第四話 願わくば平穏に
OP 「No.13/ELLEGARDEN」
………真っ暗闇の中、どこからともなく轟音が鳴り響き目を覚ました。
真っ暗というには少しばかり明るい気もする。
それもそうか、木製の壁や天井には所々に小さな隙間が見え、そこからほんの少しだけ外の明かりが漏れ出ているのが分かった。
時刻は夜、その小さな隙間の一つを除くと空には満点の星空が見えた。
そしてその遠くで赤い塊がゆらゆらと蠢いているのが見える。
まるで何か一つの生き物の様だ。
(なんだろう、………燃えている?)
少なくとも齢七歳の自分の目にはそのように映った。
…………まあ自分には関係ないか。
結局はこの場から動くことが出来ないのだから、外がどのような状況になろうと自分にできることは何一つとしてない。
であれば後はただ横になって眠るだけ。
そう思って再び眠りに着こうとしたその時だった。空からさらに大きな叫び声が聞こえ、地面が揺れるのを感じた。
グギャオオオオオン!!!
それは叫び声というにはあまりに人間離れしたものであり、鳴き声と呼ぶにはあまり雄々し過ぎるものであった。
そしてまた地面が揺れる感覚。
今度は近い。
さっきよりも明らかに長く、強く、地面が揺れるのが分かった。
地震にしては揺れが不規則すぎる。
そしてその叫び声が鼓膜を刺激して、今にも聴力が奪われるのではないかと感じた。
体が反射で耳を塞ごうとする。
体が自然と縮こまり、そのせいで外の様子を伺えない。
(なんだなんだ!?何が起こっている!?)
しばらくすると叫び声が落ち着いた。すぐに体を壁に這い寄らせ、隙間を再び覗き込む。
出来る限り周囲を見渡しても叫び声の正体は確認できない。
その代わりに見知った顔の二人の男女が、こちらめがけて全速力で走って来るのが分かった。
とてもではないがその二人は裕福な恰好はしていなかった。恐らく貧しい農家とやらなのであろう。
詳しくは知らないが、以前に二人のことを他の村人がそのような事を言っていたのを思い出す。
にしてもなんだ?一体どうしたというのだ?そんなに焦った顔をして。
耳を澄ますと未だ続く怒号のような叫び声と、何かが地面に叩きつけられているような轟音でよく聞き取れないが、二人とも何かを叫んでいるような気がする。
………なんて言っているのだろうか?段々と近づいているのは確かだが、はっきりと聞き取るにはまだほど遠い。
何を叫んでいるのか分からない。しかしあの二人が必死に叫んでいる何かを、どうしても聞き取らなければいけない気がした。
「ねえ!なんて言ってるの!?ねえ!!なに!なんて言ってるの!?」
こちらも応えるように一生懸命叫び返すが、未だあの二人の声はこちらまで完全には届かない。
それでも確実に、着実にこちらに近づいて来る。
ああ、あと少し。あともう少しでその距離まで届く。はっきりと聞き取れる。
頼む、その声を聞かせてくれ。
そこで俺の意識は現実世界へと引き戻された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
…………夢か。
ふと体を起こし部屋を見渡す。
(相変わらず寂れているな…)
寝床のすぐ横にある窓から入る日差しを受け、その眩しさに堪らずベッドから飛び起きた。
寝ぼけ眼を擦りながら朝食の支度をする。
まあ朝食と言っても簡単なスープと米だけだが。
朝はいまいち食事をする気にはなれない。
きっと眠気で体がだるいからだろう。
だが朝食を取らずに活動を始めると昼になる前に空腹で動けなくなるのも事実。
そのためどれだけ気乗りしないとしても、最低限の朝食は摂るようにしている。
味気ない朝食を終え、身なりを整える。
まあこれも整えるとは言っても髭を少し剃る程度だが。
その後はいつもの格好に着替える。
ボロボロの茶色いズボンと白のシャツ。
下には黒のブーツを履き、最後は茶色使い古したマントを身に着け身支度は完了だ。
さて、普段なら街へ繰り出して広場に居合わせたどなたかの絵を描きに行くところであるが、今日は少し事情が違う。
俺は少しばかり緊張感を感じながら、なんだかいつもと違う気がする家の扉を開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
外に出てみると数日前よりも少し肌寒い風が吹き付けた。
防寒対策をするほどでもないが、徐々に冬へと近づいているのを感じた。そろそろ冬の巣籠の用意をしなければと思う。
収穫祭の夜から数日、とうとう明日はウバの村へと旅立つ日だ。
今日は前日ということで明日の準備を全て終わらせるため、朝から少々寄るところがある。
まずは武器の用意を依頼していた武器屋のヴェントの元に行かねば。
思えばあの夜は思いの外楽しんでしまった。
旧知の仲と久しい隣人、それらと飲む酒はなかなかに良いものであった。
酒場の皆で讃美歌を歌い、程よく酔いながら帰路に着く。
いくら派手な生活があまり好みではないとはいえ、たまにはこのような楽しみ方も悪くない。
なんと言えば良いのか、あの日は冒険者達の生きる活力というものを垣間見た気がする。
俺は今まで他人との関わりを積極的に持つことは無かった。
理由はいくつかあるが、大きいものの一つに面倒というのがある。
結局の所、他人は他人なのだ。いくら血が繋がっていようとも、ウマが合わないなどという話は山ほど耳にする。
未だに貴族の中で身内同士での権力争いが絶えないのが何よりの証拠だ。
しかし、あの日のレノガ酒場は違った。
あの場に居たほぼ大半の人間同士が血の繋がりなど持ってはいなかった。
それどころか名前すら知らない者ばかりが集まっているような状態。
それにも関わらず彼らは酒を交わし、唄を歌い、笑い合っていたのだ。
そして最後には必ずまた会おうと約束を交わす。そんな面倒くさいと感じるはずの関りが、あの日は確かに心地よかったのだ。
そういえば団長様ともあの日“約束”を交わしたな。
今考えると、もしかしたらこの“約束”というものは、彼らにとっては大事なものなのかもしれないと感じる。
まあ団長様は冒険者ではないが。
この約束を交わすという行為には、恐らくだがまた生きて再会しようという意味合いが強く含まれているのだろう。
場所や状況は違えど、彼らは武を磨き、命を賭して戦いに挑まねばならない時がある。
そうなると近しい友人や家族、仲間とは次も生きて会えるかは分からない。
そのため、これはそういう願掛けや慣習のようなものなのではないか。
しかしこの祈りとも思える約束こそが、彼らの人生を豊かにしている気がするとも感じる。
それは戦場に向かう者への手向けといった意味合いだけではない。
戦場に向かう彼らにとっても「生きて帰る」という心の支えにきっとなっているのだ。
だからこそあの場に居た誰もが、生きて酒を酌み交わせたことを喜び、感謝し、大して素性を知らぬ相手同士でも一晩であそこまで親密になれたのだろう。
そして冒険者にとってはこれこそが生きる喜びであり、幸せという言葉の具現なのだと実感した。
さて、そうこうしている内にヴェントの武器屋の前まで着いてしまった。
久しぶりにここに来たが、相変わらず質素な店だ。扉上に小さな剣のマークが描かれた看板が取り付けられているため、その武器屋という存在がやっと認識できるような状態だ。
普通に通りがかっただけでは、ただの宿屋と見間違っても全くおかしくない外装である。
一般的に人気のある武器屋は常に扉が開け放たれており、その店の業物や豪華な装飾が施された武器たちを店頭に並べることで、店頭を派手にして人目を惹くと同時に自分達の製造や加工の腕を顕示したりする目的がある。
しかしここがヴェントの職人気質というかこだわりというか。
彼が求めるものは基本的に“機能美”ただ一点だ。
「美しさとは機能性を追求した先にのみ存在する」
これは彼がしょっちゅう口に出している、言わば矜持のようなものだ。
全ての武器は機能性を追求すべき。その結果生まれた形こそが真に美しいのだと彼は口酸っぱく弟子にも言い続けている。
きっと都市部の冒険者には彼の矜持はなかなか理解を得ることは難しいだろう。
武器の機能性の追求に関しては、彼らも十分に理解しているはずだ。なぜなら彼らは常に死と隣り合わせの中にいる訳だからな。
しかし実際には自分の力の顕示のために大抵の冒険者は、外観が美的な装備を選ぶのがほとんどだ。
特に自分の今いる位が高い者ほどそういう傾向にある気がする。
それでもって売る側も機能性が高い物には高価な装飾を施し、逆に大して上物でもない安価な物には質素な装飾を施す。
そうすることで自然に上物の武器に人が惹きつけられるようにしているのだ。
個人的な意見だが、これに関しては特に苦言を呈することは無い。
高価な物を高価に見せようとすること自体は商売をする上で正しいとも思うし、上物にそれ相応の外観が与えられるのも自然なことだと思う。
しかし、俺からすればそれ以上にヴェントの造る武器の機能が良すぎるというだけの話だ。きっと同じように考えている冒険者も少なくはない。そのためこんな田舎の街までヴェントを訪ねる冒険者が後を絶たないのであろう。
(さてさてそんな武器職人が手掛けた武器はさぞかし良い出来になっているのだろうな?)
そんなことを思いながら俺は胸を少しばかり高鳴らせて古ぼけて重そうな扉を開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――カランカラン―――
扉に取り付けられていたベルの音が店内に優しく鳴り響いた。
その音を聞いてか、店奥にある部屋から暖簾を潜って店主が姿を現した。
「おう、待ってたぞ」
相変わらずぶっきらぼうに話す店主は作業中だったのか、皮で作られた作業用の厚い手袋を外し、肩に垂らした手拭いで汗を軽く拭いた。
「やあ、頼んだものは出来てるか?」
「ああ、ちょいと待ってろ」
そういうヴェントは再び暖簾の奥へ消えていった。
この間の少しの時間で店内を見回したが、並んでいる武器はやはり質素なものばかりだ。
だがよく見ると一部ヴェントの作ったものとは少し異なるようなデザインの武器も置いてある。
おそらく弟子の製作したものだと思うが、何となく意外だと感じた。
あまり目立たないようにはなっているが、目を凝らすとその剣の柄には白い花の装飾が施されていた。
珍しいこともあるものだと思っていると奥からヴェントが大きめの箱を抱えて出てきた。それを俺の目の前にあったテーブルに置くと静かに蓋を開けた。
「ほらよ、まずは“鉤爪”だ」
箱の中には三本爪が取り付けられた鉤爪が両手分入っていた。
形状としては一般的な鉤爪だが、特徴としては腕に皮のベルト等で巻き付けて籠手の様に装着するものではなく、爪の根元にメリケンのようにそれぞれの指を入れる穴が開いているため、そこに指を嵌めて装着する型のものであるということだ。
俺は箱の中からそっとその鉤爪を両手で取り出し、目線の高さに持って行ったり下から形状をのぞいたりと、まじまじとその出来を視覚で味わった。
「どうだい、出来は。少なくとも今までで一番の魔力量で魔力加工を施しておいた。後はあんたの手に馴染むかどうかだ。絵描き稼業が長いだろう?筋肉が多少は衰えていると思って持ち手の穴をほんの少し小さくしておいた。嵌めてみれば分かる」
そういわれても正直穴の大きさの区別など全く分からない。
だがきっと職人技ならではの調整がなされているのであろう。
とりあえず言われるがまま鉤爪を指に嵌めて装着することにした。
「……………すごい、ピッタリだ……」
久しぶりに武器なんて物騒なものを装備したが、それはまるで最初から体の一部であったかのよな感覚にを覚えるほど自然な触り心地であった。いや、正確には触り心地というより嵌め心地か?
「だろうな。それはうちの弟子が一部、魔力加工を施したものだ」
「弟子が?珍しいな」
あのヴェントが弟子に自分の担当している武器を触らせるなんて。職人気質で意固地な彼であれば、自分が製作する武器は自分で完璧に仕上げるのが筋だと考えていたが、まさかその一部を弟子に任せるとは思わなかった。一体どういう風の吹き回しだ?
―――カンッ、カンッ―――
よく耳を澄ますとヴェントが出てきた暖簾の奥から小さくと鋼を叩く音が聞こえてくる。
ヴェントはそちらの方に少し目を向け言葉を発した。
「弟子がな、魔力加工をさせてくれと言ってきてな」
「ほう、やけに思い切りの良い弟子だな。師匠の武器に手を入れさせてくれだなんて」
「まあ、傍から見ればそう思うだろう。だがな、あいつは天才だ。魔力加工だけで言えば、あの若さでここまでの加工ができる奴を今まで見たことがない。紛れもない実力で物を言ってきてんだよ、あいつは」
ヴェントは心なしか少し笑顔を浮かばせた様に見えた。
思えば彼がここまで弟子を褒めるところ俺は見たことが無い。
いつだったか、何人目かの彼の弟子がまだ弟子入りしたての頃、ヴェントはほぼ毎日のように弟子を叱りつけていたような気がする。
それこそが彼にとっての愛情の注ぎ方なのか、はたまた本当に気に障っていただけなのかは正直分からない。
しかし今回の弟子はよほど彼にとっては期待を寄せることができる存在なのだろう。
「いくら武器屋と言ってもそのほとんどの依頼が剣や槍の依頼。その次に多いのが盾と大剣、あと斧もか。そしてその他の遠距離武器とかだからな。鉤爪なんて武器の依頼は滅多に来ない」
「でもその珍しい依頼をわざわざ弟子にやらせたのか?」
「気分が悪いか?自分の武器をそんな若輩者にやらせるなんて」
「いや、まさか。寧ろ興味が出てきた位だよ、その弟子とやらに。武器が持ちやすくなるバフとやらがこの世にあるとは思わなかったからな」
魔力加工自体は魔結晶が溶けだした液体を塗り込むだけで良い。それを綺麗に塗り込む技術自体が職人技だ。
しかし恐らくこの手触りは単純な武器加工で成されたものではない。
直感だが多分“バフ”の類だ。
本来バフというものは、魔法で自分や他人の能力を一定時間上昇させる効果を付与するもののことを言っていた。
しかし魔力加工という技術が進んでからは、それは自然と武器へと向けられることとなる。
そもそもバフを武器に付与するといったものは、魔法使いが味方の武器にバフを与えるという形で遥か昔から行われていたものだ。
例えるなら炎属性を付与し火に弱い魔獣を焼き切ったり、弾丸に氷属性を付与することで命中部位を一時的に凍らせて動きを止めたり、武器へのバフ自体は様々な用途があったのだ。
しかしそれは結局のところ一時的なものであって、一定時間が経てば効力を失うし、バフをかけ直そうにも魔法使いが戦闘不能になったり戦線を離れた状態ではその効力を発揮することはできない。
そこで武器に永続的にバフを施す方法が長年研究されていたのだ。
その方法こそが魔結晶が溶けた恵水にバフをかけるという方法だ。
恵水はそれに溶けたものを保存する性質がある。
そのため魔結晶という魔力の塊を溶かし込んで保存し、それを使って魔力加工ができるのだ。
であるならば、そこに“魔法を溶かす”ことも可能なのではないか?
その発想からこの恵水にバフをかけるという試みがなされた。
結果は大成功。魔結晶とともに恵水にバフを溶かし込むことは可能ということが分かり、これはたちまち武器加工の一つとして広く普及した。
先ほどバフというものは元々、魔法使いが武器を魔法で強化することが始まりと言ったが、この武器へのバフが登場したことにより、武器職人はある程度の魔力操作が行えるのが武器職人としての一つのステータスとなっていった。
そのためある程度の魔力操作の才がある者が武器を製造し、質の良いバフや魔力加工を行っているのが現代の一般的な武器屋である。
そんな中でヴェントに天賦の才を持っていると言わせるというのは、なかなかの出来なのだろう。
実際に使わない旅が一番良いが、もしもの時は心強い味方になってくれるはずだ。
ヴェントの弟子がかけたバフにより、うっとりするような手触りになった新しい鉤爪の装着を一旦外し、俺は冷静になって次の要件をヴェントに問いただす
「それで、例の“アレ”は出来てるか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴェントの武器屋で受け取る物を全て受け取り、店を出る準備をする。
肝心の鉤爪は専用ベルトで腰に装着した。
この専用ベルトもヴェントの特製で、皮のベルトに三本爪の鉤爪がピッタリ合うように作られた鞘のような入れ物が二つ、後ろ腰の部分に取り付けられている。
これで剣を鞘から抜くように後ろ腰に両手を回し、持ち手を掴むだけで簡単に鉤爪を装着したり収納することが出来る。
「どうだ?そのベルトの調子は」
「ああ、悪くない。これで鉤爪が持ち運びやすくなったよ」
「それは良かった。そうだ、忘れないうちに。ほら、証明書だ。しっかりと冒険者ギルドに提出しておけよ」
そう言ってヴェントは一枚の紙を渡してきた。
この証明書というのは、言うなれば冒険者ギルドに提出することで武器を持ち歩く許可を得るための書類だ。
そもそも武器というもの自体はとても危険な代物だ。
少なくともこの鉤爪は生物を殺傷するために作られた物だ。包丁やナイフなどとは訳が違う。
この街では冒険者をよく目にするが、彼らは全員が冒険者ギルドに“いつ・どこで・なにを買ったか”が明示された証明書を武器屋に発行してもらい、それをギルドに提出している。
そうすることで、むやみやたらに一般人がこの様な武器を持ち歩かないように管理をし、武器を持つ冒険者にもそれ相応の責任を持たせている。
そのため武器屋も基本的には冒険者資格を持っていない者には武器を売ったりはしない。(一部例外でマニアなどに売ったりする場合があるが、その場合もギルドへと別の書類を提出することになる。その場合はこの武器の所持は、ただ自分の管理内の土地に保管しておくだけの目的で購入したものという証明書を武器屋は発行する必要がある)
もし正当な理由なく、届け出を行っていない武器を装備したり所持していた場合は、ギルドから罰金の支払い命令や報酬のカット、最悪の場合は民衆を無用な危険に晒したとして冒険者資格の剝奪にまで及んでしまう場合もある。
それくらい彼らには責任を持って武器を取り扱うようギルド側も取り組んでいるのだ。
だからこそ冒険者なんて呼び方をされているが、中身は誇り高き戦士でなければならない。
それを正しく体現しているのが、ジスト上級冒険者殿なのであろう。
ただそれは冒険者の資格を持っている人間に限った話だ。当然ながらただの絵描きの俺にはそもそも武器の携帯許可すら下りないであろう。
「なあ、俺は冒険者じゃないがこれを提出して問題なくこれを装備できるようになるのか?」
「心配しなくていい。この前ギルドで団長様に会ってな、お前を団長の指揮下に置くことで武器を正式に扱える手筈をしてくれるよう頼んでおいた。」
なんと、さすがヴェント殿。まさかそこまで手が回っているとは。
これだから仕事ができる武器屋に仕事を任せるべきなのだ。
「だから扱いとしては騎士になるな。騎士の装備は本来、中央ギルドとその所属の騎士団に申請をしなきゃならんが、それだと王都にある中央ギルドまで連絡を入れなきゃならん。それは面倒だからお前を直属の個人兵扱いにしたらしい。だから今回の場合は武器の申請すら要らない。ただ旅の途中でなにかあった時のために一応ギルドに申請しておけとのことだ」
つまりはこう言う事だ。
冒険者資格の無い俺が、一時的に団長の直属の騎士兵として就任したことにする。
そうすることで団長の管理下のもと、個人兵として武器の装備・使用が認められるという訳だ。
ただ冒険者ギルドにそのような事情で武器を装備しているという旨の申請を行うことで、何かあった時のために問題にならないようにしておくとの事。
なぜなら実際には冒険者で無い者が武器を所持していたということが、一般人の不信や恐怖を煽ることになる可能性がある。そのため冒険者ギルド自体は認証しているという体裁は一応必要とのことなのであろう。
「なるほど、了解した。それじゃあこれはギルドに提出しておく」
「頼むぞ。もし資格の無い人間に武器を売ったとあれば、俺もただじゃ済まねえからな」
確かにそうだ。いくら武器屋といえ、凶器に成り得るものを資格の無い者に売ったとあらば、それもそれで軽くない処罰が待っている。
こちらも下手すれば武器の製造・販売資格の剥奪もあり得る事案。
ここは責任を持って俺も証明書を提出しなければいけないな。
「任せろ。あんたを無法者扱いさせる訳にはいかないからな」
そう言い残し、俺は武器屋を後にしようとした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
外していた鉤爪を収納し、金を払い諸々の荷物をまとめ俺はそそくさと店を出ようとしていた。
するとやけに神妙な声でヴェントが問いかけてきた。
「なあ、あの時のガキは果たして救われたのか?それともアイツはあのガキを救えたのか?」
背中越しから聞こえてきたその突拍子も無い問いに少し戸惑いながらも、これに答えるのは俺の責務のような気がした。
「……さあな。だが一つ言えることは、誰だってただ生きて死ぬだけだ。その人生が救われたかどうかなんてのは、死に際に分かるもんだと俺は思うね」
そういって歩き出した後方で、小さく「そうか…」という声が響いたのを感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コーネギルドの入り口に着くと偶然ジストと遭遇した。どうやら明日受ける依頼内容の詳細な確認に来たらしい。
ギルドで公開されている依頼はランク付けされており、冒険者は各々が自分に合ったレベルの依頼を自ら選んで引き受けるのが一般的だ。
しかし上級冒険者以上になると、ギルドから直接に高難易度の依頼を受けるよう指名される場合があるらしい。
もちろんある程度は断ることが出来るが、その場合は上級冒険者としての評価が下がり、一定以上この評価が下がると中級冒険者へと格下げとなってしまうのだ。
もちろん普段は自分の好きな依頼を引き受けることが可能ではある。しかし、時には上級冒険者にしか任せられないような依頼をこなすのもその責務の内だということだ。
「それで、今回はどんな依頼なんだ?」
ジストにギルドが直接依頼を頼むということは、それなりに難易度が高いものだったり緊急度・重要度が高い依頼のはずだ。なんとなくどのような依頼内容なのか気になった。
「ああ、あんまり詳しいことはまだ聞かされていないが、どうやら東にある森で魔獣の大量発生が確認されたらしい。今回はその討伐とあわよくば原因究明って話らしいな」
ほう、魔獣の大量発生か。
実はこの魔獣の起源というのは未だによく分かっていない。それどころか今でも魔獣の存在に関して分かっていることはほとんどない。
先人たちの過去の文献から、多種多様な魔獣が遥か昔から人間と共に存在しているとの記載があるものの、なぜ生まれたのか、何を食して生きているのかなど、生物としての詳細は謎のままだ。
それは現代でもほとんど変わっていない。何故なら魔獣は気性が荒く、それが本能によるものなのか否かは分かっていないが、人間を認識した瞬間に大抵の魔獣が攻撃を仕掛けてくるのだ。
そのため捕獲が難しく、生態の解明がほとんど進んでいない。
であれば生け捕りではなく、殺して死体を調べれば良いのでは?と言われるだろう。しかしこれもまた難しいところである。
これは魔獣の中で分かっている数少ない特徴の一つだが、魔獣は命を落とすと塵になって消えてしまうのだ。それこそ跡形も無く、完全に。
そのため魔獣は体の大部分を"魔力"で構成された"獣"だと考えられ、人々はこれら獣を総称して"魔獣"と呼んでいるのだ。
それでもってこの魔獣がどうやって生まれるのか、そもそもなぜ魔獣がこの世界に存在するのか、詳しいことは全くと言って良いほど分かっていない。
ただ一つ確かなことは、人類と敵対する生物だということだ。
しかしそれとは裏腹に、近年の魔獣の数は年々増え続けている。
そのため現代の冒険者の役割というと、もっぱらこの魔獣の討伐が主な依頼内容である。
(正確には人里や人間の生活圏に現れる魔獣の討伐だが)
「魔獣の大量発生ねぇ……。随分と物騒な世の中になったな。ちなみにどの類の魔獣なんだ?」
「ああ、近隣住民の情報によると“レクス”らしいな」
レクス、イノシシ型の魔獣か。
全長は実際のイノシシよりは少し大きく、牙は見るからに長く、太くなっている個体がほとんどだ。
住処は基本的に山奥で、あまり目が良くないという特徴が確認されている。
今回の依頼の感じだと大方レクスが近隣の山道を行く人々を襲っているとのことだろう。
それがやたら頻発するもんだから調査してみたら、レクスが大量発生していた。というのが今回の依頼の経緯と思える。
まあ、俺には縁の無い話だ。これから向かうウバの村も、魔獣が潜んでいるとは言え北東の外れにある村。
その大量発生した一部のレクスが大移動をしていない限りはあまり影響がないであろう。
なによりジストが対応に向かうのだ。
レクス程度の魔獣であればほぼ壊滅させてしまうであろう。
俺はジストに励ましの言葉をかけ、共にギルドの中へと入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、白羅の騎士団団長様からこちらの件、お伺いしております。こちら証明書、確かに受け付けました。それでは良き冒険を!」
受付嬢は元気にそう言うと、にこやかな笑顔を見せた。
実際に証明書を提出してみると、やけにあっさり受理された。
まあ、団長様が話を通してくれていたのだ。そんなもののような気もする。
ギルドの中を見回すと、他にも数人の冒険者を見かけた。
どちらかというと若い冒険者が多いように見受けられる。
まあそれもそうか。時刻は既に昼近い。
ほとんどの冒険者は仕事に向かっている頃だ。
ここに残っている冒険者は恐らく昨日にも依頼を終え、次の仕事を探しに来ている者たちであろう。
自分もそこまで年を重ねているわけではないが、それ以上に若い冒険者達はやはり血の気が多いように見える。
理由としては単純に話声が大きい。
近くに仲間がいるというのに、そこまで大きい声で話す必要あるか?というぐらいの声量だ。若い故なのか、自分を強く見せたり大きく見せたがる結果がそれなのだろう。
自分が同じくらいの歳の時はそのような向上心も威勢も無かったため、なんだか可愛く見えてしまう。
ギルドの中は二階建てで、出入口を入ってすぐ左に依頼書が沢山張られた掲示板がある。
冒険者達はこの掲示板から引き受けたい依頼書を剥がして受付へと持って行き、それが受理されると正式に依頼を受けることができる。
依頼内容には様々な条件が付けられることが多々あるため、初級冒険者や下級冒険者への依頼は割と枯渇気味だ。
それはそうだ。わざわざ好き好んで駆け出し冒険者に依頼を出す物好きなどそうそう居ない。
“中級冒険者以上のみ応募可能”なんて依頼が山ほど来るわけだ。
それに加えて若い冒険者はギルドにとっても貴重な未来の種子である。
彼らが成長して将来大きく花開いた時に、実際にこのギルドを背負って立つ未来まで簡単に死なすわけにはいかない。
そこでギルドは彼ら向けの依頼を吟味し、いかに危険が少なく冒険の経験値を得ることが可能かを考え、“募集条件無し”という依頼を掲示板に張り出すものだ。
もちろん本当に依頼者が募集条件無く依頼に出している場合も中には存在する。
しかし中級・上級冒険者たちもそのような若者のたちの事情は十分に理解しているため、“募集条件無し”の依頼を、中級冒険者以上は出来る限り引き受けないのが暗黙の了解である。
もしかしたら、あの若い衆もそのような依頼待ちなのかもしれない。
そう思うと応援する気持ちが大きくなっていくのを感じた。
俺はギルドを後にし、最後の準備へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、人描き殿じゃないか。今回はどんなものをお探しで?」
明るい声でそういう彼は、収穫祭当日に団長様と話をしていた薬草売りの店主。名を“ギーネ”と言ったか。
「やあ、いくつか薬草が入用でな」
「おおそうかい。それじゃあ必要な薬草お聞かせ願おうか」
そうして俺はギーネにいくつか薬草を注文した。
主に買い入れたのは解毒作用がある薬草だ。
体力回復は恐らく団長が回復薬等を用意させているはずだ。
となればこちらが用意しなくてはならないのは、回復薬等で補えない効能がある薬草が良いだろう。
その他には体温を上げる作用がある薬草。これは北東の寒い地域に行くため、その寒さを乗り切るためには必要と判断した。
あとは睡眠作用のある薬草。これは普段と違う環境で眠りに着くため、しっかりと体を休めるために飲もうと思い購入した。まあ、魔獣に襲われる可能性がある森では完全に眠りに着くことは危険なため、それまでの道中でしっかり体を休めるために使用することになるだろう。
これら以外にもいくつか旅の道中にあると便利そうなもの買い込んだ。
こう見ると魔法が進んだ現代でも薬草というのはまだまだ需要があるのだなと感じる。
最近では治癒魔法の研究が進み、ある程度の体の不調を魔法で治すことが可能となっているが、実際問題それも万能とはいかない。
そもそも普通に農村等で生活している人間たちには、治癒魔法を受けることなど夢のまた夢だ。なぜならそれら魔法を使える人間であれば、とっくに魔法使いとして冒険者になったり、王都で医者として働いたりするものだからだ。
そしてこの治癒魔法という分野は、魔法の中でもかなり高度な魔力操作が必要となる。
人体の仕組みをよく理解し、患者に必要な種類の治癒魔法を必要な部位に、さらには適切な魔力量でかけなければならない。
誤って魔力を多く投入してしまうと、その人の魔力の器によるが体が耐えきれなくなって副作用を起こす場合もある。
そのためそれほど高い魔力操作の技術がある人間は、他の魔法もかなりの練度で使用できるため、魔法使いになって冒険に出たり戦場に立つことで活躍をする場合がほとんどだ。
そして治癒魔法を適切に人体にかけられる程に体の仕組みを理解しているのであれば、それこそ王族や貴族御用達の主治医になる場合が多い。
これらの事情からこのような人たちの治療を受けるにはかなり高額な金額を支払う必要がある。
当然のことながら農村部に住んでいる人たちにはそれは無理な話だ。
だからこそ今でも国民単位で見れば、安価で効果のある薬草は必要とされているのだ。
「そういえば人描きさんよ、あんた団長様と一緒にウバに行くらしいな」
「ん?ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
ギーネは少し目を細め、勘ぐるように話し始めた。
「どうやらあんた、銀嶺花って名前を知っているらしいな?一体どこでその名を知った?少なくともうちの村は閉鎖的だ。こうやって村の外に出ている俺は珍しい方。そんな村で囁かれている存在の花の名を、なんで田舎町の絵描きが知ってんのかすごく興味がありましてな」
その目は明らかに不審の色が見えた。
どうやって答えたものか。確かに銀嶺花の名を知っていたのは事実だ。しかしその理由を伝えようにも恐らく簡単には信じて貰えないであろう。
どうしたものかと悩んだ末に絞り出した答えは、それはそれは苦し紛れの言い訳にしか聞こえないようなものであった。
「昔少し旅をしていた時期があってだな。どこだったかは忘れたが、その道中で出会った同じ旅人が植物にやたら詳しくてな。そこでその名を聞いたんだ。どんな会話の内容だったかは忘れたが、確かに銀嶺花という名を出していた記憶があってな」
「ほう…」と呟いたギーネはさらに畳みかけてくる。
「それで、なんであんたも銀嶺花を探しに行くんだい?名前を知っているからってわざわざ魔獣の森についてってまで探す理由にはならないだろう?」
確かに花の名を知っていることが探す理由にはなっていない。もっと具体的な理由が無ければ彼も納得しないだろう。
俺も立て続けに答える。
「いや、その、あれだよ。また久しぶりに旅がしたくてな。昔はロマンを追い求めてあちこち歩き回ったもんだ。久しぶりにロマンとやらを追いたくなったんだよ」
こちらもなかなかの苦し紛れだが、あの前置きであればこれが一番最もらしい答えな気がする。
「ロマン、ねぇ……。なんでこのタイミングなのさ?」
ギーネは“ロマン”という言葉に反応したのか、少し疑いの目が晴れた気がした。
しかしタイミングと言われると、きっかけ自体は団長とギーネの会話だ。
それを正直に伝えたとてこの流れでは説得力が薄い。
やはりここも、それらしいことを言わなければ。
「この街に来てそれなりに長いが、最近は良く昔のことを思いだしてな。夢にまで出てくるぐらいだよ。そこで団長様が俺を訪ねてきて、その彼女が存在の怪しい花を探しに行くという。これを運命と思ってもおかしくはないだろ?」
夢にまで出てくるは実際のところ嘘ではない。それに団長と出会ったというタイミングも運命と呼ぶにはあながち間違っていない。
しかし俺の口から運命だとは。我ながらなかなかに嗤える言い訳だ。
ギーネはその後もじっと俺の顔を眺め最後には諦めたような声で言葉を発した。
「なるほどね、まあいいだろう。俺があんたの旅にそこまで口出すことなんてそもそもできないからな。嫌でも言いたくないならそれはそれで良い」
良かった。いまいち納得はしていないようだが、他人にこれ以上の口出しはどうかというのが彼を諦めさせたようだ。
細かいところだが彼の他人への尊重が見られる部分だ。あまり自己開示が得意ではない自分にとってはこのような人間の存在はとてもありがたいものだ。
旅が終わったら仲良くできそうだ。
「だけどな、」
そう思った矢先、彼の口調が少し強くなるのを感じた。
「今は村を出てしばらく経つが、それでもウバは俺の故郷だ。そこを無暗に荒らすような真似だけは許さないからな」
その言葉を聞いてなんだか気が引き締まるような感覚になった。
彼にとっては故郷とはそれほど大事なものなのだろう。
いくら団長に協力するために故郷の存在を伝えたと言え、そこによそ者が「花を探す」という理由でなんでもかんでも嗅ぎまわるのは彼も本望ではないであろう。
ならばこちらも、この返答だけは真剣に答えなければいけないな。
「ああ、もちろんだ。"約束"しよう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウバへの旅立ち当日の朝。俺は目の前の光景が信じられず愕然としていた。
「おい、団長様。ウバの村まで馬車でどのくらいかかるんだ?」
「ん?馬車だと十日程度かかるらしいな」
「それじゃあその道を歩くとなるとどのくらいかかるんだ?」
団長様は「うーん」と少し悩んでから明るい声をあっけらかんとして答えた。
「歩きで向かうとなると野宿とかもしないといけないだろうからな。それに歩きだと馬と違って長く移動することができる訳でも無いしな。休み休み向かうとしても、単純に計算して大体一か月ぐらいじゃないか?」
「それはそれは大変じゃないか。それじゃあ馬車で行くのが最善策って訳だ。それで?その肝心な馬車はどこにあるんだ?ん?なんで俺らは大量の荷物を背負わされているんだ?ん?どうなんだ?」
そう、俺はギーネと団長の会話からてっきり馬車でウバの村まで向かうもの思い込んでいた。団長様もその気で王都に連絡を寄こしたと思っていたのだ。
しかし蓋を開けてみればどうだ。なんと二人で持ち運べるギリギリの量の物資だけ持ち、ウバの村まで歩いて向かうというのだ。
正気か?一か月も?マジで歩くの?どういう神経?
「なんだ、人描き殿は馬車がご所望だったのか。それならそうと言ってくれれば良いものを。今さらそんな事言われたってもう歩くしかないぞ?」
「いや、今からでも王都に馬車を寄こすよう言えば……」
「おいおいそれは無しだ。せっかく用意した食べ物が悪くなってしまう。それにこれも鍛錬の一環。さあ、あんたもどうせ運動不足だろ?行くぞ!」
今にも走りだしそうな勢いの団長様に背中を叩かれそのまま倒れそうになる。
いちいち動作が強いんだよ。こっちは見ての通りの細身なんだぞ。少しは労われ。
だがまあ、今さらグチグチ言ってもこうなってしまったものはしょうがない。諦めて彼女に着いていくしか道は無い。
見送りにはギーネとジストが来てくれた。男二人だけなんて、せっかくの旅立ちだというのになんと味気の無い面子だこと。
「もし俺の親族にあったらよろしくな」
「森で遭難してもすぐに助けに行ってやっからな。すぐに開示魔法を使えよ」
開示魔法とは探知魔法の一種で、通常探知魔法というのは他人の居場所を特定するためのものだが、これはその逆で自分の居場所を教える。
つまり開示するという魔法だ。
これによって遭難やその他の非常時の時に、近くのギルドや冒険者に自分の位置を知らせることで助けが呼べるのだ。
ただこれもどれだけ遠くまでこの魔法を飛ばせるかは術者の魔力量に依存する。
そのためギルドでは開示魔法が出せる魔法陣が描かれた紙を渡している。
この魔法陣が描かれた紙は通称“魔紙”と呼ばれ開示魔法の場合は、術者がこの魔法陣に魔力を込めることによって術者の魔力量に関係なく、この魔法陣に込められている元々の魔力分の距離で助けを呼ぶことができる代物だ。
そのためこれは魔力の枯渇時などにも活躍し、今や冒険者はギルドから開示魔法陣の魔紙を必ず持たされ依頼を受けなければならない決まりとなっている。
「ああ、分かっているよ。それじゃあ行ってくる」
歩いて向かう羽目にはなってしまったが、とりあえず目的に向かっていることは確かだ。
そう悲観することも無いだろう。団長様からすればたかが一か月だ。旅行気分で向かえば良いさ
そう思うとなんだか心が軽くなっていくのを感じた。
そうして俺と団長様の旅路は始まりを迎えた。
背後を振り返るとその景色には、コーネの街と見送りの男二人だけが目に入った。
俺たちが遠く、見えなくなるまで彼らの大きく振った手は止まることは無かった。
ED 「Nadir/Oragestar 」