団長様はそのうちの一つの、”軍神フォルネ”という名を冠した加護を宿していると。

 少しだけ話が見えてきた。



「そして軍神フォルネの加護にはどうやらあらゆる毒を無効化する効果があるらしい」



 話の流れからしてやはりそういうことかと納得した。



「だから私には一切の毒の類が効かない。今回はその所為で人描き殿が毒に蝕まれているのに気付くのが遅れてしまったがな。その件に関しては申し訳ない」

「いやいや、俺の方こそ今回は完全な足手まといだった。謝るのは俺の方だ」



 毒が効かないがために、味方が毒にかかっているのか判断できないなんてのはよっぽどの珍しい事例だろう。

 結果的には俺一人でも解毒薬で対処は出来たし、今回は団長様に落ち度は何一つ無いのは誰の目から見ても事実であろう。

 問題は足手まといになった俺だけだ。



 しかし毒が効かないとはどういう理屈なのだろうか。

 団長様の発言的にはあらゆる毒が効かないと言った口調であった。

 恐らく様々な方法で毒への耐性を調べたのだろう。

 加護の詳しい仕組みは全く分からないが、恐らくは流れている魔力が他人とは違う特殊な魔力構造をしていると見てまず間違いなさそうだ。



「そろそろいい時間だ。今日のところは休むとしようか」



 団長様はそそくさと寝る準備を始めた。

 少し早い気もするが、俺も今日はあんなことがあって疲れ切っている。



 俺と団長様はその日最後の挨拶を交わし、眠りについた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 夜が明けて目を覚ました俺たち二人は、素早く荷物をまとめて颯爽とウバの村へと再び歩き出した。

 念のために団長様は近くに生息していたイリア鳥の一匹に使役魔法をかけ、昨日の出来事を書き記した書簡を持たせて王都まで飛ばした。



 鳥の移動速度を持ってしても王都までは数日の時間がかかるはずだ。

 だが白羅の騎士団団長が旅の途中で何者かに襲われたという事実はすぐに知らせるべき事項だ。

 王家直属の組織長が襲われたということは、もしかしたらこの国が何か大きな組織に狙われている可能性が高い。

 そしてその敵が見えてこない今、王都には最大限の警戒を敷く必要がある。



「なあ、団長様。この状況で王都に帰らなくていいのか?」



 これは純粋な疑問であった。

 団長様が狙われたということは、白羅の騎士団自体が標的の可能性もある。

 こんな戦力にならない絵描きを守りながらウバの村を目指すよりも、一度王都に帰って騎士団の体制を整えるべきではないのだろうかと思った。



 しかし団長様から帰ってきた言葉は意外なものだった。



「ああ、帰らないぞ。なんてったって今は長期休暇中だからな」

「ええ、そんな理由で?」



 団長様はさらに続ける。



「それに私が居なくてもあいつらは上手くやるはずだ。」



 その言葉がスッと出てくるあたり、よほど部下たちに信頼を置いているのであろう。

 それもそうか。五年前の大侵攻といい、それ以外にも辛い訓練や死線をかいくぐった仲の人物も居るはずだ。

 そこまで苦楽を共にした仲間であれば自分が居なくともこの騎士団を任せられる。

 だからこその長期休暇なのかもしれない。



「そうか、じゃあ安心して先に進めるな」

「そうだな。さすがに王命とあらばすぐに帰還しなければならないが、長期休暇を取る前に余程の事が無い限りは連絡をしてくるなと王様には釘を刺しておいたからな。まだしばらくは大丈夫だろう」



 あ、王様にそんな感じで言っちゃうんだ…。

 これは王様もじゃじゃ馬娘の手綱を握ってしまったのものだ。



 俺たちは使役したイリア鳥が遠くに見えなくなるまで見届け、再び山道を歩き始めた。

 いつも通りの歩みだが、なんだか今日は無駄に緊張感を持ってしまう。



「そういえば団長様。昨日俺らを襲ってきたやつらの正体は見当がついているのか?」



 結局あの三人は最後まで口を割らなかった。

 遺体をそのままにしているともし通りがかった商人や一般人たちが驚いてしまうため、一応後で見つけやすいように山の斜面に穴を掘り埋めて置いた。

 もしかしたら山の獣に食い荒らされるかもしれないが、どちらにせよ手がかりは無いのだ。

 それならそれでも構わないという判断をした。



「一番可能性が高いのは、私の顔が多く出回っているだろうメラード帝国の人間だが、はっきり言ってそうだという確証は何も掴めなかった。現状、別の組織の人間という可能性も大いにある。あとはそうだな……」



 そういうと団長様は腰の小物入れから黒い布の切れ端を取り出した。

 それは爆発で遺体もろとも爆散した狙撃手のローブの切れ端であった、



「こいつを調べてみて何か情報があれば良いという程度だ」



 俺は少し悲しそうな顔をした団長様を気遣うように小さく「そうだな」と答えた。

 その狙撃手の遺体は先ほど言ったように爆散して散り散りになってしまった。

 一応は埋める時にその肉片たちをかき集めて埋めておいたが、人生の締めくくりという面では中々の悲惨さだと思う。

 敵である俺ですら、文字通り身を粉にしてまでのことなのか?と考えてしまった。



 だが本気でこの団長様を殺そうと思ったらそこまでの計画を立てなければ不可能に近いという判断だったのだろう。

 それが正解か間違いなのか、はたまた納得しているのかどうかは俺には分からない。



 ただ彼らはそのような選択をし、結果的に返り討ちにあった。ただそれだけだ。



 さてウバの村まで残り半分を切っているはずだ。

 俺は旅立ちから少しばかり軽くなったリュックを揺らして重さを確かめ、もうじき到着する村へと想いを馳せた。


ED 「落日/東京事変」

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